憎し憎しや皇帝陛下

みや いちう

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龍王の闘い

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 龍王はわざと大きな声で威嚇し、弓矢をかかげて凄まじい速さで敵に向かっていく。その怒気と覇気と恐ろしさに、敵兵が一人、また一人と逃げ散っていく。残された者も、弓矢の毒のおぞましさを知っているので、かたかた震え、次の弓をはじく指がかからない。
「うおおおおおおお」
「ひいいいいいいいいいい」
 烏合の衆とは弱いもので、敵兵はこうして散らばって逃げていった。
「……終わったぞ、碧玉」
「え、ええ……」
 そう呟いた碧玉は、四阿へ迎えにきた龍王の腕をとって、そのままへたりこんだ。
「大丈夫か」
「だ、大丈夫よ! 別に、怖くて腰が抜けたとか……」
 碧玉の眼にしずくが次々たまってゆく。
「あんたが無事でよかったとか、そんなこと、少しも、思っていないんだから!!」
 この嘘つきを龍王は心底愛しくなって、ぎゅうと力強く抱き留めた。
「……いや、離してっ」
「嫌だといったら筝で殴るのか」
「……ぐーで殴ってやるわ、あんたなんか」
  その時、庭中に拍手の音が鳴り響いた。見ればなんと先ほどの敵兵を引き連れた、自分の伯母が、にこやかにこちらへ喝采を浴びせているではないか。龍王は唖然とした。
「伯母上……まさか、あなたが仕組んだのか?」
 果林公主はにこやかに口の端をあげる。
「そうです。あなた様に、女を守ることによって変わって頂きたくて。これは一種の、試練でした」
試練で毒薬を矢に練り込むのか……龍王の顔は依然としてはれない。果林はくす、微笑して竜王の手を碧玉よりはがす。
「さあ、試練はもう終わりです。あなた様も、女を守るお遊びは楽しまれたでしょう? 我が屋敷に帰りましょう。さっそく、婚儀の手筈を整えなければ」
「婚儀?」
 訝し気に問い直す甥御へ、伯母が余裕を匂わせて微笑む。
「そうですよ。あなた様も男に目覚められたからには、よきおなごを妻として迎え、家を栄えさせなければ。碧玉、ご苦労様でした。さがってよろしいわ」
「なっ」
「そういうことよ、龍王殿下」
 兵の後ろに下がっていた碧玉が、少し寂し気に、にこりとする。
「私はあなたが良心と女に目覚めるための道具に過ぎないの。あなたは立派に今目覚められた。もう私は用済みよ。元気で、皇帝争い、頑張ってね。最後に私を抱きしめてくれて、ありがとう」
 碧玉の笑みは、まるで今を最後と思わせる、末期の哀しみが感ぜられた。事実、そうであろう。果林はあの白蓮をもおびやかした女傑。用済みになった道具は、すみやかにこの世から捨て去るのが彼女の常とう手段だ。
「さようなら、未来の皇帝陛下」
 そう言って、踵を返した碧玉へと、龍王は手を伸ばした。そして振り向いた涙で濡れた顔に、口づけを落とした。
まあ、と思わずあの果林も顔を引きつらせる。
「伯母上、かような試練を与えてくださり、ありがとうございます。このおなごは私の唯一にして最後の正妻にいたします。私にふさわしいおなごを迎えさせてくれて、感謝いたします」
 龍王はそう高らかに宣言して、引きつって動かない果林の顔を見据えた。果林は青筋をたてて怒っている。だが、貴婦人としての嗜みも忘れないで、雁を落とすような声音で、こう言った。
「まったく、あなた様に、今後どのような試練が襲ってもしりませんからね。今度の試練は私のような甘い試練ではございません。ご覚悟遊ばせ」
「無論、承知しております」
 龍王は決意を秘めた笑顔で頷いた。果林、また嘆息する。彼女は兵を引き連れ、屋敷へと去っていった。
「さて、碧玉よ」
 「あ、あんた……」
 碧玉が龍王の腕の中で、わなわな震えながら怒り狂っている。
「馬鹿じゃないの!? 皇帝になるには頼りになる外戚をもってこそよ! それなのにこんな私を妻とするなんてっ私は貧乏貴族で父もないのに!! ほら、今すぐ伯母さまに謝ってきなさいよ!! ほら、早く……」
 碧玉の紅いその唇が、龍王によってふさがれた。龍王は優しく笑んで碧玉を離そうとしない。
「そんなことより、もう帰るぞ。一緒に飯を食おう」
「帰るって、どこに……」
「無論、俺の家だ。お前は俺の妻になったのだから」
 そう言ってこつん、と碧玉の額をこづく龍王。碧玉はもう! と赤くなりながら、涙した。それからゆっくりと手を繋いで二人は歩き出した。
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