ナディア・クライノートは筆を折る〜「私はこの小説のヒロイン達を愛している、三次元の女に興味は無い」と婚約破棄されましたが、それ書いたの私です

藤咲紫亜

文字の大きさ
26 / 37

第二十六稿 これが正しい話じゃなくても

しおりを挟む
「そこで待っててください!」

 クローヴィスを寮の自室に入れて扉を閉め、室内に向かって杖を大きく振った。
 寝台から机の上から床まで、一面に広がったボツ原稿や資料の本達が、一斉に集まっていく。
 
 本当は散らかった部屋をクローヴィスに見せたくなかったが、扉の外だと人目もある。
 皇太子の彼がここにいる事を知られてはならなかった。

 原稿や本ならまだ良いが、脱ぎ散らかした服や鼻水を拭った紙まで床に散らばっていたのは、流石に乙女としてダメだろう。
 がっかりされたかな。

 仕上げに部屋全体に防音の魔法をかけて振り返ると、仮面を外した彼と目が合った。

 燭台の灯りに照らされたクローヴィスの顔は、いつになく物憂げで、それが彼の美しさを際立たせていて息を呑む。

 酷いことを頼んでしまったんだから、彼の表情が暗いのも当然だ。

(魔法薬を使って、自分との思い出を消すなんて)

 気が進まないのだろう。
 それでも彼は逃げずに、約束を果たしに来てくれた。

「クローヴィス様、お待たせしました」

 机の前の椅子を勧めて、机の上の本棚から一冊の新しい本を手に取る。

 この本を書き上げたことを、クローヴィスには手紙で伝えていた。
 機会がある時に会おう、と、クローヴィスからも返事が来ていた。

 まさか、即売会に来るとは思っていなかったけれど。

 本を持つ手に、汗が滲んでくる。
 私が、クローヴィスを忘れるために書いた物語。
 クローヴィスが持ってきてくれた魔法薬を飲み、この本を読めば、私は目の前の彼の存在を忘れる。

 始めから……ヴィラントの婚約者として彼に紹介された日のことも、仮面文芸即売会で交わした言葉も全て、私の中では無かったことになる。

 クローヴィスを忘れ、私は本当の意味で彼から解放される。

 これでもう、彼と会えない寂しさに耐える毎日は終わる。

「これです。内容に問題がないか、読んで確かめてもらえますか?」
 本を差し出すと、クローヴィスは丁寧に受け取った。

 だが彼は、本を開くことなく「ナディア」と呼んだ。

「今でも私のことを忘れたいと思う?」
 鋭い胸の痛みに、息が詰まった。

 忘れたい。
 知らなければ良かったと思う。

 クローヴィスの優しさ。
 クローヴィスの眼差し。
 会いたいと焦がれる気持ちは、苦しすぎて。

 彼がいなくなった魔法学校は、色彩を失ったように暗く、冷たい場所だった。
 彼と出会う以前は気にならなかったのに。
 彼と出会ってしまって、私の世界は変わってしまった。

「クローヴィス様」

 締め付けられるような心臓の痛み。
 覚悟を、した。

「私を自由にしてください」

 クローヴィスは私から視線を逸らすと、深く息をついた。

「君が、そんなに望むなら」
 手に持った本を開き、クローヴィスは目を通し始めた。
 
 大事な人の記憶を忘れてしまった女性が、記憶を失くした後も自分らしく生きていくと言う内容のシンプルな物語だ。
 読書に慣れた人間なら、すぐに読み終わるだろう。

「クローヴィス様、今、魔法薬を見せていただいても?」
 声をかけると、クローヴィスは躊躇いながら胸元のポケットから小瓶を取り出した。
 それを机の上に置く。

 一口で飲める程度の、青く輝く液体が瓶の底で揺れている。
(これが洗脳の薬)
 
 クローヴィスの後ろの窓から差し込む月明かり。今夜は星もよく見える。
 私を導く光。

 クローヴィスは読み始めた本を途中で閉じて、机の上に置いた。

「やはりやめよう……ナディア!?」
 私は魔法薬の小瓶を手に取っていた。

「ごめんなさい。お咎めなら受けます!」
 言うが速いか、魔法薬の瓶を開けて一気に中身の液体を呷った。

「ナディア!!」
 クローヴィスが焦った様子で私の肩を掴んでくる。
 ぐい、と、そのクローヴィスの襟元を素早く掴んで引っ張った。

 勢いのまま、彼は膝をつく。

 抵抗しようとしたのか、とっさに身を引いたクローヴィスの唇を何とか捕らえる。

 冷たく柔らかな、彼の唇の感触。
 クローヴィスの紫色の瞳が、燭台の灯りの中で大きく見開かれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@アンジェリカ書籍化決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

夫に用無しと捨てられたので薬師になって幸せになります。

光子
恋愛
この世界には、魔力病という、まだ治療法の見つかっていない未知の病が存在する。私の両親も、義理の母親も、その病によって亡くなった。 最後まで私の幸せを祈って死んで行った家族のために、私は絶対、幸せになってみせる。 たとえ、離婚した元夫であるクレオパス子爵が、市民に落ち、幸せに暮らしている私を連れ戻そうとしていても、私は、あんな地獄になんか戻らない。 地獄に連れ戻されそうになった私を救ってくれた、同じ薬師であるフォルク様と一緒に、私はいつか必ず、魔力病を治す薬を作ってみせる。 天国から見守っているお義母様達に、いつか立派な薬師になった姿を見てもらうの。そうしたら、きっと、私のことを褒めてくれるよね。自慢の娘だって、思ってくれるよね―――― 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22
恋愛
弟を探す旅の途中、身分を隠して村で薬師として生きていたセラは、 ハープの音に宿る才を、名も知らぬ貴族の青年――王弟レオに見初められる。 互いの立場を知らぬまま距離を縮めていく二人。 だが、ある事件をきっかけに、セラは彼の屋敷で侍女として働くことになり、 知らず知らずのうちに国を巻き込む陰謀へと引き寄せられていく。 人の生まれは変えられない。 それでも、何を望み、何を選ぶのかは、自分で決められる。 セラが守ろうとするものは、弟か、才か、それとも―― キャラ設定・世界観などはこちら       ↓ https://kakuyomu.jp/my/news/822139840619212578

〖完結〗終着駅のパッセージ 

苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。 その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。 婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。 孤独な結婚生活を送る中。 ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。 始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。 他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。 そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。 だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。 それから一年ほどたった冬の夜。 カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。 そこには彼の想いが書かれてあった。 月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。 カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。 ※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。 ※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。 稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。

契約妻に「愛さない」と言い放った冷酷騎士、一分後に彼女の健気さが性癖に刺さって理性が崩壊した件

水月
恋愛
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件の旦那様視点短編となります。 「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。

冷酷な王の過剰な純愛

魚谷
恋愛
ハイメイン王国の若き王、ジクムントを想いつつも、 離れた場所で生活をしている貴族の令嬢・マリア。 マリアはかつてジクムントの王子時代に仕えていたのだった。 そこへ王都から使者がやってくる。 使者はマリアに、再びジクムントの傍に仕えて欲しいと告げる。 王であるジクムントの心を癒やすことができるのはマリアしかいないのだと。 マリアは周囲からの薦めもあって、王都へ旅立つ。 ・エブリスタでも掲載中です ・18禁シーンについては「※」をつけます ・作家になろう、エブリスタで連載しております

処理中です...