王太子に婚約を破棄された令嬢は、異世界人の従者と幸せになりましたとさ。【完結済】

ゆきのりん

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前編

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婚約を破棄されたちょっとアレな令嬢と異世界人の従者との短い話です。
☆若干のすけべな展開が中編にあります。
☆前編と後編は読まなくても大丈夫な前振りと設定のようなものです。最後はタイトル通りです。

・・・・・・・・・・



「リーザレーナ・ウイ・イスティエ、本日をもってお前との婚約を破棄する」
「かしこまりました。それではごきげんよう」

 私、リーザレーナは、イスティエ公爵家の長子であり長女。
 6歳の頃、家柄だけで第一王子の婚約者となりました。

 成人を祝う儀の後で催された夜会が終わり、控室に呼び出されたので赴くと、婚約者である王太子殿下に婚約破棄を申し渡されました。
 まあ人生そんなこともあるでしょうと、従者と共においとましようとしたのですが。


「婚約を破棄されてしまいました」
「されてしまいましたねえ」
「切り替えていきましょう」
「そうですね」

「待て、リーザレーナ」

 元婚約者である王太子殿下に引き止められました。

「まだ何かございまして?」
「お前には、ベルニッタの補佐を命じる」
「私の義妹の、ベルニッタでございますか?」

 一年ほど前に義妹になった彼女の補佐。はて…

「お前の代わりに、ベルニッタを正妃とする」
「あの子を王妃に?」

 有り体に言ってしまえば、高位貴族の均衡を保つための婚姻ですから、義妹でも問題ないでしょう。

「ああ、つまらないお前とは違って、彼女は純粋で本当に可愛い」
「わかります」
「わかるのか。そこでだ」
「はい」
「お前の王妃教育にいくらかかったと思っている」
「資料をいただければ計算いたします」
「そういうことではない、お前はベルニッタの代わりに王妃の仕事をしろ」

 殿下は、『王家はお前のために何人もの教師を雇った陛下も王妃殿下も貴重な時間を使ってお前に教育を施した外に出せない王家の秘密を知ることもあっただろうお前を野放しにするわけにはいかない税金が使われた王妃教育でお前が得た全ては国の物だお前の物ではない』といったことを、たっぷりと時間をかけて仰いました。
 あまりにすらすらと情感をこめて語るので、お芝居のようでした。思わず心の中で拍手を送ってしまいました。
 
 そして、『ベルニッタは王妃教育を受けていないこれから始めるのは可哀相だそれを完了させたお前が補佐をしろ何なら代わりに全部やれ』というのが殿下の言い分、これからの私の責務のようです。なるほどなるほど。
 
「断れば公爵家がどうなるか…わかるな…?くっくっ」

 まあ、殿下は我が公爵家をどうなさろうというおつもりなのでしょうか。次期国王ともなればどうにかできてしまうのかもしれません。しかし、どうにかしてしまったら正妃に迎えようという義妹もどうにかなってしまうのではないでしょうか。

「よろしいですよ」
「よろしいわけないだろう!お前の実家だろうが!」
「そちらではなく、補佐役?謹んでお受けいたします。あと婚約破棄」
「ついでみたいに言いやがってそういうところが可愛くないんだお前は」
「わかります」
「わかるのか、直せ」
「善処いたします」
「絶対しないだろ、そんなでは生き辛いぞ」
「あら、毎日元気いっぱいでございますよ」

 王妃殿下直伝の「王太子妃しぐさ」、曖昧な笑みと漠然とした返事で乗り切っております。
 余計なことは言わない。発言に責任を取れませんから。
 殿下に対しては、自分の都合のいいように解釈するからはっきりと言いなさいと教えられています。
 嫌なことは引きずらないようにしています。衛生には気を遣っていますし、おかげさまでとても健康です。



「お嬢さま、お疲れさまです」
「疲れていませんわ。でもありがとう」

 王太子の婚約者という立場だったために手配されていた豪華な馬車に乗り込み、肩の力を抜くと、従者のノーンが労わってくれました。
 10歳の頃、殿下に「馬の代わりに車を引く魔獣を召喚しろ」と命じられた時に間違って喚んでしまった、異世界の青年。
 帰ってもつまらない、ここに置いてくれと床に転がるのがあまりにも可愛らしくて。お父様に相談したら反対されてしまいました。
 けれど、きちんと責任をもって面倒を見ます、個人の資産からお給料を出します、お父様にご迷惑はおかけしません…と三日三晩はりついてお願いしたら、「一日で執事の仕事を習得する」という条件で渋々了承してくださって。ノーンはそれを達成してしまったのです。あの時のお父さまのお顔ったら。うふふ。

