堕ちた英雄

風祭おまる

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第二部

復讐鬼の夢

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「殿下。お慕い申し上げております」

そう言ってくれた、大事な『友人』の夢を見る。
現実から逃げるように、俺は懐かしい過去の光景を夢に見ていた。



自らの見目の良さを、俺が自覚しはじめたばかりの頃の夢だ。
女は皆俺を見て頬を染める。男は場合によるが、好色そうな奴には太腿でも見せれば大抵なんでも思い通りになった。

その日も俺は、皇帝である父上に謁見に来たという異国の外交官が粘ついた目でこちらを見ていたから、軽くからかい遊んでやろうとしていた。
わざと薄絹の衣一枚でそいつの前に出ていき「舞の練習をしている。見ていけ」と命じる。
下着はあえて身に付けず、恥部を露わにしておいた。
それを薄絹越しに見せつけて、フリフリと尻を振って踊ってやると、男は簡単に前を膨らませてしまった。

「ほ、ほう……デイトリヒ皇子でしたか。そのような、その……はしたない踊りは皇子が踊るものでは」
「……何故だ。下手くそだったか」
「いいえ、とてもお上手ですが……その……あまりに」

意味深に睫毛を伏せて見せる。
そして、ちらっと流し目で視線を送って、薄絹の衣の裾を少しだけたくし上げた。

「あまりにいやらしくて、我慢出来なくなるからか?」

ごくりと生唾を飲んで、その男は頬を赤らめた。おずおずと伸びてきた手が、たくし上げた裾からはみ出した白い太腿を撫でる。

「……ッキャーーーーー!!誰かぁ!!この狼藉者を捕らえてくれーー!!」

腹の底から悲鳴を上げて、男の手を払い泣き真似をする。
アワアワと青ざめる男は、あっと言う間に衛兵達に取り囲まれ、何処かへと引きずられていった。

それを指差して笑って楽しんでいると、ふいに背後に誰かが立つ気配を感じた。
次の瞬間、ガチン!と硬い拳が降って来て、視界に火花が散った。
頭を押さえその場に蹲る。
涙目で背後を仰ぎ見れば、そこには軍服姿の背の高い男が一人。
痛みに涙が出るが、内心では俺はほくそ笑んでいた。

「うぐ、ぐぐっ」
「デイトリヒ殿下。はしたない事をなさいますな。……失礼!」
「っぎゃーー!!ひ、酷いぞマクスウェル!」
「そうは申されましても、もうこの老骨しか貴方に折檻できるものはおりますまい」

馬鹿な悪戯ばかりする俺の尻を引っ叩いて叱るのは、いつもこのダグラス・マクスウェル大将の役目だ。
俺の近衛兵団の長で、公務で忙しい両親に代わり俺を育てた俺の教育係でもある。
俺が15のこの時に、もう50だった。
白いものが混じりはじめた焦げ茶の髪を綺麗に撫で付けて、その逞しい身体は軍服の上からでも筋肉の隆起がはっきり分かる。マクスウェルの姿は、いつも凛々しかった。
そう。彼に構って欲しくて、俺はくだらない悪戯ばかりしていたのだ。

「教育係だからと言って、皇子を殴るとはなんだ!体罰だ!」
「何を仰せになられる。私は自分を貴方の教育係とは思っておりませぬ」
「なら、なんだ。臣下か?養い親か?」
「友人だと自負しておりますが。違いましたかな?友人は、友が過ちを犯せば殴ってでも止めるものですので」
「………友人か。な、なら仕方がないな」

照れ臭くて目を逸らしてそう言うと、頭上から優しい笑い声が降ってくる。背の高いマクスウェルを見上げて、俺は太陽を見た時のような眩しさを感じた。

惚れていた。

初めての自慰も、この男と水遊びをして肌着の隙間からチラッと見えた分厚く盛り上がる胸板と、水の冷たさにピンと勃った焦げ茶色の乳首を見て、その晩堪らず自らを慰めたのだ。

