卒業写真

アキヅキナツキ

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卒業写真

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只今私は、肝試し(?)の真っ最中。

たいして仲良くもない、同じクラスの女王気取りの
女子の命令で、断ったにもかかわらず、
何だかんだで腕をつかまれ
学校まで引きずって来られてしまった。

もっと強く断ればよかった。
別に怖くはないが、夜の学校になんて来たくなかった。
こたつに入って、テレビ観て、ミカンでも食べて
猫とまったりしていたかった。
今日、地上波で観たい映画があったのに・・・


暗い学校の廊下に、スニーカーのゴム音が響くので、
靴下で歩いてるから足がひどく冷たい。

そして、その足音が、ひたひたと、やけに大きく聞こえる。
ちょっとだけ、心臓の音も良く聞こえる様だ。

怖いんじゃない。
階段を出来るだけ静かに、急いで登っているせい。

持たされた懐中電灯も、ひんやりと重い。

少し大きい懐中電灯の灯りが壁や廊下を照らすと、
目の前の見慣れた校内が、知らない場所に変わる。

目指すのは、4階の音楽室の奥だった。

勿論、音楽室は鍵が閉まっていて、中に入れないから
通り過ぎた行き止まりの所に、持っている人形を置いて来るのだ。

人形は、少し大きいクマで、明日回収するんだって。
これもちょっと、持ち歩くのが大変。
重い上に、一抱えは有る。

小さいので良いと思うんだけど、これもいやがらせの一環かな。

右手に懐中電灯。
左手でぬいぐるみと靴を持って、階段を登って行く。

あーあ・・・もう無いとは思うけど
もしも今後こんな事があったなら、絶対ちゃんと断ろう。

上へと続く階段を登りながら、夕方あった事を思い出していた。



あれは放課後の事。

家に帰ろうとしたら、クラスの女王様と取り巻きが
きゃあきゃあ騒いで、話していたのが目の端に映った。

こんなメンバーで、どんな楽しい話してるんだか・・・
そう思って、横目でチラリと見て、帰る準備をしていた。

私は、友達が居ない・・・と言うか、ベタベタした
付き合いが苦手なので、極力関わらないようにしていた。

ここはミッション系の女子高。
気が付けば、クラスで私が一人浮いていた
だけど、あまり気にはならなかった。

私は、しがない町娘ですから。

正直、お嬢様学校なんて、来たくなかった。
ホントは、県内一の進学校志望だったのに。

従姉が、この学校の出身という事、制服が可愛いという事
家からも、すごく近いという事等の理由を付けて
母が、激推しするので、仕方なく県外の大学に進学するという
約束で入学した・・・が、勿論、後悔しまくった。

可愛い制服なんて、全然興味無い。
自分がお嬢様方とお友達になるなんて、ガラじゃない。
勉強したい人口が、少ないのなんの・・・

世界が違うってこう言う事だと思った。

しかし、入学したからには、途中で投げ出すのも腹が立つ。

この学校を、ぶっちぎりの首席で卒業して
誰にも何も言わせない、そう思っていた。

古い言い回しだが、一匹狼で通してやるんだと
心に誓って、やっと3年が経ち、卒業の運びとなった。

受験も終わった。
県外の大学も受かった。
主席もキープした。
おかげで、卒業式の答辞を読む事になってしまったが
聞いてる皆さんを、バケツ一杯泣かせてやろうじゃないの。
なんて考えて、究極の文章を鋭意作成中。

明日以降は、週一で登校するだけ。

監獄のような世界とも、もうちょっとで、サヨナラできる。
・・・そう思っていたので、ちょっと油断してしまった。

私に気が付いた女王様が、声をかけて来た。

「浅井さん、もうお帰り?」

「・・・はい」と、大人しそうなフリをして答えた。

「浅井さん、〇〇大学に受かったと聞きましたけど・・・」

「・・・はい」

「すごいわぁ」

「私達、エスカレーター式ですものねぇ、ユカさん」

「皆で、一緒に卒業だと思っていたから、すごく寂しい」

そんな事、思った事も無い癖に、よく言うわ。

「今、話してたんですけど、この学校・・・夜の音楽室が
 心霊スポットらしくて、時間は解らないけど、
 夜になったらピアノを誰かが弾いてるそうなの」

「はあ・・・」そりゃまた、唐突な・・・

それって、誰かが許可取って練習してるだけなんじゃないの?
何とか言うコンクールに出るけど、練習場所無いから
学校のピアノ借りたって、前に聞いた事あったけど・・・

大騒ぎする事じゃないと思うけどなー
それに、学校の七不思議じゃポピュラーな、あるあるだから
珍しくも何ともない。
ピアノくらい気のすむまで弾かせてやればいいのに・・・
その方が、成仏してくれるんじゃないの?
不気味と言えない事も無いけど、怖くはない。
逆に、興味本位の方が、ダメなんじゃない?

