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第二十六稿 これが正しい話じゃなくても
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「そこで待っててください!」
クローヴィスを寮の自室に入れて扉を閉め、室内に向かって杖を大きく振った。
寝台から机の上から床まで、一面に広がったボツ原稿や資料の本達が、一斉に集まっていく。
本当は散らかった部屋をクローヴィスに見せたくなかったが、扉の外だと人目もある。
皇太子の彼がここにいる事を知られてはならなかった。
原稿や本ならまだ良いが、脱ぎ散らかした服や鼻水を拭った紙まで床に散らばっていたのは、流石に乙女としてダメだろう。
がっかりされたかな。
仕上げに部屋全体に防音の魔法をかけて振り返ると、仮面を外した彼と目が合った。
燭台の灯りに照らされたクローヴィスの顔は、いつになく物憂げで、それが彼の美しさを際立たせていて息を呑む。
酷いことを頼んでしまったんだから、彼の表情が暗いのも当然だ。
(魔法薬を使って、自分との思い出を消すなんて)
気が進まないのだろう。
それでも彼は逃げずに、約束を果たしに来てくれた。
「クローヴィス様、お待たせしました」
机の前の椅子を勧めて、机の上の本棚から一冊の新しい本を手に取る。
この本を書き上げたことを、クローヴィスには手紙で伝えていた。
機会がある時に会おう、と、クローヴィスからも返事が来ていた。
まさか、即売会に来るとは思っていなかったけれど。
本を持つ手に、汗が滲んでくる。
私が、クローヴィスを忘れるために書いた物語。
クローヴィスが持ってきてくれた魔法薬を飲み、この本を読めば、私は目の前の彼の存在を忘れる。
始めから……ヴィラントの婚約者として彼に紹介された日のことも、仮面文芸即売会で交わした言葉も全て、私の中では無かったことになる。
クローヴィスを忘れ、私は本当の意味で彼から解放される。
これでもう、彼と会えない寂しさに耐える毎日は終わる。
「これです。内容に問題がないか、読んで確かめてもらえますか?」
本を差し出すと、クローヴィスは丁寧に受け取った。
だが彼は、本を開くことなく「ナディア」と呼んだ。
「今でも私のことを忘れたいと思う?」
鋭い胸の痛みに、息が詰まった。
忘れたい。
知らなければ良かったと思う。
クローヴィスの優しさ。
クローヴィスの眼差し。
会いたいと焦がれる気持ちは、苦しすぎて。
彼がいなくなった魔法学校は、色彩を失ったように暗く、冷たい場所だった。
彼と出会う以前は気にならなかったのに。
彼と出会ってしまって、私の世界は変わってしまった。
「クローヴィス様」
締め付けられるような心臓の痛み。
覚悟を、した。
「私を自由にしてください」
クローヴィスは私から視線を逸らすと、深く息をついた。
「君が、そんなに望むなら」
手に持った本を開き、クローヴィスは目を通し始めた。
大事な人の記憶を忘れてしまった女性が、記憶を失くした後も自分らしく生きていくと言う内容のシンプルな物語だ。
読書に慣れた人間なら、すぐに読み終わるだろう。
「クローヴィス様、今、魔法薬を見せていただいても?」
声をかけると、クローヴィスは躊躇いながら胸元のポケットから小瓶を取り出した。
それを机の上に置く。
一口で飲める程度の、青く輝く液体が瓶の底で揺れている。
(これが洗脳の薬)
クローヴィスの後ろの窓から差し込む月明かり。今夜は星もよく見える。
私を導く光。
クローヴィスは読み始めた本を途中で閉じて、机の上に置いた。
「やはりやめよう……ナディア!?」
私は魔法薬の小瓶を手に取っていた。
「ごめんなさい。お咎めなら受けます!」
言うが速いか、魔法薬の瓶を開けて一気に中身の液体を呷った。
「ナディア!!」
クローヴィスが焦った様子で私の肩を掴んでくる。
ぐい、と、そのクローヴィスの襟元を素早く掴んで引っ張った。
勢いのまま、彼は膝をつく。
抵抗しようとしたのか、とっさに身を引いたクローヴィスの唇を何とか捕らえる。
