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23.魔法使いは、心から笑う

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 二階の自宅部分のリビングでぼんやりと座っていたら、ふと透明の硝子瓶に目がいく。

『空ちゃん、ご飯できたわよー』
『あら、今日は大量ね』
『なかなかの即戦力だわ!』

 五月さんの声が蘇る。前向きで強く優しい叔母。

 硝子瓶の蓋には小鳥が羽を休めている。中身はかつて私が拾い五月さんにあげたシーグラス。窓から入る光で硝子というよりお菓子に見える。近くに飾られた小さい頃の私と五月さんが映る写真に触れた。

「今、五月さんがいないのが寂しいよ。お別れも言えなかった」

 せめて最後の時は側にいたかった。

 病を完治させるのは不可能だったかもしれないけれど、痛みを和らげる魔法をかけたかったな。

「空、主役さんが不在で始まれないんだけど」

 背後から海に呼ばれ、写真から手を離した。時計をみれば、いつの間にか時間になっていた。

「今行く」
「…我が妹を今回ばかりは褒めてやるか」
「ふふっ、素敵だよね」

 私は、自分の着ている服、ウエディングドレスを改めて見下ろす。

 きっと背がある私にはマーメイドラインが合うのかもしれないけれど、フワリとしたお姫様ドレスのほうが断然好きだった。それは製作者にバレていたようで、何枚も重ねられた透ける生地は、裾が広がっている。

「いきなり花から渡されたからびっくりした」

 プロポーズの返事から二週間後、海は、挙式の為に急きょ休みをもらったので明後日には出張先に戻る。ドレスは、なんと服飾の道に進んだ花がプレゼントしてくれたのだ。

「海もカッコイイよ」
「うーん、落ち着かないけどな」
「それは私もかも。肩がスースーする」

 海の胸元にはブーケと同じ花が添えられている。

「どうぞ」
「ありがとう」

 ふざけ気味に腕を差し出されたのでそれに手を絡めながら、聞いてみた。

「そういえば、なかった事能力は、皆に効果あるの?」

 あの津波以来、試したことはなかった海の特技。

「ない」

 あまりにキッパリ言われて逆に不思議に感じた。

「あれって魔法の力だけに作用するの?」
「そうらしい」
「らしいなの?」

 随分曖昧だ。私の不満が伝わったのか階段を降りながら俺もよくわかんねーと言いつつ教えてくれた。

「この力は隔世遺伝でさ、家の場合だけどな。そんで代々その気配がした子供に口頭で説明されてきたんだよ」
「試した事はあるの?」

 魔法使いは滅多にいないから、会う機会もないかと思えば。

「ある。ガキん時に一度こっそりな」

なんか展開が楽しくなってきた。

「それでどうだった?」
「少しだけ効果があった」

また煮えきらなくなってきたな。

「じーさんいわく相性があるんだと。聞いた時は信じてなかったけどさ。あの時に納得したよ」

あの災害の時に?

「空の力を俺は100パーセント無力化できる。だから安心しろ。思いっきり泣きたいときは泣け、笑いたい時は笑え」

 最後の一段を降りたら海は、私に、ブーケを返してきた。

「力の暴走はなかった事にできるから。だから好きに生きろ」

なに、この人。

「この海のような俺に感動したのは分かるけど、化粧崩れるから、泣くのは後に、いてっ!」

こういう所が残念なんだよ。

 足をヒールの踵で踏みつけた。加減はしたよ。優しいでしょ?

「おーい、始めるよー!」
「今行くー!」

 庭で手を振る花に返事をし駆け出した。

「あっバカ、転ぶぞ!」
「大丈夫、大丈夫!」

 本気で、心配する海の様子に笑った。




*~*~*


「では近いの口づけを…えー意気地なし」

 お互い恥ずかしすぎて、海は悩んだ末に私のオデコにキスをした。それに不満だったのは進行役の元ビーチコーミング部の部長だった谷屋先輩。相変わらず整った顔に飄々している性格は健在だ。

「煩い。早く締めてくれ」
「やれやれ、わかりましたよ。これから花嫁がブーケトスを行いますので、あちらに移動して下さい」

 大げさなため息をつきながらも進行はちゃんとしてくれるので助かる。

「さあ、お願いしますー」
「えいっ」

 谷屋先輩の合図で私は思いっきり投げた。

「私が取るー! 絶対ゲットー!」

 背を向けて投げたので、気合の入った心当たりがありすぎる声にギョッとし半身を向ければ、ブーケに向けて飛び上がった花の姿が。中が見えてるよ!

「よっしゃあ!!」
「危なっ」

 見事ブーケを掴んだものの、このままだと垣根に突っ込んでしまう。

「やわらかな風よ」

 花と葉の間に風を送りクッションにすれば、勢いは殺されたので、そっと花を地面に降ろした。ブーケの白いサテンのリボンが優雅に流れたのを見て、フラワーシャワーを忘れていたと気づいた。

「風よ小さく踊れ」

 今朝、庭で摘んだ花が入った籠から花が踊るように浮き出す。

「美しいその光をこの手に」

 日の光を借りた指先を振れば光る粉が風により舞い上がる。

「新婦が花びら投げるってありなのか?」
「ありだよ。綺麗でしょ?」

 青空に遊んでいるかのような花々と光。

「確かに。あ、空、向こう」

 海が顎で示した先には、お父さんが小走りで此方に向かってきていた。このカフェは長い坂の上にあるのだからなかなかキツイ。

自然と右手が上がった。

「やっぱ、不器用だな空の親父さんは」

 目が合うと顔をしかめたが、躊躇しながらも小さく手を振り返した父をみて海は笑った。蔑みじゃないあったかい笑い方だ。

「近所の人も結構きたな」
「うん」

 庭にだしたテーブルに座りおしゃべりに花が咲く。

「仕入れ先の農家さんや魚屋さんに肉屋さん、あとカフェに来てくれる常連さん達、学生の時の友達も」

いつの間にか繋がりは増えていく。それは、これからも続くだろう。

「…私は、これから隠さないで生きていくよ」

 嫌な思いもするだろうけど、この力を良い意味で活用できたらな。

「あ、壊した物はなかった事には出来ないからな」

なによ。

「そんな事しないし」
「なんせ空だし分かりませんよ?」

 ムカつくな。さっきはあんなに照れていたくせに。

「空ー! 一緒に食べよー! 海は抜きでいいからぁ」
「抜きって今日の主役なんだけど」
「ぷっ、そうだね」

 一転し情けなさそうな顔の海の背中をバシリと叩いた。

「じゃ、たらふく食べよ!」

 ウエスト部分は後ろの紐で調節できると聞いていたので、気にせず食べまくる。

「ほら、今行くよー!」

 私は、海の手を掴み二人で花がいるテーブルに足を進めながら隣に挨拶した。


「今日から改めてよろしく」
「此方こそ」

照れくさい。

 だけど、今日も明日もこの先も、きっと生きていけると強く思った。



~~END~~
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