「今日、ちょっと夜に、のぞきに行ってみようって、言ってたんだけど
 浅井さんも、あとちょっとで卒業だし、最後だし、行ってみない?」

「興味ないです」きっぱり。

「つれない事言わないで、行きましょうよ」

皆でニヤニヤしながら、なんか、変なカンジでアイコンタクトしてる。
何か、企んでるな・・・と、察した。

普段、手も足も出ない私に、何かイジるチャンスは無いかと
イロイロ探りを入れてたのは知っていた。

この学校で、心霊スポットなんて聞いた事も無い。

たぶん、お化け屋敷みたいに、誰かがドーンと出て来て
驚かして、ビックリした所の動画でも狙ってるんだろうな。

女王様の取り巻きメンバーは、三人。

道明寺貴子さま。
何が何でも、自分が上位に居ないと気が済まない人。
でも、従えてるのが三人ってなぁ・・・
かなり偉そう(笑)素敵な名前だけに、残念。

高田由夏さん。
・・・正直、名前しか知らない。

結城百々子さん。
・・・この人も、名前しか知らない。

小野杏子さん。
・・・名前しか知らない、いつも後ろの方で黙ってる人。

こんなカンジ。
名前だけは何とか憶えた。
まぁ、3年一緒だし、毎日点呼で聞いてれば覚えるでしょ。

私は、浅井寧々。
名前は気に入ってるけど、漢字書くのが面倒(笑)
時代劇みたいだと、アニキに笑われてる。

名前をつける時、いくつか候補があった中で
祖父が「これがいい」と言って譲らなかったそうだ・・・
天下人の嫁は、平仮名だったけどね~

「今日は用事があるから、無理」と、言ってみた。

「じゃあ、明日は?」

「明日は、学校に来ない日だし」

「明後日は?」

子供かっ!と、突っ込みそうになった。

「私、卒業式までもう学校に来ないし」コレは嘘。

「えぇぇー」

って、甘えるように言う話し方、嫌いなんだけど。

「じゃあじゃあ、今日の夜はどう?」

煩いなぁ・・・

「用事って、ずっと用事があるわけじゃ無いんでしょ?」

ああ、ウンザリ。

「ね?ちょっとだけよ、夜の9時に校門の前で待ってるから」

「来てね、待ってる」

「お願いね」

「来れるかどうかは、解りませんよ」クールに退場するぞ。

「待ってるからー」

スタスタと、その場を後にする私の後ろ姿に向かって
大声で怒鳴ってる・・・お嬢様は、怒鳴ったらダメだよ。

さて、サッサと用事済ませに行こう。
今日用事があるのはホント。

親戚のおばさんの家に、帰り道寄らないといけない。
バスに乗って往復30分で用事は済むんだけど。

知らん顔して、行かない選択もあったが
バスの中で、ちょっとだけ気持ちが傾いた。

こんな事、もう無いかもしれないなぁ・・・

おばさんの用事を済ませた、帰りのバスの中。
でもなぁ・・・
まだまだ、面倒な気持ちが勝っていた。
それに、夜の9時外出なんて、親に言ったら怒られる。
そう言っちゃおうかな。

よーし、行かない。行かないったら、行かない。

そう決めて、家の近くのバス停で降りた。

家に戻ると、部屋着に着替えて、図書館で借りた本を読んだ。
お嬢様が見たら、指さして笑われるだろうな~
文字がプリントされたペイルブルーのトレーナーの上下だもん。

6時半、夕食時にアニキが大学から帰って来て
テレビのニュースを見ながら、3人でご飯を食べてから
食事の後片付けをして、3人でテレビをぼーっと観てた。

夜の9時、学校に来てない事に気が付いたら
電話が来るものだと思っていたら
玄関のチャイムが鳴った。たぶん、彼女達だろう。

迎えに来るんかい・・・
私の家を良く知っていたなぁ・・・
後付けられたら、バレる近さではあるけど。

私は出ないで、親に出てもらった。
・・・そのまま断ってもらおうと思ったのだ。

「寧々・・・お友達が来てるわよ」

うわ・・・やっぱり。しつこいわー。

「なんか、お話があるって・・・こんな時間なのにねぇ」

そうそう、そーなんだよ。

「もうすぐ卒業だし、ちょっと付き合ってやったら?」

と、アニキめ・・・余計な事を・・・

「女の子だけだとアレだから、俺も行こうか?」

下心がミエミエだっつーの。
アニキでは、手に負えない面倒な人達だよ。

「ちょっと話してくる、学校に用事が有るらしいよ」

「この時間に?」

「さぁ?よくわかんないけど」

「お前のトコ、お嬢様学校だろ?呼び出しなんてさぁ
 ヤンキーでも居んの?」

「さぁね」

ヤンキーの方が解りやすいよね、絶対。
仕方ない、顔出すか・・・家まで来るって、マジで迷惑。

外に出ると(たぶん)例の4人が待っていた。
この人等、親に何も言われないのかなぁ・・・

「何ですか?」

「準備してないのね?」

「行くつもり無いですし」

「嘘をつくの?」

「行くか解らないと言いましたよ」

「そんなのダメよ」

何でダメなんだ?
あぁ、もう映画の時間だってのに・・・

「とにかく、私は行きません」

「私の言う事が聞けないの?」

・・・おっ?パワハラかぁ?
全然パワー無いけどさ。

「そんな事言わないで、ちょっとだけ、ね?」

見かねた一人が、声をかけて来た。
暗いし、私服なので、誰が誰なのやら・・・

このまま騒がれても近所迷惑だし・・・仕方ない。

「上着を着て来る」

踵を返して、上着を取ってから、親に声をかけた。

「行かないと、このまま居座られそうだから、ちょっと出て来るよ。
 すぐ帰って来るけど、遅くなりそうだったら電話するね」

進学祝いに買ってもらった、新しいスマホを振って見せた。

「俺、迎えに行ってやるよ」

ああ・・・諦めてないな・・・今外に居るのは、女狐だぞ~
もしもの時は、全力で邪魔しないと・・・大丈夫だとは思うけど。
あの四人の誰かを、お義姉さんなんて、呼びたくないからねっ。

慌てて上着を着こみながら

「困ったら、頼むわ」そう言った。

そして玄関の外へ出てきた所を、
いきなり両サイドからがっちり腕を捕まれて
そのまま引きずられて学校に向かった。

私、トレーナーの上下だよ・・・
もう少しちゃんと着ておけば良かったぁ。

学校の裏の柵に、小さく壊れた所があって
私達は、そこから学校に入った。

お嬢様学校なのに、壊れてる所あるんだ・・・

学校に入ったからと言って、中に入れるとは・・・と
思っていたら、1か所窓の鍵が開いている所があって
なんちゃってお嬢様は、そっと窓を開けた。

「今日帰りに、ここを開けておいたの」

偉いでしょうと、言わんばかりだったけど、ダメじゃん。
学校のセキュリティ・・・どうなってるんだろ?
この状況で、もしも何かあったら、管理してる人
そうとう怒られるんじゃない?

なんて、考えてたら、何処から持ってきたのか
大きいぬいぐるみが5個、地面に置いてある事に気が付いた。
この時の為に準備したんだー・・・うわー
なんつーか・・・いろいろご苦労様だよね。

ここは、中庭に面した隅の方の廊下か・・・
真っ暗だな・・・辺りを見回しながら、上着の前チャックを閉めた。

少し遠い所に見える、門の外灯の数個部分だけが明るい。

しーんとした学校に・・・ちょっとワクワクした。
一緒に居るのが、この人等じゃなかったらなぁ・・・
まぁ、滅多にない事だし、できるだけ穏便に、迅速に、
かつ楽しくやる事やって、急いで家に帰ろう。

