離した手の温もり

橘 凛子

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来訪

ep.41

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『蒼ちゃん、お待たせ』

カフェに入店して私は蒼ちゃんの座る席へ歩み寄る。

スマホを弄っていた彼の目線がこちらを捉えた。

目が合うと蒼ちゃんは気の抜けるような笑顔を向けてくれた。

会うのは四日ぶり。

「美愛、ごめん。急に」
『本当にね。あれじゃわかりにくいよ、蒼ちゃん。
私、エスパーじゃないんだから』
「ごめん、ごめん。
——あ、俺ブラックね」

悪びれた様子もない蒼ちゃんは予定通りコーヒーを要求してきた。

気のせいだろうか。

数年前の彼より態度がフランクになったような気がする。

こんな風に私に何かを要求してくることなどなかった。

私が奢ってもらうことに抵抗を感じているのを蒼ちゃんは理解しているので建前で奢ってと言ってきていたが、実際奢ったのはほんの数回だけ。

今の私達の関係が彼氏彼女ではなく、単なる友人関係だからだろうか。

『お昼は食べたの?』
「んや、まだ」
『ついでに買ってくるよ。なにがいい?』
「美愛チョイスで。
俺の好み、わかってるでしょ」
『……後で文句言わないでよね』

私は肩にかけていたショルダーバッグを席に残して、レジカウンターへ足を向けた。

ブラックコーヒーとカフェラテ、蒼ちゃんが好きそうなロコモコバーガー、そしてベーグルサンドとスコーンを注文する。

代金を支払って番号札を受け取った私は彼の元へ戻って向かい側の席に腰掛けた。

注文したものは店員が席まで届けてくれる。

『蒼ちゃん、お店平気なの?
こんな時間に抜けて…』
「今日は予約少ないからね。なんかあれば連絡くるよ」

蒼ちゃんの仕事のことはよく知らないが、美容師はこんなゆったり休憩をとれるものなのだろうか。

しかもこんなお昼時に。

イメージだが、一番ピークな時間帯な気がする。

『ならいいけど…』
「美愛さ、今日予定ある?」
『?
なんで?』
「彗んとこ呑み行く予定だけど来る?」
『あー…ごめん。
行きたいけど今日の夜、歓迎会なんだ』
「……平気?」
『え?』
「いや、美愛大勢の集まり苦手じゃん、
大丈夫?」
『……しょうがないじゃん。私の歓迎会なんだから行かないわけにいかないの。
如月さんにも言われちゃったし…』
「…如月さん?」

ボソリ、と言った私の言葉を蒼ちゃんは聞き逃さなかった。

聞き慣れない人の名前に彼は聞き返す。

『私の上司』
「男?」
『え、うん…?そうだけど…?』
「ふーん…
場所、どこ?」
『へ?』
「歓迎会。
どうせ一次会で帰るんでしょ?迎え行くよ」
『いや、いいよ。悪いし…』
「俺が美愛に会いたいだけだから」
『……!』

蒼ちゃんはサラリ、と恥ずかしげもなく言う。

口説かれているのだろうか。

ふと、前回一緒に彼と食事したときの言葉を思い出した。

こうやって会ってはいるが、まだ私はどうするか決めてかねている。

どうすべきか。

まだ決断出来ない。
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