「お嬢さまも面白い顔してましたよ」
「さ、さすがにそんな顔はしていません、ふふ、やめてください」

 私と彼とは、一応主人と従者ではありますが、互いに気が置けない相手です。
 彼には本音で接することができるので、一緒にいてとても楽です。
 社交界のお友達とはやはり、どうしても、無理もありませんが、何と言いますかこう…間に見えない壁があるのですよね…
 今や使用人の仕事は職種を問わず何でもこなしてしまうノーンには、時々考えていることを読まれてしまうので、淑女としてはまだまだだと気が引き締まります。

「あの状況で顔色ひとつ変えないのは流石でしたよ」
「まあ、王妃教育のたまものでしょうか」
「あの王子も、普段のお嬢様を見ればつまらないなんて思わないでしょうね」
「そのような機会はありませんでしたね。いえ、面白くもないですよ」

 王妃教育を受けるために王宮に上がっても、殿下にお目にかかることは滅多になく…きっとお忙しいのだと、お目通りを願うこともしませんでしたね。こちらからの歩み寄りが足りなかったようにも思います。
 いえ、過ぎたことを悔やんでも仕方ありませんね。



 ―――とまあ、そんなこんなで。


「お帰りなさい、お義姉様」
「ただいま戻りました、ベル」

 王宮にほどほどに近い屋敷に戻ると、義妹が出迎えてくれました。
 私は、本格的に王妃教育が始まった12歳の頃からこの公爵家所有のこじんまりとした屋敷にノーンと精鋭の使用人たちと住んでいます。ノーンが全てを取りまとめてくれて、少人数でも上手く回っていました。
 義妹が先月女学校を卒業し寮を出たので、共に暮らすようになりました。彼女につく使用人も増えて、すっかり賑やかに。
 こうして使用人たちと共に出迎えられるのは、嬉しいものです。
 
 それにしても、いつの間に殿下と恋仲に…気づきませんでした。
 恋の話を聞きたくて、そのまま私の部屋に招きました。

「ふふ、ねえベル、あなたいつから殿下とおつきあいしていたのですか?」
「えっ?」
「えっ?」

 え、何でしょうかこの反応。

「おつきあい…はしていないけれど」

 していないのですか? …まさか殿下の一方的な…恋慕…

「先日、突然求婚されたの。お姉様とは婚約を解消するからと…だからお受けしたわ」
「話がついているのですね、ならいいのです」
「いいんですかねえ」 

 おつきあいはしていなくても、求婚はされていたのですね。安心しました。
 ノーンは納得していないようですが。本当に突然でしたしね、無理もありません。

 私は、ノーンの淹れてくれたお茶を飲みながら、ベルニッタが正妃になり私は補佐役?に任命されたということを伝えました。

「今からお妃教育は嫌だなあって思ってたけれど、お義姉様が支えてくれるなら心強いわ」

 私は別に嫌ではありませんでしたが、人それぞれですね。
 与えられた一室や送迎の馬車に施されている細かな細工には見る度新しい発見がありますし上質で動きやすいドレスは支給されますし王宮の食事は季節ごとに初めての食材を味わえて至福ですし教師陣は皆教え上手で褒め上手ですし維持が大変な楽器も奏で放題ダンスの先生は時間が許す限り躍り続けてくださる。貴族の顔や情報を描いた札を作って遊び感覚で覚えるのも楽しいですよ。言語や文化歴史を学ぶと外国の本が難なく読めてとってもお得です。友好国の令息令嬢を招いた夜会で殿下の通訳として随行した際に流行りの周辺国ジョークを聞けるのはひそかな楽しみでした。夫人との合宿でしごかれたのもいい思い出です。世の中にはいろいろな扉があることを知ることができました。それにそれに…はっ、予定よりも早く終わった時などに、これは王妃教育とは関係ないのですがと言われておこなったことがいくつもありましたね。
 これらを無料で…いえ、税金を使って得ていたと考えると無駄にはできませんね。

