Sinclair

藍川 かの

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シーズン1

1

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それから時は流れ、誰もかもあの惨劇のことを忘れていた。

ここはとある海にぽっかりと浮かぶバイオレット帝国。その西の方にあるアジッチ市に少年、エヴァルト・バーデンは住んでいた。






今回こそは問題を起こさずに普通に学園を卒業する。今回こそは問題を起こさずに、というのも、この僕、エヴァルト・バーテンの今までの退学経験数はなんと十二回。毎回毎回何かしら問題を起こしては退学をしているのを繰り返しているところだ。十三回目の退学だけはなんとかかんとか回避したいところである。

そんな思いを胸に、僕は私立ミレール学園の校門に足を踏み入れた。

目の前に堂々とそびえ立つミレール学園の校舎。

門を潜った瞬間に僕は、緑色のリボンやネクタイが特徴の制服を装っているミレール学園の学生らしき人物にじろじろと見られた。「あれって、転入生?」という呟きが、ぼそっと聞こえる。

そう。僕は今日から私立ミレール学園に入ってきた転入生である。
今はどう考えても転入や転校のシーズンでは無かった。その為、ミレール学園の学生達に苛めを受けていたのか疑われ、謎に同情の表情を向けられている。

__だが違う。僕は決していじめを受けられ、このミレール学園に転入してきたのではない。

僕はアジッチ市でも三本の指に入る問題児で、もう地元の学校は全て制覇__退学させられているのだ。

だが、ミレール学園は地元からとても離れているので僕を知る者は一人もいない。

これは僕にとって絶好のチャンスだった。__汚名返上をしてやる……僕の思いはメラメラと燃え上がり、ここ数年間手をつけていなかった勉強にも昨日やっと取り組み始めたのだ。僕が勉強を自主的に行うなど、奇跡と言っても過言ではないくらい珍しい。自分で言ってて恥ずかしくなるけれど、僕はその位本気だった。

というのも、全て義理の母親のマノニに言われたからではあったが。

僕はマノニのことを心の底から嫌っており、また、マノニも同様で僕のことを嫌っていた。マノニには僕の両親が死んだ後にすぐに引き取られ、その後の生活といったら僕にとって過酷以外の何にでもなかった。

僕は毎日、マノニから暴行を受けていたのだ。しかも、マノニは家事を行わない。なので、僕は家事全般を行いつつ、マノニの機嫌もとらないといけなかった。マノニはイラつくとすぐに僕に暴力を振るってきていた。それのせいもあるのか、僕の性格は気づいたらとんでもない事になっていたのだ。一言悪口や暴言を吐かれただけで、無意識に人を殴ってしまうし、逆に困っている人がいたら自分が助けないと気が済まない。とにかく短気になっていた。

なので、僕は問題児として見られてはいたが、退学処分をさせられる理由というものが、九割型が僕が義母に育てられているという噂がクラス中ですぐに広まり、挙句の果てに陰口を叩かれ、それを知った僕が喧嘩を売ってしまうというごく単純なものではあったが。このバイオレット帝国では、義理の親に育てられる事そのもの自体が珍しかったのもある。

あれは、十二回目の退学をすることとなった聖サダード校を退学した一週間後のことだ。そんなときに、僕はある日突然、マノニにこう言われたのだ。

「これが最後のチャンスだ!あんたには最終的にはたんまりと働いて貰わないといけねぇ…!学校に行けてるだけでも感謝するんだな!これもミレール学園で最後だ!」

こういったマノニが口元に悪意に満ちた笑みを浮かべていた。その直後に僕の背中を蹴ってきたのだ。

そのことを思い出すだけで背筋に悪寒が走る。

この一連の流れがあって、僕は私立ミレール学園に入学することになっていた。

__これが最後のチャンスだ!

頭にマノニの声がこだまする。僕はマノニを見返してやろうと必死になっていた。


__________



「みなさーん!転入生ですよ!」新しい女の担任教師、イネスが明るい声で生徒に呼びかけている。「着席しなさい!」

僕は新しい教室を見回してみた。教室の奥に水槽があり、色鮮やかな海藻に囲まれた熱帯魚がぷくぷくと泳いでいる。僕は思わずそれを見て、可愛いなと思ってしまった。

僕は今、担任に先導されるがままに教卓の隣にぽつんと立っている。よくアニメなんかである、まさに転校生が入ってきた図面の状態だった。黒板の中央には既に、縦書きで少し大きめに「エヴァルト・バーデン」と記してあった。

少しずつ不安になり、胃も痛くなってきた。

大丈夫、今度こそは失敗しない、と自分に言い聞かせた。

「さっ、自己紹介してね」担任教師はそれに気づいていないのか、僕の不安を解消させようとしてくれているのか、爽やかな笑顔で僕に言ってきた。

「……エヴァルト・バーテンです。よろしく」自己紹介、とは言われていたが僕はぼそっと呟くようにして自分の名前だけをいって終えた。

が、さっきの不安とは反対に新しいクラスメイト達が拍手をして暖かく受け入れてくれたのだ。

僕の胸から不安が解消されていく。僕は心地よい気分で指定された席に着席した。





なんと、その後の僕の学園生活といったら快適以外の何物でもなかった。

クラスメイトの誰もが僕に話しかけてくれ、歓迎してくれている。自分が抱えていた不安も自分が問題児だという自覚もうっすらと消えかけていく。

ミレール学園に転入して来てから早2ヶ月が過ぎていた。

僕はなぜか、気づいたらクラスから莫大の人気を受けていた。成績も爆発的に上がったり、それなりに可愛い女の子から告白されたり(一応断りはしたが)、今までの自分の人生を振り返ってみると有り得ないことばかりだった。

だが、そんな幸せも過ぎていき、ついに恐れていたことが起きてしまったのだ。

これは、卒業式一か月前のことだ。事の発端はまた、ごく単純であった。


「ねぇねぇ、エヴァルトくん」

ある雪が振り注いでいた日、クラスではかなり目立つ方のフィサという艶やかな金髪をした女子に僕は話しかけられていた。

「放課後ちょっと用事あるかな?屋上に来て欲しいんだけど」

僕はこのセリフを聞いたとき、まただ、と思ってしまったのだ。

__告白されるに違いない。女子がこういう話を持ち出す時は必ずそうなのだ。現に、今まで女子に屋上に呼ばれたときは二回あったが二回とも同じような内容だったのである。

フィサは制服の緑のリボンをいじって返事を待っている。僕はこの動作を見てフィサが照れているのだと確信してしまった。

なので単純な思考回路しか持ち合わせていない僕は、

「用事なんてない!行く!」

と、快く返事をしてしまったのである。

このきっかけが、私立ミレール学園を退学させられるきっかけになるとも知らずに。



放課後。

フィサは案の定、学園の屋上の柵にもたれかかって僕のことを待っていた。

僕は小走りでフィサに駆け寄り、その肩を叩く。僅かに積もっている雪の感覚が柔らかい。

「ごめんごめん、待った?で、用件って?」

「エヴァルトくん、その……」

フィサの口元がぱくぱくと動く。

「そ、その……ずっと前から……」

僕の胸が高鳴っているのが分かる。心臓の鼓動が鳴り止まない。僕はフィサの事が好きなわけではなかったが、それでもやはり、告白される、という行為は胸の音が高鳴るものだった。胸に手を当てなくても、バクバクといった心臓の音が聞こえていた。

フィサは頬を赤く染めて口の形を「う」の形にしてから息を吸い込んだ。

「す、すすす!す……!」

フィサは気絶寸前かと思うくらいに顔が真っ赤になっている。

僕も自分で自分の顔を触ってみて熱くなっていることを確認する。今は真冬だが、自分の体が熱すぎて季節に自分だけが置いてけぼりにされたような、そんな変な感覚をエヴァルトはぼんやりと感じた。

と、そのときだった。僕が異変を感じ取ったのは。

僕がフィサの告白を今か今かと待ち侘びて耳を澄ましていると、別の何かの音が聞こえてくることに気がついたのだ。

その音はどうやら屋上の入口の扉から聞こえてくるようで、サクッ、サクッ……と、雪を踏む不気味な足音を響かせていた。

フィサはその謎の"音"に気づいていなさそうだった。緊張のしすぎで目を瞑っている上に、自分の「す、すす!」という声が反響していて耳も聞こえづらくなっているのだろう。

僕がさっと後ろを振り向いた__その瞬間と同時にその"音"の主が喋りだした。

「エヴァルトくん、だよね。エヴァルトくんさぁ、本当は問題児の中の問題児なのにこんな可愛い子に告白されるなんて……」

「えっ?」

多分、フィサもその時点で異変に気がついていて、僕と声が重なってしまった。

その"音"の主は……この僕には残念ながら名前が思い出せない、クラスメイトの誰かだった。眼鏡をかけている。その眼鏡の奥底から、黒い瞳が悪意に満ち溢れているのが見えた。

僕はその謎の眼鏡のクラスメイトとマノニを思わず重ねてしまった。その悪意に満ち溢れた黒い目がマノニと瓜二つで、そっくりだったのだ。

気づいたら僕の顔は今度は怒りで真っ赤になっていた。胃が煮えたぎるくらいに熱い。僕は瞬時に自分やフィサが侮辱されたのだと思い込み、その謎のクラスメイトに突進してしまう。

「この、ふざけやがって……!」

僕はこのとき、問題児だと罵られたのにも関わらず、自分の本当の姿というものを、本来の目的というものを、忘れていたのだ。

僕はカッとなって、思いっきり謎の眼鏡のクラスメイトを殴った。殴って殴って殴りまくってしまった。そいつが反応しなくなるまで、殴り続けてしまった。

「え、エヴァルトくん?!」

フィサの声ではっと我に返った時には遅かった。








この一連の流れがあって、あぁ、ミレール学園も退学かなぁ、と、僕はぼんやりと、しかし儚げに思ったのであった。
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