幽 閉(大川周明)

具流次郎

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日劇衣装部へ

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 有楽町「日劇裏門搬入口」に軍用トラックが停まる。

 村瀬「着きました。で、この奥に俳優課の受付が有ります。みんな『役者』と云う事で元気よく入って下さいね」
 周明「ああ、役者ね。? ちょっと待ってくれ。何と言って入るんだ?」
 村瀬「ああ、そうだ。『オハヨウゴザイマス。衣装合わせに来ました』って言って下さい。で、先生は月組マネージャー樋口と云う事で名前はすでに、川口君から受付に伝わってます」
 周明「私の名前はヒグチだね。で、ほかの方の名前は?」
 村瀬「適当に書いて下さい。ただ・・・」
 周明「ただ?」
 村瀬「ただ、みんな『女の名前』で書いて下さいね。ここから先は女の世界ですから」
 周明「オンナの世界?」
 村瀬「全員、『オ・カ・マ』。入る前に必ず全員に伝えて下さいよ。入ったら川口君が迎えに来ます。早く降りて下さい。この車、目立ちますから」
 周明「あッ! そうだね」
 村瀬「うまくヤッテ下さいよ。あッ、それから本部正門の衛視ジミーの次に第二の関門が有ります。ビルの中の受付にヘレンと云う女が居ます。必ず笑顔でウインクをして下さい」
 周明「ウインク?」
 村瀬「片目を瞑るんですよ。こうやってね」

村瀬は周明氏にウインクする。

 周明「あ~・・・」
 村瀬「これも必ず全員に伝えて下さいよ! ここからは先は最前線ですからね」

周明氏は車を降りてトラックのホロを上げる。

 周明「皆さん、着きました。日劇です!」
 首藤「着いたか。よ~しッ!」

六人がトラックの荷台から降りて来る。
周明氏が運転席の村瀬に合図する。
軍用トラックが急いで走り去る。
六人が建物を見上げる。

 杉浦「懐かしいーッ!」

山田は建物に近づき壁に触れる。

 山田「わ~、ここで、衣裳替え?! 夢みたい」

周明氏が物陰に隠れて六人に、

 周明「皆さん、ちょっと集まって下さい。注意事項を伝えておきます」

六人が周明氏の周りに集まる。

 周明「皆さんは、搬入通路の奥の受付に着いたら『オハヨウ御座います。衣裳合わせに来ました』と言って下さい。で、名前は女名(オンナメイ)にして下さい。アナタ達はここから先は女性ですから」
 岡田「女性? オレはオンナか。・・・分った。その後は?」
 周明「中に入ったら川口と云う衣裳の担当が迎えに来ます」
 首藤「カワグチか。分った。よしッ、行こう!」
 周明「あッ、もう一度言っておきます」
 首藤「何だ。早くしろッ!」
 周明「皆さんは、女性ッ! オ・カ・マですからね。くれぐれも軍人の癖は出さない様にお願いしますね」