「人には得手不得手がありますからね、私にできることはいたしましょう」
「約束よお義姉様」



 ベルと部屋の外で待っていた彼女の侍女とを見送り、私はノーンの手を借りて夜会用のドレスを脱ぎました。そして、使用人が気を利かせて張っておいてくれた浴槽の水を魔法で温めの湯にして、髪の毛と身体を念入りに洗いました。落ち着くと、少しの疲れを感じました。
 私は学校に通っていないので、同い年の令嬢や令息に知り合いが少なくて。
 ずっと曖昧に微笑んでいたので、なんだか口元が固まっているいるように感じます。
 手足を伸ばして無意識のうちにため息をつくと、ノーンに声をかけられました。

「遅くなってしまいましたね、誰かさんのせいで」
「つきあってくれてありがとう。…そんな言い方をしてはいけませんよ」
「ハハハスミマセン、俺は嫌われてるので、つい」
「まあ」
 
 そんなことは…いえ、そういえば、殿下はノーンに視線を向けませんし、以前は睨んでもいたような…でもそれは他人の従者ですし、気のせいかも…

「お嬢さま、寝ないでくださいね」
「ね、寝ていません」

 特に意味もなく水面を叩くと、衝立の向こうから手だけが伸び、拭布を差し出されました。
 
「ほらほら、お嬢さま」
「んむんむ」

 風の魔法で髪の毛を乾かすと、凝った顔をノーンが揉んでくれました。くすぐったいです。

「ノーン、明日は朝から領地に飛びますね」 
「はい、お供します」

 あの後また引き止められて渡された、殿下からお父様宛ての手紙。
 「一度で済ませてもらえませんかねえ」というノーンの声は私にしか聞こえなかったはず。
 今回の婚約者変更について記されている、そうです。
 
 先日お義母様が男の子を産んだので、半分血の繋がる年の離れた弟ができました。
 現在、領地の実家は可愛いが無限の長男に夢中なのです。
 跡継ぎができたので、義妹ベルが婿を取る必要がなくなりました
 王太子の婚約者の義妹の婿、しかも公爵家のとなると選ぶのが大変だったそうなので、私も安心です。
 私の婚約者を今から探すのは難しいでしょうし、補佐役として王宮で雇っていただけるのでしたら、一生独り身でもいいのではないでしょうか?

「じゃあお嬢さま、俺と結婚しましょう」
「まあ、気を遣わせてしまってごめんなさいね、でもありがとう」
「本気なんですが?」
「あらまあ、うふふ」

 私は曖昧な笑みを浮かべておきました。ところで、

「あなたの世界にも結婚という制度はあるのですか?」
「ないですね」
「まあ、そうなのですね」

 それなのに、本気で?求婚してくれたのですね。
 ノーンは一生涯の終身雇用契約に応じてくれましたが、彼が望めば元の世界に戻すべきだとも思っています。
 ほとんど知らない彼の世界のことを今、ひとつ知れました。




 翌朝、実家に転移しお父様に殿下の手紙を手渡し、森へ向かいました。
 ――とめどなく魔物が沸き出る、大きく深い森。
 魔物の増加と共に生物は消え、森の恵みはなくなってしまいました。
 魔物は倒すと塵になり、貴石のような核を残します。魔物が他の魔物を食べる形でそれを多く取り込むと大きく強く狂暴になり、住処を出て人や家畜を襲うようになります。
 過去、森ごと結界で封印した時には、強い魔物が生まれて破られてしまったそうです。焼き払おうとして魔物が逃げ出し大ごとになったこともあるそうです。
 今は、森に面している領地を持つ家は協力し合い、結界師を雇って魔物が出てこないようにしています。
 公爵領に面した一カ所だけに出口を作り、そこを通り出てくるある程度成長した魔物を当家が退治するのです。
 殿下が数年前、王太子として何か政策を提案するという宿題を出されたときに「閃いた!」と叫んで作られた体系です。
 当時はお父様が鬼神のごとく魔物を狩っていましたね。憧れでした。
 核は王家に献上しています。浄化すると魔道具に使えるようになるのです。


 当番の者と手分けをして、魔法で数体の魔物を狩りました。
 ノーンはいつものように手伝ってくれます。もう何年も行っているのですっかり慣れた様子です。何なら私よりも手際がいいかもしれません。
 木漏れ日が、彼の真っ黒な髪の毛を艶めかせています。私の視線に気づき、微笑んでくれました。見惚れてしまう程に美しいです。木は一見よくある普通の森の木ですが、魔物が寄生していて、あ、棘のある触手が伸びています。えい、切断。

