8 / 13
暗躍
しおりを挟む
その頃、屋敷の自室で水晶を使い凛鳴を操っていた白幻に、あわただしい足音が耳に入った。
「どうした」
その栗毛の髪を肩まで伸ばした白幻へ、家臣が耳打ちした。
「殿下、大変でございます! こんな時に客人がまいりました」
「そんなの、断ればいいじゃないか」
それが……と家臣の顔が緊張でこわばる。
「あの、果林公主がこの屋敷を探索したい、との仰せで、おいそれとお断りできません」
「なんだとお!」
広間にはすでに、十は数える家臣を連れて、先の王の思い人、果林公主が威あるたたずまいで彼を見据えた。
「ごきげんよう、白幻殿下。わたくし、第四皇太子殿下の伯母、果林と申します」
それから間髪おかず、果林公主は。
「この家から失礼ながら、呪術の匂いがいたしますゆえ、家内を調べさせて頂きますよ」
「何を勝手に……!!」
怒号を飛ばす白幻に、まるで微塵も屈さず、果林は言った。
「もし、もしあなた様が、不思議な力を用いて人を操り呪わば、あるいはそれが皇太子さまであれば、これ、天下の重罪。車裂きは、逃れられませんよ」
「くっ」
栗毛色の髪をかきむしり、白幻は仕方なく呪に用いた蛙をひねり潰した。
「龍王め、卑怯な手を使う! だが、この次は必ず」
◆
「そういう訳で、証拠は見つからず、白幻を捕らえることは出来ませんでした。まことに、申し訳なく思っております」
白幻の家からこちらへ直行した伯母へ、龍王は感謝の念を込めて言った。
「いえ、こちらこそ、元に戻った凛鳴が、解毒をすぐさま調合し、碧玉に呑ませたので、なんとか難事を乗り越えることが出来ました。ありがとうございます」
その碧玉は別室にて、意識を取り戻したあとでの、深い眠りに入っている。毒薬で命もあわや、というところまでいったのだ。寝付くのも無理はないであろう。
「しかし伯母上、よくわかりましたね。白幻が呪術をかけていると」
「わたくしはあらゆるところへ間者を飛ばしているのです。その間者が知らせてくれました」
そうだったのか……。さすがは伯母上、といえど、やはりこの女人は怖い。
「殿下、奥方様がお目覚めになりました」
すっかりまなざしも変わり穏やかになった凛鳴が、二人のいる客間に知らす。
「ではわたくしはこれにて。ああ、そうそう、龍王殿下」
席を立った果林公主が、最後に付け加えた。
「間者によれば、第一皇子天狼、および第二皇子幽來が、あなたの存在に興味をもっていると言います。興味、と申しても、決して、よい意味の興味ではないことを、重々承知しておいで遊ばせ」
「はい、伯母上」
龍王が頷くと、果林は輿に乗って去っていった。
◆
「具合はどうだ、碧玉」
目覚めた妻を見舞いに、龍王は碧玉の自室へと足を踏み入れた。そこで碧玉は起き上がり、半身を褥の枕に預けていた。
「少しは元気も出たか?」
「出る訳ないじゃない」
彼女の美しい眉が顰められて。
「あんた、私はね、怒っているのよ。たかだか妻の一人が毒を盛られたからって、あんなに動転して、敵の言うことを丸のみにしようとして!! このおバカ! そんなに優しかったら、皇帝争いなんてうまくいかないわよ! もっと冷酷にならなくては……」
あなたのお父上様みたいに……。そうまで言わずに、碧玉は口をつぐみ龍王を見据えた。龍王がふっと、微笑む。
「あいにく、俺が似ているのは顔立ちだけで、あとは無邪気でお人よしと言われた母に似たのかもしれんな」
「な、でも……」
「本当さ。お前もいない玉座などこの世など、興味はないよ」
「! あんたったら、大好きっ。じゃない!! 大嫌い、だったわ」
慌てて訂正を施す碧玉へ、龍王がまたにこやかに、牡丹のほころぶように笑んだ。
「おやおや、まだ薬が残っているのかな。どれ、俺が毒をといてやろう。接吻すれば少しは毒も消え去るのではないか?」
「何よその理論! って、褥に勝手に入ってこないでよっ誰かっ誰か筝をもってきてっ筝をー!!」
これを部屋の外から聞いていた凛鳴は、
「まったく、犬も食わない……」
そう呟いて、箒を見つけて部屋の扉をたたいた。
