14 / 40
試してみる?(1)
しおりを挟む
ゴールデンウィークが明けた7日の月曜日。
大型連休という非日常が終わりを告げ、通常の社会活動が始まる日だ。
押し込まれた人々の体温と湿気が滞留した満員電車、乗り合わせた人々の険しい表情。そんな不快指数高めの光景にも、いっそ懐かしさすら覚える。
この日、私はいつもより少し早めに家を出ていた。
というのも、取引先の本社部門が長期休暇の間も工場や倉庫は稼働していることがほとんどで、現場で発生したトラブルや溜まった問い合わせなどが休み明けにこちらへ一気にやってくる。まずはどれくらいのボリュームがあるか、早めに行って確認しておきたかったのだ。
オフィスに出社すると、すでにちらほら出社している社員がいる。私はおはようございます、と挨拶をしてから自席に座ると、PCを開きメールをチェックした。
ああ、やっぱり。
すでに何件か問い合わせのメールが入っており、中には重要度が高いことを示す『!』のマークが付いたものもある。
これは始業時刻と同時に電話がくるパターンだな。
私は少し気が滅入りながらも、仕事モードに切り替えた。
5件目の問い合わせへの返信が終わったところで、私は少し前から休息を訴えている脳内を休ませるべく、リフレッシュルームへと移動した。
(予想はしていたけど、ハードだなぁ)
まだ11時なのに、すでに夕方ぐらいの疲労感がある。
「いやー、今日ヤバいですね!朝からずっと電話鳴りっぱなし」
マイボトルのお茶を飲んでいると倫花ちゃんがやってきた。
「おつかれ。あれ、プロジェクト携帯は?」
「上山くんにお願いしてきちゃいました。分かんなかったら『確認して折り返します』って言っといてって」
倫花ちゃんはいたずらっぽく笑って、椅子に座る。
「さすがに休憩入れないとやってられないですもん。あの人たち何でもかんでも『重要度高』にしすぎですって。全部一度に確認できないのに」
「午後もこのペースだったら、こっちで優先度振り直そうか。最優先は製造と出荷。会計系は締め日がまだ先だから基本後回しで」
「それ大・賛・成です」
そうだ、と、倫花ちゃんは思い出したようにカフェラテが入ったカップをテーブルに置く。そして、持っていたバッグの中から何かを取り出した。
「これ、お土産です」
目の前に置かれたのは綺麗にラッピングされた箱。
「え、さっきお菓子もらったよ?」
大型連休明けは、旅行へ行ったメンバーがお土産を配ってくれることが多い。倫花ちゃんもココナッツクッキーのお菓子を配ってくれていた。
「あれは課のメンバー全員向けで、これはいつもお世話になっている先輩にです」
ラッピングのリボンを解くと、中身は綺麗な小瓶に入ったアロマオイルのセットだった。
「泊まったホテルのスパで使われてたんです。すっごくいい香りで、ブランド名を教えてもらって自分のも買っちゃいました」
ハーブだろうか、まだパッケージを開けていないのにすでに仄ほのかないい香りがしている。リラックスできそうな癒される香りだ。
「ありがとう!嬉しい、今日帰ったら早速使うよ。旅行は楽しかった?」
「ずっと天気も良くて海もめちゃくちゃ綺麗で最高でしたよ~!もっといたかったなぁ、またすぐにでも行きたいくらいです」
「旅行って楽しいと帰りたくなくなるよね」
「そうそう!そうなんですよー」
ニコニコと楽しそうに話す倫花ちゃんが、仕事のテンションとは打って変わっていきいきしていて可愛い。自分も楽しい気分をおすそ分けしてもらったような気持ちになる。
「こんないいお土産もらったのに、私からはお返しできるものが無くてごめんね?」
「そんなのいいですよ!…あの、彼氏さんのところへは結局?」
「うん、、行ってない」
他の女性の影があったことや喧嘩の内容は伏せて、ただ大喧嘩の末に音信不通になったことだけを話した。
倫花ちゃんは驚いて、信じられないとでもいうように首を振る。
「全然返信来ないんですか?」
「うん、メッセージも既読が付かないんだ。電話も出ないし」
「…先輩、私は彼氏さんには会ったことないですけど、たとえ別れるにしてもそんなやり方するなんて最悪ですよ」
別れる。
そうか、私たちは別れたことになるのか――――
客観的に見ればその通りなのかもしれない。
けれど、その言葉のインパクトと重さに対して、まだどこか現実ではないような、実感が沸かないのも本当だった。
