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23.売りたくない気持ち
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「あら? 二人いたのね。私を起こしたのはどちら?」
「私だが」
開いた箱から飛び出すと水色の珠を抱いたままの生き物は、返事をしたお客様の鼻先まで移動し停止した。
羽がないのに宙に浮いている。
それに以前、来店された妖精さんに雰囲気は似ているけれど、この子は全体が水色で透けていて。
なにより、足の部分が川にいる魚にそっくりだわ。
「アナタ、前に会った?」
「いや」
「じゃあ、アナタの前の人かしら? 昔、会ったヒトとアナタは魂がとても似ているもの」
「記述には随分昔に私の先祖が世話になったらしいが、所詮ただの作り話だと思っていた」
私は完全に存在しない者として二人の会話は進んでいく。
「その作り話を信じたから私を探したのではなくて?」
「ああ。もう、手だてがないと頭を悩ませていた時に思い出したのだ」
その妖精に似た生き物は、器用に宙で回るとお客様の目を覗きこみ、からかう様な口調で、とんでもないことを話した。
「じゃあ知っているのよね?」
「何をだ?」
「願いをか叶えるには対価が必要だって事」
「ああ」
対価?
なんだか雲行きが怪しいのだけれど。
つい、二人の間に入ってしまった。
「何か差し出さないといけないという事ですか?」
「そうよ」
「そうだ」
お客様の手に触れ反応があったのは、この開かずの箱だけだったわ。もしかして、他の音を聞き逃したのかもしれない。
「店主」
もう一度手をお借りして。
「店主」
「あっ? はい!」
強く名を呼ばれて、その声の主を見上げた。
「物ではないのだ」
「え?」
お客様の声色が、ほんの少しだけど優しくなり口の端が上がった。
「対価とは私の命」
──そんな。
「手をもう一度、触れさせて頂けますか?」
何か、何か他に代わるものがあるかもしれない。
「ない」
「ないわよ」
二人の声が無慈悲に響く。
「そんな」
命を奪う品と分かって売れるはずないじゃないの!
「これを頂こう」
「…お売りできません」
私は、日が浅いとはいえ初めてお客様に売れないと言った。
「あら、残念ね」
本当に何も考えてないような軽い妖精みたいな生き物の声に苛々した。
だって無理だわ!
「店主」
衣擦れの音と涼やかな鎖の重なりあう音と共に呼ばれ、仕方なく、お客様と視線を少し合わせた。
赤い情熱的な色なのに凪いだ瞳。
──あの人とサキコさんと同じ眼差しだわ。
「私の国は日照りが続き、このままでは砂に消えていくのだ。この場所は、最後の賭けだった」
手のひらに妖精に似た生き物を乗せ微笑んだ姿は、とても美しかった。
その顔のまま、私を見て言った。
「頼む」
そんな顔しないで。
会ったばかりのお客様だけれど嫌よ。
無言の私に生き物は呆れたような声で話しかけてきた。
「ねぇ、なにも直ぐには死なないわよ。今回のヒトは、力が強いから。まぁ、削るのは半分くらいだと思うわ」
生きられるの?
でも、寿命が減るのはかわりないって事?
「半分って、どれくらい…」
「あなたの感覚だと、あと40年は生きるんじゃないかしら。勿論、病とかは知らないわよ」
「40年」
それなら。いえ、でも寿命が少なくなるのはやっぱり駄目!
「そんなにあるのか? それなら立て直して譲位まで出来るじゃないか。店主、問題ないぞ」
よいのかしら?
本当に?
私の声なき声を聞いたお客様は。
「ああ。充分過ぎる時間だ」
じっと顔色を観察してみたけれど、嘘を言っているようには見えない。
だって、とても嬉しそうだから。あとは、この生き物が嘘をついていなければ。
「嘘を言っても意味がないわ」
こちらにも発してない声は届いていたようだ。
「──承知しました」
私は、売る事にした。
お客様は、少しでも早く戻りたいと仰ったので、作った食事は器に入れ持って帰れるようにし、お客様に渡した。
「どうぞ」
「ああ、すまないな」
「いえ。お口に合うかはわかりませんが」
お客様は器を受け取った手とは反対の手で、腰に下げていた小さな袋の結び目を器用に外し、そのまま目の前に受け取れと差し出した。
「ありがとうございます」
私が両手で受け取れば、すぐに大股でドアまでたどり着くと振り向きざま私に言った。
「記述に、もし店にたどり着いたら対価にはソレを渡すようにと記してあった。 店主には重要な品だとも書かれていたな」
「私に?」
「ああ。半信半疑だったがな。世話になった」
「じゃあね。最後の意を継ぐ店主さん」
「え?」
慌てて、お客様の肩に乗っている、妖精に似た生き物に手を伸ばし。
「待って下さい!」
リンッ──
私の声は届くことなく、扉は閉まった。
微かな、けれど確実に根付いた不安を残して。
売れた品
開かずの箱(中には小さな珠と生き物あり)
受け取った品
私に関係する物。
「私だが」
開いた箱から飛び出すと水色の珠を抱いたままの生き物は、返事をしたお客様の鼻先まで移動し停止した。
羽がないのに宙に浮いている。
それに以前、来店された妖精さんに雰囲気は似ているけれど、この子は全体が水色で透けていて。
なにより、足の部分が川にいる魚にそっくりだわ。
「アナタ、前に会った?」
「いや」
「じゃあ、アナタの前の人かしら? 昔、会ったヒトとアナタは魂がとても似ているもの」
「記述には随分昔に私の先祖が世話になったらしいが、所詮ただの作り話だと思っていた」
私は完全に存在しない者として二人の会話は進んでいく。
「その作り話を信じたから私を探したのではなくて?」
「ああ。もう、手だてがないと頭を悩ませていた時に思い出したのだ」
その妖精に似た生き物は、器用に宙で回るとお客様の目を覗きこみ、からかう様な口調で、とんでもないことを話した。
「じゃあ知っているのよね?」
「何をだ?」
「願いをか叶えるには対価が必要だって事」
「ああ」
対価?
