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18 湯気の向こう
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蒼衣は究竟に尋ねた。
「どうして僕の居場所がわかったんです?」
「琥太郎が、間宮に肩を抱かれて歩いて行くお前を見かけたのだ」
隣で並んで馬を走らせている琥太郎が答える。
「志摩屋の前で逢引きの約束をした百合江ちゃんを迎えに行ったら、店から出てきた蒼衣様が男に肩を抱かれていくから驚いたニャ。そしてその男の顔を見たら、もっと驚いたニャ。だって、あの間宮義勝と同じ顔だったニャ」
そうだ、究竟が結城は間宮の生まれ変わりだと言っていた。
「それでぴんと来て二人の後をつけたニャ」
「僕が今こうしていられるのは琥太郎さんのおかげなんですね。本当にありがとうございます。でもどうしよう。百合江お嬢様は琥太郎さんとの逢引きをとても楽しみにしていたのに。僕のせいで……」
「大丈夫ニャ。明日、今日の分まで目いっぱい楽しませてあげるのニャ」
琥太郎がモテるのもよくわかる。美男子だし、いつも明るくて優しい。
「それで結城の屋敷に入って行った蒼衣様を見届けたあと、急いで究竟様に伝えに行ったニャ。助けることができて本当によかったニャ」
全裸にされたうえ両手足を麻縄できつく縛られるという怖ろしい目に遭ったことを思い出し、蒼衣は究竟の胸の中で震えた。
「究竟様、琥太郎さん、本当に助けに来てくれてありがとうございました。究竟様の姿を見た時、夢かと思った。本当に嬉しかった……」
「俺の方こそ、怖い思いをさせてすまない。しばらく馬を走らせるから少し休め」
「はい……」
究竟がなぜ謝るのか蒼衣にはわからなかった。間宮とのことに巻き込んだと感じているからなのだろうか。聞きたいことだらけだが今はそれを尋ねるよりも、究竟の優しい眼差しに包まれて胸の中で眠ることを蒼衣は選んだ。
馬上で揺られて究竟の胸の中で眠ってしまった蒼衣は、「着いたぞ」という言葉で目を覚ました。
「えっ? ここは?」
目を覚ました蒼衣は驚いた。狭い四畳半の自分の長屋に帰るのだとばかり思っていたが、着いたのは高い塀に囲まれた立派な屋敷だった。
「お前の家では男三人で住むには狭すぎるからな。お前が仕事に行っている間に新しい家を探しておいた」
究竟が言った「三人」という言葉の中に自分が含まれていることが嬉しすぎる。
「それに」
きょとんとした蒼衣に究竟がニヤニヤしながら言う。
「あの家の壁は薄すぎる。ここなら周りを気にせず存分に声を出せるぞ」
顔から火が出て耳まで赤くなる。でもまたいつもの冗談めいたことを究竟が言ってくれて嬉しかった。
「本当は天界に連れて帰るのが一番だが、今は帰れる通力が俺にはない。だがこの屋敷に結界は張れたから間宮が襲ってくることはない。さあ、中に入ろう」
頑丈な門の鉄の扉を開いて中に入ると広い庭になっていて、その奥にある玄関の土間だけでも蒼衣の家より広かった。
草履を脱いで中に上がり廊下を歩いて行くと、中庭に面した回廊になっている。たくさんある部屋はすべて十畳以上のものしかない。
「すごい御屋敷ですね」
「天界の屋敷はもっと広いぞ。いつか連れて行ってやる」
これは夢なのではないだろうか。この屋敷のことだけではない。究竟の瞳の中に自分が映っていることが贅沢な幸せだと思った。
「何はともあれ風呂に入りたい。琥太郎、準備してくれ」
「もうできてるニャ!」
「いい子だ」
究竟に頭を撫でられ猫の習性が蘇ったのか、琥太郎が頬を究竟の足にすりすりしている。きっとこんな二人のじゃれ合いを百合江が見たら、きゃあきゃあ言って喜ぶだろう。
究竟について風呂場に行くと、そこは広い露天の温泉が湧いている岩風呂だった。
「一緒に入ろう。背中を流してやる」
そう言って究竟はするすると着物を脱いだ。
たくさんの傷痕が刻み込まれた身体にかかっている漆黒の長い髪を無造作にかき上げてひとつに纏める。普段は見せることのない白い項が美しい。
蒼衣も究竟がかけてくれた着物を脱いで洗い場に向かった。
待っていた究竟は蒼衣を風呂椅子に座らせると、手拭でやさしく身体を洗ってくれた。両手足にはまだきつく麻縄で縛られた痕が紅く残っている。まるで間宮にされたことをすべて洗い流すかのように、究竟は丹念に身体の隅々まで洗い流してくれた。恥ずかしさより間宮のことを忘れてしまいたい気持ちの方が強かったからか、蒼衣も黙ってされるがままに身を任せた。
洗い終わると夜の冷たい空気に触れて白い湯気が立ち込める露天の温泉の中に、先に究竟が入って行った。蒼衣も片足ずつ湯に入りゆっくりと全身を浸らせる。ちょうど良い湯加減で身体が温まり、重力からも解放されて身体が軽くなる。
立ち込める湯気の向こうから、先に入っていた究竟の「おいで」という甘い声が聞こえてきた。
どこにいるのだろうと湯に浸かりながら視界を遮っている湯気の中を進んでいくと、突如背後から捕まえられ抱きしめられた。
「あっ」
気が付いた時にはもう究竟の腕の中だった。
背後から抱きしめたまま蒼衣の顔のすぐ横に、究竟が自分の顔を寄せてきた。
「あいつに、どこまでされたの?」
「どうして僕の居場所がわかったんです?」
「琥太郎が、間宮に肩を抱かれて歩いて行くお前を見かけたのだ」
隣で並んで馬を走らせている琥太郎が答える。
「志摩屋の前で逢引きの約束をした百合江ちゃんを迎えに行ったら、店から出てきた蒼衣様が男に肩を抱かれていくから驚いたニャ。そしてその男の顔を見たら、もっと驚いたニャ。だって、あの間宮義勝と同じ顔だったニャ」
そうだ、究竟が結城は間宮の生まれ変わりだと言っていた。
「それでぴんと来て二人の後をつけたニャ」
「僕が今こうしていられるのは琥太郎さんのおかげなんですね。本当にありがとうございます。でもどうしよう。百合江お嬢様は琥太郎さんとの逢引きをとても楽しみにしていたのに。僕のせいで……」
「大丈夫ニャ。明日、今日の分まで目いっぱい楽しませてあげるのニャ」
琥太郎がモテるのもよくわかる。美男子だし、いつも明るくて優しい。
「それで結城の屋敷に入って行った蒼衣様を見届けたあと、急いで究竟様に伝えに行ったニャ。助けることができて本当によかったニャ」
全裸にされたうえ両手足を麻縄できつく縛られるという怖ろしい目に遭ったことを思い出し、蒼衣は究竟の胸の中で震えた。
「究竟様、琥太郎さん、本当に助けに来てくれてありがとうございました。究竟様の姿を見た時、夢かと思った。本当に嬉しかった……」
「俺の方こそ、怖い思いをさせてすまない。しばらく馬を走らせるから少し休め」
「はい……」
究竟がなぜ謝るのか蒼衣にはわからなかった。間宮とのことに巻き込んだと感じているからなのだろうか。聞きたいことだらけだが今はそれを尋ねるよりも、究竟の優しい眼差しに包まれて胸の中で眠ることを蒼衣は選んだ。
馬上で揺られて究竟の胸の中で眠ってしまった蒼衣は、「着いたぞ」という言葉で目を覚ました。
「えっ? ここは?」
目を覚ました蒼衣は驚いた。狭い四畳半の自分の長屋に帰るのだとばかり思っていたが、着いたのは高い塀に囲まれた立派な屋敷だった。
「お前の家では男三人で住むには狭すぎるからな。お前が仕事に行っている間に新しい家を探しておいた」
究竟が言った「三人」という言葉の中に自分が含まれていることが嬉しすぎる。
「それに」
きょとんとした蒼衣に究竟がニヤニヤしながら言う。
「あの家の壁は薄すぎる。ここなら周りを気にせず存分に声を出せるぞ」
顔から火が出て耳まで赤くなる。でもまたいつもの冗談めいたことを究竟が言ってくれて嬉しかった。
「本当は天界に連れて帰るのが一番だが、今は帰れる通力が俺にはない。だがこの屋敷に結界は張れたから間宮が襲ってくることはない。さあ、中に入ろう」
頑丈な門の鉄の扉を開いて中に入ると広い庭になっていて、その奥にある玄関の土間だけでも蒼衣の家より広かった。
草履を脱いで中に上がり廊下を歩いて行くと、中庭に面した回廊になっている。たくさんある部屋はすべて十畳以上のものしかない。
「すごい御屋敷ですね」
「天界の屋敷はもっと広いぞ。いつか連れて行ってやる」
これは夢なのではないだろうか。この屋敷のことだけではない。究竟の瞳の中に自分が映っていることが贅沢な幸せだと思った。
「何はともあれ風呂に入りたい。琥太郎、準備してくれ」
「もうできてるニャ!」
「いい子だ」
究竟に頭を撫でられ猫の習性が蘇ったのか、琥太郎が頬を究竟の足にすりすりしている。きっとこんな二人のじゃれ合いを百合江が見たら、きゃあきゃあ言って喜ぶだろう。
究竟について風呂場に行くと、そこは広い露天の温泉が湧いている岩風呂だった。
「一緒に入ろう。背中を流してやる」
そう言って究竟はするすると着物を脱いだ。
たくさんの傷痕が刻み込まれた身体にかかっている漆黒の長い髪を無造作にかき上げてひとつに纏める。普段は見せることのない白い項が美しい。
蒼衣も究竟がかけてくれた着物を脱いで洗い場に向かった。
待っていた究竟は蒼衣を風呂椅子に座らせると、手拭でやさしく身体を洗ってくれた。両手足にはまだきつく麻縄で縛られた痕が紅く残っている。まるで間宮にされたことをすべて洗い流すかのように、究竟は丹念に身体の隅々まで洗い流してくれた。恥ずかしさより間宮のことを忘れてしまいたい気持ちの方が強かったからか、蒼衣も黙ってされるがままに身を任せた。
洗い終わると夜の冷たい空気に触れて白い湯気が立ち込める露天の温泉の中に、先に究竟が入って行った。蒼衣も片足ずつ湯に入りゆっくりと全身を浸らせる。ちょうど良い湯加減で身体が温まり、重力からも解放されて身体が軽くなる。
立ち込める湯気の向こうから、先に入っていた究竟の「おいで」という甘い声が聞こえてきた。
どこにいるのだろうと湯に浸かりながら視界を遮っている湯気の中を進んでいくと、突如背後から捕まえられ抱きしめられた。
「あっ」
気が付いた時にはもう究竟の腕の中だった。
背後から抱きしめたまま蒼衣の顔のすぐ横に、究竟が自分の顔を寄せてきた。
「あいつに、どこまでされたの?」
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