「どうした」
その栗毛の髪を肩まで伸ばした白幻へ、家臣が耳打ちした。
「殿下、大変でございます! こんな時に客人がまいりました」
「そんなの、断ればいいじゃないか」
それが……と家臣の顔が緊張でこわばる。
「あの、果林公主がこの屋敷を探索したい、との仰せで、おいそれとお断りできません」
「なんだとお!」
広間にはすでに、十は数える家臣を連れて、先の王の思い人、果林公主が威あるたたずまいで彼を見据えた。
「ごきげんよう、白幻殿下。わたくし、第四皇太子殿下の伯母、果林と申します」
それから間髪おかず、果林公主は。
「この家から失礼ながら、呪術の匂いがいたしますゆえ、家内を調べさせて頂きますよ」
「何を勝手に……!!」
怒号を飛ばす白幻に、まるで微塵も屈さず、果林は言った。
「もし、もしあなた様が、不思議な力を用いて人を操り呪わば、あるいはそれが皇太子さまであれば、これ、天下の重罪。車裂きは、逃れられませんよ」
「くっ」
栗毛色の髪をかきむしり、白幻は仕方なく呪に用いた蛙をひねり潰した。
「龍王め、卑怯な手を使う! だが、この次は必ず」
◆
「そういう訳で、証拠は見つからず、白幻を捕らえることは出来ませんでした。まことに、申し訳なく思っております」
白幻の家からこちらへ直行した伯母へ、龍王は感謝の念を込めて言った。
「いえ、こちらこそ、元に戻った凛鳴が、解毒をすぐさま調合し、碧玉に呑ませたので、なんとか難事を乗り越えることが出来ました。ありがとうございます」
その碧玉は別室にて、意識を取り戻したあとでの、深い眠りに入っている。毒薬で命もあわや、というところまでいったのだ。寝付くのも無理はないであろう。
「しかし伯母上、よくわかりましたね。白幻が呪術をかけていると」
「わたくしはあらゆるところへ間者を飛ばしているのです。その間者が知らせてくれました」
そうだったのか……。さすがは伯母上、といえど、やはりこの女人は怖い。
「殿下、奥方様がお目覚めになりました」
すっかりまなざしも変わり穏やかになった凛鳴が、二人のいる客間に知らす。
「ではわたくしはこれにて。ああ、そうそう、龍王殿下」
席を立った果林公主が、最後に付け加えた。
「間者によれば、第一皇子天狼、および第二皇子幽來が、あなたの存在に興味をもっていると言います。興味、と申しても、決して、よい意味の興味ではないことを、重々承知しておいで遊ばせ」
「はい、伯母上」
龍王が頷くと、果林は輿に乗って去っていった。
◆
「具合はどうだ、碧玉」
目覚めた妻を見舞いに、龍王は碧玉の自室へと足を踏み入れた。そこで碧玉は起き上がり、半身を褥の枕に預けていた。
「少しは元気も出たか?」
「出る訳ないじゃない」
彼女の美しい眉が顰められて。
「あんた、私はね、怒っているのよ。たかだか妻の一人が毒を盛られたからって、あんなに動転して、敵の言うことを丸のみにしようとして!! このおバカ! そんなに優しかったら、皇帝争いなんてうまくいかないわよ! もっと冷酷にならなくては……」
あなたのお父上様みたいに……。そうまで言わずに、碧玉は口をつぐみ龍王を見据えた。龍王がふっと、微笑む。
「あいにく、俺が似ているのは顔立ちだけで、あとは無邪気でお人よしと言われた母に似たのかもしれんな」
「な、でも……」
「本当さ。お前もいない玉座などこの世など、興味はないよ」
「! あんたったら、大好きっ。じゃない!! 大嫌い、だったわ」
慌てて訂正を施す碧玉へ、龍王がまたにこやかに、牡丹のほころぶように笑んだ。
「おやおや、まだ薬が残っているのかな。どれ、俺が毒をといてやろう。接吻すれば少しは毒も消え去るのではないか?」
「何よその理論! って、褥に勝手に入ってこないでよっ誰かっ誰か筝をもってきてっ筝をー!!」
これを部屋の外から聞いていた凛鳴は、
「まったく、犬も食わない……」
そう呟いて、箒を見つけて部屋の扉をたたいた。
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる