私は、親友の女騎士が心配なんです

波間柏

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「兄が申し訳ございませんでした」

 ダグラスという台風が去り、再び静寂が訪れたものの、私は、とても混乱していた。

「大丈夫ですか? こういう場合は甘い物でも口にしたほうが落ち着くのだろうか?」

 頭に程よい重みに気づいた時には、撫ぜられていた。しかも何かを呟いているわ。どうやら最初の言葉は、私への声掛けで後半は脳内会議のようだ。

「困惑というか、一度に色々な情報が入ってきて整理が追いつきません」

それでも、一番の驚きは。

「私が魔力を人並みに持っていたなんて知らなかった」

 劣等感の塊だった私には衝撃過ぎて。

 もっと早くに教えてくれたら良かったのに!知っていたなら幼少期の私は、もっと違う日々を送れていたはずだ。

「私も青の双璧と呼ばれている彼が、あの様な方だったとは。遠征や警護で幾度か関わった事があったが、まるで別人に見えた」

 つい数分前の兄の姿が思い起こされたが、確かにアレは酷かった。

「本当に申し訳ございません」

 もう、謝る事しかできないわ。

「そういう意味ではなく、むしろ人間味があるというか。隙がない彼よりずっといい」

 あの地が良いなんて、ラングレイ様こそ大丈夫ですか?

「あっ、話の続きですが」
「兄君の許可も出たことだし、何も問題はないですよね?」

 え、そんな話ありました?

「近い将来に義弟と」
「それは仮定であって、私は婚約はしません」
「シェリー、商団の船に乗るのは不安ですが、貴方の行動を縛りたくないので構いません。できる限り貴方には自由でいて欲しいから。ですが、婚約は、いえ婚姻を諦めるつもりはない」

 ラングレイ様の手が、私の手に伸ばされたので避けようとしたのに、間に合わなかった。

「離して下さい」
「シェリー、私は、貴方の魔力があろうがなかろうが関係ない。今の、この姿の君が好きなんだ」

 彼が、私のガサついた指先を、まるで壊れ物のように慎重に触れてくる。

 その大きなゴツゴツとした手の甲は、仄暗い灯の中でもわかるほど古傷でいっぱいだった。

「最初に会った貴方はとても緊張していた。だが、徐々にその強ばりは薄れ、ある日から綻ぶような笑みを見せてくれた。私は、貴方と会うのが毎回待ち遠しかった」

 ……それは、私も同じだった。最初は何を話せば良いか分からなくて沈黙が辛かったはずなのに。

 いつからか覚えていないけれど、言葉が途切れた時も心地良くなっていた。

「シェリー、君が俺と同じ気持なら、婚約して欲しい。もう、不安な気持ちにはさせないと剣に誓う」

 ひたと見つめられ、逸らせない。

──前世でも、こんなに請われた事があっただろうか。

「だが、無理強いはしたくない。だから本当に嫌なら」

 あら、ラングレイ様の頭が徐々に下がり綺麗なつむじが見えた。

ガバッ

「ひっ!」
「いや、やはり諦めるのは無理だ!君が欲しい」

 いきなり彼の頭が上がったので、ついのけ反ってしまった。ついでに変な声まであげてしまったわ。

「あの、そのような顔をなさらないで下さい」

 あまりにもラングレイ様の悲しそうな様子に思わず頬に手を伸ばしてしまった。

 だって、まるで私が虐めているみたいなんだもの。

スリッ

「つ、離して下さ」
「嫌だ」

 信じられないわ。手首を掴まれ引き抜こうとしても抜けない。しかも、私の手に頬を擦り寄せてきたわ!

「シェリー」

 上目遣いのような瞳でじっと見つめて私の名前を呼ばないで!

「ハァ」

もう、無理だわ。

「私、見た目も地味で中身もパッとしないんです。それだけじゃなくて、結構負けず嫌いだし、頑固だし、自分の事があまり好きじゃなくて」

 それで?と目でうながされたので、一気に話すことにした。

「でも、隣国で学んで自信を少しでもつけて、駄目な自分も、でも頑張ってる、大丈夫って思えるようになりたい」

 こんな、劣等感だらけの私は貴方に相応しくない。だからって、貴方の隣に誰かが立ち楽しそうにしているのを想像したら。

 とても嫌な気持ちになってしまった。

「最初からつり合わないって分かっていたのです。だから、戻れなくなる前に止めようって思って。ですが……ラングレイ様の側で歳を重ねていきたいです」

 前世の記憶では、時間が許す限り一緒にいたいと、こんなにも惹かれる人はいなかった。

「お慕いしております」

 好きです。多分貴方が思うよりずっと。

「あ、あの?」

 支離滅裂だったかもしれないけれど、一生懸命言葉にした結果、何故か、眼の前の人は、目を見開いたまま動かなくなっていて。

「ラングレイ様?」

カチャリ

「え?!」

 前髪が浮くくらいの風と共に私の前に剣が差し出されてた。

「ちょっと、殴ってくれないか?」

 理解ができないわ。いったい何故?

「夢じゃないと確認したい」
「……他に何か方法がないのですか?」

 鞘のままとはいえ、剣で殴るなんて出来ないわ。

「それもそうだな。君が怪我をするのは困る」

 怪我はしないと思うけど、とにかく思い留まってもらえてよかった。

「失礼する」
「え」
「シェリーの香りだ」

 今度は、勢いよく抱きしめられた。スンスンと匂いをかがれているわ!

「折れそうに細いな。けれど柔らかい」

 腕の力が弱まったので、苦しくはなくなった。でも、なんか手の動きがどんどん。

「ちょ、ラングレイ様!やめ」

バコン!

「お前、俺が言った言葉を忘れたのか?節度を守れと言ったはずたよなぁ?」

 去ったはずの兄が、分厚い紙を丸めたモノでラングレイ様の頭を殴り、それだけではなく襟首を掴むと私から引き離した。

「ハッ!夢かもしれないって?俺が現実だと教えてやるよ。ほらよ」

 ラングレイ樣の前に剣が投げられた。どうやら模擬用のようだけど。

「お兄様っ!いくらなんでも言葉が無礼過ぎます!」
「あ?その言葉が理解できてないからこうなってんだよ。なぁ?」

 刃のついていない剣で肩を叩きながら巻き舌で言い放つ兄は、もはやチンピラという生き物にしか見えない。

どうしたら良いのよ!

「相手になりますよ。お兄様」
「俺はお前の兄じゃねぇ!」
「直ぐに義兄になりますから」
「ちょ、二人共止めて下さい!」

 何故ラングレイ様までやる気になっているのですか?!こんな挑発に乗るような方じゃないですわよね?!

「シェリー、離れてな。あ、先に寝とけ。見る価値もないからな」
「そうですね。明日、兄君の手当をしないといけないかもしれませんし」
「あぁ?」

 どうして、こんな事になってしまったの?!


「お嬢様」
「ハンナ!」
「寝ましょう。此処にいてもお身体に障ります」
「いえ、でも」
「時には全て放り投げても良いのです」

 この有無を言わせないハンナの笑みは危険だわ。

「……薬と何か温かい飲み物を二人に用意しておいてくれる?あと、あまりに酷いようなら」
「水をぶっかけ終わらせます。お嬢様は何も心配せずお眠り下さい」

 更にハンナの笑みが深くなったので、私は、もう諦めた。


 翌朝、ハンナからラングレイ様が泊まられたと聞いた私は、階段を駆け下り扉を開いた。

 そこには、お兄様とラングレイ様が仲良く朝食を食べているという信じられない光景を目にするのだった。



























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