「先輩って可愛いしモテるんですから、次行きましょう次!」
「やだなぁ、私なんかモテないよ」
「何言ってるんですかー、先輩が2年目で私たちの新人研修にアシスタントで来てくれた時、あの可愛い先輩は誰だ?ってめっちゃ盛り上がったんですから!」
そんな話は初耳だ。たぶんこんなことになって落ち込んでいると思って、倫花ちゃんなりに励ましてくれているだろうな。
「あはは、ありがと」
その気持ちだけは、ありがたく受け取っておこう。
大型連休という非日常が終わりを告げ、通常の社会活動が始まる日だ。
押し込まれた人々の体温と湿気が滞留した満員電車、乗り合わせた人々の険しい表情。そんな不快指数高めの光景にも、いっそ懐かしさすら覚える。
この日、私はいつもより少し早めに家を出ていた。
というのも、取引先の本社部門が長期休暇の間も工場や倉庫は稼働していることがほとんどで、現場で発生したトラブルや溜まった問い合わせなどが休み明けにこちらへ一気にやってくる。まずはどれくらいのボリュームがあるか、早めに行って確認しておきたかったのだ。
オフィスに出社すると、すでにちらほら出社している社員がいる。私はおはようございます、と挨拶をしてから自席に座ると、PCを開きメールをチェックした。
ああ、やっぱり。
すでに何件か問い合わせのメールが入っており、中には重要度が高いことを示す『!』のマークが付いたものもある。
これは始業時刻と同時に電話がくるパターンだな。
私は少し気が滅入りながらも、仕事モードに切り替えた。
5件目の問い合わせへの返信が終わったところで、私は少し前から休息を訴えている脳内を休ませるべく、リフレッシュルームへと移動した。
(予想はしていたけど、ハードだなぁ)
まだ11時なのに、すでに夕方ぐらいの疲労感がある。
「いやー、今日ヤバいですね!朝からずっと電話鳴りっぱなし」
マイボトルのお茶を飲んでいると倫花ちゃんがやってきた。
「おつかれ。あれ、プロジェクト携帯は?」
「上山くんにお願いしてきちゃいました。分かんなかったら『確認して折り返します』って言っといてって」
倫花ちゃんはいたずらっぽく笑って、椅子に座る。
「さすがに休憩入れないとやってられないですもん。あの人たち何でもかんでも『重要度高』にしすぎですって。全部一度に確認できないのに」
「午後もこのペースだったら、こっちで優先度振り直そうか。最優先は製造と出荷。会計系は締め日がまだ先だから基本後回しで」
「それ大・賛・成です」
そうだ、と、倫花ちゃんは思い出したようにカフェラテが入ったカップをテーブルに置く。そして、持っていたバッグの中から何かを取り出した。
「これ、お土産です」
目の前に置かれたのは綺麗にラッピングされた箱。
「え、さっきお菓子もらったよ?」
大型連休明けは、旅行へ行ったメンバーがお土産を配ってくれることが多い。倫花ちゃんもココナッツクッキーのお菓子を配ってくれていた。
「あれは課のメンバー全員向けで、これはいつもお世話になっている先輩にです」
ラッピングのリボンを解くと、中身は綺麗な小瓶に入ったアロマオイルのセットだった。
「泊まったホテルのスパで使われてたんです。すっごくいい香りで、ブランド名を教えてもらって自分のも買っちゃいました」
ハーブだろうか、まだパッケージを開けていないのにすでに仄ほのかないい香りがしている。リラックスできそうな癒される香りだ。
「ありがとう!嬉しい、今日帰ったら早速使うよ。旅行は楽しかった?」
「ずっと天気も良くて海もめちゃくちゃ綺麗で最高でしたよ~!もっといたかったなぁ、またすぐにでも行きたいくらいです」
「旅行って楽しいと帰りたくなくなるよね」
「そうそう!そうなんですよー」
ニコニコと楽しそうに話す倫花ちゃんが、仕事のテンションとは打って変わっていきいきしていて可愛い。自分も楽しい気分をおすそ分けしてもらったような気持ちになる。
「こんないいお土産もらったのに、私からはお返しできるものが無くてごめんね?」
「そんなのいいですよ!…あの、彼氏さんのところへは結局?」
「うん、、行ってない」
他の女性の影があったことや喧嘩の内容は伏せて、ただ大喧嘩の末に音信不通になったことだけを話した。
倫花ちゃんは驚いて、信じられないとでもいうように首を振る。
「全然返信来ないんですか?」
