妹が欲しがるので婚約者をくれてやりましたが、私の本命は別にいます

Megumi

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妹が欲しがるので婚約者をくれてやりましたが、私の本命は別にいます

「お姉様、そのドレス素敵ね!」

 またか、とメアリーは心の中で溜息をついた。
 近々行われる建国祭のために仕立てたばかりの、濃青のドレス。
 一見すると上品でシンプル。けれども、身体のラインを隠せない仕立て。
 それは、胸元の曲線が美しく出る者が着用することで、完成するドレスだった。

「フィーナ、またお揃いにするの?」
「当然よ! だって私はお姉様と同じものがいいんだもの」

 妹のセラフィーナは、もう仕立て屋に同じものを注文しているのだろう。
 上機嫌に抱きついてくる。
 細い腕が背中にまわり、頬がメアリーの豊かな胸に押し付けられた。

「お姉様大好き!」

 そう言って、メアリーの匂いを確かめるように、大きく深呼吸をする。
 いつもの言葉。いつもの仕草。

 ——しかし、そこに込められた意味は、私しか知らない。

 メアリーは背筋を走る寒気をこらえると、無言で妹の背中にそっと手を添えた。

 ◇◇◇

「メアリー、素晴らしい知らせだ!」

 ある日、父が上機嫌で告げた。

「ついにグレンフォード辺境伯家のご子息、アルヴィン様との婚約が正式に決まったぞ」

 アルヴィン・グレンフォード。
 金髪碧眼の、社交界でも人気の高い青年貴族だ。
 婚約の挨拶に訪れた彼は、メアリーの手に口づけをし、流暢な社交辞令を述べた。

「美しいメアリー様と婚約できて光栄です」

 嘘。

 メアリーにはそれが分かった。
 アルヴィンの瞳には何の感情も宿っていなかったから。
 それどころか、その視線は、さっきから背後にいるセラフィーナへと何度も泳いでいる。
 これは政略結婚で、彼もまた義務として婚約を受け入れたのだ。

 でも、構わなかった。
 メアリーは貴族である以上、恋愛結婚ができるとも思っていなかった。

「アルヴィン様は本当に素敵な方よ」

 社交の場で、メアリーは婚約者を褒めた。
 嘘ではない。容姿端麗で、立ち居振る舞いも完璧だった。

「とても優しくて、まるで物語に出てくる王子様のよう」

 その言葉を、セラフィーナは聞いていた。
 キラキラと目を輝かせて、じっとアルヴィンを見つめながら。

 ああ、また始まる。
 そう思った。

 案の定、それから数日後。

「お姉様、お話があります……」

 セラフィーナがメアリーの部屋を訪ねてきた。

「私、アルヴィン様とお話ししたんです。お姉様のこと、もっとよく知ってもらいたいって思って。そうしたら、アルヴィン様、私にとても優しくしてくださって……」
「フィーナ、まさか……」
「お姉様! アルヴィン様を、私にください!」

 予想通りの言葉。

 昔からセラフィーナは、相手の懐に入るのが上手かった。
 無邪気な笑みを浮かべて、好意的に接してくれる可憐な彼女を、誰が拒めるだろうか。
 そんな彼女に、アルヴィンが心を奪われてしまったとしても、理解はできる。

