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Shot07
しおりを挟むトルーチュ港。
活気が溢れるこの港には毎日あらゆる国籍の船が訪れる。
正規不正規を問わず入港するそれらの大半は禁輸品、違法薬物、犯罪者や亡命者などを積んでやって来る。
しかし、この街では奴隷だけやり取りが少ない。
各国が奴隷を禁止していない事もあり、わざわざトルーチュに運ぶ必要がない為でもある。
そんな木造帆船の貨物船や護衛の戦闘艦が並ぶ港、その中でも巨大な貨客船にオレ達は居た。
パーティー用と思われる綺麗な水兵服を来た船乗りに連れられて甲板へ上がる。
そこには間隔を開けて配置された丸テーブルに所狭しと並べられた数々のご馳走。
目をキラキラさせてヨダレを垂らしている吸血鬼に『待て』をさせて、目的の人物へと近づいていく。
彼はこちらを見つけると驚いた顔をしてこちらへと歩いて来た。
「……コチニール? パーピュア・コチニール! セニョリータ!!」
「お、お久しぶりです、セニョール」
両腕を広げてハグをして来る日焼けした肌の男性。
中年太りの抱擁に戸惑いながらも挨拶を返す。
温和な表情と丸いフォルム、整えられた口ひげが特徴のこの男こそ、マルティネス商会の商会長『フェデリコ・マルティネス』その人である。
「HAHAHA、パーピュア! 噂は聞いていたが、まさか本当に会えるとは。また会えて嬉しいよ」
フェデリコは両肩に手を置いてオレの姿を眺めると、少しだけ心配そうな表情になってしまった。
「しかし、君は10年前からあまり変わらないな。本当につい先日の事の様だよ」
「私にとっては10年です、セニョール」
この10年、まさに地獄と呼べる生活だった。
辛い記憶を思い出し顔を顰めるとフェデリコは悲しそうな顔をする。
「……そうだな、すまない。さっきの言葉は忘れてくれ。ところで、どうして君がここへ?」
「表向きはマーモット商会の代理でこちらへ」
「表向き? マーモット商会の支部長殿はどうされたのかな?」
「彼女、銀狐はその……商いが上手く行っているようで。代わりに私が」
「成程、それは羨ましい限りだ。では本来の要件は何かね?」
「10年前の事について」
オレの放った一言にフェデリコの顔が一瞬凍り付く。
すぐにフェデリコは悲愴な面持ちに変わり、彼は酷く落ちた声で喋り出した。
「……あぁ。あの件は我々としても非常に残念な出来事だった。君のお父上とは本当に良い仕事をやらせてもらったよ」
「裏切り者と恩知らず共の始末をしたい」
「……成程、あの件には我が商会も多大な損害を受けた。もちろん、我々も独自に調査も進めたんだが……」
「主犯格の大半は上位の貴族達、ですか?」
「あぁ、いち商会では手出しが出来ない。それに最終的実行犯が王家、いや国家とあっては……」
「構いません。是非ともそのリストを見せて頂きたい」
「ふむ。ここでは少々人が多すぎる。その話は後ほど。……ところでそちらの彼女は?」
フェデリコはオレの後ろでヨダレを垂らして半泣きになっている吸血鬼へと視線を向けた。
「う、ウチの従業員のアウレアです」
あまりの醜態に一瞬だけ他人のフリをしそうになったが、グッと我慢して紹介する。
「よろ『ジュル』お願い『ジュル』『グウゥゥゥ』」
(コラ、腐れ吸血鬼! マナーのマの字もねぇのかテメェは!)
(こんな空間に居てガマンなんぞ出来るわけなかろうが!)