 今までは王太子の婚約者という立場だったので、『実家の手伝い』という名目で空いた時間や休息日にこっそり行っていた魔物退治ですが、これからは堂々としていていいのではないでしょうか。

 屋敷に戻って、念入りに湯浴みをして洗いたてのドレスに着替えて再度よく手を洗って、から異母弟を抱っこさせてもらい、お父様の返事を預かり転移で王都の屋敷に戻った頃には夕食の時間でした。
 はあ、弟が可愛いすぎて胸が苦しいです。義妹も可愛いですけど。うふふ。
 眠っている弟に目を細め、絶えず小さな声で何やら話しかけていらしたお父様。すっかり丸くなられて…もうずっと魔物を狩りに出ていないそうですね。
 お義母様には、何故か謝られてしまいました。

「何故かってことはないでしょう」
「私は納得していますし、ベルは何も悪くないのですが」
「責められた方が、お義母上も気が楽になったかもしれませんよ」
「………なるほど? ノーンは人の心の機微に聡いのですね」
「お嬢さまよりはそうかもしれませんね」
「まあ」

 反論できません。

「泣き喚いても、怒り狂って当たり散らしてもいいんですよ」
「まあ」

 淑女としては失格ですが、もしかしたらそれが可愛げというものなのでしょうか。婚約を破棄されるなんて令嬢にとっては人生を狂わせてしまう一大事のはずのに、周囲がよければそれで構わないと思っている私。殿下のお言葉が身に沁みますね。きっとこういうところが可愛くないのでしょう。
 可愛い……可愛いとは難しいですね。
 弟と義妹が可愛いのは間違いないのですけれど。
 あ、ノーンも可愛いですよ。顔立ちは精悍ですけれど。それでも。

 ノーンは真っ黒な瞳で私を見つめていましたが、ぷいっとそっぽを向きました。




「えっ、そうだったのですか?」

 夕食の席で、初めて聞いた話に私は驚いた声を上げてしまいました。
 スプーンが冷たいデザートのグラスに当たり音を立てました。ああ淑女失格です。

 義妹ベルは幼い頃罹った流行り病の後遺症で、季節の変わり目にはよく体調を崩していたそうです。
 殿下に初めて会ったのは、先月私に付き添って王宮に赴いた時で、私は仕事をいただいていたのでベルは与えられた部屋で待っていた、その時のことだったそうです。
 殿下が何用かで部屋を訪れ、くしゃみをしたベルを心配して王家直属の魔法医師団総出の治癒魔法で完治させた――そうなのです。
 そこでふたりは恋に落ちていたのですね。運命的なものを感じてしまいます。
 殿下は、ベルの手を取り素敵な笑みを浮かべながら、『たいしたことではない、気にしなくてよい』と仰ったそうです。あらまあ。

「まあ…明日王宮でお会いできたら心を尽くしてお礼を申し上げなければいけませんね」
「明日王宮へ行くの?なら私殿下にお手紙を書くわ。渡して、お義姉様」
「ええ、もちろんですよ」
「今から急いで書くわね。おやすみなさいお義姉様」
「はい、おやすみなさいベル。いい夢を」


 
「そういうことはもっと早く報告するべきじゃないですかねえ」

 そうですね、こんな運命的な恋のお話、もっと早く聞きたかったです。ああ、いえ、それよりも。
 
「お礼が遅くなってしまいましたわね、方々への」
「そこですかねえ」

 私は治癒魔法の才能がなく歯がゆい思いもしましたから、本当にありがたいことです。
 それにしても、魔法医師団総出だなんて。

「見えない借金が増えてしまいましたわ、励まなくては」
「王子の小遣いの範囲でやらせればいいんじゃないですかね」

 王太子もお小遣いをやりくりするのでしょうか。
 そういえば、ノーンが来てすぐの頃、ちょっとした社会勉強として、小さいお金を持って一緒に城下町に行ったことがありましたね。
 半分こしたお菓子は、今も好物です。



 翌日、王宮で殿下にお目見えすることはかなわず、四通の手紙は婚約者時代によくしてくれた女官に託しました。二通は私から、殿下と医師団の皆様へのお礼状です。
 
「もういいんですか?」
「殿下はお留守でしたわ。いつものお菓子を買って領地に行きましょう」
「あの店、今日は都合で休みだそうですよ」
「あらまあ、そうなのですか」
「新しくできた店のでよければ買っておきました」
「まあ、ありがとうノーン…あら美味しそうですね」
「馬車の中ですし、誰も見ていません。多めに包ませたのでどうぞ、あーん」
「(もぐもぐ)…………………ふふ、美味しいです。ノーンもあーんしてください」
「あーん」


