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#7 アルフレッド・リース
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「俺が……、主人公? ちょ……、ちょっと待って。さすがにそれは意味が分からない」
珍しく動揺している姿に噴き出しそうになる。お前は物語に出てくる主人公だ、と言われて、平然としていられるはずがない。
「俺は知っていたからともかく、客観的に見て納得する部分は多いよな。皇女に見初められたり、とか」
「……最初から知っていたの?」
「え?」
「俺と出会った時から、ヴィンスは俺がその物語の主人公だって知っていたの?」
その問いに俺は咄嗟に答えられなかった。僅かな間をおいてしまうと、「ごめん」と言ってアルフレッドが俺に背を向けて歩き始めてしまった。慌てて立ち上がり「ちょ、待てって」と引き留めようとするが、アルフレッドは振り向きもせずに、
「ごめん。少しだけ一人にさせてほしい」
と言って、そのまま部屋を出て行ってしまった。バタン、と扉が閉まるのを見送ってからため息と共にソファに座り込む。
言い方を間違えた。これではまるで俺がヒロインだったから近づいたみたいではないか。むしろ最初は遠ざけていたぐらいなのに、アルフレッドも冷静ではなかったのだろう。久々に会えたというのに喧嘩別れは嫌だ。少しだけ、と言っていたし、時間を空けてから説明をしに行くか。
俺は目まぐるしく変わる展開に、こんな話をした元凶の存在をすっかり忘れていた。
三十分ぐらいが経過してから話をしに行こうかと思っていた矢先、庭先から甲高い声が聞こえた。
「アルフレッド様と言うのね」
女の声に思わず立ち上がって窓から庭を覗き込む。ちょうど、俺の部屋の真下では水色の髪を短く切った長身の男の前に、ふわりとした可愛らしいドレスを着た女が立っていた。言うまでもなく、エリューザルの第二王女だ。
来てたのをすっかり忘れていた。アルフレッドにも話していたが、衝撃的な話に彼も失念していたのだろう。困ったように頭を掻いている。
それにしても父さんと兄さんはどうしたんだ。巻いたのか?
物語通りしっかりと進んでいるところをまざまざと見せつけられ眩暈がするようだった。ぐっと拳を握りしめたところで、「マクシミリアーナ王女殿下!」と男の声がした。門番は何をしているんだ。
門のほうからやってきた男は俺と同じ金髪をきっちりと纏めて、高そうな服を身にまとっている。どう見ても貴族だが――と言うよりこの世界の金髪はほとんど貴族だ――公爵家に無理やり入れる身分はそう多くない。
教育された公爵家の門番が入れるしかないと判断した人物。少し考えればその男が誰なのか、容易に想像がつく。
「あなたまで来たの? リューベルト辺境伯令息」
面倒くさそうな顔をする王女に対して、令息と呼ばれた青年はなぜかアルフレッドを睨みつけている。ああ、俺に前世の記憶がなかったらあんなになっていたのか、と寒気がした。
「殿下、護衛もつけずにこんな場所にいらっしゃるとは……、危ういことです」
確かにその通りだ。一国の王女が公爵家とは言え他国に勝手に乗り込むのは国際問題だ。このまま王女を早く連れて行ってくれないか、と期待したが、それは見事に打ち砕かれる。
「ましてや見知らぬ男と、二人きりで。……そこの君、何者だ?」
「俺は――……」
アルフレッドが名乗ろうとすると、彼は鼻で笑った。
「答えなくても結構。下卑た出自は聞くまでもない」
「……え?」
「粗末な服だな。公爵家に紛れ込んだ小間使いか? それとも……、女に取り入ろうとする下賤の輩か?」
その言い分にカチンと何かが切れる音を聞いた。俺は窓をがらりと開けると「おい!」と怒鳴りながら窓枠に足を掛ける。タイミングがいいのか悪いのか、その時、コンコンと扉をノックされたが無視した。
「言葉を慎め!」
彼は辺境伯嫡子かもしれないが、こちとら三男と言えど公爵家だ。
「ちょっ……! 何やってるの!?」
