旧友との再会

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二人の考え

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石谷side


そうだ旅に出よう、と私は唐突に思った。
前に何かの本で読んだ『旅で出会えるもの』を思い出したからだ。
確かあの本には旅では新しい自分に出会えると書いてあった筈。
知らない国を見てみよう、と思う。
あわよくば新しい自分に出会えますように、
間違えてでもトラブルには巻き込まれないように…
もともと
会社勤めではなく準フリー備だから休暇は死ぬほどあった。
こんなにも
フリーなことに感謝したことはなかったから、一つのいい発見だ。

今までの準備でかなり気を張っていたのだろう、その日はとてもよく眠れた。

旅に出ることを思いついたとき、
真っ先に思い出したのは大学からの親友、片瀬の事だった。



書斎に入り一番奥にある小さな棚を開ける。
その中には若い頃書いた自作の小説が入っていた。
昔、旅行に行きたくても行けなかった私が少しでも行った気分に浸りたくて書いていた小説だった。
あの頃は貧乏でお金がなくても日々が幸せで埋め尽くされていた。
周りはいつも気の合う友がおり、隣には一番の親友がいた。
彼とはいつもお互いに本を紹介しあい感想を伝え合ったり、時事問題を議論したりした。
彼のような友には今後二度と出会えないと思っていたし彼が隣にいれば、
私には新しい友などいらなかった。
彼と語り合い、意見を話し合う時間は私にとってかけがえのない時間だった。
彼からは様々な事を教えてもらった。
くだらない事ばかりだったかも知れないが私にとって彼が発する言葉全てが
どんな聖書にかかれている教えよりも素晴らしく尊いものだった。
人間とは不思議なものだ。心から尊敬しているものに言われた言葉は、
とても深く心に残るのだろう。今でもたまに思い出す事ができる。
言葉を思い出すとあの日流れていた時間が近くで流れているような、
とても懐かしい気持ちに浸ることができる。 

懐かしくはなるが、別に彼と疎遠になった訳ではない。
あの頃から20年近くたった今でもたまに食事をしたりする仲だ。
ただ、昔のように徹夜で語り合うことはなくなった。
お互い歳をとったのもあるがきっとお互いに少しずつ気付かないうちに
気持ちが離れていったのだろう。少し寂しいが。

私が小説のことを思い出して考えた事はあの頃の思い出もそうだが、
もう一つあった。
それはもう一度小説を、書いてみようか、ということだった。
それも想像して書くのではなく実際に各国を巡って…
我ながらいい考えだと思った。
今手に持っている沢山の余白があるメモ帳を見て思った。
しかし、原稿用紙など暫く買っていないし文字すら書いていない。

「こういうときにスマホってほんとに便利だよなぁ」

何かを思いついたらスマホのメモ機能を使って案をまとめよう、
そこまで考えて私はかつての親友、片瀬を誘う口実を思案しはじめた。


片瀬Side

40代後半会社員、などどこにでもある肩書だった。
一浪して大学に合格、そしてそこそこ有名な企業に就職した。
子供の頃の夢?はは…もう忘れたよ。
今の俺にあるのはただの平社員の社員証とただの昔の親友だけだ。
愛せる人がいるわけでもないしあの頃のように語り合える友が
いるわけでもない。
あの頃からすれば全てが色あせて見えたしつまらないもののようだった。
それでも俺の世界はその二つで構成されていたしそれ以上でもそれ以下でもなかった。
いつから自分の事を話す時に自身を持てなくなったのだろう。
後輩に質問されても堂々と答えられないから年下にも舐められる。
それが理由で上司にも散々嫌味を言われる。
最初こそどうにかしよう、だとか見返してやる、だとか思っていたが最近は
どうでも良くなってきてしまった。
人間はうまいことできているようだ。
どんなに嫌で苦しい状況も一定の期間が過ぎればなれてしまう。
昔の友の彼は心配こそしてくれたが俺はそいつがいつも楽しそうに自由に生きているのを恨めしく思っていた。
だが、俺も大人になったのだ。そんなくだらないことをいちいち言ったりなんてしない。
それで喧嘩になる方が面倒臭いことを学んでいるからだ。
また今日も上司からは嫌味を言われ後輩からは陰口を言われる日が始まる…
そう思うと楽じゃない…
今日も仕事か、と思っていたときに昔の友の彼から電話が来た。
何かあったのだろうか…

「もしもし?」
あ~やっと出た…急に電話してごめんね
実は今日から旅行に行くんだ。だけど急遽連れがいけなくなってね…
君が私と一緒に行かないかい?
「急すぎるよ…これから仕事なんだ。行けるわけがない。」
そうかい、それなら別を誘うよ。急でゴメンな、じゃあ。
「あぁ。こっちこそ。」
いやいや君は悪くないよ。まだ出発まで時間はある。
気分が変わったら言っておくれ。
「あぁ。分かったよ。」

旅行、か。
彼とは昔旅行に行こうと計画を立てていた。
実際には行かなかったし(行けなかった、という方が正しいかもしれない)
今更だが行きたいと思った。
仕事、別に行かなくてもいいんじゃないか?
俺が行っても怒鳴られてばっかりだし邪魔してるようなもんだよな…
それに俺…あいつと約束したもんな…
今日は昔、昔ってなんであの頃を思い出すんだ…?
これもなにかの縁かもしれない、確か俺まだ有給使ってなかったよな、?

プルルルル………プチッ
「さっきはごめん、俺だ。」
おぉ考え直してくれたかい?
ちょうど今近くにいるんだコーヒーでもどうだ?
「分かった。今から行く。場所はどこだ?」
あぁそれなら目の前の喫茶店に入っててくれないか。
君の会社の近くにあるはずだろう?
「あぁ分かったありがとう。」
今からそこへ向かうから。

喫茶店のドアにくくりつけられた鈴が小さな音をたてる。
いらっしゃいませー、と店内から声が聴こえる。
あ、いつもの店員さんだ。今日はついてるな、と思う。
俺の好きなアーティストの曲が流れている落ち着いた雰囲気の店内に呑まれ
自分が誰でどんな存在なのかも忘れてしまいそうになる。
このまま身を任せて忘れられたらどんなに楽なのだろうか。
カラン、とまた鈴がなり背が高い男が入ってきた。
あいつだ。

「急に呼び出してごめん。」
「大丈夫さ。あ、アイスコーヒー1つ。」
「君、君!変わってないね!相変わらずそれ、好きなのかい?」
俺の前に置いてあるクリームソーダを見てあいつは俺に問う。

「ああ。これは俺の生涯の大好物にするって決めたからな。」
「なんだよ、それ」
ふは、と気が抜けたようにあいつは笑った。
「お前こそ、変わってないな。」
本当に懐かしい。こんなふうに笑いあったのはしばらくぶりだ。
「変わってないって、私が?」
ふふ、と笑ってから教えてやる。
「笑い方で思い出したんだ。その"私"って一人称も、な。」
「別に今の時代、自分の事を私と呼ぶのも変ではないだろ。」
すぐにムキになるのも変わってないと思ったが、
それは言わないでおいてやろう。
「話を本題に戻そう。早速だがどこに行くんだ?」
「お、行ってくれるのかい!?あれから知人にあたってみたのだが、
 誰一人にもいい返事をもらえなくてね…本当に助かるよ。」
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