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11.師匠と弟子がそれ以外の関係になる方法
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「師匠、結婚してください」
「え、無理」
即答してしまった。いや、だって、無理だし…
私は魔女…不老なのだから。
シューは目を伏せ、少し苦い表情になった。
「兄達にもそう言われました。無理だと」
「でしょう? ご家族が許さ」
「魔女がお前なんかを結婚相手に選ぶわけがない、と」
「シューに問題があるんじゃないよ!?」
「大笑いされましたが、もしも万が一にも受け入れてもらえるなら反対はしないと約束させました。無理だと仰る理由はそれだけですか?師匠のお気持ちは?」
「わ、わた、私は」
「俺はとっくに自分…と相手の意志だけで結婚できる年齢です。俺は結構使える男じゃないですか?買い得ですよ是非よくよくご検討ください」
「ふ、不老だし」
「迷う理由は、師匠が不老だからですか?それだけですか?」
「いちばん大事だよ…」
「俺と生きたいと思っていただけませんか? なるべく長生きします、貴女の特別に…夫にしてください」
とっくに特別だけれど、そんな名前のついた関係になるとは想像もしていなかった。
「愛しています、心から。俺にはあなたしかいない。あなたに俺の全てを捧げたい」
「…っ!」
真摯な眼差しが、前髪の隙間からきらりと光った。
「………私で本当にいいの?」
「師匠でないと嫌です」
言い切るシューは不安そうに瞳を揺らしていて、私が今感じているこれは…と…ときめき…?
「……………ありがとう、私でよければあなたの妻にしてください」
「ありがとうございます…! では、婚約のしるしとしてこれを。そしてこちらは俺に。肌身離さずつけてくださいね!」
シューは私の指にどこからともなく取り出した指輪を嵌め、私も言われるがままにシューの指にもうひとつの指輪を通した。
土台の銀色とはめ込まれた宝石の深く濃い青が、魔法の灯りを受けて煌めく。
「ふわあ、綺麗…! え、もらっていいの? こんな高そうなもの…」
「金ならあるので」
「言ってみたい~!」
「これで師匠と俺は家族です」
「まだ婚約「家族です」う、うん」
シューの真剣な顔が、なんだか迫力を増している。
師弟もある意味家族のようなものだと思うけれど。シューは内弟子だし。
それとこれとは別なのだろうか。
「そう、これで俺たちは家族です。ですから俺の秘密を話せます」
「シューの秘密?」
「俺が通っていた学院に関しての殆どは、守秘義務があって人に話せないし書けもしないんですが、家族ひとりにだけ伝えることが許されるんです」
「……え、待ってすごく重要なことなんじゃ…」
「まあ、そうですね。ちなみに聞いた内容は同じように話せないし書けもしません」
耳をふさいだら、そっと外された。
シューの口元を指でふさいだら舌先で舐められて慌てて離した。
「うわあぁ、あのねシュー、お兄様に、私じゃなくて」
「それでは聞いてください…言えなかった、俺の秘密を」
シューは、パンと手を叩いた。
「―――俺が通っていたのは、王立の学院でした」
「え、始まってる!?」
「入学時の適性試験の結果、魔法を使って『霊族』と戦うための級に入りました。霊族というのは別の世界から時空の傷を通ってこちらの世界に現れる靄のような妖の物です」
れいぞく…霊族だろうか。
世界や時空とは、魔族が自在に渡っているというあれらだろう。
「その目的は魔力で、自然界にあるものを吸って実体を持つこともあります。そうなると元の世界には戻れず、魔力を持つ人畜も襲うようになります。国民の混乱などを防ぐため、まだ研究が進んでいないため秘されていて、殲滅するのは王立の影の組織です。人手が足りなくて、学生のうちから国中のあちこちに派遣されていました。卒業後は自動的に討伐隊に所属となりました」
シューは淡々と語っている。
「時には大量の魔力を得て異常に強くなる個体もいます。俺は派遣先で死ぬかもしれません。実際今回は危ない場面もありました」
そんなことまで、淡々と。
「その場合、この秘密を知る家族以外に死因などは明かされません。師匠…酷だとしても、あなたに知っていて欲しかった。もちろん、あなたのために死なないように頑張りますが…」
ふっと表情を緩めた。
「まあ、俺のすべきことのうちのひとつだと思ってます。学院で何をしていたか、今何をしているか、兄達には違う情報を与えられています。まあ俺は五男ですし何をしてもいいと言われてるんですけどね」
不意に前髪をかき上げて、しっかりと視線が絡む。
「…そうそう、前髪が長いのは、なるべく敵に顔を見せないようにするためです。奴らは魔力を吸って力をつけるとやたらと呪ってくるので」
そしてシューは、パンと手を叩いた。
「これでお終いです。聞いてくださってありがとうございます」
そう言って、私の頬を両の手で包んで親指で拭った。
少し滲んだシューの笑顔は、いつもよりも大人びて見えた。
命を懸けて、学生の間からずっと、ずっと戦っていたんだと今初めて知った。
「人知れず、私たちを守ってくれてありがとう…私にできること、なにかあるかな…?」
「甘やかしてください」
瞬時に答えられて、少し驚いた。
けれど、決まっているのならむしろ有難い。
「お、おいで、シュー♡」
両手を広げると寝台に手をついて上体を傾けたので、顔にかかる髪の毛を指で流して、私には隠す必要のない額や目元や頬に唇を寄せた。
胸元にシューの頭を抱き寄せて…言うこと…は…
「いつも頑張ってて働き者で賢くてかっこよくて可愛くてえーーと私のことが大好きで偉いね♡」
これが正解なのかわからないなあと思いながら、頭を撫でた。
「そうです…大好きなんです、初恋なんです」
そうだったの!? なんでまた私を!?
…なんて今言うのは野暮だと、さすがに私でもわかる。
「そっかあ…ありがとうね、嬉しいなあ、シューはお目が高いねえ」
間違いではないかもしれないけれど正しいのかはわからないまま、時は過ぎて行った。
あれっ、夜にしたいことって、これだっけ…
シューは満足げだったので、よしとした。
☆・☆・☆・☆・☆
抱き合って眠って、いつものように朝はやってきた。
まどろみながら
「……もっとこうしていたいです」
考えていたことを、読まれたようにシューに言われてしまった。
「朝から師匠と食卓を囲めるのは本当に幸せです…」
「ふふ、私もシューと一緒にご飯が食べられて嬉しいなあ。たくさん食べてね」
「ありがとうございます…」
昨夜のように、しみじみと味わうシュー。
今朝は、粉にほんの少しの塩と油を足して水で溶いて薄く焼き、炒めた燻製肉と茸やチーズや生の香草などを包んだものを用意した。
「あっ辛いなんですかこれ!でも甘い?美味しいですね」
「ふふっ、それはよかった」
去年作った辛い実の蜜漬けは、シューの口にあったようでなにより。
昨日食べる予定でもいでおいた剛毛甘瓜も並べた。
媚薬は残すところあと10本。朝の時間で作ってしまうことにした。
シューが近くで見学したいと言うのでどこでも好きなところでどうぞと答えたら、作業台に向かう私の真後ろに丸椅子を置き、私を脚で挟むように腰かけた。
手元は見えないのでは?と思っていたら、そのまま後ろから抱きしめられた。
腕は胸の真下で、乳房が乗っている。