上を見上げたアルフレッドが間抜け面をしていたがそれも全部無視だ。
「な、なにをしているんだ、キミはっ!?」
頭上から声を掛けられると思っていなかったであろう辺境伯嫡子も俺を見てぎょっとしている。そうだよな。公爵家の人間が二階から飛び降りようとしていたらそんな顔になるわな。
「何をしているんですか、ヴィンセント様っ!!!!!!」
空を飛ぶのと同時にケイシーの叫び声が聞こえた。俺はそのまま地面に着地する予定だったのだが、王女を押し退けたアルフレッドが着地点に素早く移動しそのままどすりと受け止められてしまう。顔を上げるといつになく怒った顔をするアルフレッドがいた。
「怪我をしたらどうするんだ!」
こんな風に怒られるのは初めてだった。悪かった、と謝ろうかと思ったけれど、その前に俺は対峙しなければならない人物がいる。するりとアルフレッドの腕から降りて、辺境伯令息と呼ばれた男の前に立つ。
「一体、キミは……」
じろじろと奇妙なものを見るような目で見られる。
「シェラード公爵家三男のヴィンセント・ド・シェラードだ。先ほどから人の部屋の下で随分と下品な話をしてくれていたね」
そもそも身分の話をするならば、辺境伯よりも公爵家のほうが上だ。俺から話しかけるわけでもなく、王女の婚約者から話しかける時点でマナー違反でもある。
「王女といい、その婚約者といい、王国では教育というものがされていないようだ。これは由々しきことだな」
「なっ!?」
辺境伯嫡子の顔がみるみる赤くなる。先ほどまでこちらを見下し鼻にかけたような笑みを浮かべているくせに、思いもよらぬ指摘にたちまち狼狽えている。俺がちょこっと言い返したぐらいで狼狽するなんて、社交界にも出ていないのか?
仮にも嫡子だろうに。
「貴様っ! いくら帝国の公爵家だろうとも、王女殿下を侮辱することは許さないぞ!」
「先触れもなしに他国の公爵家にやってきて好き放題。それを大事にされて困るのはどちらだ?」
婚約者と同時に自分までも叱責されて傷ついただろうか、と思ってちらりと王女を見ると、きらきらとした顔でこちらを見ていた。
あれ? もしかしてこれ、原作と同じ展開になってる?
一瞬で怒りが冷めていくのを感じた。
珍しく動揺している姿に噴き出しそうになる。お前は物語に出てくる主人公だ、と言われて、平然としていられるはずがない。
「俺は知っていたからともかく、客観的に見て納得する部分は多いよな。皇女に見初められたり、とか」
「……最初から知っていたの?」
「え?」
「俺と出会った時から、ヴィンスは俺がその物語の主人公だって知っていたの?」
その問いに俺は咄嗟に答えられなかった。僅かな間をおいてしまうと、「ごめん」と言ってアルフレッドが俺に背を向けて歩き始めてしまった。慌てて立ち上がり「ちょ、待てって」と引き留めようとするが、アルフレッドは振り向きもせずに、
「ごめん。少しだけ一人にさせてほしい」
と言って、そのまま部屋を出て行ってしまった。バタン、と扉が閉まるのを見送ってからため息と共にソファに座り込む。
言い方を間違えた。これではまるで俺がヒロインだったから近づいたみたいではないか。むしろ最初は遠ざけていたぐらいなのに、アルフレッドも冷静ではなかったのだろう。久々に会えたというのに喧嘩別れは嫌だ。少しだけ、と言っていたし、時間を空けてから説明をしに行くか。
俺は目まぐるしく変わる展開に、こんな話をした元凶の存在をすっかり忘れていた。
三十分ぐらいが経過してから話をしに行こうかと思っていた矢先、庭先から甲高い声が聞こえた。
「アルフレッド様と言うのね」
女の声に思わず立ち上がって窓から庭を覗き込む。ちょうど、俺の部屋の真下では水色の髪を短く切った長身の男の前に、ふわりとした可愛らしいドレスを着た女が立っていた。言うまでもなく、エリューザルの第二王女だ。
来てたのをすっかり忘れていた。アルフレッドにも話していたが、衝撃的な話に彼も失念していたのだろう。困ったように頭を掻いている。
それにしても父さんと兄さんはどうしたんだ。巻いたのか?
