マリアージュ〜お探しの物あります〜

波間柏

文字の大きさ
34 / 36

33.魅力的なお客様

しおりを挟む
「やっぱりないわ。あっ、もうこんな時間!」

 ライル様と縁が切れるような、そこまでいかなくても距離がとれる方法がないかしらと引き継ぎのノートに目を通せども見つからない。そうこうしている間にマリアージュの開店時間が近づいていた。

「しょうがないわ。また後で考えましょ」

 今日は、納品する裁縫の仕事に追われていたのでマリアージュのお客様用の食事をまだ用意していなかった。

「でも、メニューは決まっているのよ」

 私は、急ぎ足でカウンター奥にある貯蔵庫から小さな瓶を一つ持ってきた。

「綺麗よね。確かサクラと言っていたわね」

 透明な瓶の中には薄いピンク色の花がギッシリ詰まっている。

「今夜、便利屋さんが来る気がするのよね。どうせなら味見をしてもらいたいもの」

 少し前に渡された味噌でとん汁を出したら気を良くしたらしい彼は、この瓶を置いていったのだ。

「サクラの塩漬けを使ってとりあえず二種類の試作というか、もうお客様に試してもらおう」

とにかく時間がない。

「頑張りましょう!」

 実は、私も楽しみなのよね。

 マリーは、どちらから作ろうかと髪を布で覆い、手を丁寧に洗い始めた。



*~*~*


「よかったわ」

 予定より時間がかかってしまった。でも、なんとかなりそうとほっとした時。


──リンッ

「あらっ? 見たことがない錆びた扉だから試しに開けてみたんだけど。アナタ人間?」
「いらっしゃいませ。マリーと申します」

 人間? お客様も同じ…ではなかった。頭に小さな角のような物が二本、背中の後ろに揺れているのは先が三角になっている尻尾かしら。

「ふふん、私は魔族なのよ」
「そうなのですね。では手をお借りして」
「ち、ちょっとお! そこ怖がるとかあるでしょ?!」

そんな事を言われても。

「確かに角や尻尾に紫色の唇に深紅の瞳ですけど」
「けど?」
「怖くないですし、お客様に言うのもどうかと思いますが話しやすいですよ」

 あら?何故そんなに項垂れているのかしら。

「私が悩んでいるのが馬鹿らしいわ」
「何か悩み事でしょうか?」

ならば手っ取り早いわ。

「この店の扉は、必要と感じている方の前にしか開きません。ですので、お手伝いができればと。お手をお借りしてもよいでしょうか?」
「ふん、まぁいいわ」

 ほっそりした手が差し出された指の爪は、緑色だわ。染めているのではなさそう。

「失礼致しま…つめた」

 長い爪を避けそっと握れば、氷のようだわ。

「そうなのよね。ヒトには辛いわよね」

 後の矢印尻尾も悲しそうな口調と同時にへにょんと下がったわ。

「冷たいですが、暑い季節にはヒンヤリしてよいと思いますよ。あ、動いたわ。お待ち下さいませ」

 私は微かな音に目を向けた。何処かしら? 棚ではなさそう。

「これね」

 飾り棚の横にある細く長いテーブルの上の瓶が倒れている。手に取ると華やかな花の香りがした。

「お客様に必要な品は、これです」
「これって香水? んー、良い香りだけど私が欲しいのとは違うわよ」

 瓶には赤い艶のあるリボンで結ばれた紙があり、使用方法が記されている。

「付属している紙には、この香水をひと吹き身体にかけると思い通りの姿になる。ひと吹きで一日変身できますが、あまり使いすぎると副作用で睡魔が襲うと注意書きされています」

 説明書つきの商品だなんて。全てそうしたいわ。そうすればお客様も帰られた後でも安心して使える。

「本当に?」
「多分ですが」

 強く自信を持ち言い切るのが店主だろうけれど。試した事がないのでなんとも言えない。

「今、試してもいい?」

 試しは初めてだわ。別に一回くらいよいわよね。

「どうぞ」
「ありがと。じゃぁ遠慮なく」

シュッ

 花の蕾のような形の美しい瓶の中は薄いピンク色。サクラみたいだわと眺めていれば。

「まぁ!」
「どぉ?」

 頭にあったはずの角はなく、艷やかな黒髪と漆黒の瞳。唇は健康的な赤い色で見事な曲線は、本来の体型のまま。ちゃんと尻尾も消えている!

「よろしければ見てください」

 慌てて小物入れから手鏡を取り出し彼女に手渡せば彼女の目が見開いたのち、なにやら残念そうな表情に。

「あの、人になれてますよ?」
「それはありがたいわよ。でも、とても地味じゃない?」

 ああ、そこが気に入らなかったのね。

「そんな事ないですよ。ほら、髪の毛は艷やかで、瞳は濡れたような色。お客様の素敵な体型はそのままなので、とても魅力的です」

 色が暗いぶん肌の白さが際立ち大人の色っぽさが凄いわ。

「……確かに、いいかも。実は、今日は魔王様の花嫁が来るのだけど、それがヒトでねぇ。世話係になれと言われたけど、外見がまず無理じゃない?だから焦っていたのよ」

 なんだ。怖がらせたくなかったのね。

「いらっしゃるお嫁さんですが、きっと本来の貴方を見て驚きはしても怖がる事はないですよ」
「何で言い切れるのよ!」

 キッと睨まれると美人なだけに迫力があるわ。でも、ちゃんと伝えないと。

「お客様は、優しいですもの。だから、最初はその香水を使用してもよいと思いますが、すぐにいらなくなります」

 だから、何故しょんぼりするのかしら。

「どうされますか?」

 無理強いを止めた私は、欲しいかどうなのかお客様に訪ねた。

「……いくらよ?」

 ふてくされた様子に可愛い方だわと笑みを浮かべそうになり、気づいたらきっと怒るわと微笑む程度に抑え答えた。

「この店は、対価は物で頂くという規則です」
「物? 変わってるわねぇ。これなんかはどぉ?」

えっ。

「何よ、嫌だって言うの? これ、とても使いやすいのよ。ギウラで作られていて貴重なんだからぁ」

 正直、いらないわ。でも、断りづらい。

「分かりました」

 私は、両手で、よく使い込まれたように見える鞭むちを受け取った。

 何に使ってきたのかを聞けない。いえ、聞かないほうがよいわね。あ、忘れていたわ。

「もしよろしければ召し上がって下さい」

 私は、出来上がった試作品を出すと。

「悪いけど、私の好みじゃないわ。あ、待って。今日来る花嫁には良いのかしら。ねぇ」
「勿論、お包みします」

 味の感想を聞きたかったけど、しょうがないわね。私は、手早く布で包んで渡せば、なにやら紙を取り出した。

「これ、オマケであげる。なんか昔の人間が書いたものみたいよ。確か嫌な奴がいたら、そいつを近づかないようにする方法よ」

なんですって?!

「ありがとうございます! すぐにやってみます!」
「え? アナタが使うの?可愛い顔して、なんか大変ねぇ」

 なにやら同情されているわ。

「あ、コレ名前は何?」
「サクラ蒸しパンとサクラとムイ豆の握り飯です」

 包んでいる中身を最後までじっくり観察していたお客様は、最後に笑った。

「花の料理なんて洒落てるわね。来る人間が喜びそうだわ。あ、時間ないんだった! 邪魔したわねー」
「ありがとうございました」

リィン

 軽やかに鳴ったドアベルで、私は下げていた頭を上げた。

「これ、さっそく試してみよう!」

 お客様から頂いた紙切れを読もうとした時。

──リィン

「今晩は」

 どうしてこんなタイミングで。

「いらっしゃいませ」

 二人目のお客様は、ライル様だった。



売れた品
変身出来る香水


頂いた品
貴重な?ムチ

 おまけとして、嫌な人を近づけないようにする方法が書かれた紙。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

他国ならうまくいったかもしれない話

章槻雅希
ファンタジー
入り婿が爵位を継いで、第二夫人を迎えて後継者作り。 他国であれば、それが許される国もありましょうが、我が国では法律違反ですわよ。 そう、カヌーン魔導王国には王国特殊法がございますから。   『小説家になろう』『アルファポリス』に重複投稿、自サイトにも掲載

アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~

eggy
ファンタジー
 もと魔狩人《まかりびと》ライナルトは大雪の中、乳飲み子を抱いて村に入った。  村では魔獣や獣に被害を受けることが多く、村人たちが生活と育児に協力する代わりとして、害獣狩りを依頼される。  ライナルトは村人たちの威力の低い攻撃魔法と協力して大剣を振るうことで、害獣狩りに挑む。  しかし年々増加、凶暴化してくる害獣に、低威力の魔法では対処しきれなくなってくる。  まだ赤ん坊の娘イェッタは何処からか降りてくる『知識』に従い、魔法の威力増加、複数合わせた使用法を工夫して、父親を援助しようと考えた。  幼い娘と父親が力を合わせて害獣や強敵に挑む、冒険ファンタジー。 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。

二年後、可愛かった彼の変貌に興ざめ(偽者でしょう?)

岬 空弥
恋愛
二歳年下のユーレットに人目惚れした侯爵家の一人娘エリシア。自分の気持ちを素直に伝えてくる彼女に戸惑いながらも、次第に彼女に好意を持つようになって行くユーレット。しかし大人になりきれない不器用な彼の言動は周りに誤解を与えるようなものばかりだった。ある日、そんなユーレットの態度を誤解した幼馴染のリーシャによって二人の関係は壊されてしまう。 エリシアの卒業式の日、意を決したユーレットは言った。「俺が卒業したら絶対迎えに行く。だから待っていてほしい」 二年の時は、彼らを成長させたはずなのだが・・・。

エメラインの結婚紋

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢エメラインと侯爵ブッチャーの婚儀にて結婚紋が光った。この国では結婚をすると重婚などを防ぐために結婚紋が刻まれるのだ。それが婚儀で光るということは重婚の証だと人々は騒ぐ。ブッチャーに夫は誰だと問われたエメラインは「夫は三十分後に来る」と言う。さら問い詰められて結婚の経緯を語るエメラインだったが、手を上げられそうになる。その時、駆けつけたのは一団を率いたこの国の第一王子ライオネスだった――

【完結】 学園の聖女様はわたしを悪役令嬢にしたいようです

はくら(仮名)
ファンタジー
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にて掲載しています。 とある国のお話。 ※ 不定期更新。 本文は三人称文体です。 同作者の他作品との関連性はありません。 推敲せずに投稿しているので、おかしな箇所が多々あるかもしれません。 比較的短めに完結させる予定です。 ※

私の風呂敷は青いあいつのよりもちょっとだけいい

しろこねこ
ファンタジー
前世を思い出した15歳のリリィが風呂敷を発見する。その風呂敷は前世の記憶にある青いロボットのもつホニャララ風呂敷のようで、それよりもちょっとだけ高性能なやつだった。風呂敷を手にしたリリィが自由を手にする。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

ありふれた聖女のざまぁ

雨野千潤
ファンタジー
突然勇者パーティを追い出された聖女アイリス。 異世界から送られた特別な愛し子聖女の方がふさわしいとのことですが… 「…あの、もう魔王は討伐し終わったんですが」 「何を言う。王都に帰還して陛下に報告するまでが魔王討伐だ」 ※設定はゆるめです。細かいことは気にしないでください。

処理中です...