 ほどなく、義妹ベルが婚約者として確定したということを新聞で知りました。

「お嬢さまが補佐をするから許されたんですよ」
「まあ、そんなことはないでしょう。ほら、魔物が来ますよ」
「ありますよ。最近大物が多いですね、ではまず俺が」
「ええ、漏らしても大丈夫ですよ」


 私が殿下にお目にかかれることはありませんでした。

「うわ、滑滑肉食植物の触手がそこまで伸びてますね」
「まあ、立派です。弱い魔物を食べて核まで消化してくれますからね、先の方だけ…えい、氷結と乾燥」
「あっ逃げますよ」
「もう出て来ないでくださいね~」


 王宮に上がることもありませんでした。

「お嬢さまー、そっちに一匹行きますよー」
「はーい、任せてくださーい…えい、切断三倍」
「今日も調子がいいですねー」
「ふふ、元気いっぱいですよ~」


 義妹ベルは王宮に通って殿下と愛を育んで…いる間もなく、婚約の儀の準備で忙しくしているそうです。王妃教育とまではいかなくとも覚えることが多いようで、疲れて夜は早くとこについてしまい、夕食の席でしか話をできず寂しいです。

「お義姉様、スピーチの原稿を作って欲しいの」
「ええ、長さはどのくらいかしら」
「自分の言葉で作った方がいいんじゃないですかねえ」

 私にしか聞こえない声で邪魔をしないでください、ノーン。


・・・・・


 そんなこんなで殿下と義妹は正式に婚約を交わし、盛大に祝われました。
 王宮のバルコニーで手を振るふたりの後方に、私は従者ノーンと控えていました。
 堂々としたもので、立派ですよ…と思わず涙ぐんでしまいました。『義姉馬鹿が過ぎませんか?』とノーンにはあきれられましたが、殿下はともかく、あの子は初めてなんですよ。

 パーティにも参加し、

「貴族のいる場に出るのは、成人の催し以来ですね。何か食べますか?」
「あら、そういえばそうですね。初めて見る果物があります。ノーンも」

 なんて雑談をしながら若いふたりを適度な間合いで見守っていると、何度か年配の殿方に後妻にどうかと声をかけられましたが、私には補佐役の務めがありますから、曖昧にではなくきっぱりとお断りさせていただきました。ノーンは『そんなにはっきりと否をつきつけられたんですね』と笑っていました。

 それにしても、美男美女が並んだ姿はとても絵になります。市井では似顔絵描きによる姿絵が売れに売れているそうですよ。買いに行きましょう、ノーン。

「え~~~いりません。本物を見ればいいじゃないですか」
「私が欲しいんです、それとこれとは違います、もう」



 婚姻の義まで一年。
 私と義妹ベルは王宮の離れにそれぞれ部屋を与えられ、住まいを移しました。

 ベルは、自分でドレスを彩るのだと張り切ってレース編みや刺繍に精を出しているようです。ベルニッタの名をつけた薔薇を育てさせてもいるそうです。楽しみですね。
 そういった方面が苦手な私にできる補佐が、現在何も、何もなく… 
 城にいる間、部屋で従者と雑談をするだけなのは申し訳ないので、殿下に仕事をくださいと手紙をしたためましたら、

「ならばお前と違って繊細なベルニッタの相談役でもしていろ」

 というお返事をいただきました。
 かしこまりました。精一杯頑張りましょう。



「お義姉様、相談したいことがあるの」

 まあ、殿下は預言者なのでしょうか。早速です。
 夜も更けた頃訪れた義妹ベルを部屋に通しました。侍女と護衛は部屋の外に待たせるようです。余程内密な、義姉である私にしかできない相談なのでしょう。腕が鳴ります。力の限り務めさせていただきますわ。

「何でも言って頂戴、必ず良い方向へ導いてみせますわ。ふふふふふ」

 力が入っている私を見て、ノーンが珍妙な顔で笑っていましたが、見ないふりです。
 ノーンの淹れてくれたハーブのお茶を勧めます。婚約のお祝いで配られたティーカップですよ。これを見た時は味わい深い顔で笑っていましたね、ノーンは。



「お義姉様、閨の指南をお願いしたいの」
「閨の?」



・・・・・・・・・・

お読みいただきありがとうございました。
前振りの割に長くてすみません。
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