『埋蔵金、まだ眠っています』

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第4話「開けてはいけない財布は、まだ開いていない」

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第4話「開けてはいけない財布は、まだ開いていない」

動画タイトル:「#2:徳川埋蔵金を掘ってみたら“何か”が出た」
投稿日:2025年5月12日 午前3時12分
再生数:541,731回(投稿から12時間)
いいね:11,003 低評価:2,109
コメント数:14,338件

バズっていた。
スマホを見れば見るほど、数字が化け物みたいに跳ね上がる。TikTokの切り抜き動画が勝手に拡散され、まとめサイトにまで取り上げられ、「あの財布は開けてはいけない」タグが生まれた。
見たこともないようなノイズ混じりのスクショ画像がツイートされ、視聴者が勝手に“動画内に映った幽霊”の輪郭を加工して拡大していた。

だが、コウタの心臓は、まったくバズっていなかった。

部屋の隅。棚の上に置いた、あの黒くてぬめっとした財布。
本革──だろうけど、明らかに“今のもの”ではない。
江戸のもの?それにしては状態が良すぎる。型崩れひとつない。誰かが保存していたようにも見える。

開けようとしたのは、昨夜のことだった。
撮影の準備はした。三脚、LEDライト、マイク、全て整えた。動画のタイトルとサムネイルも先に作っておいた。
「※ガチで呪われた※開けてはいけない財布、開けます」──釣りタイトルには慣れている。でも今回は、正直“自分自身が釣られた”気分だった。

ファスナーをつまむ。
……その瞬間、喉の奥がひゅっと縮まった。

「まじで……なんなんだよ、これ……」

触ってるだけなのに、なんか気分が悪い。胃がざわついて、心臓が“イヤな汗”をかいてる感じ。こういうのを、昔の人は“腸が告げる”って言ったっけ?

手を離した。

その日の動画は、開封する直前までの映像を切り貼りして、ノイズをかけて投稿した。
結果、それが逆に視聴者の妄想を刺激し、現象が“本物”に見えた。コメント欄は恐怖の遊園地と化した。

「あの瞬間、ファスナー動いたよな?誰か他に見てない?」
「女の声入ってる。23分15秒あたり。『それはわたしの……』って聞こえる」
「つーかこの財布、戦争関係ない?昭和の亡霊?」
「やばい、見てたら頭痛してきた。これマジのやつじゃね?」

その夜、コウタは眠れなかった。
部屋の明かりを消せなかった。
あの財布が視界に入る。寝転んでも、布団にくるまっても、目を閉じても、なぜか“位置を知っている”感覚がある。まるで、財布のほうから見てきているような。

いや、違う。それはない。そんなオカルトあるわけがない。
だが、それでも心は逃げられなかった。

母親に電話したのは、午前3時半ごろだった。

「……なあ、うちってさ、山梨に親戚いたっけ?」

「は?なによ急に」

「いや、ちょっと変なもん掘り当ててさ……。山ん中に、なんか古いもの……。徳川とか言われてるっぽい」

「徳川?またバズり狙いでしょ。もうアンタ、やめなさいよそんなの。前も警察沙汰になったじゃない」

「今回はガチなんだよ……なんか、おかしいんだって。音が入るんだよ。女の声とか、電源勝手に落ちるし……」

「……」

「おばあちゃん、昔どっか疎開してたって言ってたよな? 山梨だった?」

「……確かに、戦時中に身延(みのぶ)の方にいたって聞いたけど、それが何か関係あるの?」

「わかんねえ……でも、もしかしたら……」

その会話は、途中でスマホが強制的に再起動して終わった。

「は?」と叫んだときには、LINEの履歴も通話履歴もすべて消えていた。Wi-Fiも不通、なぜかアプリも複数消えていた。
スマホの壁紙が、黒背景に変わっていた。そこには文字があった。

【開けるな 話すな 戻れ】

午前4時。

窓の外に、猫の鳴き声がした。
だが、声は異常だった。
「ニャア」ではない。「ナアァ」「ナー……ア……」
あきらかに喉が潰れている。音が“人間の真似をしている”ような、不自然な鳴き方だった。

ベランダに出た。
街灯がちらついていた。風もないのに、植木鉢がゆらゆら揺れていた。
その下に──あの財布が、落ちていた。

いや、落ちたんじゃない。置かれていた。
ちゃんと、四角く水平に。まるで「見ろ」と言わんばかりに。

コウタは、膝を折ってそれを見下ろした。
ファスナーが、かすかに開いていた。そこから“何か黒い紙のようなもの”が飛び出しかけていた。
だがそれは、紙じゃなかった。
よく見ると、“髪の毛”だった。

「ふざけんなよ……」

叫びたかった。でも、喉が乾いて声にならない。
恐怖というより、“罪悪感”に近い何かが、背中を這い上がってきた。

玄関のチャイムが鳴った。
ピンポーン。……ピンポーン。ピンポーンピンポーンピンポーン。

「誰だよ……この時間に……」
インターホンのモニターには、何も映っていなかった。
誰もいない──それでもチャイムは鳴り続けていた。

鳴り止まない電子音に耐えきれず、ドアを開けた。

そこには、誰もいなかった。
ただ、玄関マットの上に──白い封筒が落ちていた。
無地。宛名も差出人も何もない。ただ、赤インクでこう書いてある。

「財布の持ち主は、まだ死んでいません。」

指先が震える。
意味が分からない。ただひとつ確かなのは、この“呪い”は動画のネタでは済まされないレベルに達し始めているということだった。

警察に行こう。
いや、精神科か? とにかく、誰か“現実”に近い人に会いたい。

財布は捨てた。
もう一度、今度は山に戻してきた。動画も全部削除した。コメント欄も閉じた。
「引退します」とだけSNSに残して、部屋にこもった。

──その夜。

ふと、目を覚ましたとき、部屋の電気が消えていた。ブレーカーが落ちたかと思ったが、スマホは明るく点灯していた。

画面に、LINEの通知が来ていた。
名前のないアカウントから、一枚の画像だけが送られてきていた。

それは──山の中。
前回動画を撮った、あの林。だがそこに、人の足が映っていた。
白い着物の裾。草履。古風な足元。

そして、その画像の下には、文字が一行だけ添えられていた。

「あなたの血筋は、すでに選ばれています」

叫び声を上げた。スマホを投げた。画面はひび割れた。
ふと、台所の床に目をやったとき、そこに“戻ってきた財布”が落ちていた。

いや、落ちていたのではない。
「開いて」いた。

中には──何かが、びっしりと詰まっていた。
紙?……いや、違う。
それは、ひとつひとつが人の顔のように見えた。
誰かの記憶を、削ぎ取ったような、湿った何かの残骸だった。

コウタはそのまま、気を失った。
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