重くないだろうか。
私は自分の手のひらですくって支えた。
「あっずるいです、師匠」
が、そっと手を外された。
「乗せておいてください、どうぞ気にせず調薬を」
「う…うん? あっ」
うなじや耳の後ろに唇を当てられて、その度に体が震えた。
「あ…っ、んっ」
「大好きです、師匠」
「…っ」
「……邪魔をしてすみません」
肩に額を押し当てたまま動きを止めたので、余裕をもって用意していおいた材料をすべて使い、12本を調薬した。
<媚薬:102本(うち35本納品)>
100本と2本の媚薬を作り終えた達成感と共に片づけをしていると、後ろで何かが重いものが落ちたような音がした。
驚いて振り返ると、シューが床に倒れていた。
「ど、どうしたの、シュー」
「………い、です…」
慌てて駆け寄るとシューは苦しそうで、見ると胸や腹の辺りを抑えている。
「痛い? 痛いの?」
「…っ、…」
身体を丸めるようにしていて、声も出せないようだ。
口元に赤い色が見えて、背筋が凍った。
抱き上げて寝台まで運ぶ力はないので、横向きにして床に寝かせたまま、熱を持った身体に鎮静の魔法をかけた。
「一体…何が…」
シューの苦しむ姿に奥様の発作を重ねてしまい、古い記憶が呼び起こされた。
『秘密にしておきなさい。誰にも言っては駄目よ。いいこと、アム』
『それは安易に作ってはいけないものだと思うわ。私の勘がそう言っているもの』
奥様の勘は外れたことがない。
あの時は作れなかった、魔女の秘薬の、もうひとつ―――全能薬。異世界の秘方。
名前の通り、すべての病を根治させ瀕死の状態さえ回復させる全能の薬。
隠した方がいいというのは何となく感じていた。明かしたのは奥様だけ。
『私ではなく、この先現れるあなたの特別に大切な人に使いなさい。それまでは』
それまでは、忘れていなさいね―――
「奥様…っ」
奥様は、私に暗示をかけてくれていた。
シューは大きく咳き込み、黒い床でもわかる程に血を吐いた。
私は心を決めて、作業台に向かった。
片隅に置いた小瓶に気づき、中に入れてある鎮静の魔法を込めた石を全部シューの手に握らせた。
「もう少し、頑張ってね」
必要な材料を迷うことなく棚から取り出し、並べていく。
昔奥様のために用意したそれらは、劣化していない。大丈夫だ、使える。
全能薬という名とは思えない程、驚く程に簡単に作ることができる。
ただ、注ぐ魔力の量は身体から無くなってしまうかと思うくらいだ。
「シュー、これを」
――――――――――――――――――――――――――――――
あっ
言い忘れてたけど全能薬作ったらボクの加護は全部なくなるからね
ってもう作ってるし
ちょっとよそ見した隙にさあ 早すぎるんじゃないの
――――――――――――――――――――――――――――――
ヒトとは違う声が頭に響いて、心臓が跳ねた。
「…200年以上経ってるよ?」
――――――――――――――――――――――――――――――
ニヒャクネンイジョウって何 まあいいや
で 誰に飲ませるの
――――――――――――――――――――――――――――――
「大切な人…だよ」
――――――――――――――――――――――――――――――
何それつまんないの
楽しい使い方してくれると思って媚薬と一緒にあげたのに
まあいいや前全能薬あげた子のとこに行こうっと
――――――――――――――――――――――――――――――
「……っ、はっ…はぁ…っ、…っ!」
動悸が乱れて嫌な汗が止まらないが、それどころではない。
「シュー、シューしっかりして、起きて、ねえ」
「………ぅ、」
「っ! 飲んで、お願い!」
「…、ぃ…」
先程とは打って変わって冷たい半身を抱き起こし、全能薬を含むと口移しで無理矢理飲ませた。