冷たく柔らかな、彼の唇の感触。
クローヴィスの紫色の瞳が、燭台の灯りの中で大きく見開かれた。
クローヴィスを寮の自室に入れて扉を閉め、室内に向かって杖を大きく振った。
寝台から机の上から床まで、一面に広がったボツ原稿や資料の本達が、一斉に集まっていく。
本当は散らかった部屋をクローヴィスに見せたくなかったが、扉の外だと人目もある。
皇太子の彼がここにいる事を知られてはならなかった。
原稿や本ならまだ良いが、脱ぎ散らかした服や鼻水を拭った紙まで床に散らばっていたのは、流石に乙女としてダメだろう。
がっかりされたかな。
仕上げに部屋全体に防音の魔法をかけて振り返ると、仮面を外した彼と目が合った。
燭台の灯りに照らされたクローヴィスの顔は、いつになく物憂げで、それが彼の美しさを際立たせていて息を呑む。
酷いことを頼んでしまったんだから、彼の表情が暗いのも当然だ。
(魔法薬を使って、自分との思い出を消すなんて)
気が進まないのだろう。
それでも彼は逃げずに、約束を果たしに来てくれた。
「クローヴィス様、お待たせしました」
机の前の椅子を勧めて、机の上の本棚から一冊の新しい本を手に取る。
この本を書き上げたことを、クローヴィスには手紙で伝えていた。
機会がある時に会おう、と、クローヴィスからも返事が来ていた。
まさか、即売会に来るとは思っていなかったけれど。
本を持つ手に、汗が滲んでくる。
私が、クローヴィスを忘れるために書いた物語。
クローヴィスが持ってきてくれた魔法薬を飲み、この本を読めば、私は目の前の彼の存在を忘れる。
始めから……ヴィラントの婚約者として彼に紹介された日のことも、仮面文芸即売会で交わした言葉も全て、私の中では無かったことになる。
クローヴィスを忘れ、私は本当の意味で彼から解放される。
これでもう、彼と会えない寂しさに耐える毎日は終わる。
「これです。内容に問題がないか、読んで確かめてもらえますか?」
本を差し出すと、クローヴィスは丁寧に受け取った。
だが彼は、本を開くことなく「ナディア」と呼んだ。
「今でも私のことを忘れたいと思う?」
鋭い胸の痛みに、息が詰まった。
忘れたい。
知らなければ良かったと思う。
クローヴィスの優しさ。
クローヴィスの眼差し。
会いたいと焦がれる気持ちは、苦しすぎて。
彼がいなくなった魔法学校は、色彩を失ったように暗く、冷たい場所だった。
彼と出会う以前は気にならなかったのに。
彼と出会ってしまって、私の世界は変わってしまった。
「クローヴィス様」
締め付けられるような心臓の痛み。
覚悟を、した。
「私を自由にしてください」
クローヴィスは私から視線を逸らすと、深く息をついた。
「君が、そんなに望むなら」
手に持った本を開き、クローヴィスは目を通し始めた。
大事な人の記憶を忘れてしまった女性が、記憶を失くした後も自分らしく生きていくと言う内容のシンプルな物語だ。
読書に慣れた人間なら、すぐに読み終わるだろう。
「クローヴィス様、今、魔法薬を見せていただいても?」
声をかけると、クローヴィスは躊躇いながら胸元のポケットから小瓶を取り出した。
それを机の上に置く。
一口で飲める程度の、青く輝く液体が瓶の底で揺れている。
(これが洗脳の薬)
クローヴィスの後ろの窓から差し込む月明かり。今夜は星もよく見える。
私を導く光。
クローヴィスは読み始めた本を途中で閉じて、机の上に置いた。
「やはりやめよう……ナディア!?」
私は魔法薬の小瓶を手に取っていた。
「ごめんなさい。お咎めなら受けます!」
言うが速いか、魔法薬の瓶を開けて一気に中身の液体を呷った。
「ナディア!!」
クローヴィスが焦った様子で私の肩を掴んでくる。
ぐい、と、そのクローヴィスの襟元を素早く掴んで引っ張った。
勢いのまま、彼は膝をつく。
抵抗しようとしたのか、とっさに身を引いたクローヴィスの唇を何とか捕らえる。
冷たく柔らかな、彼の唇の感触。
クローヴィスの紫色の瞳が、燭台の灯りの中で大きく見開かれた。
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