15にしては、俺は中々艶めかしい姿を手に入れていたと思う。だが、この男だけは誘惑出来なかった。
身体のどこもかしこも見慣れているから、今更欲情なんてしてくれないのだ。
本当は、マクスウェルただ一人を誘惑したかったのに。

「……マクスウェル、なあ。庭の薔薇が満開だった。見に行こう」
「左様ですか。なら、庭までお供いたしましょう」
「なあ、抱いて連れて行け」
「もう15でしょう殿下。ご自分で」
「見ろ、舞のための靴を履いている。庭など歩けん」
「全く。言い訳ばかり上手くなりますな。殿下」

苦笑して、マクスウェルは俺を抱き上げてくれた。彼の肩に縋り、髪の匂いを嗅ぎながら庭の薔薇園まで運んでもらう。
美しく咲き乱れた薔薇は見応えがあるが、実は俺はさして花には興味はない。だが、マクスウェルが薔薇を好むのを知っていた。だから誘ったのだ。
この時の咲いていたのは、薄桃色でまるでフリルのような花弁の可愛らしい薔薇だった。
俺を薔薇園に置かれたベンチに座らせると、マクスウェルは薔薇を一本手折る。
それを、そっと俺に手渡して来た。

「良い匂いがしますぞ」
「花壇の花を折るなと教えてくれたのは、貴様だぞマクスウェル」
「そうでしたな……あれは、悪戯で花壇の蕾全部をちぎり捨てようとされたから注意したのです。本来なら、この花壇は殿下のもの。殿下が愛でるため手折ったなら問題はありますまい」

そんな言い訳をするマクスウェルから、薔薇を受け取り匂いを嗅ぐ。甘く優しい香りだが、マクスウェルの匂いの方が好きだ。

ふと、告白をするなら今じゃないかと、俺に天啓が舞い降りて来た。
美しく咲く花園。
艶やかな舞姿の俺。
その俺に花を贈ったマクスウェル。
このシチュエーションならばと、俺は緊張に唾を飲んだ。

「ま、マクスウェル!」
「なんですかな。殿下」
「だ……だ、だ、……ダグラス」
「……………はい」
「………ッ……その、貴様は、お、俺に惚れているだろう!!」

口をついて出た言葉は、思っていたのとは反対だった。あっと思うが、生来の気位の高さからかこれが精一杯だった。顔と身体が熱くて震える。
恥ずかしくて涙すら浮かぶ目で、じっとマクスウェルを見詰めた。

マクスウェルは、静かに俺を見下ろしていたが、やがて俺の足元に跪いた。

「はい。殿下。お慕い申し上げております」

つま先から、指先にまでビリビリと電流が流れた。
嬉しすぎて、口からは甘い吐息しか出ない。
ぽたぽたと、薄絹の衣に涙の雫が滴った。

「……あっ、うっ……嘘じゃないな、ほ、本当だなっ」
「もちろんですとも。デイトリヒ殿下。私は嘘は申し上げませぬ」
「……うっ、俺も、俺もだダグラス、ずっと好き、う、うー」

思わず泣いてしまった俺の頭を、優しく撫でてくれた。
目線の高さを俺に合わせて、ダグラスは地面に膝をつく。膝が汚れるのも厭わずそうしてくれた。

「……殿下のお気持ちはずっと察しておりました。この老骨では相応しくないと思い、知らぬふりをして参りましたが……殿下、お許しを。私も我慢が限界なのです」

嬉しくて、泣きながら何度も頷く。
マクスウェルの手がその涙を拭い、頬を撫でる。堪らなくて、その手を掴んで頬擦りをした。剣を握る為の硬い手のひらが、愛おしい。

「……殿下、お身体に触れるのを、許してくださいますか?」
「ああ、俺の……俺の初めてを貰って欲しい」

優しく微笑むマクスウェルの手に、俺は指を絡めてぎゅうと握る。
そして、その指先に口付けをした。

「俺の童貞を、マクスウェルに捧げさせてくれ」
「………………………はっ!そ、そちらですか!?」


こうして、薔薇園で俺はマクスウェルを初めて抱き締めた。
硬い身体は男を受け入れるものではなかった。拙い子どもの愛撫では、きっと大変な思いをしただろう。
それでも、ちゃんと結ばれる事が出来たのは、ひとえにマクスウェルの我慢と根気強い指導のおかげだった。


それから、10年。
俺達はずっと秘密の関係だった。
大事な『友人』ダグラス・マクスウェル。
世界一愛しいマクスウェル。

突然彼が俺の前から消えたのは、俺が25歳の時。
俺達の関係に気付いた父上が、マクスウェルを戦地に送ったからだった。

「お前の為だ。マクスウェルも理解してくれた。今は辛かろう。だが、距離を置けば、後は時間が解決してくれる」

そう言って偽善者らしく俺の肩を摩る父には、殺意しか湧かなかった。
何を言おうとも、この俺からマクスウェルを奪い去った事は変わらない。
この父親面した汚ない親父は、腹の底でどうせ俺を嘲笑っていたのだ。
大事な男一人守れぬ俺を、見下していたに違いない。


そして、3ヶ月もしない内に……棺が届いた。

マクスウェルの棺が。

戦場から戻った兵卒達が、大事そうに運んできたそれを見て……足元が、地面が、全てが崩れ落ちたような感覚を覚えて膝をつく。
はじめは棺は閉じられていたが、一目でその中に居るのはマクスウェルだと分かった。

飛びついて、誰よりも先に棺の蓋を開ける。

マクスウェルは、死に姿も美しかった。
真っ白になった髪も。皺が増えた肌も。命を失い抜け殻になり、腐敗を始めていてもなお、美しかった。

「……デイトリヒ。手紙が付いておった。……マクスウェルを討ち取った敵将からだ。マクスウェルは武人として立派に散ったのだ。誇ってやれ。お前の愛した男は、国一番の勇者だ」

そんな父の言葉は、大して俺の心には響かない。武人としての死など、何の意味がある。俺の『友人』として、天寿を全うするまで生きて側に居て欲しかったのだ!

「……手紙を見せろ」

父に手渡された手紙は、イスタの将軍オルガ・ローレンスタからのものだった。

『誇り高き武人に敬意を表し、首は取らずお返しする』

その短い手紙を、俺は握り締めた。ゴリッと嫌な音と激痛。口の中に血の味が広がる。
噛み締め過ぎた奥歯が折れたのだ。

「敵将とはいえローレンスタ将軍は立派な方だ。こうして、マクスウェルを綺麗な姿で還してくれた。国葬で見送ろう」

父はそう言う。

葬儀の最中もそうだ。「ローレンスタ将軍は正々堂々とした武人だ。盾の英雄と呼ばれるだけの事はある」「マクスウェル大将はアイルザンの英雄だ」
と、そんな口触りの良い言葉ばかりが耳についた。

マクスウェルの死を悲しんで居たのは、きっと彼の遺族と俺だけだ。
この華々しい英雄達の美談は、アイルザンの歴史に刻まれ、語り継がれるのだろう。
その裏に、大事な人を失い泣いた者がいる事などは、すぐに忘れ去るくせに。


何が英雄だ。

命を失い冥府に堕ちた英雄は、もう誰も愛せない。

もう俺が愛してやる事も出来ない。


その一年半後。
まず復讐の手始めとして、俺は父親を嬲り殺し地獄に堕として、皇帝の座を奪った。

そして、さらにその半年後。


オルガ・ローレンスタを性奴隷に堕とした。



*****


「……お、目覚めたようだぜ」
「なんだ、こいつ。泣いてるぞ」
「この程度で気を失うなんて、だらしがないな。ローレンスタ将軍は一晩で十人でも相手をしたぞ」

夢から醒めた俺を待って居たのは、そんな嘲笑いだった。
一瞬自分の状況が理解できず困惑したが、すぐに下肢の激痛と尻から溢れる温い粘液の感触に全てを思い出す。

ルイス・ディスター准将が起こした謀反は、反乱軍側が勝利した。
そして俺は、ディスターに鎖でベッドに縛り付けれたままの姿で見つかってしまい、そのままこうして凌辱を受けたのだ。

(マクスウェル……ここには、マクスウェルしか……クソッ、クソッ!)

