同期の姫は、あなどれない

青砥アヲ

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すれ違う気持ち(5)

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「弊社の会議室です。先週の水曜日にS製薬さんを交えた打ち合わせがありましたよね?あの打ち合わせの後に会議室を使用した弊社の社員が見つけて、総務部に届けたようなんです。後日総務の担当者から、前の時間帯に会議室を利用していた私のところに連絡が来たんですよ」

 そうだ、思い出した。

 あの日はたまたま会議室の空調が故障していたらしく、部屋の中がひどく蒸し暑かった。
 普段なら客先でジャケットは着たままなのだけれど、あの時は打ち合わせが長丁場だったこともあり、先方にも勧められてジャケットを脱いだ記憶がある。きっとあの時落としたんだ。

「すみません、私全然気がついてなくて、、」
「いいえ、そんな恐縮しないでください。早瀬さん、もしよろしければ連絡先を交換しませんか?これからまた仕事でお会いする機会も増えるかと思いますし、お互いの連絡先を知っておいた方がいろいろとスムーズかなと思いまして」

 そう言うと、宇多川さんがジャケットの胸ポケットからスマホを取り出した。

「どうします?電話番号…あっ、メッセージアプリの方が便利ですよね?」

 宇多川さんが片手でスマホを操作ながら尋ねる。

「え?えーっと、そうですね」

 確かにそう言われると、これからやり取りが増えるかもしれないし、連絡先を知っていた方がいいのかもしれない。

「社用でいいだろ、仕事の件で連絡するなら」

 私もジャケットの右ポケットに入れたスマホを取り出そうとした時、隣りの姫から鋭い声が飛んできた。
 社用携帯もスマホではあるのだが、原則としてアプリやカメラ機能の利用はNGで、あくまで電話のみの使用が許可されている。
 だから『メッセージアプリの連絡先を』と言われて、思わずプライベートのスマホを取り出していた。

「社用の番号ならこの前渡した名刺に書いてある。今わざわざ交換しなくてもいいだろ」

 見下ろしてくる表情は普段と変わらないけれど、何だか少し不機嫌そうに感じる。

(それもそうだよね。コンビニ行こうと思ってたのに、自分とはまったく関係ない話で足止めされているんだもの)

「姫元さんのおっしゃる通りですね。この前名刺交換させていただいたのをすっかり忘れていました。ウチは社用がないので名刺にある番号は私用携帯の番号ですが、何かありましたらいつでも連絡してください」
「はい。お忙しいのにありがとうございました。助かりました」

 私はもう一度改めてお礼を言う。

「いいえ、いいんです。お役に立ててよかった。それではまた来月の飲み会で。姫元さんも参加されるんですか」
「ええ、一応」
「そうですか、ではまたお会いできるのを楽しみにしています」

 そう言って宇多川さんは微笑みながら会釈をし、オフィスビルを出て駅の方へと向かっていった。


「いくら近くに来たっていっても、わざわざ届けてくれるなんて親切だよね。気配りがすごいっていうか、さすがコンサルの営業さんって感じ」

 私は手元に戻ってきたパスケースを見つめて、戻ってきてよかったと嬉しさが込み上げる。

「姫、どうしたの?」
「何が」
「眉間にすごいしわ寄ってるけど」
「……気のせいだろ」

 そう言って足早にコンビニへと向かう姫の後ろ姿を、私は慌てて追いかけた。

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