「・・・で、何するの?」

「この棟の4階にある音楽室の鍵は閉まってるから
 その奥の行き止まりの所に、このぬいぐるみを
 置いて、そこにお札置いてあるから
 お札を持って帰って来て」

「お札?」ドッキリかよ。
ってーか、趣旨変わって来てんじゃない。

「ただの紙きれよ、浅井さん、一番ね」

「解った」来たね、そう来ると思った。

そう返事して、クマのぬいぐるみと懐中電灯を持ち、
開いてる窓から侵入した。

よっしゃ、探検だー。

こういう事は久しぶり、なんか興奮モード。

小学校の頃、田舎の祖母の家に遊びに行った時
アニキとイトコ達で山の中に行って、秘密基地作ったなー
林の中で、蚊に刺されまくって、ものすごく痒かった。
左耳のすぐ横を、オニヤンマがすごい音で飛んでたったのも
あの頃だった・・・
こういうシュチュエーションじゃなければ
楽しいんだろうけどなー

なんだか、色々思い出して楽しくなってきたが、
表面上は普通にしていた。

どこで、動画撮ってるか解らないからね。
怖がっても、そうじゃなくても、
あいつらを喜ばせるのは面白くない。

とにかく、さっさと終わらそう。
映画の序盤は諦めた。

階段を登り切り、音楽室の前を通り抜け、
非常口の緑の標識を頼りに、奥に進んだ。
ピアノの音も、驚かそうとする人も何も無い。

行き止まりと思っていたら、階段が上へと向かっているのが見えた。

「へぇ・・・屋上あったんだー」

3年過ごした学校だったけど、まだまだ知らない事あるんだな・・・
そう思うと、今回の事も良かったのかもしれない。
卒業前の明るいうちに、また来てみよう。

懐中電灯であちこち照らしていたら、鉄扉があった。

「わ・・・」

知らなかったので、思わず声を出してしまった。
おっといけない。静かにしないと。
何処にカメラがあるかも知れない。
誰か居るかも知れない。気をつけないと。

次にする事を思い出して、ぬいぐるみを一番奥に座らせた。
これで、帰りの足取りも軽くなる。
あとは、お札とやらを持って帰れば終わり。

そう思って、さらに懐中電灯を照らして探すが、札が無い。
置くのを忘れたのか、いやがらせか・・・札がどこにも無かった。
まぁ、無い物は無いんだから、いっか。
ぬいぐるみはちゃんと置いたしね。

「君の事は、明日回収してくれるってさ、バイバーイ」

ぬいぐるみに向けて、小さく声をかけて、手を振った。

さて、終わったから帰ろう。

彼女等が終わるのを待てと言われても、聞いてやんない。
最悪、来たがっていたアニキを召喚しよう。

こんな我儘きくのも、これが最後!

警備の人とバッタリ会うのも嫌なので
忍者のように、そそくさと元居た場所に戻ってくると
女狐どもが居ない。

手に持っていたスニーカーを履きながら、
辺りを見回す。

真っ暗な中、4個のぬいぐるみだけが残されていた。

「そー来たか・・・」

置いて帰られたみたいだ。
若干ムカついたけど、まぁ、いいや。

これ以上、相手しなくて済む。私も帰ろう。

そう思って、走って家に帰った。
家に戻ると、30分くらい経っていた。

「もうお話は済んだの?」

「うん、くっだらない話」

「俺の中学の時なんて、卒業式の後に男子トイレに
 気に入らない奴呼呼び出して、便器の中に顔突っ込まされてたなぁ
 女子はそう言う事なくて、良かったなー」

「いやー解らないよ、けっこうキツイ子いるし・・・」

「お嬢様でソレは無いよな」

「ホントよね~」

「あんたは、大丈夫なの?」と、母。

「うん、へーき」

「こいつ、大人しいフリして、反撃すごいからな~」

「お兄の躾がいいからねー」おほほ、と笑った。

「寒かったでしょ?早く温かくしなさい
 お父さんも、もうすぐ帰るって連絡あったわ」

足も冷えてたので、慌ててこたつに入った。
我が家の可愛いお猫様のお腹が足に当たって柔らかい。

お父さんこれから帰るのか・・・
夕食を温め直したりする、母の後ろ姿を見て

「お疲れー的な、熱燗出そうかな?」

「なんか魂胆あるな」

「そんなぁ、へへへへー」

「閉店前に間に合ったら、駅前のケーキ買って来るって言ってたわよ」

「あーん・・・この時間にケーキぃ・・・」

「おぉ、いいねぇ」

「仕方ない、明日からダイエットだ」

「出来るのかねぇ」

三人で、ゲラゲラ笑う。
こたつから出て来た、猫が膝の上で眠っていた。

その日は、何事もなく終わった。

翌日以降も何も無く、1週間が経ち、次の登校日。

あーあ・・・ホントに、学校行くの止めようかなぁ
あいつらの顔見たくないんだけど・・・

だけど、この制服も、あと数回着るだけかって思うと
ちょっとだけ切なくなってきた。

たいして好きじゃ無いし、楽しい学校生活ってワケじゃないけど
これまで頑張って来た自分に、最後まで胸を張っていたい。

「やっぱ、行くか~しょうがない」

あいつらと、白黒つけるってのも悪くないもんね。
そう思って、家を出た。
学校まで、10分弱。
颯爽と歩いて、戦いの場に向かった。

何も無ければ無いで良い。
先に帰ったのは、向こうなんだし。

あと数回潜る学校の門。

あと数回のぞく靴箱。

あと数回通る廊下。

あと数回入る教室。

入ってから、周りを見回した。
異常は何もない。
あいつらは、まだ来てないようだ。

「遅刻かな」

どっちにしても、気が楽になった。

席に座って、先生を待つ。
今日は、点呼を取って、報告がある人は教員室に寄って帰るだけ。
コレだけなら、もう来る必要ないような気もするけど・・・

あと少ししたら、桜が咲く。
タイムリーに卒業式とはいかないけど、蕾の下を去るのも悪くない。
学校の桜は、キレイなので、満開の頃にまた来ようかな。

窓の外を眺めていたら「起立」と、誰かが声をかけた。

皆が立ち上がって、礼の掛け声に従って、先生にお辞儀して着席した。

ウチの担任は、若い。大学出たてで、高校はこの学校出身。
大学は別、私と同じ進路・・・だけど、私は教師志望ではない。

この学校の教師って、それだけで少し尊敬するね。

なんて、のんきに考え事してたら、先生は少し暗い顔してる。
どうしたんだろう・・・

「電話が来た人も居ると思うけど、道明寺さん、高田さん
 小野さん、結城さんが、先週から家に戻ってないそうです。
 誰か、何か知ってる人が居たら、情報を下さい」

教室がザワつく。

先週・・・いつの話だろう・・・あの日の後かな?

