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#8 アルフレッド・リース
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王女はちらりと俺を見てから仄かに微笑み、「ヴィンセント様の仰る通りですわ」と婚約者に向かって言った。
なんという猫のかぶりよう。アルフレッドの前だからだろうか。
「当面の間は皇宮のほうでお世話になりますので、お二人とも、よろしければ遊びにいらしてください」
皇宮で世話になるくせに、どうして自国のように誘えるのか。どちらにしろ、用事がなければそんなところに行く気は更々ない。と言いつつ、隣を見上げると困ったように笑っていた。
まだ先の話とは言え、騎士団の所属が決まってから何かと皇宮へ行っている。つまり出くわす可能性が高いということか。
皇女の次は王女だなんて、つくづくヒロインも大変だな、と思いながらその苦労は俺にも存在しているのを自覚させられる。
そして先程からアルフレッドを敵視している婚約者の存在も。
俺も前世の記憶を取り戻したりしなければこうなっていたかもしれない。今はアルフレッドに国を救った英雄と言う肩書があるけれど、俺と出会ったときはただの平民上がりだった。
それにしても国の英雄に対して酷い言いようだったな。
もう一言ぐらい言ってやろうかと思ったところで、ぐっと手を握りしめられた。顔を上げるとどうやら俺の意図が伝わってしまったようで、アルフレッドはやめろと言わんばかりに首を横に振った。
これ以上、自分のことで揉めたくないのだろう。
本人が望んでいないのに俺がこれ以上でしゃばる必要はない。わざとらしくため息をついたところで、父と兄がやってきて王女たちを皇宮へ連れて行った。
「怪我は、ない?」
ようやく静かになると、アルフレッドが恐る恐る尋ねてくる。最初は何のことかと思ったが、俺が二階から飛び降りたことを気にしていたのか。
「お前は?」
「え?」
「俺を受け止めてただろ?」
むしろ、気にするのはそっちのほうだと思うが、恥ずかしそうに笑うアルフレッドを見ていたら俺まで笑いが込み上げてきた。
「さっきは、ごめん」
俺の目を見てしっかりと謝るアルフレッドに、「俺も」と答える。
「もう少し言い方を考えなきゃいけなかった。お前がその、物語の主人公なのは、会った時から知っていたんだ」
「うん。よく考えたらそうだな、って思って。最初、ヴィンスは俺と距離を置いていたもんね。聞いたときは驚いてあまり考えずに突き放してごめん」
「いや……、お前もいきなりこんな話をされて困っただろ?」
アルフレッドは少し間をおいてから「うん」と答えた。
「俺はこれまで自分が特別だなんて思ったこと一度もなかったんだけどさ……」
その見た目で? と思ったが、それはそれでまたヒロインらしい考えだと思って口を噤む。
「騎士学校に通ってるときも、その前からも、時たま言われてはいたんだよね。お前は特別だ、って。その時はよくある僻みなのか、と思って聞き流してたんだけど、物語の主人公だって言われたら、そのせいなのか、って思ったりもしちゃって。頭の中がぐちゃぐちゃになちゃって……。ごめん。ヴィンスも俺が主人公だから好きになったのかとかいろいろ考えた」
そんなわけないだろ、と言おうとしたが、アルフレッドの顔を見て言うのはやめた。
「疑って、ごめん。ヴィンスはそういう人じゃないって一番知っているのに」
「むしろ、主人公とか一番近寄りたくない存在だよ」
「そういうと思った」
あはは、と楽しそうに笑うアルフレッドを見て、俺はつないだままの手を握りしめた。
なんという猫のかぶりよう。アルフレッドの前だからだろうか。
「当面の間は皇宮のほうでお世話になりますので、お二人とも、よろしければ遊びにいらしてください」
皇宮で世話になるくせに、どうして自国のように誘えるのか。どちらにしろ、用事がなければそんなところに行く気は更々ない。と言いつつ、隣を見上げると困ったように笑っていた。
まだ先の話とは言え、騎士団の所属が決まってから何かと皇宮へ行っている。つまり出くわす可能性が高いということか。
皇女の次は王女だなんて、つくづくヒロインも大変だな、と思いながらその苦労は俺にも存在しているのを自覚させられる。
そして先程からアルフレッドを敵視している婚約者の存在も。
俺も前世の記憶を取り戻したりしなければこうなっていたかもしれない。今はアルフレッドに国を救った英雄と言う肩書があるけれど、俺と出会ったときはただの平民上がりだった。
それにしても国の英雄に対して酷い言いようだったな。
もう一言ぐらい言ってやろうかと思ったところで、ぐっと手を握りしめられた。顔を上げるとどうやら俺の意図が伝わってしまったようで、アルフレッドはやめろと言わんばかりに首を横に振った。
これ以上、自分のことで揉めたくないのだろう。
本人が望んでいないのに俺がこれ以上でしゃばる必要はない。わざとらしくため息をついたところで、父と兄がやってきて王女たちを皇宮へ連れて行った。
「怪我は、ない?」
ようやく静かになると、アルフレッドが恐る恐る尋ねてくる。最初は何のことかと思ったが、俺が二階から飛び降りたことを気にしていたのか。
「お前は?」
「え?」
「俺を受け止めてただろ?」
むしろ、気にするのはそっちのほうだと思うが、恥ずかしそうに笑うアルフレッドを見ていたら俺まで笑いが込み上げてきた。
「さっきは、ごめん」
俺の目を見てしっかりと謝るアルフレッドに、「俺も」と答える。
「もう少し言い方を考えなきゃいけなかった。お前がその、物語の主人公なのは、会った時から知っていたんだ」
「うん。よく考えたらそうだな、って思って。最初、ヴィンスは俺と距離を置いていたもんね。聞いたときは驚いてあまり考えずに突き放してごめん」
「いや……、お前もいきなりこんな話をされて困っただろ?」
アルフレッドは少し間をおいてから「うん」と答えた。
「俺はこれまで自分が特別だなんて思ったこと一度もなかったんだけどさ……」
その見た目で? と思ったが、それはそれでまたヒロインらしい考えだと思って口を噤む。
「騎士学校に通ってるときも、その前からも、時たま言われてはいたんだよね。お前は特別だ、って。その時はよくある僻みなのか、と思って聞き流してたんだけど、物語の主人公だって言われたら、そのせいなのか、って思ったりもしちゃって。頭の中がぐちゃぐちゃになちゃって……。ごめん。ヴィンスも俺が主人公だから好きになったのかとかいろいろ考えた」
そんなわけないだろ、と言おうとしたが、アルフレッドの顔を見て言うのはやめた。
「疑って、ごめん。ヴィンスはそういう人じゃないって一番知っているのに」
「むしろ、主人公とか一番近寄りたくない存在だよ」
「そういうと思った」
あはは、と楽しそうに笑うアルフレッドを見て、俺はつないだままの手を握りしめた。
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