少年時代に数回だけだが、強く望まれてマクスウェルに抱かれた事があった。
あの時は俺がマクスウェルを抱きたいのにと悔しかったが、こうなった今は良かったと思う。
こんな下衆な下郎どもに、処女を奪われる羽目にはならずに済んだからだ。
だが、もう随分昔の事だからか、慣れていない俺の尻は乱暴な行為に傷が付き、尻から溢れる奴らが出した精液に赤いものが混ざっている。

「……お綺麗な皇帝陛下を犯せるなんて、たまらねぇな」

一人の男が、ニヤニヤと自らの性器を扱きながらまた俺にのしかかってくる。

「……ッ……」

ぬぷっと、精液塗れの俺の尻穴に男の汚ない一物が埋まる。
男は、おうっおうっと情け無い声をあげながら、みっともなく腰を振る。
臓腑を掻き回される激痛と不快感、そして何より恥辱と屈辱にこの身が裂けそうな苦痛を感じた。

「くっ……キツ……だが、ローレンスタ、将軍の、方が、具合が良かったぜ。どうだ、陛下。自分がローレンスタ将軍に、したのと同じ目に遭わされる、気分は。これからはあんたが俺らの、性処理係だ、はははっ」

嗜虐的に顔を歪めて、男は俺を犯しながら嘲笑う。狭い俺の体内をぐぷっぐぷっと男の性器が抉る度、散々出された精液が溢れてきた。

俺がオルガに与えた苦痛が俺に返ってきた事に、どうしても納得が出来ない。
世界一大事なマクスウェルを奪い去った男だ。憎い。憎くて憎くて、堪らない。
奴に妻や子がいれば、そいつらを八つ裂きにして殺し俺と同じ想いをさせてやっただろう。だが奴は親しい相手もいない。
剣と結婚したような男だからだ。
さらに奴は自身の死は恐れない。殺しても楽にするだけだろう。
だから、奴が命より大事にしている武人の誇りを奪い去ってやった。

性奴隷として晒され、あの美談も霞むほどの軽蔑の対象にしてやるのが、復讐だと思った。

この復讐は俺の正当な権利だ。

それが、なぜ俺に因果応報する。
理解が出来ない。

「……ぐ………ッ……」
「お、イク……出る!」

ぶびゅっと、男の性器が俺の体内で精を吐いた。
気色が悪い。
昔マクスウェルに抱かれた時は、ちゃんと気持ちが良かった。優しく大事に抱いてくれたからだ。
中に出された時も、不思議と心地よさすら感じたものだ。
だが、別の男の精子など、吐き気がする。

「はー。皇帝陛下の中に出す日が来るなんてな……」

ぬぽんと萎えた性器が抜かれ、尻からダラダラ精子が溢れる。
それを拭うことすらせず、すぐに別の男が覆いかぶさって来る。男の手が俺の萎えたままの性器に触れた。

「全く反応してねぇな」
「はは、そりゃ、前戯無しでぶち込んで回してんだ。これで勃ったら変態だ」
「まあいいや。毎日毎日回してりゃ、慣れて勝手に善がるようになるだろ」

この男達は、俺がオルガにしたような教育もする気はないようだ。
物のような扱いに、頭が沸騰しそうな怒りを覚える。

復讐してやる。
貴様ら全員、目にもの見せてくれる。

自分を犯す男達の顔を忘れぬよう目に焼き付けながら、俺はまた気を失うまで一晩中犯されつづけた。
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