点呼を取って、他の伝達事項、次の登校日の予定等の話をしてから
先生は教室を出て行った。

もしも、あの後の事なら、報告した方が良いかな・・・
1週間、何の情報も無いのは、親御さんも堪えるだろう。

もしかして・・・あの後、家出したのかな・・・
まさかねぇ・・・四人まとめてなんてさ
内緒で、旅行にでも行ってるんじゃないの?

あぁ・・・そう言えば、あのぬいぐるみはどうなったんだろう・・・
あのまま、雨露に晒されたらもったいない
けっこう良いぬいぐるみだったし。

まず、そっちを見に行くか・・・
そう思って、先に下の4個のぬいぐるみの確認に向かった。

ぬいぐるみは、無くなっていた。

と、ゆー事は、あの後また来たんだな。ご苦労な事。

次に、音楽室の奥に向かった。

この間と同じルート。

音楽室からは、コーラスの声が聞こえた。

音楽の授業中か・・・私はもう帰れるんだぞう~って
なんか、優越感を覚えつつ、そこを通り過ぎ
目的地に着いて、ちょっとギョッとした。

その場に、ぬいぐるみが5個あった。

私が持って来た物だけか、何も無いと思っていた。

あの後、こっちに来たのかな?
どう言う事?

てっきり置いてきぼりにされたと思っていた。
違ったのかな・・・
入れ違いになったのかな・・・
ちょっとマズいかも・・・

そう思い、その場はそのままにして、職員室に向かった。

職員室に入って、見回しても担任が居ない。

「あの橘先生は居ませんか?」近くに居た先生に聞いてみた。

「橘先生は・・・っと・・・あぁ、保護者の方とお話し中だね」

あの人等の親が来てるのかも・・・

今、割って入って話をしても、騒ぎが大きくなるだけだから
ちょっと待って、まず先生に聞いてもらってからにしよう。

「私、待ってます」

「うん、その方が良いね、今ガタガタしてるみたいだ」

私の話が直接関係あるものなのか、判断しかねた・・・

職員室の隅の古ぼけたソファに座って、待つ事30分。
やっと、談話室から先生と四人のお母さんらしき人達が出て来た。
職員室の入り口で、頭を下げてから、親と思われる人達が
帰って行った。

やっぱり、四人とも居ないのか・・・

私は彼女らと仲くなかったので、
家に電話が来なかったんだろうな。
そう言う事があったと、教えてくれる人も居ない。
そう思ったら、ほんの少しだけ、寂しくなった。

「浅井さん、お待たせ」

良い顔色ではないが、少し笑ってそう言った。

「先生、ちょっと良いですか?」

「どうしたの?」

「実はですね・・・」

今まであった事の全てを、担任に話し
全てを聞いた、先生が答えた。

「道明寺さん達は、その日に居なくなったのではないの」

と、言われて少し安心した。

「じゃあ、その日は家に戻ってるんですね?」

「そう。帰らなくなったのは、その次の日から・・・
 夕方から出かけて、それきりらしいわ」

「じゃあ、違うのかな・・・」

「何が?」

「4階の奥に、ぬいぐるみが5個あったんです。
 次の日に取りに来るって言ってたから、てっきり・・・」

「4階・・・奥?」

先生は少し眉をひそめた。

「ちょっと行ってみましょうか」

「はい」

本日2回目の階段を登る。
先生は黙っていた。

音楽室のコーラスは、まだ続いていた。
その前を通り過ぎて、目的地に着くなり
やっぱり、そのままのぬいぐるみを見た。

「私が持って来たのは、クマです」

その場にあるのは
クマとパンダと犬とトラとライオン。
それぞれが寄っかかるようにして置いてあって
それぞれ大きいので、ちょっとした山になっている。

「ひとりで1つ持つのが、やっとね」

「はい、これ4階まで持って上がるの結構大変でした」

話を聞きながら、先生は高い天井や、壁を見回してるのを
見て、上に向かう階段の事を聞いてみた。

「そう言えば、ここって屋上に出られるんですか?」

「・・・え?あぁ・・・鍵がかかってるけどね」

「解放禁止かぁ・・・ちょっと残念」

「昔は、開いてたんだけど」

「何かあったんですか?」

「これは内緒だけど、昔生徒が屋上から飛び降りてしまって・・・
 植栽のお陰で、怪我で済んだの」

「事件じゃないですかー」

「そうね」

「助かったなら関係ないか・・・彼女達が音楽室が心霊スポットだ
 なんて言ってたから、ひょっとしたら・・・なんて考えてました」

「そう言う話は、聞かないわね」

「そうですよね」ほらね。

「飛び降りた人は、いじめられてたんじゃないかって、噂だった」

「今も昔も変わらないですねー」

「残念だけど」

「助かって以降、病院に入院するとかで、退学してしまったから
 それ以降の事は解らない・・・」

「元気でいると良いですね」

「そうね」ニコリと先生は笑った。

「それと、こっちの鉄扉は何ですか?」

「これは、ただの物置よ」

そう言って、開けて見せてくれた。
ホントに掃除道具とか、工具なんかが入ってて
鍵すらかかっていなかった。

一応報告が終わったので、帰る事にした。
ぬいぐるみは、先生達が4階から降ろして、談話室に持って行くそうだ。

「それじゃ、また来週ね。答辞、ボチボチ草案だけでも見せてね」

「はーい」

それにしても、行動に謎が多い・・・
友達の家に行ってるとかなら良いんだけど・・・
って、それはそれで問題だよね、親としては。
なんちゃってとは言え、お嬢様だもの。

家に戻ると、いつも出迎えてくれる猫が、私を見て変な顔をした。
どうしたんだろう?

