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29.娼婦の娘(後編)
しおりを挟むその日の夜。
セリーヌは寝室のベッドに腰掛け、本を開いていたが、ページは一向に進まなかった。
——愛している。
数日前のロランの言葉が、何度も胸の中で反芻される。
思い出すたびに、顔が熱くなってしまうのだ。
おかげでここ数日、ロランの顔がまともに見れずにいた。
本を置いて両手で顔を覆っていると、突然ノックの音が部屋に響き、びくりと肩が跳ねた。
「セリーヌ、入ってもいいか」
ロランの声だ。
「は、はい」
扉が開くと、そこには就寝前で、少しラフな格好をしたロランがいた。
姿を見ただけで、心臓がうるさくなる。
ロランはどこか機嫌がよさそうで、柔らかな微笑みを浮かべていた。
「どうかされましたか?」
「いや。君の顔が見たくなった」
あまりにも自然に言われ、セリーヌは言葉を失う。
「そ、そんな理由で……?」
「俺にとっては十分すぎる理由だ」
迷いのない即答。
ロランはゆっくりと近づき、セリーヌの隣に腰を下ろした。
距離が、近い。
無意識に身体を強張らせたセリーヌを見て、ロランは小さく笑った。
「まだ緊張するのか」
「だ、だって……」
あの日のことを思い出してしまう。
あの真剣な眼差しと、真っ直ぐな告白。
視線を逸らすと、ロランの手がそっと伸びてきて、セリーヌの指先に触れる寸前で止まる。
「触れてもいいだろうか?」
「っ……ロラン様」
「嫌か?」
静かな問いかけ。
セリーヌは、ふるふると首を振った。
するとロランは満足そうに微笑み、そっと絡め取るように、指を重ねる。
「俺は、君の優しさに甘えてばかりだな」
「え……?」
「君に証明すると言ったばかりなのに……どうしても君に触れたくてたまらなくなるんだ」
真面目な顔で言われ、セリーヌは頬が熱を持っていくのを感じた。
「そ、そんな……このくらいなら、別に……」
「そうか。では、遠慮なく」
するりと、セリーヌの身体を引き寄せる。
気づいたときには、ロランの肩に頬が触れるほどの距離になっていた。
鼓動が早すぎて、息が浅くなる。
「セリーヌ」
低く呼ばれる。
「はい……」
「君は本当に可愛いな」
さらりと告げられ、セリーヌは顔を真っ赤にした。
「な、なにを急に……!」
「事実を言っただけだ」
ロランは愉快そうに目を細める。
「君を愛していると自覚してから、どうも思ったことがそのまま口に出てしまうようになったな」
「そこは自重してください……!」
抗議するセリーヌの頭に、優しくロランの手が触れる。
そのまま優しく撫でられ、セリーヌは完全に思考が止まってしまった。
「……君にプレゼントがある。三日後の午前中に、少し時間をくれないか?」
「それは大丈夫ですけど……プ、プレゼント……?」
至近距離から見つめられ、セリーヌは羞恥心から潤んだ瞳でロランを見上げる。
そんな彼女に優しく微笑みかけると、ロランは目を細めて言った。
「君にとって、きっと悪いものではないはずだ」
ロランの視線が一瞬、どこか遠くに向かう。
しかし、すぐにセリーヌに戻すと、彼女の赤く染まった頬に顔を寄せた。
「でも今は」
耳元で囁く。
「やたらと君に触れたくて仕方がない」
セリーヌの全身が一気に熱を持った。
ロランは拒絶されなかったことに安堵しながら、ゆっくりと離れていく。
「……おやすみ、セリーヌ。いい夢を」
「は、はい……おやすみなさい」
ロランは羞恥に頬を染めるセリーヌを名残惜しげに見つめてから、ゆっくりと部屋を出て行った。
——三日後、独占欲に焼かれ、彼女を閉じ込めたいと願った醜い自分を乗り越え、己の愛を証明する決意を固めながら。
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