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Shot09
しおりを挟む快晴の空、太陽は少し西に傾きつつある時間。
アウレアと共に自宅に帰って来たオレは1階の道に面した大きな引き戸を開けようと手を掛けた。
「なんだ? 依頼を進めんのか?」
アウレアが不思議そうに声を掛けてくるが、木製の引き戸の重さに手こずっているオレはぶっきらぼうに答える。
「ターゲットのウチ二人はトルーチュに住んでて比較的楽な相手だ。だが一人は隣町に住んでる。交渉の道具もいる」
四枚ある引き戸をヒイコラ言ってフルオープンにしたオレは柱に寄りかかって息を整える。
「では馬車を借りねばなるまい?」
「足ならある。コイツだ」
アウレアの言葉にオレは親指で倉庫の中を指した。
倉庫になっている1階部分、開け放たれたその空間には外からの光を受け静かに佇むフォード・モデルTツーリングがあった。
「馬車だけあっても馬がおらんぞ?」
「いいから乗ってろ」
独特のフォルムの1927年型フォードにアウレアを押し込み、エンジンをかける準備を勧める。
銀狐から買った『遺物』である為、ボディの黒は少し色あせ、カブリオレに装備されている折り畳み式の幌もくたびれてしまっている。
しかし、不思議な事にニッケルメッキされたラジエーターシェルはその輝きを保っていた。
「おーい。馬がおらぬのに動くわけが無かろうが」
「良いから見てろって。その辺のレバー……床から飛び出してる棒には絶対さわるなよ!」
助手席から眺めているアウレアに釘を刺しておく。
サイドブレーキなんて触って解除されたら、エンジンをかける時に自分の車に轢かれちまう。
バカがいらん事をする前にさっさと終わらそう。
フォードの前に回り、クランクハンドに手を添える。
勢いを付けてハンドルを回すがエンジンのかかりが悪い。
『ガチャン! パスンッ!』
『ガチャン! パスンッ!』
「クソ、もうちょい時間掛けてメンテしとけばよかったぜ」
「おーい、何をやっとるのだー?」
アウレアを無視し、ボヤきながらクランクを回す事数回。
『ガチャ! バスッバッ、バッ、バ、ババババ……!!』
「良し、上手くいったな」
「おっ? なんだ、コレは?」
「うるせぇなあ。今時、自動車なんて珍しくねぇよ」
聞く所によると、帝都ではすでにいくつかの『遺物』が解析され自動車なんかは原動機を魔法に置き換えた魔導式自動車が現れ始めているらしい。
とはいえ、まだ普及は進んでおらず、一部の物好きや貴族が所有しているだけだ。
しかし、そのうち魔導機関は広く浸透していくだろうな。
噂程度だが、最近では船舶に搭載する研究も行われているとか。
当然、このフォードは魔導車ではなく普通の自動車である。燃料はオレの能力で増やし放題だしな、消耗品も増やして倉庫に積んである。
オレは運転席に乗り込むと燃料調整レバーを絞り、車を運転する。
元の状態も良く、メンテナンスも上手くいった様でフォードは機嫌良く走り出した。
「おお、馬要らずの馬車とはなぁ」
「まずはファンの店に寄るぞ」
「飯か? まさか、こんな時間から酒でも呑むのか?」
「おめぇはさっきたらふく食っただろうに。まぁ、行けばわかるさ」
オレたちを乗せたフォードは舗装されていないトルーチュの道を走り抜けていった。
※※※※※※
ファンの店の前にフォードを停め、アウレアと店内へ入る。
「あら、魔導車ってヤツ? 初めて見たわ」
店内に入るとカウンターの向こうから声が掛かる。
そこにはネグロイドの特徴を色濃く残すふくよかな女性が居た。
「アリッサ。久しぶり」
彼女はアリッサ。
ファンの店で昼間だけ働いている。