「うん、メッセージも既読が付かないんだ。電話も出ないし」
「…先輩、私は彼氏さんには会ったことないですけど、たとえ別れるにしてもそんなやり方するなんて最悪ですよ」
別れる。
そうか、私たちは別れたことになるのか――――
客観的に見ればその通りなのかもしれない。
けれど、その言葉のインパクトと重さに対して、まだどこか現実ではないような、実感が沸かないのも本当だった。
「先輩って可愛いしモテるんですから、次行きましょう次!」
「やだなぁ、私なんかモテないよ」
「何言ってるんですかー、先輩が2年目で私たちの新人研修にアシスタントで来てくれた時、あの可愛い先輩は誰だ?ってめっちゃ盛り上がったんですから!」
そんな話は初耳だ。たぶんこんなことになって落ち込んでいると思って、倫花ちゃんなりに励ましてくれているだろうな。
「あはは、ありがと」
その気持ちだけは、ありがたく受け取っておこう。
10
あなたにおすすめの小説
優しい彼
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私の彼は優しい。
……うん、優しいのだ。
王子様のように優しげな風貌。
社内では王子様で通っている。
風貌だけじゃなく、性格も優しいから。
私にだって、いつも優しい。
男とふたりで飲みに行くっていっても、「行っておいで」だし。
私に怒ったことなんて一度もない。
でもその優しさは。
……無関心の裏返しじゃないのかな。
〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー
i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆
最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡
バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。
数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)
2月31日 ~少しずれている世界~
希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった
4年に一度やってくる2月29日の誕生日。
日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。
でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。
私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。
翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。
工場夜景
藤谷 郁
恋愛
結婚相談所で出会った彼は、港の製鉄所で働く年下の青年。年齢も年収も関係なく、顔立ちだけで選んだ相手だった――仕事一筋の堅物女、松平未樹。彼女は32歳の冬、初めての恋を経験する。
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
俺から離れるな〜ボディガードの情愛
ラヴ KAZU
恋愛
まりえは十年前襲われそうになったところを亮に救われる。しかしまりえは事件の記憶がない。亮はまりえに一目惚れをして二度とこんな目に合わせないとまりえのボディーガードになる。まりえは恋愛経験がない。亮との距離感にドキドキが止まらない。はじめてを亮に依頼する。影ながら見守り続けると決心したはずなのに独占欲が目覚めまりえの依頼を受ける。「俺の側にずっといろ、生涯お前を守る」二人の恋の行方はどうなるのか
堅物上司の不埒な激愛
結城由真《ガジュマル》
恋愛
望月かなめは、皆からオカンと呼ばれ慕われている人当たりが良い会社員。
恋愛は奥手で興味もなかったが、同じ部署の上司、鎌田課長のさり気ない優しさに一目ぼれ。
次第に鎌田課長に熱中するようになったかなめは、自分でも知らぬうちに小悪魔女子へと変貌していく。
しかし鎌田課長は堅物で、アプローチに全く動じなくて……
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる