恋をする

波間柏

文字の大きさ
16 / 21

16.逃げたい

しおりを挟む

久々に逃げたくなった。

 母が、お母さんが助からないと知った時。

 お母さんの痩せ細っていく姿を見た時。

 皆いなくなって、本当に1人なんだと自覚した夜。

今度は何に逃げたいの? 逃げてどうする? 知ってる、分かってる。

逃げてもどうしょうもない。

「ホノカ」

もう聞きなれた声。

あぁ。今は…今だけは一人じゃない。

「すみません。具合の悪い時に話すべきじゃなかった。部屋で休んだ方がいい」

彼を見れば水色の瞳が不安そうに揺れている。背中に暖かさがくる。ランスが触れている大きな手の暖かさが背中から流れる。彼だって、本当に帰れるか不安だろう。

 そういえば、ランスは、弱音を言った事なんて一度もなかった。

「その紙の束ランス1人だと読むのにどれくらいかかる?」
「一時間もあれば」
「じゃあ、先読んでもらって一時間、いえ二時間後、私にも教えて」
「でも、顔色もかなり悪い。また明日…」
「今日も明日も同じだよ」

ちゃんと彼の目を見て話す。

 きっと私の顔は、彼と出会った時以上に酷い顔をしている。

「正直、嫌な予感しかない。でも、逃げることもできない。その玉の石、あの陣の中央部分の窪みと同じサイズでしょう?」
「…はい」
「なら、尚更早いほうがいい。ランスが読んでいる間、少し寝てシャワー浴びてくる」

ゆっくりソファーから立ち上がった。彼の手も離れていく。

「ホノカ」

ふと前にお金はないし、この礼を何で返せばいいのかと聞かれた事を思い出した。

彼を見下ろす。

「ほのって呼んで。前に食費とか気にしていたでしょ?何も返せないって。帰るまでほのって呼んでくれたらチャラにする」

戸惑った様子のあと、彼は口を開いた。

「ホノ」
『ほのー、こっちよ』

 お母さんが私を呼ぶときの呼び方だった。

懐かしい。

「ありがとう」

自然に笑えた。 

「じゃあ二時間後」

私は二階に上がった。

 寝れないと思っていたけど、ベッドに入り目をつぶった後の記憶がない。携帯のアラームで目が覚めた。集中して読みたいであろうランスの邪魔はしたくないので部屋のシャワーを使った。

 着替えてだいぶサッパリし、階段を降りていたら、下から怒鳴り声がする。 

「※※※!!」
「※~※※※」

 彼が本気で怒っている声を初めて聞いた。

怖い。

 どうしよう。気配に鋭いから音をたてればすぐに気づかれる。

「ホノカ?」 

 何もしなくても気づかれてしまった。私は諦めリビングの彼の近くにいった。

 そこには前に見た美女、ヒュラルさんが光の中にいた。

なんで、私はこの人が苦手なんだろう。これが嫉妬なのかな。いままで恋愛に興味がなかった。

そんな時間もなかった。

彼女と目が合ったのでお辞儀をした。

「ホノカ※※※~」
「※※!」

 名前を彼女に呼ばれたのは分かったけど、後は聞き取れない。ランスが私の前に立ちふさがり、彼女に怒鳴った。

「チッ」

ランスが舌打ちをした? こんな彼の態度を見たのは初めてだ。

 彼が前にいたので見えなかったが、会話は終わったらしく、光が消えリビングは暗くなった。

 私は電気をつけに行くついでに冷蔵庫から頂き物で放置したままだった赤ワインのボトルとチーズを出し、ボトルの栓を開けながらランスに聞いた。

「ランスは、お酒のめる?」 

 訝しげな顔をしたけど「はい」と答が返ってきたので棚からワイングラスを二人分とりだし、ソファー前に置いた。

 グラスに注ごうとしたらランスにボトルを取り上げられ注いでもらった。

ランスのグラスに自分のグラスを当てると軽やかな音が小さく響いた。

「ホノカは飲めるんですね」 
「普通くらい」

 今日は、飲まないとやってけない気がしたのだ。

「教えて」

さて、何が出てくるやら。

「紙の束はメモ書きのようになっていました。それを書いたのは、ホノカのひいおじい様で、箱に術をかけたのは、おじい様です」

書いたのは曾祖父。
術は祖父。

何故、祖父は術を使えたのか?

「ひいおじい様の書いたものによると、ホノカのひいおばあ様は、この今あるホノカの家の建つ場所に倒れていて、避暑地に遊びに来ていた、ひいおじい様が見つけたそうです」
「…続けて」
「発見当初彼女が覚えていたのは、名前と不思議な言語。全て記憶が戻ったのは亡くなる二週間前」

 それは、なんとも言えないタイミングだ。

「彼女の名前は、エディルローダ。エディルローダ・ヴィ・メルト・ターナ」

 ランスの視線を感じ、同じソファーに少し離れている彼の方へ、右に顔を向けた。

凪いだ水色の瞳。

「名前が4つにわかれてますよね。我が国でそれは王家と、その血筋を受け継ぐ者だけです」
「それって」
「はい。ホノカのひいおばあ様、エディルローダ様は、ザーキッドの公爵家、しかも王家の血が流れる姫です」

嫌な予感は当たった。

しかも大当たりだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

乙女ゲームっぽい世界に転生したけど何もかもうろ覚え!~たぶん悪役令嬢だと思うけど自信が無い~

天木奏音
恋愛
雨の日に滑って転んで頭を打った私は、気付いたら公爵令嬢ヴィオレッタに転生していた。 どうやらここは前世親しんだ乙女ゲームかラノベの世界っぽいけど、疲れ切ったアラフォーのうろんな記憶力では何の作品の世界か特定できない。 鑑で見た感じ、どう見ても悪役令嬢顔なヴィオレッタ。このままだと破滅一直線!?ヒロインっぽい子を探して仲良くなって、この世界では平穏無事に長生きしてみせます! ※他サイトにも掲載しています

中途半端な私が異世界へ

波間柏
恋愛
全てが中途半端な 木ノ下 楓(19) そんな彼女は最近、目覚める前に「助けて」と声がきこえる。 課題のせいでの寝不足か、上手くいかない就活にとうとう病んだか。いやいや、もっと不味かった。  最後まで読んでくださりありがとうございました。 続編もあるので後ほど。 読んで頂けたら嬉しいです。

ついてない日に異世界へ

波間柏
恋愛
残業し帰る為にドアを開ければ…。 ここ数日ついてない日を送っていた夏は、これからも厄日が続くのか? それとも…。 心身共に疲れている会社員と俺様な領主の話。

氷の騎士と陽だまりの薬師令嬢 ~呪われた最強騎士様を、没落貴族の私がこっそり全力で癒します!~

放浪人
恋愛
薬師として細々と暮らす没落貴族の令嬢リリア。ある夜、彼女は森で深手を負い倒れていた騎士団副団長アレクシスを偶然助ける。彼は「氷の騎士」と噂されるほど冷徹で近寄りがたい男だったが、リリアの作る薬とささやかな治癒魔法だけが、彼を蝕む古傷の痛みを和らげることができた。 「……お前の薬だけが、頼りだ」 秘密の治療を続けるうち、リリアはアレクシスの不器用な優しさや孤独に触れ、次第に惹かれていく。しかし、彼の立場を狙う政敵や、リリアの才能を妬む者の妨害が二人を襲う。身分違いの恋、迫りくる危機。リリアは愛する人を守るため、薬師としての知識と勇気を武器に立ち向かうことを決意する。

【本編完結】美女と魔獣〜筋肉大好き令嬢がマッチョ騎士と婚約? ついでに国も救ってみます〜

松浦どれみ
恋愛
【読んで笑って! 詰め込みまくりのラブコメディ!】 (ああ、なんて素敵なのかしら! まさかリアム様があんなに逞しくなっているだなんて、反則だわ! そりゃ触るわよ。モロ好みなんだから!)『本編より抜粋』 ※カクヨムでも公開中ですが、若干お直しして移植しています! 【あらすじ】 架空の国、ジュエリトス王国。 人々は大なり小なり魔力を持つものが多く、魔法が身近な存在だった。 国内の辺境に領地を持つ伯爵家令嬢のオリビアはカフェの経営などで手腕を発揮していた。 そして、貴族の令息令嬢の大規模お見合い会場となっている「貴族学院」入学を二ヶ月後に控えていたある日、彼女の元に公爵家の次男リアムとの婚約話が舞い込む。 数年ぶりに再会したリアムは、王子様系イケメンとして令嬢たちに大人気だった頃とは別人で、オリビア好みの筋肉ムキムキのゴリマッチョになっていた! 仮の婚約者としてスタートしたオリビアとリアム。 さまざまなトラブルを乗り越えて、ふたりは正式な婚約を目指す! まさかの国にもトラブル発生!? だったらついでに救います! 恋愛偏差値底辺の変態令嬢と初恋拗らせマッチョ騎士のジョブ&ラブストーリー!(コメディありあり) 応援よろしくお願いします😊 2023.8.28 カテゴリー迷子になりファンタジーから恋愛に変更しました。 本作は恋愛をメインとした異世界ファンタジーです✨

答えられません、国家機密ですから

ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。

処理中です...