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22.魔法使いは、謝罪と感謝をこめる
しおりを挟むカラン カラン
「いらっしゃいませ」
「元気そうだな。おっ、これは一択しかないな。Aランチ一つ! 飲み物はブレンドのアイスで」
「お陰様で。Aランチですね。お飲み物は先になさいますか?」
「先にお願いします。外仕様の空も面白いてっ!」
私は、お客様の磨かれた革靴を容赦なく踏みつけた。
「お待ちくださいませ」
「相変わらず乱暴だなぁ。冗談だって」
時間もお昼のピークを過ぎていたのでカップル一組のみ。話が盛り上がっているのか楽しそうだ。
「海に後で行かない?」
「えっ、今日?」
「うん」
Aランチ、大盛りカレーを綺麗に食べ終えた海に誘われた。
「少し待ってもらえるなら」
窓際のカップルに聞こえないよう限界まで声をおとして伝えた。水曜日は、三時に閉店している。一人で切り盛りしているのでその後もなかなか忙しいけど。
「用事ないから大丈夫。あ、仕事増やして悪いんだけど、珈琲もう一杯、今度はホットでお願いします」
海は、真面目な顔になりカバンから出した端末をいじっている。どうやら仕事をするらしい。
しょうがない、最近仕入れた豆を特別に出すかと私は用意をし始めた。
* * *
「秋だねぇ」
波打ち際に落ちているどんぐりを見つけて季節を感じた。温暖化や異常気象で季節の移り変わりが曖昧になってはいるけれど、自分が学生の時よりも海水が綺麗だと思う。
「どうしたの?」
誘ったのは海からなのに、ずっとだんまりだ。どうしてなのかは、思い当たるのは一つある。
「俺、またしばらく此処に来れない。だから返事が欲しい」
振り向けば、随分海との距離が空いてしまっていたので海の元まで少し戻る。真剣というか悲壮感というか浮かない顔。
「いいよ」
「……え?」
「この前の返事。結婚しよ」
私の言葉が頭に到達するまで時間かかってるなぁと、ちょっとリアクションが見ていて面白い。
「なぁ、今日は、嘘ついていい日とかじゃないよな?」
なんか、本当に重症のようだ。まぁ少しは私のせいかな。
「平和な普通の水曜日だよ」
海の目の前に来て見上げれば、動揺しているのか揺れている目なので繰り返す。
「待っていてくれてありがと。最近やっと安定した」
眠っていた間の六年、そこから踏み出して四年が経過した。私は、目覚めてから高校を通う気になれず通信に切り替え大学に入り飛び級で駆け抜け、やっぱり諦めきれずにまた専門学校に一年通った。
「五月さつきさんの有り難さを身に沁みた日々だった」
魔法使いだからと人と距離をおいていた私に、叔母は辛抱強く付き合ってくれていたのだ。
「まだ五月さんには到底届かないけれど、あのカフェは、とても大切なの。だから」
結婚しても、ついて行く事は出来ないと続けようとしたのに海に強く抱きしめられ、びっくりして舌を噛みそうになった。
「付いてこいなんて言うわけないじゃん。空が一番生きやすい場所にいろよ」
優しすきじゃない?
「あとは、親父さんか」
「なんで許可いるの」
気分は急降下した。しかもクックと私の頭上で笑っている。
「別に無理に仲良くとは思ってないよ。血が繋がってようがなかろうが、合わないものは合わないし。ただ…空、動くなよ。ほらっ、ベニガイみっけ」
スルリと私から離れた海は、私の真後ろに移動しまた正面に来た。
「ほら、手出して」
パーにした手に置かれたのは、合併の二つくっついたままのベニガイだ。
「欠けもないし完体って言うんだろ?」
「うん。綺麗」
擦れも少なく濃い独特の色のベニカイは、とても嬉しい。じゃなくて。
「途中だったでしょ。ただの続きは?」
「あ、コレ石英じゃん。俺は運がいいな」
「かーいー」
石を拾って日にかざしている。
「透けるし、石英であってそう。どうぞ」
また手のひらに置かれた。確かに白い縞模様で掛部分がキラキラと光っている。
「親父さんは、不器用なんだよ。空も似てる。だからって察するに言って良い事ではないし態度もよくなかったんだろうな。少しは会話したのか?」
海は、こういう話の時は、やたら穏やかだ。
「…手紙をニ、三ヶ月に一回やりとりしてる」
目覚めてから、最初に届いた葉書には、元気かだけ。今更、軟化させようとしてるわけ? 何か計画があるのかと苛立ち疑っていた。
「手紙なんて古風だなぁ。だけど新鮮でいいじゃん」
「うん」
カラフルなポストカードは、海外に行った事がない私にとって写る町並みや遺跡は楽しい。
「許すとかそういうのはない。今もムカついてる」
「なかなか怒りに年季はいってんな」
「でも、もう子供の頃に感じた、虚しさや絶望感はない」
歳を重ねる毎に薄れるものなのか。
「手紙に書くよ」
結婚しますだなんて電話したくない。手紙で充分だ。
「タカラガイも見っけ」
手のひらに乗せようと海がまた寄ってきてお互いの前髪が重なり。
「おーい! 空っ! ついでに海!」
「花?!帰宅するって言ってないよな?」
「久しぶり」
私は、半年ぶりに会った花に嬉しくなり、海とくっついているのを一瞬忘れていた。
危なかった。
我に返り一気に海と距離をとった。外で明るいうちにキスする所だった。近所の人に見られたら気まずい。
慌てていたらポトリとタカラガイが私の手から落下した。
「今のレアな種類かも! あ、あったよ」
波打ち際にいるので、慌てて拾えば。
「タイミング悪っ! このタイミングわざとだろ!」
「はぁ? もたもたしてんのが悪いんだよ。空は相変わらず美人さんだねぇ」
「変な目で見るなよ。減る!」
「きっも、ちっちゃい男は嫌われるんだから」
「え、えっと」
ギャンギャン始まり、収集がつかない。口の挟む間すらないし。
「どうせ帰り道でしょ? 私、空と話をしたいから荷物持っていって。ね、行こ」
花は、私の腕に自分の腕を絡ませてひっぱりだした。
「なっ、俺は明日から出張なんだぞ!」
「せいぜい空に捨てられないように稼いできなよ!」
もう、可笑しくて笑うしかない。はるか昔に、あの短すぎた高校生活のようだ。
「うん。家で珈琲淹れようか?」
「貸し切りで?」
「勿論」
「よし行こう! じゃあねー」
海に大量の荷物を渡し身軽になった花は、海に手を振る。私と目が合った海は、困った顔になっている。
「夜、早いうちに電話する」
ちょっと可愛そうになったから。顔が見えない会話は、表情がわからないから、苦手だけど。
しょうがないなと苦笑いになった海をみて言って良かった。
「変わらず仲良しだねぇ。それより無理する空が、元気そうで安心したわ」
「心配性だなぁ。でも、ありがと」
私の周りは、過保護が多い。
でも、ありがたいなとしみじみ感じた。
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