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21.魔法使いは、こっそり涙をこぼす

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「何か緊急な用事ですか?」

 父親という生物学的上の男に尋ねた。

「いや、帰国中に病院から連絡があった」

私は、声に出し小さく笑ってしまった。

「何が可笑しい?」

 目の前の、記憶していた姿より随分くたびれてしまった人は、怪訝そうに問いかけてきた。

「私が目覚めたのは、だいぶ前だけど」

 父親だったら普通ならすぐに見舞いに、様子を気にかけるものじゃないの?

 そんな甘い考えが浮かんだ自分に呆れた。

「国からは、震災を最小限に留めたと報酬がでたし、この通り身体はやせ細りましたが日常生活に支障はないので大丈夫ですよ」

 あなたの手を煩わせるつもりはないから安心して下さいという言葉をのせた。

「…変わらないな。君は?」

 頭を左右に振りため息をついた男は、やっと海に気がついた。海の気配を消すというのは誰にでも有効らしい。

「名乗りたくありません」
「えっ」

 思わず隣を見上げたら、平然としている海の顔。私の記憶では、いつも笑っている海が、今は、なんか怖い。

「常識的に、他所様の家庭問題に口出しするべきではないと思っていますが」

ふっと、笑った海は一言。

「他人から見ても、あなたは父親としては、どうかと思いますね」

今度は、私に視線が向けられて。

「空も。素直になれば? 産まれた時の魔法の暴発なんて空のせいじゃないし。母親がそれで弱ったとしても、空のせいじゃないじゃん」

 顔に海の、思っていたより大きな手が伸びてきて、頬に触れられた。

「あと、空って父親似の顔だよね」

えっ?

「嘘だ」
「いや、嘘ついて何の得あんの? 見たまんまの感想だけど」

 そんな、だって前に、言われたのだ。お母さんを思い出すと。私の姿は苦痛だと。

「…君は、娘の何なんだ?」

 疲労感が更に増した様子のお父さんは、壁に寄りかかった。

「ただの彼氏です。水野 つかささんは、やり手外交官で有名ですよね」

 まだ親の名前を教えてない。職業だって。

「俺の親父が国関係にいるんだよ」

海は、お坊っちゃんだったの?

「空の彼氏? 君は、普通じゃないと知っていて付き合うのか?」

 まただ。父親という男から発せられる不愉快な言葉。

「空、唇噛むな」

 海の指が唇に届き、なぞられて、なんかゾクゾクした。

「そもそも普通ってなんですかね? 空のは特技みたいなモノですよ。それに昨夜に可決されましたよ。我が国の魔法使いは監視が外れると」
「嘘よ。そんな事って」

 思わず立ち上がればよろめいて海に支えられた。

「本当だ。えーっと、だから空は、ただの留年学生?」

──留年?

「そうだ、私の学歴は」
「今の状態だと中卒になっちゃうね」

嫌だー!

「やり直せばいいじゃん。時間はたっぷりあるし。通信という手もあるか」

 六年だよ? ブランクありすぎだよ。身体は大人になっても中身はそのまんま。不意に頭をぽんぽんされた。

「先は長いから、ゆっくり歩けば? 空のお父さんもあの蔓延したウィルスの中でせっかく生き残ったんだし」

 とりあえずは身体が完全に回復したら改めて話せばと、何故か海が仕切りだし、お父さんは、意外にもあっさり帰っていった。

「返事、してあげればいーのに」

 お父さんに、また来ると去り際に言われたけど、返事をしなかった。いや、出来なかった。

「しょーもないな。そういうトコもツボなんだけどね」
「ちょっと」

 後ろから抱きつかれたので、逃げようと抵抗したら、回された腕の力が増した。

「あったかい。ほんと生きててよかった」

 絞り出すような声と同時にぎゅうと力を込められて海と身体がぴったりくっついて。首筋に微かに当たる多分海の唇だと気づけば、もうどうしていいか分からない。

「早く、空と海に行きたい」
「──うん」

 大きな子供に乗っかられている感じのまま、私は回された腕にそっと手を触れた。

ねぇ、それはこっちの台詞だったんだよ。

海が、皆が生きててよかった。

何故か涙がこぼれてきた。




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