29 / 40
自覚なき恋心 姫side(2)
しおりを挟む
翌年の4月、R&Sソリューションズに入社して早瀬と再会した。
新人研修では、基礎的な座学のあとはグループごとで取り組む課題が多かったのだが、内定式でのどこか頼りないげな印象が変わったのはこの頃だ。
早瀬は周りのことをよく見ていて、誰かがつまづいていればそれにいち早く気がつくと、役割を変更したり他のメンバーに掛け合ったり、一番面倒な調整役を買って出ていた。
それは俺に対しても同様で、必要以上に距離を取ろうとする自分とメンバーの間を取り持とうとしてくれていた。
そして、たぶん決定的だったのはあのときだったと思う。
入社して2ヶ月ほど経ったころの昼休み。
その日の前日早瀬は体調不良で休んでいて、昼休みに研修の担当講師から預かった早瀬宛の資料を渡すため、本人を探していたときだ。
研修ルームに戻る途中のリフレッシュルームで姿が見え、誰かと話しているところだったが気にせずに声を掛けると、振り向いた早瀬はひどく驚いていた。
「悪い、これ昨日の分の資料。さっき預かったから渡しておく」
「えっ、あ、ありがとう、、」
早瀬と話していたのは同期の柳田とかいうやつで、俺の顔を見るとそそくさとオフィスの方へと戻っていった。
「何か邪魔した?」
「ううん、邪魔っていうよりむしろ助かった?というか、、うん」
「何だそれ。まさか社内で告白でもされた?」
言いづらそうな態度に、俺は冗談めかしながらも少し声が低くなっていた。
早瀬は慌てて伏せていた顔を上げると、目を丸くしている。
「ええ!?違うよ、そうじゃなくて…前からね『仲いいの?』とか『姫元のこと何か知ってる?』とかいろいろ聞かれてたの。さっきもそんな感じで、私は何も知らないし自分で聞けばって言ったんだけど――」
『あいつ取っつきにくいし飲み会誘っても来ねえし、今度の同期会も欠席だって。まぁ、どこぞの御曹司サマは庶民の俺らとは飲めないのかもしれないけど』
柳田というのは、頭はそんなによくないけれど明るく積極的でよく目立つ、そういう意味で同期の中心的存在だった。
ことあるごとに親切を装って回りくどく詮索してくる態度が不快で、極力関わらないようにしていたけれど、さっきの妙な態度はそういうことかと腑に落ちる。
「それで、聞いてたらだんだんイライラしてきちゃって。そういうこと言う人と誰だって飲みに行きたくないんじゃない?って言ったら黙りこんじゃって」
そのときにちょうど来たからびっくりしちゃった、と笑うものだから今度は俺が目を丸くする番だった。
好き勝手言われるのは慣れているし、一つ答えたら次からも答えなきゃならない。それが面倒で敢えて距離を置いてるから、自分の状況は自業自得でもある。
「…何も、早瀬がそこまで言う必要なかったと思うけど」
自分から軋轢を生むようなことを言わなくても、そんなことをしたところで彼女には何の恩恵もない。けれど、言わずにはいられない気質なのだろう。
「だって頭にきたんだもん。私、ああいうの一番嫌だから」
声や言葉には、性格が表れる。
気は強くないけれど、自分を持っている。そんな黒目がちな瞳に、どうしようもなく惹かれた。
「……変わってるな」
「えっ、それって私のこと!?」
「この場に他にいる?」
早瀬は納得のいっていなさそうな表情をしてむくれるものだから、俺は苦笑して少し話題の矛先を変える。
「そういえば渡したその資料の中に配属希望の紙が入っている。今週末までに提出しろだって」
「あ、そうなんだ。そっか、研修ももう残り1ヶ月くらいだもんね。姫元くんは配属希望どこにするか決まった?」
「…その姫元くんっていうのやめない?何か変な感じがする」
「え?でも何て呼べばいいの?」
それは、ほんの気まぐれからだった。
「じゃあ、、『姫』でいいよ」
早瀬の目が瞬いて、一瞬妙な間が空く。
何でそんなことを思いついたのか分からない。だから「初めは俺の名字が『姫』だと思ってたくらいだし、いいんじゃない?」なんて適当な理由をつけると、自分の勘違いを思い出したのか見る間に赤くなった。
「もう、それはいい加減忘れてよっ!」
「忘れない」
忘れられるわけがない。
それから言葉を交わすたび、名前を呼ばれるたびに、何かがゆっくりと自分の内側に降り積もっていく。少しずつ存在感を増していく何かが次第に息苦しさに変わるまで、その正体を自覚しなかった自分は愚かだと思う。
そして、気がついたときには、もう戻れないところまできていた。
新人研修では、基礎的な座学のあとはグループごとで取り組む課題が多かったのだが、内定式でのどこか頼りないげな印象が変わったのはこの頃だ。
