君と交わした約束

疾風

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第1話

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 相川勇人あいかわはやとがこの「白華学園はっかがくえん」に転入してから、すでに半年が経過していた。この学園は、県内でも有数の進学校として知られている。都心からはずれた場所に建つ校舎は、伝統的な木造建築で、まるで時が止まったかのような厳かな雰囲気を纏っている。
 勇人はそんな学園で、ひっそりと日々を過ごしていた。いや、消化していると言う方が正しいだろうか?
 目立たない。誰とも深く関わらない。それが彼の高校生活のポリシーだった。
 勇人はいつも決まって、教室の自分の席で窓の外をぼんやりと眺めている。たまたま、窓側の席に当たってラッキーである。
 目に映るのは、風に揺れる木々の緑と時折通り過ぎる雲だけ。
 昼休みになると、クラスメイトたちが集まって話し込む声や、廊下ではしゃぎ、騒がしい生徒たちの音が遠くに響く。勇人はそんな日常に溶け込むことなく、ただ静かに一人で弁当を食べるのが常だった。

 友達を作ることには、もう興味がなかった。過去、転校を繰り返してきた経験が、彼にそうさせた。新しい場所で友達を作っても、どうせまた別の場所に行き、友との別れが訪れる。そんな生活に慣れきってしまったせいで、勇人は他人と深く関わることを無意識に避けるようになってしまったのだ。
 だが、この日は――いつもと同じはずの日常が少しだけ狂いを見せた。

「ねえ、相川君だよね?」

 昼休みの終わりが近づいたころ、クラスの喧騒の中で、勇人は女子に声をかけられた。透き通るような高い声、しかしその響きには妙な力強さがあった。
 振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。篠原紗奈しのはらさな――学園内では誰もが知る人気者というのが、転校してきて半年の勇人の彼女に対する評価だった。彼女は長い黒髪を揺らし、柔らかい表情を浮かべて、勇人の机に軽く手をついていた。
 篠原と勇人はクラスが違うため、この半年全くと言って接点はない。

「……ああ、そうだけど」

 勇人は少し戸惑いながらも、短く返事をした。彼女と話すのはこれが初めてだったが、常にクラスの中心にいる彼女の存在は、嫌でも耳に入ってくる。
 篠原紗奈、生徒会副会長で、学園の中でも一目置かれる存在。誰に対しても明るく接し、笑顔を絶やさない。成績も優秀で、スポーツもできる。その上、容姿端麗ときた。彼女に声をかけられること自体が、勇人にとっては少し信じ難い出来事だった。

「やっぱりそうだよね!小学校の時に会ったことがあるよね?覚えてる?」

 そう言いながら、紗奈は少し首をかしげた。その仕草が不思議と自然で、作ったものではないことが伝わってくる。

「……小学校?」

 勇人は、彼女が何を言っているのか理解できなかった。自分と彼女が小学校で会ったことなど、まったく記憶にない。
 だが、紗奈の表情は本気そのものだった。

「うん、覚えてない? たしか、君はその時も転校生だった。実は私も小学校から転校してきたのよ」

 紗奈は楽しげに言葉を続ける。だが、勇人にはまるで心当たりがなかった。彼がこの街に転校してくるのは確かに、2度目だ。1度目は小学生の頃である。しかし、紗奈ような印象的な人物と出会っていたなら、絶対に覚えているはずだ。

「ごめん、覚えてないな」

 勇人は正直に答えた。それでも紗奈は、特に気を悪くした様子もなくにこやかに微笑んだ。


「そっか、まあ、昔のことだしね。仕方ないよ。でも、なんか懐かしい感じがするんだ。君と話してると。そっか、じゃあ約束のことももちろん覚えてないよね……」


 その言葉に、勇人は一瞬戸惑った。約束とはなんだろうか?彼女が抱いている懐かしいという印象が、彼にはどうにも理解できなかったからだ。
 しかし、それ以上追及することはしなかった。ここで話を深掘りしても、思い出せる自信がなかったからである。


「全然話変わっちゃうんだけどさ、実はお願いがあるんだ」

 紗奈は不意に話題を変えた。

「お願い?」

「うん。実は、もうすぐ文化祭があるでしょ? 私、生徒会の仕事でいろいろと準備してるんだけど、ちょっと手が足りなくてさ。良かったら、手伝ってくれないかなって」

「俺が?」

 思わず驚いて聞き返す。勇人は生徒会の活動には無関心で、ましてや文化祭の準備なんて、これまで一度も手を貸したことがない。何より、自分にそんなことを頼んでくる意味がわからなかった。

「うん。君、手先が器用そうだし、それに……」

 紗奈は少しだけ間を置いてから続けた。

「なんだか、力になってくれそうな気がするんだ」

 その言葉には、力強さがあった。勇人を信じている。そのように感じた。普段は他人と関わることを避けてきた勇人だったが、彼女の真剣な眼差しを前にして、どうしても断ることができなかった。

「……わかった。手伝うよ」
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