同期の姫は、あなどれない

青砥アヲ

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自覚なき恋心 姫side(2)

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 翌年の4月、R&Sソリューションズに入社して早瀬と再会した。

 新人研修では、基礎的な座学のあとはグループごとで取り組む課題が多かったのだが、内定式でのどこか頼りないげな印象が変わったのはこの頃だ。

 早瀬は周りのことをよく見ていて、誰かがつまづいていればそれにいち早く気がつくと、役割を変更したり他のメンバーに掛け合ったり、一番面倒な調整役を買って出ていた。
 それは俺に対しても同様で、必要以上に距離を取ろうとする自分とメンバーの間を取り持とうとしてくれていた。

 そして、たぶん決定的だったのはあのときだったと思う。

 入社して2ヶ月ほど経ったころの昼休み。
 その日の前日早瀬は体調不良で休んでいて、昼休みに研修の担当講師から預かった早瀬宛の資料を渡すため、本人を探していたときだ。

 研修ルームに戻る途中のリフレッシュルームで姿が見え、誰かと話しているところだったが気にせずに声を掛けると、振り向いた早瀬はひどく驚いていた。

「悪い、これ昨日の分の資料。さっき預かったから渡しておく」
「えっ、あ、ありがとう、、」

 早瀬と話していたのは同期の柳田とかいうやつで、俺の顔を見るとそそくさとオフィスの方へと戻っていった。

「何か邪魔した?」
「ううん、邪魔っていうよりむしろ助かった?というか、、うん」
「何だそれ。まさか社内で告白でもされた?」

 言いづらそうな態度に、俺は冗談めかしながらも少し声が低くなっていた。
 早瀬は慌てて伏せていた顔を上げると、目を丸くしている。

「ええ!?違うよ、そうじゃなくて…前からね『仲いいの?』とか『姫元のこと何か知ってる?』とかいろいろ聞かれてたの。さっきもそんな感じで、私は何も知らないし自分で聞けばって言ったんだけど――」

『あいつ取っつきにくいし飲み会誘っても来ねえし、今度の同期会も欠席だって。まぁ、どこぞの御曹司サマは庶民の俺らとは飲めないのかもしれないけど』

 柳田というのは、頭はそんなによくないけれど明るく積極的でよく目立つ、そういう意味で同期の中心的存在だった。
 ことあるごとに親切を装って回りくどく詮索してくる態度が不快で、極力関わらないようにしていたけれど、さっきの妙な態度はそういうことかと腑に落ちる。

「それで、聞いてたらだんだんイライラしてきちゃって。そういうこと言う人と誰だって飲みに行きたくないんじゃない?って言ったら黙りこんじゃって」

 そのときにちょうど来たからびっくりしちゃった、と笑うものだから今度は俺が目を丸くする番だった。
 好き勝手言われるのは慣れているし、一つ答えたら次からも答えなきゃならない。それが面倒で敢えて距離を置いてるから、自分の状況は自業自得でもある。

「…何も、早瀬がそこまで言う必要なかったと思うけど」

 自分から軋轢を生むようなことを言わなくても、そんなことをしたところで彼女には何の恩恵もない。けれど、言わずにはいられない気質なのだろう。

「だって頭にきたんだもん。私、ああいうの一番嫌だから」

 声や言葉には、性格が表れる。
 気は強くないけれど、自分を持っている。そんな黒目がちな瞳に、どうしようもなく惹かれた。

「……変わってるな」
「えっ、それって私のこと!?」
「この場に他にいる?」

 早瀬は納得のいっていなさそうな表情をしてむくれるものだから、俺は苦笑して少し話題の矛先を変える。

「そういえば渡したその資料の中に配属希望の紙が入っている。今週末までに提出しろだって」
「あ、そうなんだ。そっか、研修ももう残り1ヶ月くらいだもんね。姫元くんは配属希望どこにするか決まった?」
「…その姫元くんっていうのやめない?何か変な感じがする」

「え?でも何て呼べばいいの?」


 それは、ほんの気まぐれからだった。


「じゃあ、、『姫』でいいよ」


 早瀬の目が瞬いて、一瞬妙な間が空く。

 何でそんなことを思いついたのか分からない。だから「初めは俺の名字が『姫』だと思ってたくらいだし、いいんじゃない?」なんて適当な理由をつけると、自分の勘違いを思い出したのか見る間に赤くなった。

「もう、それはいい加減忘れてよっ!」
「忘れない」

 忘れられるわけがない。

 それから言葉を交わすたび、名前を呼ばれるたびに、何かがゆっくりと自分の内側に降り積もっていく。少しずつ存在感を増していく何かが次第に息苦しさに変わるまで、その正体を自覚しなかった自分は愚かだと思う。

 そして、気がついたときには、もう戻れないところまできていた。

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