転生乙女は愛する彼の運命を変えたい〜破滅の未来から必ず貴方を救ってみせる!〜

藤咲紫亜

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導きましょう、死の運命から幼馴染を救う婚約破棄を〜転生した庭師、気まぐれに伯爵様を籠絡してみました〜(攻略対象・モテモテ爽やか伯爵)

第2話 ヒロインの不在

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 『聖樹』は、ディアマンテ王宮の庭にあり、ゲーム開始時には幼木だが、ゲームが進むにつれて成長し、やがてこの国に精霊達の恵みを与える大樹となる。ディアマンテ王宮恋物語の主人公(デフォルト名アリーチェ)は、その『聖樹』の育成を任される。

 ディアマンテ王国には、火・水・地・風の大精霊に愛された四大貴族が存在する。
 ベルナルディ伯爵家は水の精霊に愛された一族で、クラウディオの別名は水の伯爵だ。

 若くしてベルナルディ伯爵家を継いだクラウディオは、小綺麗な顔にすらりとした体格、人懐っこく明るい性格で社交界でモテモテの貴公子だ。
 しかしエレオノーラの前世の記憶によると、クラウディオはこの先、派手な女性関係が災いし命を落とすことになる。

 クラウディオの婚約者フィオレンティーナ・ヴェントが、彼の浮気癖を許せず伯爵家の庭園で彼を暗殺する。

 このクラウディオの運命を変えられるのは、主人公のアリーチェだけ。庶民の出のアリーチェに恋した水の伯爵クラウディオは、彼女を一途に愛してフィオレンティーナとの婚約を破棄し、死の運命から逃れることになる。

 そのはずなのに、どうもおかしい。
(アリーチェが王宮に召し上げられるきっかけになった、昨日のベルナルディ伯爵家の舞踏会。あの場にアリーチェがいなかった)

 アリーチェに出会わなければ、クラウディオは死んでしまうのに。

「何をしてるのかしら……」
「ほっかむりしてクワ持ってるエルこそ何してんの?」
「わ! クラウディオいつからそこに?」

 自分の家であるシレア家の庭で、エレオノーラは土いじりに精を出していた。畑の隅で物想いにふけっていたのだが、クラウディオがいつの間にか隣にいた。
 クラウディオとエレオノーラは、お互いの母親達が親友の縁で昔からよく一緒にいる。

 しかし“エレオノーラ”という名前は、前世の記憶には無い。
 つまりゲームで特に描かれないほどの、或いは出ても名前がないほどの、モブ中のモブのキャラクターなのだろう。

「昨日舞踏会で突然泣き出したと思ったら、今日は農民ごっこ? 乙女心は難解だなぁ」
「これは……必要があるから、仕方なくよ!」
「ほぉ、どんな必要?」

 エレオノーラは、じとっとした目でクラウディオを見た。
「そんなに熱く見つめないでおくれエレオノーラ」
 クラウディオが無駄にオーラをキラキラさせる。
(ふざけてる)
「あのね、この顔は『どうせ言っても分かんないだろうな』って呆れてるの!」

(ああ、ダメだ)
 頼みのアリーチェが居ない以上、自分が行動するしかない。クラウディオを死なせたくなければ、エレオノーラがクラウディオを『落とす』しかないのだ。

 実はエレオノーラの前世の推しは風の侯爵だった。大人の余裕があって、けれど心を許した人間には少年のような顔を見せる彼のことが好きだった。

 水の伯爵クラウディオは全キャラクリアを目指す上で仕方なく攻略したに過ぎない。四大貴族エンディングなんて物もあったから。

(落ち着いて。クラウディオの好みは大体覚えてる)
 クラウディオは浮気性な自分と真逆で、国王から任された『聖樹』の世話に一生懸命なアリーチェに心惹かれた。

 四大貴族がこのゲームで重要となってくるのは、この『聖樹』の成長に火・水・地・風の四大精霊の力が欠かせないからだ。

 クラウディオが殺されてしまうのは、ゲーム終盤で『聖樹』が花を咲かせた直後。つまり『聖樹』が花を咲かせるまでに、クラウディオを落とすのだ。

 化粧や服装に凝った、恋愛に積極的な女性達と何度も浮き名を流してきた水の伯爵クラウディオの本当の好みのタイプは、意外にも———

「そういえば、今日は髪を結んでないんだな。化粧だってしてない」
 クラウディオが不思議そうな顔でエレオノーラの髪を一房掬う。
「……恥ずかしいから、そんなに見ないで」

(貴方は)
 エレオノーラはクラウディオから慌てて顔を隠すように目線を逸らした。
(8人いる攻略キャラクターの男性達の中で一番、素朴で奥ゆかしい女性を好むのよ)

 背伸びをしない、素直で飾らないありのままのアリーチェを、ゲームの中のクラウディオは深く愛した。

「何か懐かしくていいな。そういうの、けっこう好きかも」
 ズキン、と何故かクラウディオの言葉にエレオノーラの胸が痛む。

「ひょっとして『聖樹』関係?」
 クラウディオが尋ねる。
 近々、『聖樹』の世話を任される娘が貴族の令嬢達の中から選ばれる。
 ゲームでは、王宮庭園にたまたま居合わせた庶民のアリーチェを『聖樹』が選び騒然となった。

「いやでも、ほっかむりって……形から入りすぎでしょ。応援はしてやるけどさ」
 クラウディオは笑いを堪えながら言う。
「クラウディオ。私はどうしても選ばれなきゃいけないの」
「……そっか」

 クラウディオは片手の手のひらを上にして、空に掲げた。
 直後、柔らかく繊細な雨が降り始める。
(これは……)
 水魔法。水の一族にしか使えない魔法だ。

「エルには水の精霊が付いてる」
 温もりを感じる心地良い雨の後に、七色の透明な橋がかかる。
「頑張れ」
「……うん」

 雨と同じように優しい笑顔を見せるクラウディオ。
(これは気まぐれ。そう。気まぐれなの)
 エレオノーラは自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。

 遊び人のクラウディオ。女性相手なら誰にでも優しく、甘い言葉と笑顔を振り撒く彼を、前世のエレオノーラは好きではなかった。
 女性は誰だって、自分だけを見ていてほしいし、愛してほしいものである。

 ひとしきりエレオノーラをからかった後、クラウディオはひらひらと手を振って去っていった。
 彼は今夜も、どこかの令嬢の屋敷に遊びに行くのだろう。

(アリーチェ)
 彼女がいたら、全力でクラウディオとくっつくように応援するのに。
(本当に? 本当に私は、クラウディオとアリーチェの恋を応援するの?)
 クラウディオが夢中になったアリーチェが現れないことに、どこか安堵している自分がいる。

 『聖樹』に選ばれる娘の資質がどんなものか、エレオノーラは知らない。けれど樹と言うからには、植物の知識が必要になるのではないか。
 この日から、エレオノーラの猛勉強が始まった。
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