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10.相談と気づいてしまった気持ち

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「少しだけ話をしてもよいですか?」

 拒絶されないだろうと、よく分からない確信がある私は狡い。

「では甘い物を食べながらにしましょう。先程の店で食べきれないかと思い持ち帰りにしてもらった物があるので。そこに座りましょうか」
「あ、そんな事しなくて平気ですよ。ありがとうございます」

 案の定、聞いてくれるらしい。そしてハンカチらしきものを敷いてくれようとしたので断った。なんかこういう行動をされるのが慣れない。この世界では普通なのかな?

 そして二人でむき出しの岩に座ったものの間が空いてしまい気まずい。

「仕事は治癒の治療ではなく、元の世界での話ですか?」

 フェリスさんから話すきっかけをくれた。

「はい」
「食事を作る仕事ですよね?」
「はい。調理もしますが、主には献立をたてたり食育なども行います」
「ショクイクとは何でしょうか?」

 隣で不思議そうに首を傾げているフェリスさん。この国ではないのかな。

「私が勤務しているのは、保育園と言って0歳から6歳迄くらいの子供を預かる場所です。そこでは朝、子供を親が預け仕事が終わると迎えに来ます。その間の昼食、おやつの献立を立て食事を提供するのが仕事になります」

 大雑把に言ってみたけど、わかり易くって難しいな。

「食育とは献立を立て作るだけではなく、力になる食べ物は何かな? 野菜を食べると何にいいのかな? などを絵を使ったりして子供に伝えます。食べることは何かの命をもらっているというのも私的には大事な事だと思っています」

 あとは、何があったかな。ああ、そういえば。

「災害時の時には非常食を食べる事になる可能性もあるので、あえて避難訓練の日に非常食のお米の作り方の説明や実際を想定し食べてもらうとか」

 あまり美味しくないはずなのに静かに缶から出された煮物を食べていたのが印象的だった。

「食に関する広さは、感じます。ただ話している口調や表情を見る限り」

その続きは。

「嫌ではなさそうですか?」
「はい」

そうなんですよ。

「その通りなんです。直営だから献立から発注、受領書の計算まであるし、行事も盛りだくさん。だけどやり甲斐があります。ただし、気持ちと身体は別物なんですよね」
「どこか具合が悪いのですか?」
「いえ、健康です」

 いきなり心配そうに見られて慌てて否定する。

「まあ、すこぶる健康とは言えないのかな。胃腸が弱いというか。頑丈かと聞かれたら微妙かもしれません」


子供の時から風邪もよくひいたけどとにかく弱い。


「お腹の調子が悪いと食中毒とか心配だし。なんて言えばいいのかな。例えば具合が悪い人が調理して、その人が触れた食品に悪いものがつき、それを食べた人も同じ症状なる可能性があるので体調管理は重要なんです」

 なんとなく理解をしてもらえたのか頷かれて話を続けた。

「私、去年ウイルスにかかって大騒ぎになったんです」

 感染経路は家族からだ。それも、少ししてからそういえばお腹が痛かったと言ったのだ。

「調理場全員検査、消毒。検査も決まった場所でしかできなかったんです。その日は休み明けで体調がいつもとおかしいと気づいてトイレも使わず帰宅したのも感染を広げなくてよかったと今も思います」

 他に感染者をださなかったのは、本当にホッとした。

「そこまで騒ぎになるものなのでしょうか。死に至るものだったのですか?」
「いいえ。でも食事を提供しているのは乳幼児です。なによりあってはいけない事でした。クリスマスという行事もあって。勿論出勤できませんでしたけど」


 上からは毎日連絡があり、調理場内のパートさんが私の行動が悪いと言っているとか、人が足りないから検査を再度頼んでいるとか。正直、寝ていても全く休まらなかった。

「体調がよくなっても、お腹から悪いものが完全に排出されるのは時間がかかって。色々な人に迷惑をかけました」

 フェリスさんから小さい包を差し出された。中には可愛い型抜きされたクッキーだ。

「いただきます」

 一口サイズの花の形のクッキーを口に入れてみた。

「美味しい」

 ホロホロと崩れて素朴な甘みが口の中で広がる。

「…ありがとうございます」

 元気出せと言われているような、ちょっと雑な頭の撫で方に、よくわからない気持ちになって。なんか泣きたくなるな。

「その事がきっかけで今の職を悩んでいるのですか? あまりに苦痛なら他の道へと考えたりもよいのかもしれませんが」

違う道。

「私は、仕事を決めた時、何をしたいかではなく、何なら出来るのかで今の仕事を選んだんです」

ネガティブだよね。

「それの何がいけないのですか?」
「え?」

 お互いが不思議そうな顔をしていた。なんか可笑しくて笑みがでた。緩くなった空気のまま彼は意見を言ってくれた。

「考えは人それぞれですし、出来る仕事があるのは良い事だと私は思いますが。ただ体調は大事ですから、そのままの職で勤務時間を減らすというのは難しいのでしょうか?」
「…時間数」

 パートになる? でも正社員より格段に給料は安くなる。保証だって。あ、社会保険つきパートとか。でも枠があるのかな。

「ちょっと考えてみます」

 この人は、私を否定しない。かといって頷きだけではなく意見も言ってくれる。

「あ、流れ星」

 まだ明るいのに一つの線が流れていった。

「そうだ。七月は七夕があるんですよ」
「タナバタ?」
「はい。一年に一度だけ恋人に会える日で笹の葉、こんな感じの葉に、細長い紙に願い事を書いて吊るすんです。他に飾りもあって意味もあります」

 熱心に質問されざっと説明したけれど、理解してもらえたかは不明だ。わかり易く簡素にって苦手なんだよね。

「暗くなってきましたね」

──帰りたくないな。

 自然にそう思って、口に出そうになった自分に驚いた。

「風が冷たくなってきましたし、そろそろ帰りましょうか。足場が悪いので」

 フェリスさんは、さっと立ち上がり差し出された手が自然すぎて。

手を繋いでいる帰り道。


「あと数日ですね」
「はい」

 あと三日後、私は、帰る。隣にいる人をこっそり見た。メリハリのある綺麗な横顔に筋肉のついた腕を辿ると私と繋がっている手。

「暗いですか?」
「大丈夫っ、わぁ」

 淡い黄色のシャボン玉ような光が幾つか現れた。思わず人差し指で突っついてみれば、なんともいえない弾力が。

「異世界、凄いなぁ」
「ミヤビ様は、反応がよいので力の使いがいがあります」
「えっ、疲労しますよね? 無駄遣いしないで下さい」
「このくらいでは消耗しませんよ」

 クスクスと楽しそうに笑う彼は、なんか眩しい。

──ああ、私は、この人が好きなんだ。

 もう少しで帰るのに、この気持ちに気づいてしまった。





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