アララギ兄妹の現代怪異事件簿

鳥谷綾斗(とやあやと)

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壱.【工藤家の怪異①】オンライン除霊の章

オンライン除霊の方法と効果

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 翌日。

 花冷えが残る春の朝、あたしは歩望とコンビニに出かけた。
 家を出る時は歩望は渋ったけど、一人で留守番させるのは心配だし、桃吾くんが勧めてくれた。

 ――除霊は気力が大きく関わります。

 拝み屋兄妹の言い争いがひと段落した後、桃吾くんは気を取り直して話を続けた。
 あたしもオンライン除霊を止めるつもりはなかった。一刻も早く解決したい。

 ――外の空気を吸って体を動かして、血の巡りをよくして、気力を回復してください。

 血の巡りとかおじいちゃんみたいなこと言うな、と思った、けど。

「なあなあ、あの木、桜がちょっとだけ残ってる! うわぁ、でっかい毛虫!」

 久しぶりの外出で、歩望の瞳が見る見るうちに輝きを取り戻した。
 あたしもマスクつきだけど深呼吸した。全身に凝っていたものがじんわり解ける。
 来年はお花見とかできるといいな。――なんて、気持ちが明るくなる。

 なるべく人の少ない道を選んで、コンビニまでたどり着いた。
 お目当てはプリンタ。LINEを開いて桃吾くんに報告すると即レスされた。

【まずはお札の準備をします。ネットプリントの番号を書きますので、印刷してください】

「えっ、ネップリでお札印刷すんの!?」

 お札と言えば、短冊っぽい和紙に筆で手書きしたものというイメージが強い。

【本当は従来のものが望ましいのですが、仕方がありません】
【手書きのものを送ろうにも物流が滞っている状況ですし】
【大丈夫です】
【以前、調査現場でお札用の紙が無くなった際は、ハンバーガー屋さんのレシートと紙ナプキンで代用できましたから】

 確かに紙ではあるけど。
 ちなみにティッシュとトイレットペーパーでは効果なしだったそうだ。なんとなく分からなくもない。
 タッチパネルで番号を打って印刷したそれは、お札をイメージをさらに裏切るものだった。

「……綺麗」

 流麗なタッチの木の絵が描かれている。明暗のくっきりとした、繊細な切り絵のような。

【僕が描いたものですが、効果は師匠のお墨つきです】
「え、すごいね……?」
【文字バージョンもあります。各種五枚ずつ印刷してください】

 文字の方はいかにもお札といった風合いだった。
 お札二十枚分を刷り終えると、漫画雑誌を立ち読みしていた歩望を呼び寄せてコンビニを後にした。

 帰宅してさっそくお札作り。
 A4の紙に二枚分が印刷されているのをハサミを使わずに丁寧に手で折って切る。

「ほんとにこんな工作で大丈夫……?」

 不安がる弟に「大丈夫!」とことさら強く言った。半分は自分に向けていた。

【お札の準備ができたら、次は音です。工藤さん、サブスクのアプリは何をお使いですか?】

 アプリ名を答える。有名なやつだ。

【それなら、うちの祝詞が配信されていますから、検索してください】
「ちょっと待って、サブスクにお経とかあんの!?」
【お経ではなく祝詞ですが……でもお経もありますよ。般若心経とか】
「うわマジにあった!」

 そういえばカラオケにもあるわ……こんなことがなかったら一生検索しなかっただろうな。
『祝詞』はすぐに見つかり、再生した。

(綺麗な声……)

 落ち着いた濁りのない声音。
 馴染みはないけれど知っているような気がする言葉たちを、唄うように紡いでいる。
 感覚としては、朝靄の森林を散歩していて鳥のさえずりが聞こえてきたような……シャラン、という鈴の音が所々に入って、厳かな気持ちにさせた。

 最後まで聴き終えると、歩望が「もっかい聴きたい」と言い出した。
 渇ききった体に冷たい水がぐんぐん入り込むような心地よさ。
 ヒーリングミュージック、オルゴール……そんなものに近い。

【リラックスしていただけましたか?】
「うん。……なんかすごいね」
【僕の師匠の声ですから】

 LINEの文面だけなのに、桃吾くんがエッヘンと胸を反らせる姿が浮かんだ。ちょっと笑ってしまった。

【くりかえしますが、除霊にもっとも必要なのは気力、『絶対に負けない』という強い気持ちです】
【疲れた心では戦えません。陽の光を浴びて、体調を整えて、エネルギーをチャージしてください】

 作ったお札は、まずリビングの四方に貼った。残りはすべて掃き出し窓に。
 祝詞を小さめの音量でスピーカーから流して、あたしは高校の課題、歩望はドリルを解きながらその時を待った。
 LINEからテレビ画面のビデオ通話に切り替え、桃吾くんと繋ぎっぱにした。
 数学を教え合ったり、歩望の理科を見てもらったりしていたら、
 電話が鳴った。途端に空気が張り詰める。

『出てください』と桃吾くん。

 喉を鳴らし、受話器を取る。

『ぱ』――ブツン

「えっ?」

 あの声が一瞬だけ聞こえたと思ったら、電話が切れた。遮断されたようだった。

「お姉ちゃん、あれ!」

 歩望が指さす先には、さっきカーテンを開けてお札を貼りまくった掃き出し窓。
 ガラスの向こうに、大の字でへばりつく黒い人影があった。

 ……ぱ

 そう聞こえたかと思うや、黒い人影はふいに消えた。
 その代わりに、十六枚のお札が先端から徐々に黒ずんでいく。
 黒インクを染み込ませたように、綺麗な木の絵や文字がじわ、じわ……と黒く覆われる。

 歩望の手をしっかり握り、固唾を飲んであたしはその様子を見つめた。桃吾くんも同様だった。

 すべてのお札が黒くなり、一枚剥がれて、ひらりとフローリングの床に落ちた。
 黒い人影はどこにもない。
 安堵のため息と共に床に突っ伏しそうになったけど、桃吾くんが呼びかけた。

『三日です』

 彼は指を三本立てて断言する。

『ああいう手合いは三日間粘って、無理だと悟れば諦めます。明日と明後日を乗り切れば、アレをはね除けられます。……〈よみっち〉さんの憑依状態も、その頃には解けると師匠が言っていました』

 〈よみっち〉はお師匠さんがつきっきりで見ているらしい。
 ご高齢なのに大丈夫なのかな、とつい思ってしまった。

『明日と明後日、どうにか耐えましょう』

 あたしは強く頷いた。
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