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「体調が」
「悪化しそうになったら早めに言うでしょ?耳にタコが出来るくらい聞きました」
「たことは?」
「スルーでお願いします」

 深いため息をつかれても、今はのんびり説明する気分じゃないんですよ。何故ならカトレアさんに会いに行く日なのだから。

「あ、いつも薬ありがとうございます。でも、用意しなくて良いですよ」

 前を歩くローリエさんに、ついでに伝えておく。処方してもらって悪いかなと飲んではいたけれど、効果はなさそうなのよね。やっぱりカトレアさんの言う通り、定着が出来ていないからだと思う。

「もし可能でしたら眠りやすく、また痛みに効く薬があれば、お願いしたいです」

 近いうちに使用しなければ耐えられない場合もあるかもしれないから。

「……分かりました」

 飄々とした人はイコール、ローリエさんなはずなのに。今の彼は、時折感情が表に出てきている時がある。

 そんな顔をさせているのは私なのかな。貴方は、本当に私を心配してくれているの?

 最近、彼といると、よくわからない気持ちが湧き上がってきて苦しくなる。




❇~❇~❇



「ここから歩きかぁ」

 見覚えのある森の入口。正直、消耗が激しいので、あまり動きたくない。

「何をしているんですか?」

 何故か、ローリエさんが私の前に背を向けてしゃがんでいる。

「着く前に体力を使い切っては元も子もないでしょう?」

魔王が優しすぎる!

「後で何か過酷な労働施設とかに送ったりしないですよね?」

 彼は、ギブアンドテイクな性格なはずよ。何か裏があるに違いない。

「以前から気にはなっていたんですが、いったい貴方は私をなんだと思っているんです?」

魔王でしょ?