ちなみにただの雇われであってファンの嫁さんとかでは無いから注意な。
「久しぶりねパーピュア。こんな時間に顔を出すなんて珍しいんじゃない? そちらは?」
優しい笑みを浮かべたアリッサが問い掛けてくる。
「あぁ、そういえば初めてだったな。コイツはアウレア、数日前からウチで飼ってる」
「アウレアじゃ、よろしく頼む。……誰がペットだと!?」
「似たようなもんだろ、マスコットよりペットの方がお似合いだ」
「まあまあ、新しく従業員を雇ったんだね。アウレアちゃん、パーピュアは口が悪くて乱暴だけど根はいい子だから」
「そうは思えんのだが?」
「まぁ、この子はちょっと性格が曲がってるからね、ははは」
「軽く馬鹿にしてんだろ。……まぁ、いいさ。ファンはいるか?」
オレの用事はメシでも呑むことでも無い。
店長のファンに用がある。
「店長なら裏の倉庫に居るよ。あたしは臭いがキツイから近づきたくないんでね。用があるなら自分で行きな」
アリッサの言葉にアウレアが嫌そうな顔をする。
「どうした?」
「いや、いつもこの店の周りは変な臭いがしてての。この裏から臭いがするみたいなのだ。我もあまり近づきたくない」
「なに? そんなに臭うか?」
「吸血鬼は鼻もいいのだ。2ブロック先からでもこの臭いはわかるぞ」
露骨に顔を顰めるアウレア。
鼻がいいって、犬かよ。
「やっぱりペットだな」
「にゃにを!?」
「はいはい、ほら。さっさと行くぞ」
そう言って裏へと歩き出す。
アウレアは置いていかれるのが嫌なのか、不満タラタラながら後ろを着いてきた。
※※※※※※
「うっふぁ! さすがにここまで来るとクセェな」
「んーー! んんーーーーっ!!」
倉庫から漂ってくる異臭に袖で口元を押さえる。
アウレアに至っては両手で鼻と口をガッチリガードしている有様だ。
「ファーン! いるかーっ!?」
大きな声で呼び掛ける。
すると木造のボロい倉庫の中から足元のおぼつかないファンがフラフラと出てきた。
ファンの顔はとても赤く、目もトロンとしていて焦点が合わないようだ。
そして、やけに機嫌が、いやテンションが高い。
「パーーピュアー! 来てたのか!? どうした? 右へ左へフラフラとしやがって」
「フラフラしてんのはてめぇだろファン。つかクセェからそれ以上近寄んな!」
「つれない事を言うもんじゃない。ほらハグだ、ベイビー」
抱き着いてくるファンをヒラリとかわし、倉庫の中を見る。
そこには大量の酒樽と大型の蒸留器が置かれていた。
「な、なんふぁのふぁ、これふぁ?(な、なんなのだ、これは?)」
「蒸留器、だな。おい、ファン! 一体何回目の蒸留だ!? 目にしみるぞ!」
「まだ、たったの40回しかやってないぞ? もっとやれば、もっと濃い酒が出来るな、HAHAHA!」
「スピリタスでも作るつもりか!? 自前で蒸留器までこさえやがって、あんまりやるとタダの中性スピリッツになっちまうぞ!」
「一から作った自慢のラム酒『サンセット・カマロ』だ、どうだ? 1杯飲んでみるか?」
「そんなもんストレートで飲めるか。喉が焼けるわ。つかどうやって材料仕入れてんだよ」
「ガハハハハ! 酒制法なんてクソ喰らえだぜ! おい、タバコあるか?」
「バカヤロウ、倉庫ごとふっ飛ばす気か!?」
どうやらファンはこの倉庫で作業し過ぎたらしい。
酒の匂いだけで完全に出来上がっちまってる。
「あてが外れたぜ。これじゃあ話にならねぇな。アウレア、ファンを連れて店に戻ろう」
必死に肯定するアウレアを横目に店へと戻る。
完全に無駄足になっちまったな……。
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