早く食わせろと体全体で表現している吸血鬼と小声で会話をして、お互い睨み合う。
「ハッハッハ! 構わないよ、パーティーと言うモノは見栄を大事にする。お客人の腹を満たすには充分な料理を用意しているとも。心ゆくまで堪能してくれたまえ」
「寛大なお言葉、感謝しますセニョール」
「君たちの噂は海を渡って届いているとも、吸血鬼のお嬢さんと魔弾。この機会に是非とも礼を言わせて貰いたい。君たちがべニートの勢いをそいでくれたおかげで我が商会もこの地に出てこれたのだ。それにパーピュア、是非とも息子たちにも顔を見せてやってくれ」
「御家族もこちらへ?」
「あぁ、近くに居るのが一番だよ。安全な場所などそうそう無いものさ。ルビオ、ローサ! 二人ともこちらへ来なさい!」
フェデリコの声に別の場所から二人の人物がこちらに歩いて来る。
20代中盤の褐色の青年と10代後半のコレまた褐色の少女だ。
すると、オレの顔を見た少女の様子が変わる。
ゆっくりとした歩は次第に早歩きに、小走りに、そして全力疾走へと変わっていた。
「姉様ーーー!!」
「ローサ? 久しぶふぁっ!!?」
飛び込んでくる少女を受け止めようと腕を広げるが、10代中盤の背格好の少女が10代後半の少女に抱き着かれたらどうなるか。
その体格差から繰り出される飛び込みタックルよ勢いを殺す事など出来ず、甲板に背中からダイブするハメになった。
「姉様! 姉様! 姉様!」
力いっぱい抱きついて頬ずりする黒髪ショートの少女。
着飾った民族衣装の装飾品がくい込んで痛くて仕方がない。
「ろ、ローサ。し、絞まってる! 絞まってる!」
「姉様! あぁ、本当に姉様ですわ、10年前から変わらない。私、心配で心配で! ……ぐぇっ!?」
「こら、ローサ。パーピュア嬢が苦しがってるだろう?」
オレをホールドしていたローサを引き剥がしたのはローサと同じ黒髪褐色の青年ルビオだ。
ルビオはローサの首根っこを掴んで猫の様にぶら下げている。
「痛ってぇですわ、兄様! 姉様分を補給しなきゃならねぇんです! 離しやがれくださいまし!?」
「ローサ、お客様の前だよ。言葉、言葉」
「はっ!? こ、コレはお見苦しい所をお見せしてしまいましたわ」
ルビオの言葉を聞いて途端に姿勢を正したローサ。
オレはそんな二人を眺めて懐かしい気持ちになった。
マルティネス商会とコチニール家はかつて友好関係にあり、場合によっては共同歩調をとる程に持ちつ持たれつの良好な関係だった。
その関係で当時は良くこの二人の遊び相手になっていたものだ。
ローサは昔はお転婆で、商会のいろんな人物と触れ合っていたせいか口が悪かった。
今では多少上品な言葉遣いが出来るようになったみたいだが、それでも大商会の娘としては落第ものの口調である。
「はは、ローサは随分と大きくなったなぁ。見違えたよ。もう、立派なレディじゃないか」
「そ、そんな。レディだなんて。煽てても何にも出りゃしねぇですわ」
「……その口調は相変わらずなんだな」
「コレでもかなり進歩した方さ。大目に見てやって欲しい」
すぐに化けの皮が剥がれるローサを見て苦笑しているとルビオがフォローを入れる。
引き締まった身体と整った顔立ちのルビオは間違いなく慕う女性も数多く居るだろうイケメンだ。
しかし、常に笑顔を浮かべるこの男の事をオレはあまり好きにはなれない、あの王子を筆頭にこの世界でイケメンにろくな記憶が無いからか。
「やあ、パーピュア。またこうして君と会う事が出来て嬉しいよ」
「ルビオ様、お久しぶりです」
「……昔みたいに兄様とは呼んでくれないのかい?」
「今の私は所詮お尋ね者ですので」
「……そうか、残念だ」
イケメンは悲しそうな顔をするが、実際に立場が違い過ぎる。
しかし、その顔はすぐに苦笑に変わった。
何事かと訝しんでいると。
「ところで君のお友達が行ってしまった様だけど?」
ルビオの言葉に辺りを見回すと、隣に居たはずのアウレアはそこには居らず。
すでにテーブルに取り付いて手当り次第に食べ漁っていた。
その食べっぷりには歓声が上がる程である。
「アイツ! ではセニョール、失礼します。例の話は後ほど」
「あ、私もご一緒いたしますわ!」
オレは簡単に挨拶をし、ローサを連れて腐れ吸血鬼の元へと急いだ。
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