 しかし、続いてセラフィーナの口から出たのは、メアリーの予想をはるかに超える言葉だった。

「安心して? お姉様が寂しくないように、アルヴィン様もシェアすればいいわ。だって私たち、姉妹なんだから!」

 そう語るセラフィーナの瞳は瞳孔が開き、異常なほどに輝いている。

 ——そう、それは狂気を感じさせるほどに。

 ◇◇◇

 それから、事態は急速に動いた。

 セラフィーナが両親に泣きついたのだ。

「メアリー、アルヴィン様がフィーナとの婚約を望んでいらっしゃるそうだ。うちとしては、グレンフォード家と姻族になれるのであれば、どちらでも構わない」

 どちらでも構わないわけがないだろう。
 内心メアリーは反論した。
 しかし、セラフィーナのことだ。きっと、すでに噂を広めている。

 ——妹の恋人まで真似をしようとしたけど、失敗した哀れな姉、と。

 セラフィーナは、いつだってメアリーのものを欲しがり、真似をしたがる。
 しかし、社交界で囁かれる噂は、いつだって真逆のものだった。

 同じ装いをすればするほど、賞賛はすべて社交的なセラフィーナに向けられ、最低限の社交しかしないメアリーは「妹の真似をする哀れな姉」になっていったのだ。

 そしてそんな噂を、セラフィーナは決して否定しなかった。
 むしろ、積極的に誤解を招くような言い回しをする節がある。
 そうして、メアリーは徐々に孤立していったのだ。

 メアリーが無言でいると、母はため息をつき、呆れたような口調で言った。

「それくらい譲ってあげなさい。あなたはお姉さんなんだから」

 この言葉を、メアリーは何百回聞いただろうか。
 どうやら父も母も、これを魔法の言葉か何かだと勘違いしているようだ。

「フィーナは社交的だから、辺境伯夫人としても立派に務められるだろう」
「私、アルヴィン様のためなら頑張るわ!」

 誰も、メアリーの気持ちを聞こうとはしない。
 そんな歪んだ家族関係を、メアリーはどこか他人事のように見つめた。

「……分かったわ」

 メアリーが承諾すると、セラフィーナは歓喜の声をあげた。

「お姉様っ! 大好き、大好きです!」

 飛びついてきて、いつものようにメアリーの胸に顔を埋める。

「これでやっと、お姉様と一つになれる……」

 そう小さな声で呟いたセラフィーナの体は、小刻みに震えていた。
 興奮のあまり息が荒くなり、頬を紅潮させている。

 そんな妹の異様な喜びように、メアリーはゆっくりと目を伏せた。

 ◇◇◇

 セラフィーナとアルヴィンの結婚式は、実に豪華絢爛なものだった。
 両家の威信をかけた大規模な式典。
 セラフィーナは純白のドレスに身を包み、幸せそうに微笑んでいた。

 つつがなく式が終わり、皆が帰り始めた頃。
 メアリーが控え室で帰り支度をしていると、セラフィーナが駆け寄ってきた。

「お姉様っ!」

 セラフィーナはいつものように抱きつき、メアリーの胸元に顔をすり寄せた。
 しかしその体温は、いつもよりも高い。
 よほど興奮しているのだろう。

「お姉様、聞いて!」

 セラフィーナの瞳は狂気じみた喜びに満ちていた。

「実はわたし、昨夜アルヴィン様と……その、初めて結ばれたの。やっぱり初夜は大切にしたくて……」
「……どういうこと?」
「今夜はお姉様が彼に抱かれて! そうすれば、初夜に私たちが結ばれることになるわ!」

 自分を見下ろすメアリーの視線が冷たくなっていることにも気付かず、セラフィーナはまくし立てた。

「私の唇に触れた彼の唇が、お姉様の唇に触れる。私を抱いた彼の腕が、お姉様を抱く。これって、実質、お姉様と私が愛し合うってことよね! ああっ、ついに私とお姉様が一つに……!」

 妄想に取り憑かれたセラフィーナには、目の前にいるメアリーすら見えていないのだろう。
 メアリーは何も言わず、静かに微笑んだ。

 その時だった。

「終わったかい?」

 低い声が響いた。
 振り向くと、そこには一人の青年が立っていた。
 黒髪に、グレーの瞳。完璧な正装に身を包んだその姿は、アルヴィンなど比較にならないほど気品に満ちていた。

「え......?」

 見知らぬ男の登場に、セラフィーナは固まった。
 その隙にメアリーがセラフィーナから離れたが、彼女の視線は、依然男に注がれたままだった。
 しかし、男はそんなセラフィーナを一瞥もせず、まっすぐにメアリーの元へ歩み寄ると、その手を取った。