腕の中のシューの身体がびくりと震えた。
弱々しかった呼吸が戻って来る。
「シュー!」
「あ……師匠…?」
☆・☆・☆・☆・☆
そんな次の日、私は安静にしてほしかったのだけれど、シューはもう眠れませんと起きてしまった。
いつものように、健康そのものに見える。
朝食の、病人食として定番の薄味のスープでは物足りないようだった。
後でもう少し食べ応えのあるものを用意しよう。
大きい布物を洗濯したくて天気の遠見をしたが、何も見えない。
「……あれ?」
「どうかしましたか?」
「明日の天気ってどうかなーと思って」
「明日は…雲が多く昼前から小雨ですね」
「そっかあ、明日は無理かなあ……」
遠見ができない。
汲み置きしてある桶の水に魔力を通すが、浄化されている気配はない。
媚薬の作り方を思い出そうとしても、材料すらわからない。
恐らく鎮静も―――
「ねえシュー、私魔法が使えなくなってるみたい」
「えっ、どこか調子が悪いんですか?」
「ううん、全然元気なんだけど、遠見も浄化も何もできない」
「? 師匠、失礼します…えっ」
「なになに? あっ鑑定?」
「はい……『能力』に遠見…魔法が何もありません、不老なら『状態』に表れるはずですが…見当たりません」
「人のを見れるんだね、すごいねえ…あ、加護とやらが外れたんだ」
「何か心当たりがあるんですか?」
私は、全能薬のことや魔神とのやりとりを話した。
「そ…う、だったんですね……俺を救ってくださっていたんですね…」
「与えられた魔法が使えなくなったんだね」
「すみません…い、いえ、ありがとうございました…!」
「謝らなくちゃいけないのは私だよ。教えられる魔法が無くなっちゃって、ごめんね」
「そんなことは…残念ですが……」
「魔力は無くなってないんだよね?」
「…見た限りでは」
落ち込んだような苦しいような複雑な表情のシューとは反対に、私は満面の笑みを浮かべてしまったと思う。
「じゃあ、これから好きな魔法覚え放題だね!」
「…師匠の前向きなところ、大好きです」
「何から覚えるんですか?」
「そうだねえ…シュー、部屋を明るくする魔法を教えて欲しいな」
「…夜までには覚えられますよ」
<おしまい>
☆これで完結です。お読みいただきありがとうございました。
この後は、弟子視点の話と番外編を投稿する予定です。
「え、無理」
即答してしまった。いや、だって、無理だし…
私は魔女…不老なのだから。
シューは目を伏せ、少し苦い表情になった。
「兄達にもそう言われました。無理だと」
「でしょう? ご家族が許さ」
「魔女がお前なんかを結婚相手に選ぶわけがない、と」
「シューに問題があるんじゃないよ!?」
「大笑いされましたが、もしも万が一にも受け入れてもらえるなら反対はしないと約束させました。無理だと仰る理由はそれだけですか?師匠のお気持ちは?」
「わ、わた、私は」
「俺はとっくに自分…と相手の意志だけで結婚できる年齢です。俺は結構使える男じゃないですか?買い得ですよ是非よくよくご検討ください」
「ふ、不老だし」
「迷う理由は、師匠が不老だからですか?それだけですか?」
「いちばん大事だよ…」
「俺と生きたいと思っていただけませんか? なるべく長生きします、貴女の特別に…夫にしてください」
とっくに特別だけれど、そんな名前のついた関係になるとは想像もしていなかった。
「愛しています、心から。俺にはあなたしかいない。あなたに俺の全てを捧げたい」
「…っ!」
真摯な眼差しが、前髪の隙間からきらりと光った。
「………私で本当にいいの?」
「師匠でないと嫌です」
言い切るシューは不安そうに瞳を揺らしていて、私が今感じているこれは…と…ときめき…?