早瀬は周りのことをよく見ていて、誰かがつまづいていればそれにいち早く気がつくと、役割を変更したり他のメンバーに掛け合ったり、一番面倒な調整役を買って出ていた。
それは俺に対しても同様で、必要以上に距離を取ろうとする自分とメンバーの間を取り持とうとしてくれていた。
そして、たぶん決定的だったのはあのときだったと思う。
入社して2ヶ月ほど経ったころの昼休み。
その日の前日早瀬は体調不良で休んでいて、昼休みに研修の担当講師から預かった早瀬宛の資料を渡すため、本人を探していたときだ。
研修ルームに戻る途中のリフレッシュルームで姿が見え、誰かと話しているところだったが気にせずに声を掛けると、振り向いた早瀬はひどく驚いていた。
「悪い、これ昨日の分の資料。さっき預かったから渡しておく」
「えっ、あ、ありがとう、、」
早瀬と話していたのは同期の柳田とかいうやつで、俺の顔を見るとそそくさとオフィスの方へと戻っていった。
「何か邪魔した?」
「ううん、邪魔っていうよりむしろ助かった?というか、、うん」
「何だそれ。まさか社内で告白でもされた?」
言いづらそうな態度に、俺は冗談めかしながらも少し声が低くなっていた。
早瀬は慌てて伏せていた顔を上げると、目を丸くしている。
「ええ!?違うよ、そうじゃなくて…前からね『仲いいの?』とか『姫元のこと何か知ってる?』とかいろいろ聞かれてたの。さっきもそんな感じで、私は何も知らないし自分で聞けばって言ったんだけど――」
『あいつ取っつきにくいし飲み会誘っても来ねえし、今度の同期会も欠席だって。まぁ、どこぞの御曹司サマは庶民の俺らとは飲めないのかもしれないけど』
柳田というのは、頭はそんなによくないけれど明るく積極的でよく目立つ、そういう意味で同期の中心的存在だった。
ことあるごとに親切を装って回りくどく詮索してくる態度が不快で、極力関わらないようにしていたけれど、さっきの妙な態度はそういうことかと腑に落ちる。
「それで、聞いてたらだんだんイライラしてきちゃって。そういうこと言う人と誰だって飲みに行きたくないんじゃない?って言ったら黙りこんじゃって」
そのときにちょうど来たからびっくりしちゃった、と笑うものだから今度は俺が目を丸くする番だった。
好き勝手言われるのは慣れているし、一つ答えたら次からも答えなきゃならない。それが面倒で敢えて距離を置いてるから、自分の状況は自業自得でもある。
「…何も、早瀬がそこまで言う必要なかったと思うけど」
自分から軋轢を生むようなことを言わなくても、そんなことをしたところで彼女には何の恩恵もない。けれど、言わずにはいられない気質なのだろう。
「だって頭にきたんだもん。私、ああいうの一番嫌だから」
声や言葉には、性格が表れる。
気は強くないけれど、自分を持っている。そんな黒目がちな瞳に、どうしようもなく惹かれた。
「……変わってるな」
「えっ、それって私のこと!?」
「この場に他にいる?」
早瀬は納得のいっていなさそうな表情をしてむくれるものだから、俺は苦笑して少し話題の矛先を変える。
「そういえば渡したその資料の中に配属希望の紙が入っている。今週末までに提出しろだって」
「あ、そうなんだ。そっか、研修ももう残り1ヶ月くらいだもんね。姫元くんは配属希望どこにするか決まった?」
「…その姫元くんっていうのやめない?何か変な感じがする」
「え?でも何て呼べばいいの?」
それは、ほんの気まぐれからだった。
「じゃあ、、『姫』でいいよ」
早瀬の目が瞬いて、一瞬妙な間が空く。
何でそんなことを思いついたのか分からない。だから「初めは俺の名字が『姫』だと思ってたくらいだし、いいんじゃない?」なんて適当な理由をつけると、自分の勘違いを思い出したのか見る間に赤くなった。
「もう、それはいい加減忘れてよっ!」
「忘れない」
忘れられるわけがない。
それから言葉を交わすたび、名前を呼ばれるたびに、何かがゆっくりと自分の内側に降り積もっていく。少しずつ存在感を増していく何かが次第に息苦しさに変わるまで、その正体を自覚しなかった自分は愚かだと思う。
そして、気がついたときには、もう戻れないところまできていた。
9
あなたにおすすめの小説
2月31日 ~少しずれている世界~
希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった
4年に一度やってくる2月29日の誕生日。
日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。
でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。
私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。
翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。
〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー
i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆
最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡
バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。
数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)
俺から離れるな〜ボディガードの情愛
ラヴ KAZU
恋愛
まりえは十年前襲われそうになったところを亮に救われる。しかしまりえは事件の記憶がない。亮はまりえに一目惚れをして二度とこんな目に合わせないとまりえのボディーガードになる。まりえは恋愛経験がない。亮との距離感にドキドキが止まらない。はじめてを亮に依頼する。影ながら見守り続けると決心したはずなのに独占欲が目覚めまりえの依頼を受ける。「俺の側にずっといろ、生涯お前を守る」二人の恋の行方はどうなるのか
契約結婚のはずが、御曹司は一途な愛を抑えきれない
ラヴ KAZU
恋愛
橘花ミクは誕生日に恋人、海城真人に別れを告げられた。
バーでお酒を飲んでいると、ある男性に声をかけられる。
ミクはその男性と一夜を共にしてしまう。
その男性はミクの働いている辰巳グループ御曹司だった。
なんてことやらかしてしまったのよと落ち込んでしまう。
辰巳省吾はミクに一目惚れをしたのだった。
セキュリティーないアパートに住んでいるミクに省吾は
契約結婚を申し出る。
愛のない結婚と思い込んでいるミク。
しかし、一途な愛を捧げる省吾に翻弄される。
そして、別れを告げられた元彼の出現に戸惑うミク。
省吾とミクはすれ違う気持ちを乗り越えていけるのだろうか。
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
堅物上司の不埒な激愛
結城由真《ガジュマル》
恋愛
望月かなめは、皆からオカンと呼ばれ慕われている人当たりが良い会社員。
恋愛は奥手で興味もなかったが、同じ部署の上司、鎌田課長のさり気ない優しさに一目ぼれ。
次第に鎌田課長に熱中するようになったかなめは、自分でも知らぬうちに小悪魔女子へと変貌していく。
しかし鎌田課長は堅物で、アプローチに全く動じなくて……
お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚
ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。
五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。
ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。
年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。
慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。
二人の恋の行方は……
隣人はクールな同期でした。
氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。
30歳を前にして
未婚で恋人もいないけれど。
マンションの隣に住む同期の男と
酒を酌み交わす日々。
心許すアイツとは
”同期以上、恋人未満―――”
1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され
恋敵の幼馴染には刃を向けられる。
広報部所属
●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳)
編集部所属 副編集長
●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳)
本当に好きな人は…誰?
己の気持ちに向き合う最後の恋。
“ただの恋愛物語”ってだけじゃない
命と、人との
向き合うという事。
現実に、なさそうな
だけどちょっとあり得るかもしれない
複雑に絡み合う人間模様を描いた
等身大のラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる