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第九話 【桐島かをり/前編】 藤沢陸 著
しおりを挟む教室に桐島がいた。まっすぐ伸ばした長い髪が今では腰のあたりまで達している。桐島かをりはセナと同じく「しばらく学校にきていなかった」生徒だ。
今年になってクラスが一緒になったからほんの少ししか関わりがなかったけれど、それでも桐島が全くの別人になってしまったのはわかった。背筋を伸ばしていすに座り窓の外をじっと見ている。桐島はガラスで出来た人形みたいだった。
桐島が学校に来なかった間、聞きたくなくてもいろいろ噂は耳にした。この学校の奴じゃないけど桐島の仲のよかった友人が、どうも亡くなったらしい、と。理由が理由だけに周りも彼女に強くは言えず、ぱたりと学校に来なくなったまま、それこそ何の音沙汰もなかった。
元気になるといい、たしかにそう思っていたけど、どこかで戻らないような気がしていた。でも彼女は戻ってきた。体はこうして教室に戻ってこれたのだ。心だけが戻らなかった。
桐島は何をしていても上の空で誰がどうみても異質だった。休んでいた間、泣いていたのか怒っていたのかふさぎ込んでいたのかは知らないが、そのときの方が今よりずっとましだったのではないかと思うほどその姿は痛々しかった。
セナとの帰り道、河川敷に座っている桐島を見つけた。
「桐島」
「藤沢くん」
普通にこっちを見上げて普通に微笑んでその目はちゃんとこっちをみている。だけど何かそれは糸で操られてるみたいな空虚な動作だった。
「こっちはセナ」
「転校生だよね、よろしくね」
セナは珍しく緊張してあまり話さない。桐島につられたようにひきつった笑い顔をしていた。
「小説書いてるんだって?」
セナが桐島から先制攻撃を受けた。セナがうん、と答えると桐島は饒舌に話し始めた。幼なじみがやはり昔から小説を書いていること、自分もまねして書こうとしたけど全然上手く行かなかったこと、聞かれる前に好きな小説も好きなジャンルも一通り話した。壊れた蓄音機みたいではあったけど、それでもそうして話している間は桐島はすこし元の桐島のように見えた。
「ごめん、私話し出すと止まらなくなっちゃって」
前から、ではなかった。桐島はどちらかというと聞き役で自分が喋る方ではなかった。そういう悲しみ方もあるのだと初めて知った。最近は特にその悪癖が顕著になって、教室では話さないようにしてるのだという。
「わかんないの、ずーっと下らないこと話し続けちゃって、でも自分でもどうしようもないの」
桐島は夕焼けにまぶしそうに顔をしかめていた。でもそれは涙をこらえていたんだ。感情を顔に出すことも、桐島は教室で故意に押さえていたのだ。
俺は少し安心していた。桐島は心を学校に持ってきていた。扱いに困って決してそれを表に出さなかっただけで。
「本当に言いたいことは他にあるはずなのに」
「でもそれを伝えることもできないの」
桐島、俺も伝えられないよ。何か言いたいけど、何を言えばいいかわからない。桐島のほしい言葉があるなら何だって言いたいけど、きっと俺では駄目なんだろう。
こう言うときはむしろ関係の浅い人間の方がよかったりするんだ、俺だって似たようなもんだけど、事情を知らない人間が、定石じゃないか、そうだろセナ。
いつもやまない雨みたいに降り注いでる声が止まっただけで、うんざりするほど耳鳴りがうるさかった。自分の血管を血が流れていく音が聞こえる気がした。
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