「荷物はすべて積ませたよ、メアリー」
「ありがとう、アルフォンス」

 メアリーは久しぶりに、セラフィーナの前で心からの笑顔を見せた。

「私の荷物なのに、任せてしまってごめんなさい」
「何を言っているんだ。君と結婚できるのなら、俺はなんだってするよ」

 アルフォンスはメアリーの左手薬指に指輪を通すと、そっと口づけをした。

「君が『妹の結婚式が終わるまで待ってほしい』と言った時、理由は分からなかった。でも、君がそう望むなら、俺は永遠にでも待つつもりだったよ」
「あなたは優しすぎるわ」
「いや、俺は幸運なだけだ。こんなにも美しく、賢く、強い女性に愛されるなんて」

 二人は見つめ合い、そっと額を寄せ合った。

 ◇◇◇

 メアリーがアルフォンスと出会ったのは、半年前の建国祭でのことだった。

「失礼」

 振り向くと、驚くほど整った顔立ちの青年が立っていた。
 この国では見かけない髪の色に、場の空気を自然と支配するような佇まい。

「あなた様は......?」
「アルフォンス・フォン・エーベルハルトと申します。隣国アルトリアの大公家の者です」

 その名に、メアリーは小さく息を呑んだ。

「メアリー・クラリス様、でいらっしゃいますね」
「はい」
「先ほどから、あなた様を拝見しておりました」

 アルフォンスの瞳が、真っ直ぐにメアリーを見つめた。

「皆様は、あなたが妹君の真似をしているとおっしゃいますが......私にはそうは見えませんでした」

 メアリーの心臓が、大きく跳ねた。

「妹君があなたを真似ている。違いますか?」

 言葉を失う。

 初めてだった。
 誰かが、この状況を正しく言い当てたのは。

「……なぜ、分かるのですか」

 アルフォンスは静かに微笑んだ。

「分かりますよ。だってあなたは、こんなにも本物の輝きをまとっているのだから」

 その夜から、二人は交流を深めていった。
 文を交わし、密やかに逢瀬を重ね、気づけば互いにかけがえのない存在になっていた。

「俺と結婚してくれないか」

 そう告げられたのは、アルヴィンとの婚約が決まった直後だった。

「でも、私には婚約者が......」
「ならば、その婚約を破棄してくれ。すべて俺のせいにすれば良い」
「それは......」

 メアリーは迷った。
 できることなら、今すぐにでもアルフォンスの手を取りたい。
 しかし、自分のために彼を悪者にすることはできない。
 かといって、女の自分から婚約破棄を申し出ることは、不可能だった。

「大丈夫だ、メアリー」

 アルフォンスは優しく微笑んだ。

「必ず、君を幸せにする。どんな困難も、二人で乗り越えよう」

 その真摯な瞳を見て、メアリーはある計画を実行することにした。

 ◇◇◇

「お、お姉様……?」

 セラフィーナの声が震えていた。
 メアリーはゆっくりと妹を見下ろした。

「セラフィーナ、あなたに教えてあげるわ」

 メアリーの声は、穏やかで、しかし冷たかった。

「アルヴィン・グレンフォードは、私にとってどうでもいい男だった。……むしろ、彼と一緒になるには邪魔だった。だから、あなたが欲しがったとき、喜んで譲ったのよ」

 セラフィーナの顔から血の気が引いていく。

「そんな……」
「あなたは気づいてなかったみたいだけど」

 メアリーは優しく、しかし容赦なく言葉を紡いだ。

「私があなたに与えたものは全て、私にとってどうでもいいものだった。ドレスも、髪飾りも、アルヴィンも。全部ね」

 セラフィーナは動揺し、よろめきながら叫んだ。

「う、嘘よ! 私、私は……お姉様みたいになって、お姉様と一つになりたくて……」
「一つになりたい? ……おかしな子ね」

 メアリーは、ほんの少しだけ目を伏せた。
 そして、セラフィーナに哀れむような眼差しを向けた。

「私はあなたを愛していたわ、セラフィーナ。……私になろうとするあなたじゃなくて、ありのままのあなたをね」
「え……?」
「あなたの明るさ、社交性、素直さ。それは全て、あなただけの美点だった。私にはないもの」

