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Shot08
しおりを挟む「いやはや、本当に驚いた。凄い食べっぷりだったねぇ」
フェデリコが引きつった笑みでその言葉を絞り出していた。
マルティネス商会所有の貨客船、その一室。
来客用に豪華な装飾品が置かれたその部屋でオレとフェデリコが顔を合わせている。
甲板では未だにアウレアが一人大食い大会を開催しているのだろう、船の厨房からは怒声が甲板からは歓声が、ここまで聞こえてくる。
ちなみに変な対抗意識を燃やしたローサが勝負を挑んで食べ過ぎでぶっ倒れた、今頃は医務室で寝ているだろう。
と言うか、さっきも散々言い聞かせたのに、あの腐れ吸血鬼と来たらオレの姿が見えなくなった瞬間にコレだ。
「申し訳ございません、セニョール」
「……はは。ま、まぁ、盛り上がっている様だし、そういうショーだと思えば悪くはあるまい。それで、だ」
フェデリコが言葉を切った。
オレがここに来た本題、気持ちを切り替えよう。
「例の件の名簿だったね?」
「ええ、セニョール。王国本土の情報はここでも手に入ります。近々、王都で大きなイベントがあるのでは? それまでに準備を進めておきたい」
「……ふむ。確かに、君が顎を砕いた王子と事故で顔の焼けた婚約者。最近、秘薬を使って完治したと聞いている。これで表に出て結婚する事が出来るだろう。しかし、事が事だ。近々といっても数年以内と言ったところだろう」
「ええ、猶予はあります。しかし、決して時間は無駄にはできません」
オレが考えるだけでも、学食に居た主要メンバー、ルチアーノ・ファミリー、そこに各役人、コチニール家内にも裏切り者が居たはずだ。
王子が正式に結婚し、王位まで継承してしまえば手が出しにくくなってしまう。
王子と令嬢は最後になってしまうだろうが、他のヤツらなら……。
「しかし、我々もリストを作るのにそれなりの対価を必要としてね。昔のよしみと言え、はいそうですかと見せれるものでも無い」
「もちろん、タダでとは言いません」
「話が早くて助かるよ。そこで、君にひとつ仕事をお願いしたい」
フェデリコはおもむろに地図を取り出してテーブルの上に広げる。
そして、ポケットから葉巻ケースを取り出して一本こちらに差し出した。
「ハバナだ。どうかね?」
「いや、結構」
「そうか。では、本題といこう」
そう言ってフェデリコは葉巻をカットし火を付けた。
ナチュラルにオレの様な少女にタバコを勧めるあたり、裏の人間らしいオッサンだ。
「これは君が先日破壊したべニートの事務所周辺の地図だ。ここが事務所、こっちが我々商会の倉庫、こちらの空き家、これは店舗になる」
フェデリコが指さした地点を目で追う。
中央地区の店舗から港付近の倉庫までそれなりに距離があり、丁度中間地点に廃墟同然のべニートの事務所がある。
なるほど。
「つまり、べニートの事務所が欲しい、と?」
「まったくもってその通り! 流石はパーピュア嬢だ。複数ある事務所の一つ、それも半壊したような所だ。アレこれと条件を出しているが、アイツら年老いたネズミの様に動こうとしないのでね」
「ヤツらを追い出せばよろしいので?」
「いやいや、ちょっと口添えをしてくれるだけで結構さ。君はこの街でかなり名が売れている様だからね」
「では、この街の流儀でやらせてもらいます」
「あぁ、よろしく頼んだよ」
ちょっと『話し合い』するだけで名簿が手に入るなら安いものだ。
オレは葉巻の煙漂う室内から外に出た。
※※※※※※
「わ、私はまだ食べれますわよ! うっぷっ!」
「どっからどう見ても、もうダメだろ。大人しく寝てろ」
甲板に上がり、医務室から這い出して来たであろうローサを見つける。
一体この娘はなんでこんなに吸血鬼と張り合うんだろう。
「ね、姉様。オエッ!」
「ま、待て! ここで吐くんじゃねぇ! 海に吐け! 海に!」
あと、ローサの口が悪いのはひょっとしたらオレのせいなんじゃないか、とも思ったが。
たぶん気のせいだろう。
「妹が迷惑を掛けているね。あとは僕がやっておくよ」
父親譲りの苦笑いを浮かべたルビオがやって来てローサを背負った。
「ありがとうございます。それにうちのバカがご迷惑をお掛けして……」
オレはあの腐れ吸血鬼を横目で睨みながらそう呟いた。
それを見たルビオを心底嬉しそうに微笑む。
「はは。君は本当に変わらないね。いつも本心が少しだけ顔を出す。その方が君らしいよ」
「褒め言葉には聞こえませんが?」
「ははは、まさか。僕なりの褒め言葉さ」
釈然としないが、とりあえず腐れ吸血鬼を止める為、優しい笑顔を向けてくるルビオとグロッキー状態で背負われているローサの二人と別れた。
「おい、腐れ吸血鬼。いつまで食ってるつもりだ?」
「ふごっ!? ぶ、ブタとは失礼な!」
「ブタが嫌ならその妊婦みてぇな腹ぁさっさと引っ込めろ」
「んな無茶な! 余ったヤツはタッパーに入れて持って帰るからちょっと待て!」
「みっともねぇから絶対やめろ!」
食べ過ぎて丸々となっている吸血鬼を引きずって船を降りる。
それでもなお、両手にチキンレッグを握り続ける吸血鬼にため息を我慢出来なかった。
※※※※※※
べニート・ファミリーの事務所。
事務所と言ってもべニート・ファミリーはトルーチュにいくつもの事務所を抱える大きな組織だ。
ここも、数日前に半壊の憂き目にあった事務所もそんな中の一つでしかない。
しかし、構成員が再起不能になり、尚且つ事務所が吹っ飛ばされれば組織的ダメージはデカい。
本国から送られた幹部の死亡、それから失った金貨、建物の修繕維持費、構成員の再構成。
後から後から湧いてくる問題にべニート・ファミリー、トルーチュの最高責任者であるロッソ・アルカポーンは頭を抱えていた。
そこへ荒々しく扉を開けて一人の部下が飛び込んで来る。
「ど、首領! た、大変です!」
「なんだ? 見ての通り忙しい」
「そ、それが!」
うんざりした声で部下の声に答えるロッソだったが、慌てる部下を遮った者がいた。
「よぉ、クソブタ。邪魔するぜ」
「なんじゃ。どの事務所も似たり寄ったりではないか?」
「紫頭! 吸血鬼!!」
「おい、なんでオレだけ馬鹿にした言い方だ、おぉ?」
アウレアと共にズカズカと部屋に押し入るオレ。
ヤツの部下は腰を抜かして後退り、ロッソのヤツは驚いて飛び上がっている。
相変わらずデブのクセによく動くヤツだ。
「な、なんの用だ!? 約束はちゃんと守ってるだろう!?」
「今日はその件じゃねぇよ。ビジネスの話しだ」
「ビジネスだぁ?」
ロッソは訝しげに眉をひそめた。
そりゃあ、毎回毎回、挨拶代わりに鉛玉をぶち込まれてる相手からビジネスなんて言葉が出ればこうなるか。オレだってそうなる。
「マルティネス商会の件だ。事務所ひとつに十分すぎる程の金額だと思うが?」
「事務所だけの話じゃねえ。メンツの問題だ。それにテメェに言われる筋合いはねぇ」
「あちらさんからの依頼でね。この街の流儀で片をつけても良いとさ」
「脅しのつもりか?」
「そこはご自由にどうぞ」
オレの言葉にロッソは苦々しい顔をして唸る。
苦悶の表示から、ゆっくりと言葉が捻り出された。
「……わかった。だが、ひとつ片付けて欲しい事がある。俺の甥が衛兵に捕まってな。このままじゃ最悪、首と体が別れちまう。なんとかして欲しい」
「ちっ。たらい回しかよ。まぁ、良いだろう。アウレア行くぞ」
「なんだ? こやつの言う事を聞いてやるのか? そんな必要も無かろう?」
「いつもべニートを虐めてるワケじゃねぇよ。こういうのも必要だって事だ。ロッソ、陪審員は抑えてあるんだろうな?」
「あぁ、陪審員は6人。半分は買収済みだ。だが、あと3人が首を縦に振らねぇ」
「あいよ、早い話が裁判所で有罪って言わせなきゃいいんだろ?」
ロッソから陪審員3人の名前と住所を聞き、アウレアを連れて事務所から出た。
これから陪審員と『話し合い』だ。
まずは仕事道具を取りに帰らないとな。
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