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第三章【一日一度はメンタンピン編】

二十二打目◉奇跡を受け取る準備

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「見てたんだ。ラス前の手。難しい手だったよね!」と髙橋が少々興奮気味に話す。
「あれ! 私だったらシャボでリーチしちゃうんですけどダメですかね!」とアヤノも興奮していた。 
「アヤノうるさいぞー。もっとボリューム落として会話しろー」
 店長からお叱りを受けた。それはそうだ。ギャル雀とは言え雀荘。基本的には騒がしくしないのが常識なのである。ましてスタッフが騒がしくしていいわけがない。しかし、今はお客さんと会話しているのだからもう少し気を遣ってくれてもいいのではとも思った。
「あ、ごめんなさい!」
(…でね。私はシャボリーチ派です)
(悪くないと思うよ。多分それが一番多いんじゃないかとも思うし)
(じゃあなんであの時——)
(あの時なぜ④に手をかけれたのかって? それは結果見てたならわかるでしょ)
(でも、⑨ならまだしも)
(純チャンはあの時点で見えてた。それなら鳴いて仕上げても満貫になるという強みがあるし上家は親のないラス目だったから鳴けるとも思ってた)
(っ、そこまで考えて——)
(ツモ赤⑤での跳満とかもあるし)
(——たしかに)
(何よりメンゼンで仕上がった場合の最終形打点が半端じゃないからね。やる価値はあるよ。
 一発ツモ裏3は奇跡みたいな確率ではあったけど、それを目指すことによる裏目リスクは大した事ない差だったと思う。なら、目指す)
(……)
(奇跡ってのは、その可能性を見落としてない奴しか受け取れないもんなんだ。今回の逆転劇は幸運ではあるけど、偶然ではないって事! なんてな)


 ズギューーーーン!! と撃ち抜かれた気がした。(し、痺れる!!)夢追い系雀士とでも言おうか。とにかくすごい!

(た、髙橋さんは普段何してらっしゃるんですか)とアヤノは聞いた。メタの事がもう気になってしょうがないのだ。

 メタは小さな声で。
(えっと、日暮里にっぽりの富士って雀荘で遅番やってる)

(メンバーさんなんですね! しかも近くじゃないですか。今度行きますね)

(ありがとう。待ってるよ。…あ、ごちそうさま、今日も美味しかったよ)

(麻雀は仕事でやってるなら、うちにはわざわざ何で来るんですかぁ?)と、アヤノは意地悪な顔で言ってやった。アヤノに会いにきてるんだよ。と言って欲しかった。実際、この手の質問をしたら大抵の男はそう返してくれる。 
 
 しかし、メタは違った。

「アヤノさんの作るトーストを食べに来てるんだよ。キミの作るトーストは特別うまい」


(はーーー。もう、ダメだ)アヤノは思った。
 アヤノに会いにきてるとかは言われ慣れてきてるので準備があったが料理の事を言われたらキュンとしてしまう。
 だって料理はアヤノが最も頑張っていて、本当に褒めて欲しいポイントだから。

 メタは口の周りをティッシュで拭くと、「じゃあまた」と言って入り口にあるエレベーターを呼んだ。
「ありがとうございましたーー!」

 エレベーターに乗るメタにそう言いながら顔が耳まで赤くなってるアヤノがいた。
 鈍感なメタはそんなこと一切気付かないのだが。
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