物語通りしっかりと進んでいるところをまざまざと見せつけられ眩暈がするようだった。ぐっと拳を握りしめたところで、「マクシミリアーナ王女殿下!」と男の声がした。門番は何をしているんだ。
門のほうからやってきた男は俺と同じ金髪をきっちりと纏めて、高そうな服を身にまとっている。どう見ても貴族だが――と言うよりこの世界の金髪はほとんど貴族だ――公爵家に無理やり入れる身分はそう多くない。
教育された公爵家の門番が入れるしかないと判断した人物。少し考えればその男が誰なのか、容易に想像がつく。
「あなたまで来たの? リューベルト辺境伯令息」
面倒くさそうな顔をする王女に対して、令息と呼ばれた青年はなぜかアルフレッドを睨みつけている。ああ、俺に前世の記憶がなかったらあんなになっていたのか、と寒気がした。
「殿下、護衛もつけずにこんな場所にいらっしゃるとは……、危ういことです」
確かにその通りだ。一国の王女が公爵家とは言え他国に勝手に乗り込むのは国際問題だ。このまま王女を早く連れて行ってくれないか、と期待したが、それは見事に打ち砕かれる。
「ましてや見知らぬ男と、二人きりで。……そこの君、何者だ?」
「俺は――……」
アルフレッドが名乗ろうとすると、彼は鼻で笑った。
「答えなくても結構。下卑た出自は聞くまでもない」
「……え?」
「粗末な服だな。公爵家に紛れ込んだ小間使いか? それとも……、女に取り入ろうとする下賤の輩か?」
その言い分にカチンと何かが切れる音を聞いた。俺は窓をがらりと開けると「おい!」と怒鳴りながら窓枠に足を掛ける。タイミングがいいのか悪いのか、その時、コンコンと扉をノックされたが無視した。
「言葉を慎め!」
彼は辺境伯嫡子かもしれないが、こちとら三男と言えど公爵家だ。
「ちょっ……! 何やってるの!?」
上を見上げたアルフレッドが間抜け面をしていたがそれも全部無視だ。
「な、なにをしているんだ、キミはっ!?」
頭上から声を掛けられると思っていなかったであろう辺境伯嫡子も俺を見てぎょっとしている。そうだよな。公爵家の人間が二階から飛び降りようとしていたらそんな顔になるわな。
「何をしているんですか、ヴィンセント様っ!!!!!!」
空を飛ぶのと同時にケイシーの叫び声が聞こえた。俺はそのまま地面に着地する予定だったのだが、王女を押し退けたアルフレッドが着地点に素早く移動しそのままどすりと受け止められてしまう。顔を上げるといつになく怒った顔をするアルフレッドがいた。
「怪我をしたらどうするんだ!」
こんな風に怒られるのは初めてだった。悪かった、と謝ろうかと思ったけれど、その前に俺は対峙しなければならない人物がいる。するりとアルフレッドの腕から降りて、辺境伯令息と呼ばれた男の前に立つ。
「一体、キミは……」
じろじろと奇妙なものを見るような目で見られる。
「シェラード公爵家三男のヴィンセント・ド・シェラードだ。先ほどから人の部屋の下で随分と下品な話をしてくれていたね」
そもそも身分の話をするならば、辺境伯よりも公爵家のほうが上だ。俺から話しかけるわけでもなく、王女の婚約者から話しかける時点でマナー違反でもある。
「王女といい、その婚約者といい、王国では教育というものがされていないようだ。これは由々しきことだな」
「なっ!?」
辺境伯嫡子の顔がみるみる赤くなる。先ほどまでこちらを見下し鼻にかけたような笑みを浮かべているくせに、思いもよらぬ指摘にたちまち狼狽えている。俺がちょこっと言い返したぐらいで狼狽するなんて、社交界にも出ていないのか?
仮にも嫡子だろうに。
「貴様っ! いくら帝国の公爵家だろうとも、王女殿下を侮辱することは許さないぞ!」
「先触れもなしに他国の公爵家にやってきて好き放題。それを大事にされて困るのはどちらだ?」
婚約者と同時に自分までも叱責されて傷ついただろうか、と思ってちらりと王女を見ると、きらきらとした顔でこちらを見ていた。
あれ? もしかしてこれ、原作と同じ展開になってる?
一瞬で怒りが冷めていくのを感じた。
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