離した手の温もり

橘 凛子

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来訪

ep.54

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『菜乃、早いね』
「早めに切り上げたの。美愛の相談、気になって」
『どこでランチしようか…』
「近くにさ、オーガニックカフェあるからそこ行ってみない?」
『いいけど…
好きだね。そういうとこ』

菜乃の職業のせいだろうか。

彼女は写真映えするお店に行きたがる。

SNSに写真をアップしたい、という考えもあるのだろう。

食に関してあまり興味のない私は特に文句はなかった。

食べれればなんでもいい。

『ちょっと待ってて。着替えてくるから』
「ロビーで待ってるからゆっくりでいいよ」
『…ん。ありがと』

菜乃は笑顔で更衣室を出ていった。

私は彼女のゆっくり、という言葉に甘えて特に急ぐこともなく外に出る準備を始める。

室内は静まり返っていた。

お昼時に来る人は少ないのだろう。

私以外、更衣室には誰もいなかった。

菜乃に相談というのは勿論、蒼ちゃんのことだ。

今日、彼女に偶然会わなかったとしてもこの週末に相談を持ちかけるつもりだった。

自分一人で解決するにはもうキャパオーバー。

誰かに話を聞いて欲しかった。

『菜乃』
「あ、美愛!」
『お待たせ』

準備を終えた私は菜乃が待つロビーに向かった。

彼女はロビーに設置された小ぶりなベンチに腰掛けていたが、私の姿を確認すると立ち上がる。

お互いに歩み寄った。

「行こっか!」
『うん。場所、近いの?』
「すぐそこだよ。私も行ったことないから味は保証できないけど…」
『まぁ、大丈夫でしょ』

私達はジムを出た。

ぽかぽかとした春らしい陽気。

休日だからだろう。

街並みはそこそこ人で賑わっている。

目的のカフェは本当にすぐだった。

ジムの斜め向かいにあるウッド調の暖かみのある店。

最近オープンした店だろうか。

真新しさがある。

『ここ、新しくできた店?』
「そうみたい。有機野菜使ってるらしいよ」
『へぇ…』

店内に入ると私達は奥の席に案内された。

基本的に野菜中心のメニューが多いようだ。

運動した後には有り難い。

各々好きなものを注文してメニュー表を閉じる。

「で?」
『…え?』
「美愛が相談なんて珍しいじゃん」
『ああ…うん。
その……』
「?」
『蒼ちゃんに…会った』

私は口どもりながら言った。

店内はガヤガヤ賑わっていて私達の会話は聞こえないだろう。

好都合だ。

「え!
蒼ちゃんって月島さんだよね?」
『うん。会社の近くのカフェでたまたま…』
「そう…なんだ…」

私はかいつまんで菜乃に蒼ちゃんとの間に起こった出来事を話した。

彼に元に戻りたい、と告げられたこと。

お互いろくに話し合いもせずに別れてしまったこと。

話せる限りの内容は全て話した。

その間彼女は口を挟まず、ただ相槌を打つだけだった。
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