「……………ありがとう、私でよければあなたの妻にしてください」
「ありがとうございます…! では、婚約のしるしとしてこれを。そしてこちらは俺に。肌身離さずつけてくださいね!」
シューは私の指にどこからともなく取り出した指輪を嵌め、私も言われるがままにシューの指にもうひとつの指輪を通した。
土台の銀色とはめ込まれた宝石の深く濃い青が、魔法の灯りを受けて煌めく。
「ふわあ、綺麗…! え、もらっていいの? こんな高そうなもの…」
「金ならあるので」
「言ってみたい~!」
「これで師匠と俺は家族です」
「まだ婚約「家族です」う、うん」
シューの真剣な顔が、なんだか迫力を増している。
師弟もある意味家族のようなものだと思うけれど。シューは内弟子だし。
それとこれとは別なのだろうか。
「そう、これで俺たちは家族です。ですから俺の秘密を話せます」
「シューの秘密?」
「俺が通っていた学院に関しての殆どは、守秘義務があって人に話せないし書けもしないんですが、家族ひとりにだけ伝えることが許されるんです」
「……え、待ってすごく重要なことなんじゃ…」
「まあ、そうですね。ちなみに聞いた内容は同じように話せないし書けもしません」
耳をふさいだら、そっと外された。
シューの口元を指でふさいだら舌先で舐められて慌てて離した。
「うわあぁ、あのねシュー、お兄様に、私じゃなくて」
「それでは聞いてください…言えなかった、俺の秘密を」
シューは、パンと手を叩いた。
「―――俺が通っていたのは、王立の学院でした」
「え、始まってる!?」
「入学時の適性試験の結果、魔法を使って『霊族』と戦うための級に入りました。霊族というのは別の世界から時空の傷を通ってこちらの世界に現れる靄のような妖の物です」
れいぞく…霊族だろうか。
世界や時空とは、魔族が自在に渡っているというあれらだろう。
「その目的は魔力で、自然界にあるものを吸って実体を持つこともあります。そうなると元の世界には戻れず、魔力を持つ人畜も襲うようになります。国民の混乱などを防ぐため、まだ研究が進んでいないため秘されていて、殲滅するのは王立の影の組織です。人手が足りなくて、学生のうちから国中のあちこちに派遣されていました。卒業後は自動的に討伐隊に所属となりました」
シューは淡々と語っている。
「時には大量の魔力を得て異常に強くなる個体もいます。俺は派遣先で死ぬかもしれません。実際今回は危ない場面もありました」
そんなことまで、淡々と。
「その場合、この秘密を知る家族以外に死因などは明かされません。師匠…酷だとしても、あなたに知っていて欲しかった。もちろん、あなたのために死なないように頑張りますが…」
ふっと表情を緩めた。
「まあ、俺のすべきことのうちのひとつだと思ってます。学院で何をしていたか、今何をしているか、兄達には違う情報を与えられています。まあ俺は五男ですし何をしてもいいと言われてるんですけどね」
不意に前髪をかき上げて、しっかりと視線が絡む。
「…そうそう、前髪が長いのは、なるべく敵に顔を見せないようにするためです。奴らは魔力を吸って力をつけるとやたらと呪ってくるので」
そしてシューは、パンと手を叩いた。
「これでお終いです。聞いてくださってありがとうございます」
そう言って、私の頬を両の手で包んで親指で拭った。
少し滲んだシューの笑顔は、いつもよりも大人びて見えた。
命を懸けて、学生の間からずっと、ずっと戦っていたんだと今初めて知った。
「人知れず、私たちを守ってくれてありがとう…私にできること、なにかあるかな…?」
「甘やかしてください」
瞬時に答えられて、少し驚いた。
けれど、決まっているのならむしろ有難い。
「お、おいで、シュー♡」
両手を広げると寝台に手をついて上体を傾けたので、顔にかかる髪の毛を指で流して、私には隠す必要のない額や目元や頬に唇を寄せた。
胸元にシューの頭を抱き寄せて…言うこと…は…
「いつも頑張ってて働き者で賢くてかっこよくて可愛くてえーーと私のことが大好きで偉いね♡」
これが正解なのかわからないなあと思いながら、頭を撫でた。
「そうです…大好きなんです、初恋なんです」
そうだったの!? なんでまた私を!?
