この声が、聞こえるあいだに

小野紅白

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二話

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「お目覚めですの? 圭太さん」

 目覚ましのベルが鳴る十五分前になぜか目が覚めた。何だか悔しいし、ちゃんと起きれない気もするけど、二度寝してしまおうか。と、布団をかぶったらそんな声が聞こえた。

「うぉっ!……マジか……」

 脳内マダム、夢じゃなかった。……現実が低血圧の体にじわじわ効いてくる。

 あーー、マダムのせいか。この15分の早起きは。多分。きっとそう。

「えー、本日ハ晴天ナリー。今朝の寝癖は、なかなかの暴れっぷりでしてよ」

「15分後に答えるわ。おやすみ」

「あら…それでは、わたくしは15分ほど心の奥に引っ込んでおきますけれども……もし夢の中でお会いしたら、手を振ってくださいませね?」

「はぁ。……もういいわ」

 何だか寝る気もなくなったのでとりあえず洗面所に向かう。

「なんで見えないのに寝癖ついてんの分かるんだよ」

 蛇口をひねり、顔を洗ったあと、鏡の中の自分と目が合う。
 寝癖が、右斜め上にファンキーに跳ねていた。

「ふふ、まるで風に吹かれたアジの開きのようですわね」

「どんな例えだよ……」

 寝癖直しスプレーを振ってぐしゃぐしゃと髪を直す間も、マダムの実況は止まらない。

「もう少し優しくなさって。髪は女の命と申しますでしょ?」

「僕、男だけど」

「まぁ、圭太さんの髪にもきっと命が宿っておりますもの。おろそかにはできませんわ」

 何の話だよ。

 制服に着替えて、ネクタイを緩めに締める。

「ちょっとお待ちなさいませ!そのネクタイ!顔映りがよくありませんわ!」

「いや、制服だから。ネクタイのカラバリとかないから」

「それにネクタイはもっときっちりと締めていただかないと。せっかくの二枚目が勿体無いですわ」

「二枚目?」

「ええ。他のネクタイはありませんの?」

「いや、だからこれしかないって」

「あら、ではお買いになって?その青よりもう少し黄色っぽい方がお似合いでしてよ?」

「いやいや、決まってるから。制服だから。顔映りが悪いとかで他のネクタイしちゃダメなの」

「…そうでしたのね。では、ポケットチーフはいかが?」

「なにそれ?!」

「ジャケットの胸ポケットからチラッと見えるハンケチーフですわ。うふふ。あれ、素敵ですわよね」

「いや、知らんし。ていうか、夏服だからジャケットないし」

「……!ジャケット……無しですの……?」

 一瞬、世界の終わりみたいな間があってから、マダムが深くため息をついた。

「殿方のジャケット姿は大層良いものですのに………なんと儚い世界ですの……」

「いや暑いから。熱中症との戦いだから」

 あーでもないこーでもないとやり取りしてるうちに、マダムの声にも慣れてきてる自分が少しイヤだ。

 リビングに下りて、牛乳をコップに注ぎ、カレーパンのパッケージを開けて齧り付く。
 うん。やっぱりカレーパンと牛乳の組み合わせは最高だな。

「……カリイがパンの中に……?!これは……革命ですわ……!」

「え、普通によくあるやつだよ?コンビニにもあるし」

「……?!……そうなのですね…!……ですがやはり、お野菜がないのが心配ですわ」

「今日野菜ジュース買ってくるからそれで勘弁してよ」

 牛乳を飲みながら窓の外をぼーっと見る。
 朝の空は、雲ひとつないきれいな青。蝉が鳴いている。

 なんとなく、脳内のマダムも一緒にこの景色を見ているような、そんな感覚になる。
 ……いやいやいや、何受け入れてるんだろ。僕。
 
 支度を整えて玄関に向かおうとすると、マダムの声がまたひとつ。

「ハンカチはお持ちになりました?」

「うっ……いや、持ってないけど……」

「まぁ……。圭太さん、お手を拭うときにどうなさるの?」

「……振って?…から、……ズボンの、太もも……?」

「まぁ!!」

 めちゃくちゃ驚かれた。

「冗談冗談。……たぶん」

 なんて靴を履きながら返すと、マダムが静かに言った。
 
「では、お嬢様方が涙を流された時、ハンケチをお持ちでなければ何を差し出されますの?……太もも?」

「何差し出しちゃってんの?!ていうかお嬢様方が涙を流された時って、何それ?!どういう状況!?そもそも僕がそこに居合わせる未来、一ミリも見えないんだけど!?」

「たとえば……放課後の図書室。泣いていたお嬢様がそっと顔を上げる。あなたが差し出す白いハンケチ……そこから始まる淡き恋。うふふ。素敵ですわ」

「……いってきます」

 ドアノブに手をかけたところで、ふと立ち止まり、靴箱の上の引き出しを開ける。
 そこには、父さんがいつも持って行きなさいって言って用意してるハンカチ。シンプルな紺のやつ。

「……別に、お嬢様が泣くわけじゃないけどさ。汗拭くのに、たまたま必要かもしれないし」

 誰に言い訳するでもなく、ハンカチをポケットに突っ込み、ドアを開ける。

「……ハンケチは出来れば白がトキメキますわ」

 ちょっと乱暴にドアを閉めた僕は悪くないと思うんだ。
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