憎し憎しや皇帝陛下

みや いちう

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暗躍

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その頃、屋敷の自室で水晶を使い凛鳴を操っていた白幻に、あわただしい足音が耳に入った。
「どうした」
 その栗毛の髪を肩まで伸ばした白幻へ、家臣が耳打ちした。
「殿下、大変でございます! こんな時に客人がまいりました」
「そんなの、断ればいいじゃないか」
 それが……と家臣の顔が緊張でこわばる。
「あの、果林公主がこの屋敷を探索したい、との仰せで、おいそれとお断りできません」
「なんだとお!」
 広間にはすでに、十は数える家臣を連れて、先の王の思い人、果林公主が威あるたたずまいで彼を見据えた。
「ごきげんよう、白幻殿下。わたくし、第四皇太子殿下の伯母、果林と申します」
 それから間髪おかず、果林公主は。
「この家から失礼ながら、呪術の匂いがいたしますゆえ、家内を調べさせて頂きますよ」
「何を勝手に……!!」
 怒号を飛ばす白幻に、まるで微塵も屈さず、果林は言った。
「もし、もしあなた様が、不思議な力を用いて人を操り呪わば、あるいはそれが皇太子さまであれば、これ、天下の重罪。車裂きは、逃れられませんよ」
「くっ」
 栗毛色の髪をかきむしり、白幻は仕方なく呪に用いた蛙をひねり潰した。
「龍王め、卑怯な手を使う! だが、この次は必ず」

 「そういう訳で、証拠は見つからず、白幻を捕らえることは出来ませんでした。まことに、申し訳なく思っております」
 白幻の家からこちらへ直行した伯母へ、龍王は感謝の念を込めて言った。
「いえ、こちらこそ、元に戻った凛鳴が、解毒をすぐさま調合し、碧玉に呑ませたので、なんとか難事を乗り越えることが出来ました。ありがとうございます」
 その碧玉は別室にて、意識を取り戻したあとでの、深い眠りに入っている。毒薬で命もあわや、というところまでいったのだ。寝付くのも無理はないであろう。
「しかし伯母上、よくわかりましたね。白幻が呪術をかけていると」
「わたくしはあらゆるところへ間者を飛ばしているのです。その間者が知らせてくれました」
 そうだったのか……。さすがは伯母上、といえど、やはりこの女人は怖い。
 「殿下、奥方様がお目覚めになりました」
  すっかりまなざしも変わり穏やかになった凛鳴が、二人のいる客間に知らす。
「ではわたくしはこれにて。ああ、そうそう、龍王殿下」
 席を立った果林公主が、最後に付け加えた。
「間者によれば、第一皇子天狼、および第二皇子幽來が、あなたの存在に興味をもっていると言います。興味、と申しても、決して、よい意味の興味ではないことを、重々承知しておいで遊ばせ」
「はい、伯母上」
 龍王が頷くと、果林は輿に乗って去っていった。

「具合はどうだ、碧玉」
 目覚めた妻を見舞いに、龍王は碧玉の自室へと足を踏み入れた。そこで碧玉は起き上がり、半身を褥の枕に預けていた。
「少しは元気も出たか?」
「出る訳ないじゃない」
 彼女の美しい眉が顰められて。
「あんた、私はね、怒っているのよ。たかだか妻の一人が毒を盛られたからって、あんなに動転して、敵の言うことを丸のみにしようとして!! このおバカ! そんなに優しかったら、皇帝争いなんてうまくいかないわよ! もっと冷酷にならなくては……」
 あなたのお父上様みたいに……。そうまで言わずに、碧玉は口をつぐみ龍王を見据えた。龍王がふっと、微笑む。
「あいにく、俺が似ているのは顔立ちだけで、あとは無邪気でお人よしと言われた母に似たのかもしれんな」
「な、でも……」
「本当さ。お前もいない玉座などこの世など、興味はないよ」
「! あんたったら、大好きっ。じゃない!! 大嫌い、だったわ」
 慌てて訂正を施す碧玉へ、龍王がまたにこやかに、牡丹のほころぶように笑んだ。
「おやおや、まだ薬が残っているのかな。どれ、俺が毒をといてやろう。接吻すれば少しは毒も消え去るのではないか?」
「何よその理論! って、褥に勝手に入ってこないでよっ誰かっ誰か筝をもってきてっ筝をー!!」
 これを部屋の外から聞いていた凛鳴は、
「まったく、犬も食わない……」
 そう呟いて、箒を見つけて部屋の扉をたたいた。
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