なんだか雲行きが怪しいのだけれど。
つい、二人の間に入ってしまった。
「何か差し出さないといけないという事ですか?」
「そうよ」
「そうだ」
お客様の手に触れ反応があったのは、この開かずの箱だけだったわ。もしかして、他の音を聞き逃したのかもしれない。
「店主」
もう一度手をお借りして。
「店主」
「あっ? はい!」
強く名を呼ばれて、その声の主を見上げた。
「物ではないのだ」
「え?」
お客様の声色が、ほんの少しだけど優しくなり口の端が上がった。
「対価とは私の命」
──そんな。
「手をもう一度、触れさせて頂けますか?」
何か、何か他に代わるものがあるかもしれない。
「ない」
「ないわよ」
二人の声が無慈悲に響く。
「そんな」
命を奪う品と分かって売れるはずないじゃないの!
「これを頂こう」
「…お売りできません」
私は、日が浅いとはいえ初めてお客様に売れないと言った。
「あら、残念ね」
本当に何も考えてないような軽い妖精みたいな生き物の声に苛々した。
だって無理だわ!
「店主」
衣擦れの音と涼やかな鎖の重なりあう音と共に呼ばれ、仕方なく、お客様と視線を少し合わせた。
赤い情熱的な色なのに凪いだ瞳。
──あの人とサキコさんと同じ眼差しだわ。
「私の国は日照りが続き、このままでは砂に消えていくのだ。この場所は、最後の賭けだった」
手のひらに妖精に似た生き物を乗せ微笑んだ姿は、とても美しかった。
その顔のまま、私を見て言った。
「頼む」
そんな顔しないで。
会ったばかりのお客様だけれど嫌よ。
無言の私に生き物は呆れたような声で話しかけてきた。
「ねぇ、なにも直ぐには死なないわよ。今回のヒトは、力が強いから。まぁ、削るのは半分くらいだと思うわ」
生きられるの?
でも、寿命が減るのはかわりないって事?
「半分って、どれくらい…」
「あなたの感覚だと、あと40年は生きるんじゃないかしら。勿論、病とかは知らないわよ」
「40年」
それなら。いえ、でも寿命が少なくなるのはやっぱり駄目!
「そんなにあるのか? それなら立て直して譲位まで出来るじゃないか。店主、問題ないぞ」
よいのかしら?
本当に?
私の声なき声を聞いたお客様は。
「ああ。充分過ぎる時間だ」
じっと顔色を観察してみたけれど、嘘を言っているようには見えない。
だって、とても嬉しそうだから。あとは、この生き物が嘘をついていなければ。
「嘘を言っても意味がないわ」
こちらにも発してない声は届いていたようだ。
「──承知しました」
私は、売る事にした。
お客様は、少しでも早く戻りたいと仰ったので、作った食事は器に入れ持って帰れるようにし、お客様に渡した。
「どうぞ」
「ああ、すまないな」
「いえ。お口に合うかはわかりませんが」
お客様は器を受け取った手とは反対の手で、腰に下げていた小さな袋の結び目を器用に外し、そのまま目の前に受け取れと差し出した。
「ありがとうございます」
私が両手で受け取れば、すぐに大股でドアまでたどり着くと振り向きざま私に言った。
「記述に、もし店にたどり着いたら対価にはソレを渡すようにと記してあった。 店主には重要な品だとも書かれていたな」
「私に?」
「ああ。半信半疑だったがな。世話になった」
「じゃあね。最後の意を継ぐ店主さん」
「え?」
慌てて、お客様の肩に乗っている、妖精に似た生き物に手を伸ばし。
「待って下さい!」
リンッ──
私の声は届くことなく、扉は閉まった。
微かな、けれど確実に根付いた不安を残して。
売れた品
開かずの箱(中には小さな珠と生き物あり)
受け取った品
私に関係する物。
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