「めめちゃーん」って言いながら近寄ると、すーっと後ずさりする。
大きなお目目の、めめちゃん・・・丸い目がちょっと三角ぎみ・・・
何だ何だ?滅茶苦茶甘えん坊なのに、この態度。
何かおかしい。

色々あって気分悪いから、シャワーでも浴びようかな。

部屋に戻って、着替えを持って自分の部屋を出た時に、
隣の部屋のアニキも部屋を出て来た。

「なんだぁ?お前ドブにでも落ちたか?だっせえなぁ」

「落ちてないよ、なにそれ?」

「なんか、くさいんだよ。何の臭いだ?」

「えー!ひどーい・・・何か踏んだかな?」

「犬の糞でも踏んだか?でも、そう言う臭いじゃないんだよなぁ」

「何の臭いよー」

「うーん・・・解んねぇ」

「もー・・・おかーさーん」

階下に降りて、母に話しかけた。

「お兄が、なんか臭いって言うけど、何の臭いか解る?」

ふんふん臭って、一言。

「臭いなんてしないわよ」そう言った。

変なの。

その時は、それ以上の事は無く、シャワーを済ませ夕飯を食べて寝た。

その次の日の事。

「なーに?この臭い!」

と、朝から母が、大きな声で騒いでいた。
何事かと、父もアニキも集まっていた。
そうか、今日は土曜日だ、会社は休みだね。

私もその場に合流した。

「どうしたの?お兄、学校は自主休校?」

「午後からだよ、あーこの臭い、昨日のお前のだ」

「臭い?なんか臭うか?俺には解らん」と、父。

「私も解らないよ・・・」

「これはちょっと、別洗いしないとダメねぇ・・・」

母が、顔を歪めながら言った。

「ちなみに、なにが臭うの?」

「・・・この靴下ね」

そう言って、つまんだ靴下は、先週のあの日履いてた物だ。
でも、あの後すぐに洗ったはず。
それに、洗って以降まだ履いて無いのに、なんでここに?
何だか、おかしな事が続くなぁ・・・

「今日暇だから、私、洗濯するよ」

何かで、紛れて来たのかも知れない。
まだ臭うなら、ぎっちり洗ってやる。
この靴下、ちょっと色が気に入ってたのに、こんなのひどい。

靴下だけで歩き回った事に後悔した。
きっとあの時、何か踏んだんだな・・・

「じゃあ、この靴下はぬるま湯と、粉の漂白剤に少し付けてから
 洗って、それでもまだ臭うなら、熱湯消毒よ」

「熱湯・・・」私の靴下は、ばい菌か!

とりあえず、靴下以外のモノを分別して、普通に洗って脱水。
2階のベランダに持って行って、しわを伸ばしながら干した
こうしないで、クシャクシャのままだと、怒られるもんね。

晴れた空を見上げて深呼吸した。

空を見上げるのは好き。
自分がいかに小さいかって事を実感でるし
モヤモヤした時なんか、そんな小さい事
忘れなさいって、空から聞こえて来る気がする。

何より、思い上がる歯止めになる。

そのまま、視線を下ろして、ボケっと
足元の通りを眺めていた時、何か違和感を感じた。

何だろう・・・

違和感と言うか、誰かから見られてるカンジなのかな?
周りを見回してみたが、今は誰も道を通っていない。

階下に戻って、残りの洗濯物を持ってベランダに上がった。
そして、今度は干しながら、真下の通りを見たが、何も無かった。

「さて、問題の靴下かぁ・・・」

漂白剤に付けていた靴下のバケツを見て、ギョッとした。

水が、少し赤い。

赤い靴下ではないから、色落ちと言うワケではなさそうだった。

ビックリしてバケツを見ていたら、アニキが学校へ行くのが見えた。

「お兄、お兄!これ見て」

「何だよ~」

「漂白剤のせいかな?水が赤いんだけど」

「紺色の靴下か・・・染料で赤が混ざってたんじゃねーの?」

「そうなのかな?」

「気にし過ぎだって、じゃ、俺行ってくるわ」

「うん、行ってらっしゃい」

確かに、家庭科の時間にそんな事言ってた気もする。
濃い色って、1色では染まらない時があるって。

何となく納得して、洗剤を多めにして、お湯を入れて
靴下を洗った・・・あぁ、お湯入れたからかも・・・
何か溶けて出て来たのか・・・
じゃあ、この靴下もすぐ、白っぽくなっちゃうな~

なんかケチ付いたし・・・もう、いいや。

靴下を洗って、干した時にはもう、色んな事を忘れていた。

来週の登校日には、答辞の草案を披露しないと。
今、だいたい半分くらい出来てる。
と言っても、ノートにザックリ書いてあるだけ。
盛り込み過ぎても、スカスカでもだめだ。
とりあえず、言いたい事を全部書いてみよう。
煮詰めるのは、それから・・・
その日の残り時間は、全て答辞の為に使った。

頭が疲れて、休憩がてら乾いた洗濯物を取り込んだ。

思い出したように、辺りを伺うが、歩いてるのは近所の人ばかり。

「気のせいだ~」

最後に、あの紺色の靴下を取り込む。
臭いは無いと思うけど、なんか自信が無い。
鼻が悪くなったのかな?
何処か、体の調子が悪いのかな?
後で、アニキに臭うか聞いてみよう。

その日の夜。
早速、アニキに聞いてみた。

「臭い取れてる?」

「しょーがねぇなー・・・」

そう言いながら臭いを確認していた。

「・・・取れたんじゃね?」

「良かったぁ~」

なんて話をしていたら、家電が鳴った。
母が、出ていて何か話した後に、私を呼んだ。

「橘先生からよ」

何か進展したのかな?
なんて思いつつ、電話を受け取った。

「浅井さん、四人が見つかったわ」

「ホントですか、良かった」

「元気は元気だけど、何か混乱してるらしくて・・・
 言ってる事が変らしいの・・・これから病院に行くので
 同行してもらえる?」

「はぁ・・・」何で私が行くんだろ?

「じゃあ、車で迎えに行きます」

了解して、電話を切った。

「前に家に来てた子達が居なくなったって話したじゃない?
 その子ら全員見つかったらしくて
 病院について来て欲しいって、先生が言ってるから
 よく解らないけど、これから行ってくる」