六人は驚き、

 六人「オカマか・・・」

 七人が搬入通路を日劇の中に入って行く。
周明氏を先頭に六人が俳優課の受付に並ぶ。
周明氏が受付に、

 周明「月組マネージャーの樋口勇次です」 

受付の女が、

 女 「ああ、マネージャーの樋口さんですね。こちらにお名前をお願いします」

女は「本日の出入者名簿」を周明氏の前に差し出す。

 周明「ここですか?」
 女 「はい」

周明氏は鉛筆で自分の名前を書きながら、

 周明「・・・後ろの六人は私の事務所の女優です。衣装合わせに来ました」

女はチラッと覗き、

 女 「男役ですね」

堀田が一歩前え進み、

 堀田「オハヨウゴザイマ~ス。『野島ミサキ』で~す」

受付けの女は気持ち悪そうに、

 女 「オトコ?  役ですか?」
 堀田「はいー」
 女 「そこにお名前を」
 堀田「ここね」

堀田は記名して俳優通路に入って行く。
山田が受付の女に薄笑いで敬礼をする。

 山田「オハヨウ。衣裳合わせよ」

受付の女はエモ言われぬ顔で、

 女 「オ・ハ・ヨウ・・・御座います」

山田は出入者名簿に名前を書く。

 『珠(タマ)いり子』

女は山田をジッと見て居る。

 女 「・・・女性ですか?」
 山田「もちろんよ~」
 女 「・・・男役? ですよね」
 山田「そう。変(ヘン)?」
 女 「あッ、いえ・・・どうぞ」

山田が日劇俳優通路に入って行く。
杉浦が受付の女を見て奇妙な女言葉で、

 杉浦「オハヨウ。私もオンナよ。衣装合せ」
 女 「? アナタも男役?」
 杉浦「勿論よ~!」

杉浦は達筆な字で、『杉浦春子』と書く。

 女 「杉浦さんは老婆役?」
 杉浦「見える?」

女は気持ち悪そうに、

 女 「え? んまあ・・・どうぞ」

岡田が受付けにそっと顔を出す。

 岡田「オハヨウ。アタシも衣装合わせだ」

女はチラッと岡田の動きを見て、

 「え、えッ?・・・どうぞ、ここにお名前を」

次々に俳優通路に入って行く。
最後に首藤が、

 首藤「オハヨウ。僕も同じよ」
 女 「ボ、ボク? 男性みたいですね。ボクですか・・・。男役ですね。・・・名前を書いて下さい」

首藤はゆっくりと正確に、『岡目はるか』と書く。
女は呆れた顔をして首藤を見る。
首藤はオンナッぽく鋭い『流し目』で、

 首藤「何か?」
 女 「あッ、いえ。達筆ですね。オカメハルカさんですね」
 首藤「そう。問答無用よ。書道の先生役なの」
 女 「ショドウのセンセイ?」

女は首藤を舐める様に見て、

 女 「・・・ど、どうぞ」

六人が俳優通路に入った事を確認して、周明氏が最後に一言、

 周明「ウチの俳優は上方(カミガタ)じゃ有名なんですよ」
 女 「あ~あ、そうだったんですか。カミガタでねえ。頑張って下さい」

周明氏は俳優通路に消えて行く。

 七人が俳優通路の奥のピロティーに集って居る。
川口が七人を見つけて急いで近寄って来る。

 川口「アラ~、いらっしゃーい。お待ちしてました。こちらよ」

川口は山田と同じ「人格」である。
周明氏が川口に近寄る。

 周明「川口さんですね。大川周明と申します。宜しくお願いします」
 川口「大川さん?! アナタが? 新聞でしか見た事ないけれど・・・良い男じゃない」

周明氏は川口に七人の役割表を渡す。
川口は歩きながら表を見る。
振り返って、後ろの六人を見る川口。

 川口「ウエイトレスってどなた?」

山田が軽く右手を上げて、

 山田「アタシ。ヨロシク」
 川口「あら~。アナタが山田さん? ビルマでお会いしたかったわ」
 山田「絶対アナタとは合わないと思うわ。アタシ海軍ですもの」
 川口「いいのよ。ここで会えたのだから」

八人は階段を上り三階に行く。
奥に「衣裳部」の挿し札が見える。

 川口「ごめんなさい。あそこよ」

衣装に着替えた踊り子達が数人、すれ違う。

 踊り子達「オハヨウございま~す」

川口は踊り子達を見て、

 川口「オハヨウ~ッ! 頑張ってッ!」
 踊り子達「ハ~イ」
 川口「ヨシコッ! 胸、気を付けて。ブラが見えているわよ」 

ヨシコは胸を見て、

 ヨシコ「あッ!・・・ハ~イ」

岡田、杉浦、首藤、肥田達の眼が点。

 堀田「何を見ているんですか! 早く行って下さい」
 肥田「・・・凄いねえ」
 岡田「気合を入れろッ! ただのオンナだ」
 首藤「その通り。ここに居たら気が抜けてしまう。早く行こう」

杉浦は踊り子の尻を見詰めながら、 

 杉浦「あの踊り子の裸体を描いてみたいなあ~・・・」

川口は衣装室の前まで来てドアーを開ける。

 川口「は~い、ここよ。早く入って」

七人が衣装室に入って行く。
                つづく
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