 大好きだったピンクのドレスに身を包み、無邪気に笑っていたセラフィーナを思い出し、メアリーの胸が微かに痛んだ。

「でも、あなたは私の真似ばかりして、自分の良さを全部捨ててしまった。私はただ、妹として、ありのままのあなたを愛したかっただけなのに」
「……お姉様っ!」

 セラフィーナが手を伸ばす。
 しかし、メアリーが一歩引いたことで、その手は届かなかった。

「あなたは本当に欲しかったものを、最初から手にしていたのよ。でも、あなたはそれに気づかずに、全部自分で壊してしまった」
「違う、違います! お姉様っ、お姉様!」
「さようなら、セラフィーナ」

 メアリーはアルフォンスの腕をとると、セラフィーナに向かって慈愛に満ちた顔で微笑んだ。

アルヴィン私のいらないものと、どうかお幸せに」

 ◇◇◇

 メアリーがアルフォンスが用意した馬車に乗り込もうとしたとき、血相を変えた両親が駆け寄ってきた。

「メアリー! お前、なにを考えているんだ! お前が家を出ていくと、フィーナが泣いて——」

 唾を飛ばして怒鳴り散らす父親は、メアリーの手を取ったまま馬車から降りてきた人物に絶句した。

「まさか……」
「初めまして。アルフォンス・フォン・エーベルハルトと申します」

 その名に、両親は顔を真っ青にした。
 この国でも知らぬ者はいない。エーベルハルトといえば、隣国で王家の血を引く大公家だ。

「私、彼と結婚するわ」
「なっ……顔合わせも婚約もなしに、いきなり結婚だと!? あちらのご両親の了承は——」
「アルフォンスのご両親からのご了承は、すでに得ているわ」

 すでにメアリーはアルフォンスの両親と、国境近くの別荘で何度か会っている。
 セラフィーナの結婚準備に気を取られていた両親は、まったく気付いていなかったが。
 自身も恋愛結婚だという二人は、息子が惚れ込んだメアリーを快く受け入れてくれた。

 目を白黒させる父親を見下ろしながら、アルフォンスは口元だけで微笑んだ。

「彼女の境遇に、父も母も心を痛めているようです。それに、彼女は淑女教育も行き届き、聡明で気品もある。ぜひ我が家に、と申しております」
「そんな……」

 両親は初めて、自分たちが何も知らされていなかったことに気づき、動揺している。
 メアリーは関心を失ったように、そんな両親から視線をそらした。

「娘がそうしたがっているのよ。それくらい許してくれるでしょう?——親なんだから」

 突き放すようなメアリーの言葉。
 その聞き覚えのあるフレーズに、両親はなにも言えなくなってしまった。

 そんな二人を見限り、メアリーが今度こそ馬車に乗ろうときびすを返した、その時。
 追いかけてきたセラフィーナに、ドレスの裾を掴まれた。
 セラフィーナは泣きはらした目で、すがるようにメアリーを見つめている。

「お姉様……本当に、行ってしまうんですか」
「ええ」
「私、私は……お姉様を愛していたんです。本当に」
「知っているわ」

 メアリーは振り返った。

「私があなたを愛することはもうないけれど……フィーナ、あなたが私の妹で良かったとは思っているの」

 メアリーは、幼い子どもに言い聞かせるような声で言った。

「あなたがいたから、私はアルフォンスに出会えたのよ。あなたが私の真似をして、私が孤立するよう仕向けたから、話すきっかけができたの」
「え……?」

 驚きでセラフィーナがドレスの裾を離すと、メアリーはすかさず馬車に乗り込んだ。

「だから、感謝しているわ」

 ばたんと馬車のドアが閉まり、二人を隔てる。
 こうしてセラフィーナは、永遠に最愛の人を失った。

 ◇◇◇

「メアリー、君は今幸せ?」

 アルトリアへ向かう馬車の中、アルフォンスが優しく問いかけた。

「もちろん。だって生まれて初めて——本当に欲しいものを手に入れたのだもの」

 メアリーは、心からの笑顔でそう答えた。

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