「どこまで行くの?」心配そうに母が聞いて来た。

「解らない。先生が車で迎えに来るって」

「女の先生?キレイ?」

またかー懲りないなぁ・・・

「キレイだよ~」

「よし、俺も付いて行くわ」

「車が大きいと良いね~」

「・・・乗れなかったら、諦める」

こんなアニキだが、頼りになるかも知れない。

もう夕方だから、少し寒くても良いように着替えた。

「お兄も、温かくした方が良いよ」

「おう、そうだな」

マジで、車が大きいと良いな。

そうこうしてるうちに、チャイムが鳴った。

「こんな時間に申し訳ありません、お嬢さんを少しお借りします」

先生は、母の顔を見るなり言った。

「俺も付き添います」

緊張してるな、アニキ・・・

「あ、私の兄です」

カチカチで何も言えないまま、笑顔でいるアニキに
隣で母も吹き出した。

「そうですか、解りました」

「じゃあ、ちょっと行ってくるね」

「気をつけて」

バタバタしながら、家の門を出ると、少し大きめの車が止まっていた。
その車に皆で乗り込むと、運転手は体育教師の、加々見先生だった。

車も加々見先生のモノだとか・・・ちょっと意外。

二人の女性教師に、アニキの顔はニヤケてそう・・・
暗い車内でちょっと表情は見えない。

これは、失敗したかも知れない・・・
頼むから変な話とかしないでよ~
恥をかくのはご免だからね。

「電話では言えなかったんだけど、錯乱して話す内容が変なの
 浅井さんに、何かされたって・・・でも、知らないわよね?」

「行方不明だった事も知りませんでした」

「そうよね・・・変ね」

病院は隣県との県境の山の麓にある、大きめの病院だった。
家から1時間近くかかった。

来た事無い病院に、キョロキョロしながら入って行った。
そもそも、大きな病院なんてそうそう来ないもんね。

加々見先生は、駐車場に車を止めてから合流するので
橘先生と待合室で、面会許可を取って待っていた。

暫くすると、担当医が来て

「今は落ち着いてますが、短い時間でお願いします」そう言った。

面会時間が終わった病院って、ちょっと怖い。
必要な所だけに点々としか灯りが無い。
廊下の向こう側は、本当に暗かった。
乗るエレベーターも、薄暗い。
気のせいか、エレベーターのアナウンスの声も怖い。

4階で降りて、ナースステーション横の部屋に案内された。
薄暗いが、他の場所より明るいし温かい。

小さく区切られた所に、四人が眠っていた。

顔色は少し悪いが、まぁまぁ元気そう。

「2週間も、何処に居たんでしょう?」

「山の中で遭難したと言うカンジでは無さそうね・・・」

うーん・・・彼女らの普段を考えると、ナンパされて
ついて行って、山に放置かな・・・そこまでバカかなぁ
でも・・・私が何かしたとか言ってたらしいし・・・
一体何だろう・・・

アニキは、病室の外で待っている。
よしよし、我がアニキながら、紳士じゃーん(笑)
ご褒美に、そのうち彼女連れてきたら、
がっつりチェックしてあげよう。

「そう言えば、学校に連絡が来たんですか?」

「始めに道明寺さんの家に連絡が行ったみたいだけど
 親御さん不在だったらしくて、それで学校に連絡が来たの」

「学生証、持っていたんですね」

「道明寺さんだけね」

以外だなー(笑)

「他のお家には、学校から連絡が行く事になってるから
 そのうち集まってくると思うわ」

本人達が起きないのなら、待っていても仕方ない。
もう少し待った方が良いのかな、先生にどうするか聞くか・・・
その話をしようとしたら、静かだった病院内に、
かすかに遠くから人の声が聞こえ始めた。
病室からちょっと顔を出して聞いてみた。

「ホントに、うちの子なんでしょうか?」とか

「事件に巻き込まれたとかでは無いんですね?」とか

「無事なんですか?」とか

看護師さん相手に、質問攻めしてる声が聞こえた。

病院内、しかも夜なんだから、静かにすればいいのに・・・
それに、本人達の目が覚めてないから、
看護師さんに聞いても解るワケないのにねぇ。

ま、もうちょっとで卒業って時に、問題起こしたりしたら
大変だもんねー、保護者としては、心配か~
とか考えていたら、横からお巡りさんが話しかけてきた。

何処から出て来たんだ!
ギョッとしてしまった。

「浅井さんですか?」

「はい」ドギマギしてるけど、澄まして返事した。

「私は××派出所の長居と申します。
 少しお聞きしたい事がありますが、今よろしいですか?」

「はい」あーこの為に来たんだなぁ

病室を出て警官について行くと、先生達も後からついて来た。
加々見先生も、合流したようだった。

ナースセンターから少し離れると、遅れて来た保護者達が
私達が出来た病室へと入って行くのが見えた。

今この人等と会ったら、次の質問攻めは私だな・・・
近づかないようにしよう。

皆揃って、談話室に入った。
ここも暖かい・・・けど、灯りは部屋の半分しか点いてない。

そう考えていたら、警察官から声をかけられた。

「あなたは、この地域に来た事は無いという事ですが・・・」

ああ、先生から聞いたんだな。

「はい、この2週間のアリバイでしたら、家と学校と
 近くの親戚の家と図書館と、商店街位しか行ってません」

刑事番組でよく見る場面に、アリバイと言う言葉を出して見た。

「証明は、出来ますか」お巡りさんは、ちょっと笑っていた。

疑われてるのかなぁ・・・横に居るアニキを指して

「証明にはならないかもですが、兄です」

「あ、兄です」吹いた。また緊張してるよ。
警察官前にしてるから、仕方ないね。

「妹さんの証言に間違いはないですか?」

「ずっと見てるわけじゃないですけど、こんな遠くまでは
 来てないと思います、いつも家でゴロゴロしてますよ」

言い方!!

「もうすぐ卒業なので、登校日以外は、家で読書してます」

「それでは、念の為、行った場所・日時・軽く用件をお伺いします」

「はい」

別に後ろ暗い所は何もないから、言われた通りを
できるだけ詳しく説明した。

「解りました、ありがとうございます」

先生達も、横で聞いていた。

話してから、ビックリするくらい何も無い・・・いや
さっぱりしてる自分のスケジュールに赤面した。
誰かと遊びに行くワケじゃない、デートも無い。
あーあ・・・だ。

「清廉潔白すぎだなー」

「これからが、バラ色の人生なのよ」

「へいへい」

私達の話を聞いて、先生達が吹き出していた。

「あれー?・・・お前、あの靴下を履いて来たか?」

「履いてないよ、なんで?」

「今、同じ臭いがした・・・ちょっとだけど、間違いない」

「えー」

そう言いながら、あちこち臭ってみた。
が、そもそもその臭いを嗅いだことが無いから、解らない。

「臭いって?」

橘先生が聞いて来たので、靴下の事を話した。

「変な話・・・」

「先生方も、何か臭いますか?」

先生達も、辺りを臭っていた。

「薬の臭い・・・位かしら」

ま、病院だもんね。

「なんか、腐ったって言うか、発酵したっていうか・・・
 それに何か混ざったよーな・・・臭った事ない変わった臭いです」

「お兄って、鼻良かったっけ?」

「普通だろ?」

「そーだよねー」

「臭いか~面白いかもね」と、加々見先生。

「面白いんですか?」

「うん、私の知り合いに、第六感っての?強い人が居て
 その人も、鼻が良かった。他の人は臭っていないのに
 旅行中に、臭い臭いって騒ぐから、言うとおりに電車を降りたら、
 事故を回避できた事があったの」

「おおー・・・お兄も、第六感?」

「俺、霊感とか無いよ、お化け見た事無いし」

「何かしらの危機回避能力かもよ」

「へー・・・そう言う事あるんですかね」

「ゼロではないって、所でしょうね」

笑いながら、橘先生も同意していた。

そう言えば、あの臭いで騒いでたのは
お母さんとお兄だけだったな・・・血かな~
当の本人なのに、、臭いも何もしないって・・・
これは父親譲りか~残念。

でも、加々見先生の話を聞いてると、そう言う事もあるかもって思った。

「そうだ、加々見先生のお友達に聞いてみたらどうでしょう?」

「あ、そーだね・・・ちょっと電話してみようかな」

「これから呼ぶんですか?」

「ううん、たぶん話したら、何か解ると思う」

先生の友達、ホンモノ説~
電話はじめたから、聞いてみよう。

ちょうど談話室で、携帯も使用可能だったので
加々見先生は、手の中の小さな機械の画面をなぞって
すぐ耳に当てて、すぐに話始めた。

「あ、久しぶり~ゴメンね、ちょっと聞いてもらいたいんだけどさ」

そう言いながら、皆も聞けるようにしてくれた。

『スゴイ臭いだね、そこ何処?』

と、いきなり唸るように聞いて来た。

「あーやっぱりそうか~実はさぁ・・・」

先生の友達に、軽く事情を説明していた。

『たぶんだけど、それ以上の被害は出ないと思う』

「どういう事?」

『顔は、はっきりしないけど、笑ってるのが見える・・・
 少し暗いけど、無邪気なカンジ。
 あんまり悪意は無いんだけど・・・ちょっと臭いな・・・』

「無邪気?」

「誰かがやったって事?」

『攻撃が向かってる方向は、その四人だけ。
 やってやった・・・って笑ってる。
 ちょっと前に、臭ったんでしょう?その時、浅井さん?
 あなたの近くでそう言ってたんじゃないかな』

「確かに、あの時の臭いだったよ」と、お兄が言った。

私とあの四人に関わる事と言ったら、あの音楽室奥の時だけだ。
その話も、ちょっとしてみた。

『なるほどね』

「そんな事があったの?」加々見先生は驚いていた。

話てなかったか~関係あるとは思えないもんね、しょうがない。

先生の友達は、少し考えてから、また話し始めた。

『私は、その場所に行きたくないな・・・何か集まりやすいみたい
 いろんな感情が、吹き溜まりで時間が止まったように残ってる』

「でも、そこでは誰も亡くなってないんですよ」

橘先生は、必死で言った。

『ええ、本人は今も元気だと思いますよ、
 でも、いろんな感情の残りかすの様なものが
 行き場を失って、漂っていたのが集まったんでしょうね。
 たぶん、今その場所は、キレイになってるんじゃないかな・・・
 自分と同じ事をされた人が来たんで、自分が味方になろうって
 反応したんじゃない?思いを遂げたから、臭いも、たぶん
 もうしないと思う、今後の事は解らないけど』

「音楽室の奥は、もう大丈夫なんですか?」

『一応、お酒とお塩でお清めしたら、とりあえず大丈夫だと思う。
 方法は後で説明するから、準備が整ったら電話頂戴』

「うん、解ったー、急にゴメンね・・・また、遊びに行こう」

『そうね、またね』

そう言って、電話は切れた。

「そっかー誰か知らないけど、私の味方になってくれたんだ」

そう思うと、ちょっと嬉しくなった。

「何だ?お前いじめられてたのかぁ?」

「そうじゃ無いけど、あの人等そうしたかったみたいで
 油断したら、ハメられただけ」

「災難だったなーでも、良い事したのかもな
 ある意味、お祓いしたようなもんだろ?」

「そう思っておくよ」

病室は相変わらずなので、先生だけ挨拶だけして
保護者を残し、私達は帰った。

車の中は、BGMだけが流れて、誰も話す事は無かった。

それから数日、何事も無く、あれ以降の事も連絡は無かった。
しきりとアリバイを聞いて来た警察からも、連絡は無い。

アニキに頼んで、私のお小遣いから、ちょっと良い日本酒を
小さい瓶で2本買った。

1本はお父さんにあげて、もう1本は、加々見先生に渡した。
両方共、私からのお礼。

あの時、唯一私の味方をしてくれた存在に。


答辞の草案を仕上げて、登校日を迎えた。

あと何回、学校に行くのかな・・・そう思ったら
先生から聞いた、卒業する事なく退学したという人を思い出した。

学校に来たかったよね。
そして、来たくも無かったよね。
解る。私は解るよ。
だから、味方してくれたんだよね。
ありがとう。
あなたも、今をしっかり生きて、楽しんでね。
私も、これからバラ色の人生を堪能するから。

あんな所に心を残さないで、100%の自分で幸せになって。

嫌な事も、辛い事も、人生の肥やし。
いつか必ず役に立つ時が来る。

アニキは今回の事があって、私にそう言った。
きっと、そうなんだと思う。

固かった桜のつぼみが、明るい緑色になった
あと少ししたら、ピンク色の蕾になって
あっという間に、キレイに咲き誇るんだろう。
これから起こる楽しい事、沢山考えて行こう。

学校に着いて、いつもの通り終わる。

驚いた事に、例の四人も登校していた。
まるで、何も無かったようだ。
あの日の前に戻ったみたい。

と言うか、あんなに突っかかって来てたのが嘘みたいだった。

極々普通の日常だった。

帰りに先生の所に行って、草案を見せたら
読みながら、大号泣していた。
しめしめ・・・これは、大成功(笑)

「私はOKだけど、ちょっと待ってね」

鼻をすすり、ハンカチで目元を拭きながら
そう言って、学年主任の先生の所に持って行った。

最終チェックしてもらう横で、橘先生に聞いてみた。

「あの四人、全然変わって無いですね」

「そうなのよ、驚いたわ。何も覚えてないんだって」

「人騒がせですね~でも、それで良かったのかも」

「そうね」

話をしていたら、学年主任の先生も、目をハンカチで押さえながら
ノートを持って来た。

「これでいいよ、良く書けたね。式当日、宜しく頼む」

そう言って、ノートを返してくれた。

「これから、この内容覚えるの?」

「カンペ読むのは、かっこ悪いです」

「そう」

何もかも終わった。
そういう安堵感で、私達は笑った。

卒業式は来週。
しっかりがんばって、有終の美を飾らなくては!