「あ、霧が」

 不意に周囲が霧で包まれていく。

「お嬢、奥様」
「動くな」

 フリージアちゃんが、私を気遣い動こうとしたようで護衛で同行しているディルさんが注意しているみたいだけど何も見えない。

「まさかの」

 どうすんのよと思っていたら、急に霧が薄くなって。

「カトレアさん、素敵~!」

 見覚えのある城が目の前に現れた。

「今日は、皆で中まで行こうかな。お邪魔して良いですか?」

 出来るだけ大きな声でお城に話しかけると、観音開きの扉が開いた。

「随分と明るいのですね。まぁ、素敵な絵」

 この前はなかったはずの風景画が、廊下の壁に程よい間隔をあけて飾られていた。へぇ、どれも海が描かれているのね。

『お入り』
「あの、私の侍女とローリエさんも入室させて下さい」
『良いわよ。その騎士は此処で待ちなさい。お茶も特別に淹れたから、それでも飲んでなさいな』

 あ、いつの間にか隅に置かれていたソファー横のテーブルに湯気が立つのカップが置かれていた。

『毒なんていれてないわよ。さぁ、あなた達は入りなさい』

 入れという声に、これからカトレアさんと話すであろう内容が頭をよぎり、気持ちが沈む。

「さっさと終わらせましょう」

 なのにローリエさんは、まるで私を安心させるように笑い、背中を軽く押してきた。

 この人、こんな笑い方だったっけ? そんな事を思いながらドアノブに手をかけた。

「いらっしゃい。今日は賑やかねぇ」

 ゆったりと長椅子に横座りしているカトレアさんは、相変わらずの存在感だ。

「それで? 生き延びる方法はこの前教えたわよ。今度は、何が知りたいのかしら?」
「お、奥様、生きのびるって何のお話ですか?」

 フリージアちゃんが、詰め寄ってきた。そういえば、話してなかったな。

 連れてこないほうが良かったかな。そんな彼女を見て迷いが生まれた。いや、でも。

「もう一度だけ、彼女に会えますか? また、会話をする事は可能でしょうか?」
「対価は?」

 対価とは、お金を払えばやってくれるの?でも、今の私は、妻としての予算は貰えているけれど、それは私が働いたというわけでもないしな。

「あの」
「言い値を払おう」

 お金以外で何かないかと尋ねようとしたら、私の声に被さるようにローリエさんが言葉を発した。

「あらぁ、随分と気前がいいわねぇ。そんなにその子が大切なの?」

 彼は、カトレアさんの誂うような口調を完全に無視をした。目すら合わせてない。

「まぁ、対価として一つ私の要望を叶えてもらおうかしら。何にするかは考えておくわ。ほら、暗くするから座りなさい」

 長椅子に座れば隣に座るローリエさん、背後に立つフリージアちゃん。これから出る映像に対してこの二人の反応が……とても怖い。

『あ~失敗じゃない』

 薄明かりのなか、気が抜けるような緩い声と共に浮かび上がったのは、ワンルームの私の部屋だった。声の主は、どうやら料理をしているようだ。

 よく見れば、オムレツを作っているらしい。

『ま、最初よりマシになったわよね。あら?』

 フライパンを持ったアイリスが此方に気づいた。

『久しぶりじゃない! フリージアまでいるのね!まぁ!ローリエ様もいらしたの? ごきげんよう』

 フライパン片手に優雅に挨拶する彼女は、上品としか言いようのない空気を醸し出している。

外見は、私だけど。

「──お嬢様、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
「よくってよ」

 私は、この違和感に気づいた。フリージアちゃんは、この不自然過ぎる状況に全く驚いていないのだ。

 しかも、見た目はアイリスと似ている箇所が一つもない菖蒲の顔を見てアイリスと理解しているようで。

「今、お幸せですか?」

 鏡の向こう側の彼女は、フリージアの言葉に一瞬、キョトンとした顔のあと、笑った。

「えぇ!勿論! 此処は、規則は多いけれど、とても自由なのよ!」

もう別人の表情だった。

「とても安心致しました」

 フリージアちゃんも、穏やかな笑みを浮かべている。

「アイリス」
「ローリエ様、わたくし、貴方をお慕いしておりましたのよ? ただ、今なら、一方的過ぎた行動をしていたと、浅はかだったと理解できますわ」

 我儘で、短絡的なアイリスというイメージが塗り替わった。

「此方では、朝早く起きて日が沈むまで働くのよ。このわたくしがよ?信じられて?」

 フリージアちゃん、ローリエさんへと視線が移り、彼女は、私をじっと見た。

「後悔、していませんか?」

 私がこの世界に来て混乱したように、彼女だってカルチャーショックはかなりなモノだったはず。

「言ったでしょう? 私は、自由だと。もう、そちらには未練はないわ。貴方には悪いけれど」

一つ、お願いしようかな。

「たまにで良いので、私の父と母に連絡したり、会いに行ってもらえますか?」

 両親に会ったのが、もう随分と昔に思えて悲しくなった。凄く仲が良かったわけではないけれど、私が歳を重ねたように両親も重ねて、随分と歳をとった。

「ええ、二人共良い方よね。貴方が……羨ましいわ」

 笑った彼女は、私の顔なのにとても綺麗に見えた。

『菖蒲ちゃん』
『あやめ』
『あやー』

 母や父、友達の声を、私はいつまで覚えていられるのだろうか。

「話をする事が出来て、良かった。元気で」
「ええ、貴方も」

光が徐々に暗くなり、消えた。

「はい、おしまい。満足したかしら?」

 再び部屋の明かりが灯り、眩しさに目を細めた。

「戻るつもりではなかったのですか?」

 ローリエさんが、ポソリと独り言くらいな小さな声で呟いた。

「今、彼女と話すまでの私は、足掻こうと模索しようと思っていました。でも」

もう、あの身体は私のではない。

「フリージアさん、今まで騙してごめんなさい」

 アイリスに尽くしてきた彼女からすれば、中身が全く違う人間だったのだ。フリージアちゃんは、私の精神安定剤だった。

 私は、アイリスじゃないのよと、何回も言いそうになった。

「貴方がいたから、楽しかった」

 この関係を壊したくなくて。でも、本当の事を話さないといけないって日が経つにつれ苦しかった。

「アイリスお嬢様も奥様…アヤメ様も大切な方です」
「気づいていたの?」
「はい」

 そりゃあ、分かるよね。何年もアイリスの側にいたのだから。

「奥様、私は、ずっと側におります。奥様が嫌だと仰っても」

いいの?
アイリスじゃないんだよ?

「──ありがとう」

 もっと、なんか感謝を言葉にしたいんだけど。上手く言えない。

「感動な場面な所になんだけど、貴方、何故そんなに進行しているの?このままだと三日くらいしか持たないわよ?」

えっ、嘘?

「だからぁ、アタシが嘘を言って得する事なんて一つもないでしょ?」

 あと三日しかないの?

「しかし、やたら体調が悪いのは、そのせいかぁ。でも、もっと猶予があったのに何故ですか?」
「魔力の使い過ぎよ。何人もの人間や生き物に使いまくったでしょ? 今の貴方、魔力がカラッカラよ」

あ、なんか寒気が。

「アヤメ、どういう事です?」
「奥様!私の目を盗み何かしたのですか?!」

 何故フリージアちゃんまで魔王側なのよ!

「さぁ、もう出て言ってくれるかしら? 今度来る時は、お酒くらい持ってきなさいよぉ」

 ペイッと私達三人は、部屋を追い出された瞬間、城の外にいた。

「早くしないと」

 もう、迷いなしの一択しかない。









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