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壊れる徹
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結人が消えて、一か月が経った。
季節が少し進み、朝の空気に湿り気が混ざり始めても、
部屋の匂いだけは変わらなかった。
歯ブラシは、まだ並べてある。
シャツは、洗って畳んだまま、引き出しに。
コップは結人が最後に口をつけたまま、キッチンの隅に置いてある。
手を伸ばせば、まだ触れられる気がした。
けれど、もう……どこにも、いなかった。
「……せんぱい」
――まただ。
ふいに、背中から呼ばれる。
振り返っても、誰もいない。
けれど、その声は確かに耳の奥に残る。
柔らかく、恥ずかしそうに笑った、あの声。
「先輩、手……熱いですね」
「……うるさい」
低く呟いて、頭を押さえる。
耳鳴りがする。心臓の鼓動が速い。
(これは……幻聴じゃない。俺の頭が、結人を呼んでるだけだ)
冷たい水を飲み干す。
薬は効かない。眠れない。食べられない。
時計の針の音だけが、無遠慮に時間を刻む。
(なにが、悪かったんだ)
全部与えた。
望むものを、与えられるだけ与えた。
進学も生活も、未来も。
俺の時間も、場所も、食事も、ベッドも。すべて、結人に明け渡した。
――それなのに、いなくなった。
(足りなかったのか?)
もっと優しくしていれば。
もっと自由を与えていれば。
それとも……もっと、深く、縛っておくべきだったのか?
答えは出ない。出るはずもない。
けれど、身体の中にぽっかりと開いた空洞が、
毎日、少しずつ軋んで広がっていく。
気がつけば、勤務も減らしていた。
白衣の下の徹の体温は、冷たくなっていた。
「せんぱい、……これ、好きですよね?」
また聞こえる。
幻のように、けれど優しく。
「……戻ってこいよ……」
もう自分が何にすがっているのかも、わからなかった。
ただ、何度でも、壊れた機械のように呟く。
「お願いだから……結人……帰ってこい」
ふと、徹のデスクから足元に落ちたのは、病院宛てに
徹に届いた一通の封筒だった。
差出人――相馬はると。
震える指先が、その名前をなぞった。
季節が少し進み、朝の空気に湿り気が混ざり始めても、
部屋の匂いだけは変わらなかった。
歯ブラシは、まだ並べてある。
シャツは、洗って畳んだまま、引き出しに。
コップは結人が最後に口をつけたまま、キッチンの隅に置いてある。
手を伸ばせば、まだ触れられる気がした。
けれど、もう……どこにも、いなかった。
「……せんぱい」
――まただ。
ふいに、背中から呼ばれる。
振り返っても、誰もいない。
けれど、その声は確かに耳の奥に残る。
柔らかく、恥ずかしそうに笑った、あの声。
「先輩、手……熱いですね」
「……うるさい」
低く呟いて、頭を押さえる。
耳鳴りがする。心臓の鼓動が速い。
(これは……幻聴じゃない。俺の頭が、結人を呼んでるだけだ)
冷たい水を飲み干す。
薬は効かない。眠れない。食べられない。
時計の針の音だけが、無遠慮に時間を刻む。
(なにが、悪かったんだ)
全部与えた。
望むものを、与えられるだけ与えた。
進学も生活も、未来も。
俺の時間も、場所も、食事も、ベッドも。すべて、結人に明け渡した。
――それなのに、いなくなった。
(足りなかったのか?)
もっと優しくしていれば。
もっと自由を与えていれば。
それとも……もっと、深く、縛っておくべきだったのか?
答えは出ない。出るはずもない。
けれど、身体の中にぽっかりと開いた空洞が、
毎日、少しずつ軋んで広がっていく。
気がつけば、勤務も減らしていた。
白衣の下の徹の体温は、冷たくなっていた。
「せんぱい、……これ、好きですよね?」
また聞こえる。
幻のように、けれど優しく。
「……戻ってこいよ……」
もう自分が何にすがっているのかも、わからなかった。
ただ、何度でも、壊れた機械のように呟く。
「お願いだから……結人……帰ってこい」
ふと、徹のデスクから足元に落ちたのは、病院宛てに
徹に届いた一通の封筒だった。
差出人――相馬はると。
震える指先が、その名前をなぞった。
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