それから1週間、アニキの言う所の「清廉潔白すぎる日々」を送った。
猫とも、また仲良しに戻れた。

その日の朝、クリーニングに出していた、制服に袖を通す。
今日で最後なんだな。

階下で、両親が騒いでいる声が聞こえた。

なんでも、休みが取れたので、家族で卒業式に来るそうだ。
全員でって、どうなのかな・・・
まぁ、ダメとは言われてないから、いいか。

たまには、こういうのも悪くない。

四人で家を出て、大きな声で笑ったり話しをしながら、
ゆっくり学校に行く。

学校に着くと、家族三人は、先に体育館に行った。

私は教室に向かう。

教室に集まって最後の点呼をしてから、
指示が出たので、体育館へと向かい
出席番号順に整列して静かに歩いた。

粛々と式が進んで行く。
気の早い人が、鼻をグズグズさせたり、泣いてる人も居るみたい。
うふふ・・・答辞の爆弾投下するから、待ってらっしゃい。

送辞が終わって、答辞・・・出番だ。

結果はもちろん、体育館中泣いてない人の方が少ない位。
例の四人も、号泣してた。
壇上から、良ーく見えましたよ。

終わりよければ総て良しって言うけど
良い思い出になった。

この学校に来て、良かった。
私がここに居た意味が有った。

本当に良かったと、楽しんだのだと思えた。

ふと、気が付くと保護者席で、アニキが手を振っていて
泣きまねしながら、両親を指さしていた。
それに気が付いて、私も笑った。

保護者も泣かしたか・・・
私は、少し悪い笑顔になってたかも知れない。

お辞儀をして、舞台から降りた。
私の学校での全てが終わったのだ。

それから、閉会して、体育館を順に出て
教室に戻ってから、卒業アルバムと卒業証書をもらった。

皆は、友達と話したり泣いたりしているが
私には話したい人が居ないので、さっさと待ってる家族の所へ戻ろう。
お兄には、イジられるかもだけど、まぁ今日は許す。

アルバムと卒業証書を、折りたたんで上着の中にしまっていた
大きめの布の袋に入れた。

残ってた荷物は、前日までに全部持って帰ったから、
もう私のモノは何もない。

少し重くなった袋を持って、振り返って教室の中を見た。

笑いながら何か話したり、泣きながら笑ってたり
肩をたたき合ってる姿を見て、これが本当の最後だと思うと
何とも言い難い気持ちになった。
次に来たとしても、もうこの学校の生徒ではない。

いろいろあったんだなぁ・・・
何も無い、毎日がただのルーティンだと思ってたけど
そうじゃなかった。

起こった何もかも、些細な全てが大切な事だった。

それが解っただけでも、無駄な3年では無かった。

「ありがとう」

小さい声で言って、教室から出た。

学校から出ると、門の前で両親とアニキが、私に気が付いて
手を振って声をかけて来る。

「何だ?上履きを手に持って帰るのか?家が近くて良かったなー」

「靴用のカバン、もう持って帰ったんだもん、仕方ないじゃん
 アルバムと一緒に居れたくないしさぁ」

「せっかちだからなー」

「すいませんね」

「これから、食事に行こうと思ったけど、荷物置いてからにしましょうか」

「袋と靴だけ置いて来るよ、先に行ってて、いつもの所でしょ?」

「鍵持ってるの?」

「あ・・・」

そうだ、いつものカバンじゃ無かった・・・

「おっちょこちょいかぁ・・・俺、鍵持ってるからさ
 二人とも先に行って席取って置いてよ、すぐ追いかける」

「解った」

父と母が二人、笑顔で何か話しながら歩く姿を見て

「ちょっと気を利かせた?」って聞いてみた。

「ホントにちょっとだけな~」

「じゃあ、ゆっくり追いかけよう」

「そだな」

歩いて家に戻りながら、アニキと話した。

「あの四人、なーんにも覚えてないんだって」

「そうなんだ」

「らしいよ、当人達と話してないけど、先生がそう言ってた」

「ふーん」

家に着いて、上履きと卒業証書とアルバムの入った袋を置いた。

「アルバム?ちょっと見せてくれよ」

「見せても良いけど、紹介はしないからね」

「解った解った」

生徒一人一人の顔写真だったり、行事の写真をパラパラ見ていた。

「可愛い子は居るけど、趣味じゃないかな~」

「ひどい事言ってるし」

笑って、アルバムを閉じようとしていたアニキの手が止まった。

「どうしたの?」

「うん・・・あ・・・あれ?」

「何かあったの?」

私は、アルバムを覗き込んだ。

3か月以上前に撮影した、3年全員の集合写真。
魚眼レンズで撮っていて、微妙な歪みが面白い。

「これがどうかした?」

「これ・・・」

アニキが指さした先には、音楽室があった。
音楽室にもベランダがあった・・・そのベランダに人が居た。
薄ぼんやりとした姿なのに、カメラ目線なのが解る。

「確か、撮影中は誰もベランダに出ないようにって言われてたよ
 誰か出ちゃってたんだね。
 それだけでしょ?」

「でも、撮影してるって事はさ、カメラマンも誰かいたら
 気が付くだろ?撮り直しになるんだし」

「それもそうか・・・でも、写った物は仕方ないよ」

そう言って、アニキからアルバムを取り返した。

「さぁ、お母さんたち待ってるよ、行こう」

「そうだな~」

不満げなアニキを、押して外に出た。

鍵をかけて、門を閉め、いつもの店に向かって、歩き出した。

少しまっすぐ行って、左に曲がると近道だ。
ゆっくり歩いて行った。

左に曲がる瞬間に、温かい風が吹いて、何かの花の匂いがした。
何の花だったかな・・・そう考えて、家の方を見たら
うちの家の門の中に誰かいた。
笑って小さく手を振っている。

その刹那、その人が、アルバムの中のベランダの人だと解った。

あの時、私の味方をしてくれた人だ。
同じ制服を着たその人は、笑っていた。

臭い時には解らなかったけど
今回は解った。

お花の匂いになれたんだね。良かった。
味方になってくれて、ありがとう。

私は、大きく手を振った。
名前も知らない人に、心からのお礼を込めて。

食事を終えて、家に戻ってからアルバムを開いたけど
写真のベランダには、誰も居なかった。

また大騒ぎになるから、アニキには言わないでおこう。
私だけの思い出だから。
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