身代わり奴隷、公爵令嬢の仮面を脱いだら大公に執着溺愛されました

Megumi

文字の大きさ
59 / 66

30.彼女の規範(前編)

しおりを挟む

 ロランとの約束の日。

 朝から落ち着かず、何度も鏡を見てしまう自分に、セリーヌはひとりで頬を赤らめる。

 ——プレゼントがある。

 三日前、至近距離でそう告げられた時のことを思い出すだけで、胸の奥がじんわりと熱くなる。
 あれ以来、ロランは事あるごとに彼女を褒めるのだ。
 容姿も、仕草も、言葉遣いも、果ては「存在そのものが愛おしい」などと、到底聞いていられない台詞まで平然と口にするようになってしまった。

(どうして、あんなことを平然と……!)

 ロランとの距離感は、以前と確実に変わった。
 それが嬉しくないわけではない。
 自分だって彼のことが好きなのだ。
 だが、恋愛経験のないセリーヌは、一向に慣れることができずにいた。

「あんなこと、言わなければよかったかも……」

 セリーヌだって、本当はわかっていた。
 ロランとレオンの気持ちが、まったく別のものであることを。

 公爵邸で揉み合った際にレオンの瞳に宿っていた、あの粘つくような執着。
 あの日、ソファに押し倒された時に向けられたロランの感情とは、まるで違った。

 けれど——
 あの時、ロランの中に、純粋な愛情以外の何かを感じたことも事実だった。

 複雑な心境でため息をつくと、突然、扉をノックする音が響いた。
 扉の前に立つ人物に心当たりがあるセリーヌは、びくりと肩を震わせる。

「セリーヌ、入ってもいいか?」

 低く穏やかな声。
 それだけで、胸の鼓動がうるさくなる。

「は、はい……どうぞ」

 扉を開けて現れたロランは、いつも通り整った身なりで、しかしどこか楽しげな表情を浮かべていた。
 視線が合った瞬間、彼は柔らかく目を細める。

「おはよう。今日も美しいな」

 さらりと告げられ、セリーヌは思わず視線を泳がせた。

「あ、ありがとうございます……」
「その髪飾りもよく似合っている。君の髪の色を引き立てるな」

 甘すぎる視線を向けられ、言葉に詰まる。
 ロランはもう、隠そうともしない。
 先日言っていた通り、思ったことをそのまま口に出しているのが、ありありと伝わってくる。

「そ、それより! 先日おっしゃっていたプレゼントって、一体……」

 セリーヌが耐えきれずに話題を変えると、ロランはくすりと笑った。
 その笑みの後、ほんの一瞬だけ、彼の表情が引き締まる。
 何かを決意するような目。

 しかし、その変化にセリーヌが気付く前に、扉の方へ視線を向けた。

「入ってくれ」

 その声に応じて、ゆっくりと扉が開かれる。

「……え」

 セリーヌは姿を現した人物を認識した瞬間、思考が止まった。

 見間違いかと思った。
 夢かと思った。

「……ステラ?」

 震える声で、ようやく名前を呼ぶ。
 そこに現れたのは——大公邸の使用人服を着た、ステラだったのだ。
 ステラは、イタズラが成功した子どものような笑顔を浮かべている。

「びっくりした?」
「ステラ!? いったいどうして……?」

 混乱するセリーヌに、ステラは嬉しそうに胸を張った。

「調理補助として、この屋敷に置いていただけることになったのよ!」

 言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
 セリーヌはただ、瞬きも忘れてステラを見つめる。
 数秒遅れて、ようやく事態を飲み込んだ瞬間、瞳に涙がにじんだ。

「この、屋敷に……?」
「うん! 旦那様が、ぜひ私にって声をかけてくださったの」
「そ、そんな……」

 セリーヌは、胸の奥が熱くなった。
 嬉しさと、申し訳なさ。さまざまな感情が複雑に入り混じる。

「まさか、私が……証明して欲しいなんて言ったから、無理を——」

 セリーヌがそう言いかけると、ロランは穏やかに首を振った。

「いや、ちゃんと合理的な理由もある」
「合理的な、理由?」

 ロランは真剣な表情で続けた。

「この屋敷にいるスパイが誰かは、大体把握している。だが、それ以外にもいつ新たに使用人があの女に買収され、君に毒を盛らないとも限らない」

 その言葉に、セリーヌの背筋に冷たいものが走った。

「だから、君の口に入るものの安全を確保するためにも、信頼できる人物を調理場に置く必要があった。それがたまたま、君の大切な人だっただけだ」

 その言葉を聞いたステラは、背筋を伸ばして挙手をした。

「セリーヌ——いえ、奥様のお食事は、私が責任を持ってお守りします!」

 “奥様”に向けるには、あまりにも気安いその笑みに、セリーヌもつられて笑みを浮かべる。

「ありがとう、ステラ」

 こんなにも心強い存在が、またそばにいてくれる。
 その事実に、セリーヌの心が震えた。

「でも奥様はやめ——」
「今日が初日だから、張り切って働いてくるね! “奥様”が毎日美味しいって笑顔になれるように、頑張るから!」

 セリーヌの言葉を遮るように宣言すると、ステラはウィンクをして部屋を出ていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~

放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」 最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!? ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

【完結】没落寸前の貧乏令嬢、お飾りの妻が欲しかったらしい旦那様と白い結婚をしましたら

Rohdea
恋愛
婚期を逃し、没落寸前の貧乏男爵令嬢のアリスは、 ある日、父親から結婚相手を紹介される。 そのお相手は、この国の王女殿下の護衛騎士だったギルバート。 彼は最近、とある事情で王女の護衛騎士を辞めて実家の爵位を継いでいた。 そんな彼が何故、借金の肩代わりをしてまで私と結婚を……? と思ったら、 どうやら、彼は“お飾りの妻”を求めていたらしい。 (なるほど……そういう事だったのね) 彼の事情を理解した(つもり)のアリスは、その結婚を受け入れる事にした。 そうして始まった二人の“白い結婚”生活……これは思っていたよりうまくいっている? と、思ったものの、 何故かギルバートの元、主人でもあり、 彼の想い人である(はずの)王女殿下が妙な動きをし始めて……

一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!

夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」 婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。 それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。 死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。 ​……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。 ​「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」 そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……? ​「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」 ​不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。 死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

処理中です...