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人魚の水槽
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「じゃあまた明日ね!」
「ばいばーい」
私は手を振って駅を後にする。友達はみんな電車通学。私は自転車の方が好きだから、いつもここでみんなと別れる。
ペダルを漕きだすと、雨の香りがした。青い草花と、湿った土の香り。じりじりと両腕に照りつける日光もきっともうすぐ姿を隠す。
「ただいまー!」
大きな声を掛けながら、スニーカーをぽいと脱ぐ。玄関を上がりかけて、ママが口酸っぱく言っていたことを思い出した。
「靴はちゃんと揃えること、ね」
お気に入りの赤いスニーカーを並べると、一回り大きな靴が視界に入った。こちらも言いつけを守っているようだ。
「颯人ー! いるなら返事しなー! お姉さまのお帰りだぞー!」
自室にいるだろう弟に階段の下から声を掛ける。全く、大きな家というのも困りものだ。こんなに声を張り上げないと兄弟にただいまも言えないなんて。どうせ自室にいるんだろうし、私が帰っているのも察してるのだから出てきてくれてもいいのにな。……いい加減。
「はーやーとー!」
「聞こえてるっつの!!」
苛立ち混じりの怒声と、部屋の扉が開く音。どすんどすんとだるそうに、打ちつける足音が近づいてくる。
「璃央が帰ってきたことぐらいわかってから、叫ぶのやめろ」
はあ、とため息が階段の二段上から落ちた。この男はため息と運命共同体みたいな人間だ。私が言うこと、ママやパパが言うこと、他人が言う事為す事全てにおいてまず一つ目にため息を吐く。
「いやー、家族のコミュニケーション? そういうの大事じゃん? って思って」
鬱陶しそうな長い前髪を払ってやる。
「ちょ、触んな」
「まあまあ、姉さんがちゃんとしてあげるから」
ポケットから取り出したイチゴのピンを、手櫛で整えた髪に止めてやる。
「こうしたら前、見えるでしょ」
「璃央」
急に頼りなくなった小さな声。
「はあい」
私は底抜けに明るい声を出してやる。
「……ありがと」
「いいってことよ。なんてったって、私は颯人の姉さんだからね」
「ああ、そうだったな」
もう、落ち着きを取り戻した颯人はひひっと笑った。照れ隠しの時にするこの笑い方には慣れっこだった。
食卓に並んだのは、ママお手製の唐揚げ、ポテトサラダ、それから甘い玉ねぎのお味噌汁。
私たちがリビングでくつろぎ始めて間も無く仕事から帰ってきたママは、これをあっという間に作ってしまったのだった。ママのごはんは私の最高に美味しいをいつも上書きする。どうやらそれは颯人も同じようで、彼もほかほかと湯気を立てる夕ごはんを目の前に、目をきらきらさせていた。
「あ、パパからメッセきた」
「もう着くってさ」
「あらあら、じゃあパパの分の取り分けは必要なかったわね」
私たち三人は同じメッセージを見せ合ってくすくす笑う。なんだかとても幸せで。当たり前の幸せってこういうことを言うんだな、なんてこっそり心の中で思った。
口に出すのは恥ずかしくて無理だった。
間も無くピンポーンとインターホンが軽快な音を立てた。
「はーい!」
率先して出た私の目に、カメラ越しで余計に膨らんで見えるパパの姿が映る。
「おかえり! パパ!」
「ただいま、マイファミリー!」
おどけた調子でパパが返す。私は可笑しくなってしまってげらげらと笑ってしまう。毎回のことなのにパパのこの言葉を聞くと私は必ず笑ってしまうのだ。
「もう、また璃央は笑ってるのね。パパを早く入れてあげなさいな」
呆れたふりをしたママが私の隣にやってきて、代わりにマンションのオートロックを解除する。
三分ほど待っていると、ガチャリと玄関の鍵が開く音がした。
「ただいま」
パパはふう、と息を吐いて重い体を揺らしながら靴を脱いだ。もちろん向きはきっちりと揃えて。