…なんて今言うのは野暮だと、さすがに私でもわかる。
「そっかあ…ありがとうね、嬉しいなあ、シューはお目が高いねえ」
間違いではないかもしれないけれど正しいのかはわからないまま、時は過ぎて行った。
あれっ、夜にしたいことって、これだっけ…
シューは満足げだったので、よしとした。
☆・☆・☆・☆・☆
抱き合って眠って、いつものように朝はやってきた。
まどろみながら
「……もっとこうしていたいです」
考えていたことを、読まれたようにシューに言われてしまった。
「朝から師匠と食卓を囲めるのは本当に幸せです…」
「ふふ、私もシューと一緒にご飯が食べられて嬉しいなあ。たくさん食べてね」
「ありがとうございます…」
昨夜のように、しみじみと味わうシュー。
今朝は、粉にほんの少しの塩と油を足して水で溶いて薄く焼き、炒めた燻製肉と茸やチーズや生の香草などを包んだものを用意した。
「あっ辛いなんですかこれ!でも甘い?美味しいですね」
「ふふっ、それはよかった」
去年作った辛い実の蜜漬けは、シューの口にあったようでなにより。
昨日食べる予定でもいでおいた剛毛甘瓜も並べた。
媚薬は残すところあと10本。朝の時間で作ってしまうことにした。
シューが近くで見学したいと言うのでどこでも好きなところでどうぞと答えたら、作業台に向かう私の真後ろに丸椅子を置き、私を脚で挟むように腰かけた。
手元は見えないのでは?と思っていたら、そのまま後ろから抱きしめられた。
腕は胸の真下で、乳房が乗っている。
重くないだろうか。
私は自分の手のひらですくって支えた。
「あっずるいです、師匠」
が、そっと手を外された。
「乗せておいてください、どうぞ気にせず調薬を」
「う…うん? あっ」
うなじや耳の後ろに唇を当てられて、その度に体が震えた。
「あ…っ、んっ」
「大好きです、師匠」
「…っ」
「……邪魔をしてすみません」
肩に額を押し当てたまま動きを止めたので、余裕をもって用意していおいた材料をすべて使い、12本を調薬した。
<媚薬:102本(うち35本納品)>
100本と2本の媚薬を作り終えた達成感と共に片づけをしていると、後ろで何かが重いものが落ちたような音がした。
驚いて振り返ると、シューが床に倒れていた。
「ど、どうしたの、シュー」
「………い、です…」
慌てて駆け寄るとシューは苦しそうで、見ると胸や腹の辺りを抑えている。
「痛い? 痛いの?」
「…っ、…」
身体を丸めるようにしていて、声も出せないようだ。
口元に赤い色が見えて、背筋が凍った。
抱き上げて寝台まで運ぶ力はないので、横向きにして床に寝かせたまま、熱を持った身体に鎮静の魔法をかけた。
「一体…何が…」
シューの苦しむ姿に奥様の発作を重ねてしまい、古い記憶が呼び起こされた。
『秘密にしておきなさい。誰にも言っては駄目よ。いいこと、アム』
『それは安易に作ってはいけないものだと思うわ。私の勘がそう言っているもの』
奥様の勘は外れたことがない。
あの時は作れなかった、魔女の秘薬の、もうひとつ―――全能薬。異世界の秘方。
名前の通り、すべての病を根治させ瀕死の状態さえ回復させる全能の薬。
隠した方がいいというのは何となく感じていた。明かしたのは奥様だけ。
『私ではなく、この先現れるあなたの特別に大切な人に使いなさい。それまでは』
それまでは、忘れていなさいね―――
「奥様…っ」
奥様は、私に暗示をかけてくれていた。
シューは大きく咳き込み、黒い床でもわかる程に血を吐いた。
私は心を決めて、作業台に向かった。
片隅に置いた小瓶に気づき、中に入れてある鎮静の魔法を込めた石を全部シューの手に握らせた。
「もう少し、頑張ってね」
必要な材料を迷うことなく棚から取り出し、並べていく。
昔奥様のために用意したそれらは、劣化していない。大丈夫だ、使える。
全能薬という名とは思えない程、驚く程に簡単に作ることができる。
ただ、注ぐ魔力の量は身体から無くなってしまうかと思うくらいだ。
「シュー、これを」
――――――――――――――――――――――――――――――
あっ
言い忘れてたけど全能薬作ったらボクの加護は全部なくなるからね
ってもう作ってるし
ちょっとよそ見した隙にさあ 早すぎるんじゃないの
――――――――――――――――――――――――――――――
ヒトとは違う声が頭に響いて、心臓が跳ねた。
「…200年以上経ってるよ?」
――――――――――――――――――――――――――――――
ニヒャクネンイジョウって何 まあいいや
で 誰に飲ませるの
――――――――――――――――――――――――――――――
「大切な人…だよ」
――――――――――――――――――――――――――――――
何それつまんないの
楽しい使い方してくれると思って媚薬と一緒にあげたのに
まあいいや前全能薬あげた子のとこに行こうっと
――――――――――――――――――――――――――――――
「……っ、はっ…はぁ…っ、…っ!」
動悸が乱れて嫌な汗が止まらないが、それどころではない。
「シュー、シューしっかりして、起きて、ねえ」
「………ぅ、」
「っ! 飲んで、お願い!」
「…、ぃ…」
先程とは打って変わって冷たい半身を抱き起こし、全能薬を含むと口移しで無理矢理飲ませた。
腕の中のシューの身体がびくりと震えた。
弱々しかった呼吸が戻って来る。
「シュー!」
「あ……師匠…?」
☆・☆・☆・☆・☆
そんな次の日、私は安静にしてほしかったのだけれど、シューはもう眠れませんと起きてしまった。
いつものように、健康そのものに見える。
朝食の、病人食として定番の薄味のスープでは物足りないようだった。
後でもう少し食べ応えのあるものを用意しよう。
大きい布物を洗濯したくて天気の遠見をしたが、何も見えない。
「……あれ?」
「どうかしましたか?」
「明日の天気ってどうかなーと思って」
「明日は…雲が多く昼前から小雨ですね」
「そっかあ、明日は無理かなあ……」
遠見ができない。
汲み置きしてある桶の水に魔力を通すが、浄化されている気配はない。
媚薬の作り方を思い出そうとしても、材料すらわからない。
恐らく鎮静も―――
「ねえシュー、私魔法が使えなくなってるみたい」
「えっ、どこか調子が悪いんですか?」
「ううん、全然元気なんだけど、遠見も浄化も何もできない」
「? 師匠、失礼します…えっ」
「なになに? あっ鑑定?」
「はい……『能力』に遠見…魔法が何もありません、不老なら『状態』に表れるはずですが…見当たりません」
「人のを見れるんだね、すごいねえ…あ、加護とやらが外れたんだ」
「何か心当たりがあるんですか?」
私は、全能薬のことや魔神とのやりとりを話した。
「そ…う、だったんですね……俺を救ってくださっていたんですね…」
「与えられた魔法が使えなくなったんだね」
「すみません…い、いえ、ありがとうございました…!」
「謝らなくちゃいけないのは私だよ。教えられる魔法が無くなっちゃって、ごめんね」
「そんなことは…残念ですが……」
「魔力は無くなってないんだよね?」
「…見た限りでは」
落ち込んだような苦しいような複雑な表情のシューとは反対に、私は満面の笑みを浮かべてしまったと思う。
「じゃあ、これから好きな魔法覚え放題だね!」
「…師匠の前向きなところ、大好きです」
「何から覚えるんですか?」
「そうだねえ…シュー、部屋を明るくする魔法を教えて欲しいな」
「…夜までには覚えられますよ」
<おしまい>
☆これで完結です。お読みいただきありがとうございました。
この後は、弟子視点の話と番外編を投稿する予定です。
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