ママのパンプス、私のスニーカー、颯人ローファー、パパの革靴が一列に美しく並んだ。
「おかえりなさい、パパ」
私が声を掛けると額に大粒の汗をかいたパパは、目尻を下げて、私、颯人、ママの顔を一通りゆっくりと見渡した。
「ただいま、大事なマイファミリー」
ママは私たちの様子をにっこり眺めると、満足気にパンと手を鳴らす。
「さて、ごはんにしましょうか」
夕ごはんは家族みんなが出来るだけ一緒に食べること。それが私たちの家のルール。もちろん絶対にではないけれど、家族の中ですすんでそれを破ろうとする人はいなかった。
他にもルールはわりと沢山あったりする。でもそれは私たちが私たちであるために必要なものだから特に不自由だとは思わない。全然。
きっと私以外の、ママもパパも颯人もそう感じているはずだ。私たち家族は他の家より少しだけルールが多い。
「今日はどうだった?」
私と颯人は学校であったことを話すのが一日の流れになっている。これもルールの一つだった。まあ颯人は学校に行かないことも多いので、報告の度合いはまちまちだったけど。
今日は体育でバドミントンをしたとか、数学で当てられて間違えてしまったとかをママは楽しそうに聞く。薄いお化粧がぴたりと似合う綺麗な笑顔だ。
「ママはお仕事どうだった?」
そう尋ねると、ママはにっこりと完璧な笑みを浮かべた。
「ばっちり! 今日も全てが完璧だわ!」
溌剌とした音に私までも明るい気持ちになる。ママはいつも強くてクールな人だ。
「パパはどうだった?」
唐揚げを頬張り、膨らんだ頬に問う。パパはすぐさま私の質問に答えようとして、それから大きく咽せた。どうやら口に食べ物が入っているまま喋るのは良くない、と私が注意したことを思い出したらしかった。
「うん、パパも今日はいいことがあったな。お昼ごはんにママ特製のハートの卵焼きが入ってた!」
ばちん、とお返しとばかりに飛ばしたウインクは見事にママに避けられる。そんなことはお構いなしにはしゃいだ様子は子供のように無邪気で、私と颯人は思わず目を見合わせて笑ってしまった。パパはいつも私たちを優しく朗らかに照らしてくれる人なのだ。
ママもそんなパパを本気で嫌がってはいないのを私と颯人はわかっている。少しばかり大袈裟な感情表現をするパパと、しっかり者でクールなママを見ていると私はとてつもなく安心した心地がするのだった。
それはきっと、颯人も。
賑やかな食卓が片付いて、さっさとお風呂を済ませた。二階に上がると、颯人の部屋のドアは閉まっている。
どうせネットの海を泳いでいるのだろうと、私は自分の部屋に入る。
乾いた髪を梳かしながら、今日の出来事を思い返す。学校へ行って、授業を受けて、友達と喋って。なんてことはない、平凡な日常だった。
クローゼットから明日のブラウスを取り出して、プリーツを整えたスカートの隣に吊った。高校へ入学して、三ヶ月。周りの人たちより少しスタートは遅れてしまったが、この制服もすっかり見慣れてしまった。
私は今日一つだけ家族に言いそびれてしまったことを思い返す。言葉に乗せるほどでもないその出来事を。
それは、今日のお昼休みのことだった。
〝璃央って随分遠くから引っ越してきたって聞いたけど〟
入学早々仲良くなったグループの一人の言葉だった。
〝なんか聞いたことない地名だったよね? どんなところだったの?〟
どくり、と心臓が一度だけ大きく跳ねた。背中に冷たい汗が走っていく。彼女の発した言葉には純粋な興味しかないのはわかっていた。
だから、私はにっこり笑ってこう言った。
〝別に普通のとこ。 あ、ここより田舎だったけどね? 私転勤族だったから、思い出は少なくって〟
出来る限り軽い口調で言って、出汁の味が染み込んだ卵焼きを、口に放り込んだ。
彼女は私の答えに満足したらしくその話はそこでおしまいになる。会話は私が予定していた着地点に落ちたのだった。
ふ、っとゆっくり息を吐く。人間存外、他人には興味があるようで無いものだ。だからほんの少しの違和感なんて、自分たちの世界の延長線にあるとは気づかない。
例えば通りすがりに落ちている花の蕾とか、雨の降る前の湿った香りだとか、同級生の本当の名前とか。
それよりも自分たちの成績とか仕事とか恋愛とか日常に視界を埋められていて。私たちにとってそれはとても都合がいい。
だから私たちはその埋められた視界に上手く映らないように、潜り込むのだ。私たちの、「家族」のささやかな幸せのために。
初めが選べないのならば、後から自分で選べばいい。自分の不運を嘆く暇があるなら、自分の世界を自ら変えてしまえばいいのだ。自分の家族を、自分を愛してくれる家族を、自分が愛せる家族を一から作れば。
そんな世界を、自分を、望むことがなぜ悪い。
私たちは少しずつ完全な「家族」になりはじめている。完璧を願ったママも、不完全を愛したパパも、愛されることを知らなかった颯人も、家族を絵本の中でしか知らない私も。
赤の他人同士の私たちが、兄弟に、夫婦に、親子に、なりはじめている。
この幸せは、私たちの世界の空気は、何者にも脅かされてはならないのだ。
いつものごとく、夜になれば脳内を占めていく思考を慌てて振り払った。
私は今幸せで、当たり前の中にいて。そのことがどうしようもなく幸福で仕方がないのだ。こわいことは沢山あるけど、そんなのはママとパパ、それに颯人と私がいればなんだって上手くやり過ごしていけるはず。
心配性なのは、私の悪い癖だった。
もう一度だけ深く息を吸う。時計を見ると九時半だった。今日は日課のストレッチもやめて早く寝てしまおう。明日の教科書を鞄に詰めて、忘れ物がないかをチェックする。スマホを見ると、明日の英語の授業が嫌だという話でグループが盛り上がっていた。適当に二、三言葉を挟んで、ぽいと私と彼女たちを紐付けるそれをベッドに投げた。
ふわふわのタオルケットにくるまって、目を瞑る。柔軟剤のいい香りがほどよく眠気を誘ってくる。
今日も明日もまたその先も、薄い虹色のような夢の中にいたいとそう思った。私の願いはそれだけなのだ。
「ばいばーい」
私は手を振って駅を後にする。友達はみんな電車通学。私は自転車の方が好きだから、いつもここでみんなと別れる。
ペダルを漕きだすと、雨の香りがした。青い草花と、湿った土の香り。じりじりと両腕に照りつける日光もきっともうすぐ姿を隠す。
「ただいまー!」
大きな声を掛けながら、スニーカーをぽいと脱ぐ。玄関を上がりかけて、ママが口酸っぱく言っていたことを思い出した。
「靴はちゃんと揃えること、ね」
お気に入りの赤いスニーカーを並べると、一回り大きな靴が視界に入った。こちらも言いつけを守っているようだ。
「颯人ー! いるなら返事しなー! お姉さまのお帰りだぞー!」
自室にいるだろう弟に階段の下から声を掛ける。全く、大きな家というのも困りものだ。こんなに声を張り上げないと兄弟にただいまも言えないなんて。どうせ自室にいるんだろうし、私が帰っているのも察してるのだから出てきてくれてもいいのにな。……いい加減。
「はーやーとー!」
「聞こえてるっつの!!」
苛立ち混じりの怒声と、部屋の扉が開く音。どすんどすんとだるそうに、打ちつける足音が近づいてくる。
「璃央が帰ってきたことぐらいわかってから、叫ぶのやめろ」
はあ、とため息が階段の二段上から落ちた。この男はため息と運命共同体みたいな人間だ。私が言うこと、ママやパパが言うこと、他人が言う事為す事全てにおいてまず一つ目にため息を吐く。
「いやー、家族のコミュニケーション? そういうの大事じゃん? って思って」
鬱陶しそうな長い前髪を払ってやる。
「ちょ、触んな」
「まあまあ、姉さんがちゃんとしてあげるから」
ポケットから取り出したイチゴのピンを、手櫛で整えた髪に止めてやる。
「こうしたら前、見えるでしょ」
「璃央」
急に頼りなくなった小さな声。
「はあい」
私は底抜けに明るい声を出してやる。
「……ありがと」
「いいってことよ。なんてったって、私は颯人の姉さんだからね」
「ああ、そうだったな」
もう、落ち着きを取り戻した颯人はひひっと笑った。照れ隠しの時にするこの笑い方には慣れっこだった。
食卓に並んだのは、ママお手製の唐揚げ、ポテトサラダ、それから甘い玉ねぎのお味噌汁。
私たちがリビングでくつろぎ始めて間も無く仕事から帰ってきたママは、これをあっという間に作ってしまったのだった。ママのごはんは私の最高に美味しいをいつも上書きする。どうやらそれは颯人も同じようで、彼もほかほかと湯気を立てる夕ごはんを目の前に、目をきらきらさせていた。
「あ、パパからメッセきた」
「もう着くってさ」
「あらあら、じゃあパパの分の取り分けは必要なかったわね」
私たち三人は同じメッセージを見せ合ってくすくす笑う。なんだかとても幸せで。当たり前の幸せってこういうことを言うんだな、なんてこっそり心の中で思った。
口に出すのは恥ずかしくて無理だった。
間も無くピンポーンとインターホンが軽快な音を立てた。
「はーい!」
率先して出た私の目に、カメラ越しで余計に膨らんで見えるパパの姿が映る。
「おかえり! パパ!」
「ただいま、マイファミリー!」
おどけた調子でパパが返す。私は可笑しくなってしまってげらげらと笑ってしまう。毎回のことなのにパパのこの言葉を聞くと私は必ず笑ってしまうのだ。
「もう、また璃央は笑ってるのね。パパを早く入れてあげなさいな」
呆れたふりをしたママが私の隣にやってきて、代わりにマンションのオートロックを解除する。
三分ほど待っていると、ガチャリと玄関の鍵が開く音がした。
「ただいま」
パパはふう、と息を吐いて重い体を揺らしながら靴を脱いだ。もちろん向きはきっちりと揃えて。
ママのパンプス、私のスニーカー、颯人ローファー、パパの革靴が一列に美しく並んだ。
「おかえりなさい、パパ」
私が声を掛けると額に大粒の汗をかいたパパは、目尻を下げて、私、颯人、ママの顔を一通りゆっくりと見渡した。
「ただいま、大事なマイファミリー」
ママは私たちの様子をにっこり眺めると、満足気にパンと手を鳴らす。
「さて、ごはんにしましょうか」
夕ごはんは家族みんなが出来るだけ一緒に食べること。それが私たちの家のルール。もちろん絶対にではないけれど、家族の中ですすんでそれを破ろうとする人はいなかった。
他にもルールはわりと沢山あったりする。でもそれは私たちが私たちであるために必要なものだから特に不自由だとは思わない。全然。
きっと私以外の、ママもパパも颯人もそう感じているはずだ。私たち家族は他の家より少しだけルールが多い。
「今日はどうだった?」
私と颯人は学校であったことを話すのが一日の流れになっている。これもルールの一つだった。まあ颯人は学校に行かないことも多いので、報告の度合いはまちまちだったけど。
今日は体育でバドミントンをしたとか、数学で当てられて間違えてしまったとかをママは楽しそうに聞く。薄いお化粧がぴたりと似合う綺麗な笑顔だ。
「ママはお仕事どうだった?」
そう尋ねると、ママはにっこりと完璧な笑みを浮かべた。
「ばっちり! 今日も全てが完璧だわ!」
溌剌とした音に私までも明るい気持ちになる。ママはいつも強くてクールな人だ。
「パパはどうだった?」
唐揚げを頬張り、膨らんだ頬に問う。パパはすぐさま私の質問に答えようとして、それから大きく咽せた。どうやら口に食べ物が入っているまま喋るのは良くない、と私が注意したことを思い出したらしかった。
「うん、パパも今日はいいことがあったな。お昼ごはんにママ特製のハートの卵焼きが入ってた!」
ばちん、とお返しとばかりに飛ばしたウインクは見事にママに避けられる。そんなことはお構いなしにはしゃいだ様子は子供のように無邪気で、私と颯人は思わず目を見合わせて笑ってしまった。パパはいつも私たちを優しく朗らかに照らしてくれる人なのだ。
ママもそんなパパを本気で嫌がってはいないのを私と颯人はわかっている。少しばかり大袈裟な感情表現をするパパと、しっかり者でクールなママを見ていると私はとてつもなく安心した心地がするのだった。
それはきっと、颯人も。
賑やかな食卓が片付いて、さっさとお風呂を済ませた。二階に上がると、颯人の部屋のドアは閉まっている。
どうせネットの海を泳いでいるのだろうと、私は自分の部屋に入る。
乾いた髪を梳かしながら、今日の出来事を思い返す。学校へ行って、授業を受けて、友達と喋って。なんてことはない、平凡な日常だった。
クローゼットから明日のブラウスを取り出して、プリーツを整えたスカートの隣に吊った。高校へ入学して、三ヶ月。周りの人たちより少しスタートは遅れてしまったが、この制服もすっかり見慣れてしまった。
私は今日一つだけ家族に言いそびれてしまったことを思い返す。言葉に乗せるほどでもないその出来事を。
それは、今日のお昼休みのことだった。
〝璃央って随分遠くから引っ越してきたって聞いたけど〟
入学早々仲良くなったグループの一人の言葉だった。
〝なんか聞いたことない地名だったよね? どんなところだったの?〟
どくり、と心臓が一度だけ大きく跳ねた。背中に冷たい汗が走っていく。彼女の発した言葉には純粋な興味しかないのはわかっていた。
だから、私はにっこり笑ってこう言った。
〝別に普通のとこ。 あ、ここより田舎だったけどね? 私転勤族だったから、思い出は少なくって〟
出来る限り軽い口調で言って、出汁の味が染み込んだ卵焼きを、口に放り込んだ。
彼女は私の答えに満足したらしくその話はそこでおしまいになる。会話は私が予定していた着地点に落ちたのだった。
ふ、っとゆっくり息を吐く。人間存外、他人には興味があるようで無いものだ。だからほんの少しの違和感なんて、自分たちの世界の延長線にあるとは気づかない。
例えば通りすがりに落ちている花の蕾とか、雨の降る前の湿った香りだとか、同級生の本当の名前とか。
それよりも自分たちの成績とか仕事とか恋愛とか日常に視界を埋められていて。私たちにとってそれはとても都合がいい。
だから私たちはその埋められた視界に上手く映らないように、潜り込むのだ。私たちの、「家族」のささやかな幸せのために。
初めが選べないのならば、後から自分で選べばいい。自分の不運を嘆く暇があるなら、自分の世界を自ら変えてしまえばいいのだ。自分の家族を、自分を愛してくれる家族を、自分が愛せる家族を一から作れば。
そんな世界を、自分を、望むことがなぜ悪い。
私たちは少しずつ完全な「家族」になりはじめている。完璧を願ったママも、不完全を愛したパパも、愛されることを知らなかった颯人も、家族を絵本の中でしか知らない私も。
赤の他人同士の私たちが、兄弟に、夫婦に、親子に、なりはじめている。
この幸せは、私たちの世界の空気は、何者にも脅かされてはならないのだ。
いつものごとく、夜になれば脳内を占めていく思考を慌てて振り払った。
私は今幸せで、当たり前の中にいて。そのことがどうしようもなく幸福で仕方がないのだ。こわいことは沢山あるけど、そんなのはママとパパ、それに颯人と私がいればなんだって上手くやり過ごしていけるはず。
心配性なのは、私の悪い癖だった。
もう一度だけ深く息を吸う。時計を見ると九時半だった。今日は日課のストレッチもやめて早く寝てしまおう。明日の教科書を鞄に詰めて、忘れ物がないかをチェックする。スマホを見ると、明日の英語の授業が嫌だという話でグループが盛り上がっていた。適当に二、三言葉を挟んで、ぽいと私と彼女たちを紐付けるそれをベッドに投げた。
ふわふわのタオルケットにくるまって、目を瞑る。柔軟剤のいい香りがほどよく眠気を誘ってくる。
今日も明日もまたその先も、薄い虹色のような夢の中にいたいとそう思った。私の願いはそれだけなのだ。
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