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第二章「陰になり日向になり」
第十一話「めくるめくピンチです!」
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剱さんの目が怖い。
ほたか先輩がいなくなったとたん、その鋭い目をいっそう光らせて、私をにらみつけてきた。
さっきまで普通に話していた剱さんとは、全く別人のようだ。
「……? あ、うん」
二人きりになったことを強調されても、それが何を意味するのか解らなかった。
私が本当に何もわかっていないことに気が付いたのだろう。
剱さんは身を乗り出して、低い声で囁いた。
「この間の……アタシが言ってたこと、覚えてるか?」
「な、なんだっけ?」
「絵の……ことだよ」
思い出した。
部活に入ると決めた日のこと。
妄想ノートについて私に何を聞きたかったのか気になっていたけど、確かに「二人きりになったら話す」と言われていたんだった。
「あー。……なんだ、その」
剱さんは私の顔から視線をそらし、視線を泳がせている。
「……お前、絵がうまいんだな。あれって、今やってるアニメのキャラだろ?」
その言葉だけでは、一体何を考えているのかわからない。
妙に遠回しな物言いなのは、口に出している言葉はほんのジャブで、これから言う本題のためのどうでもいい前置きなのだろう。
つまり、この後に続く言葉こそが、私を追い詰める刃となるのだ。
私は全身をこわばらせ、身構える。
すると、剱さんの視線が私に戻ってきた。
「特に男の筋肉の表現とかさ、よく見てるじゃないか。ああいうのってさ……」
「あうぅぅ……やめてぇぇ……」
もう耐えられない。
私は顔を覆うようにテーブルに伏せた。
筋肉にこだわって描いたイラストと言えば、上半身裸の男たちが絡むカット以外にない。
もう、完全に私のBL趣味を標的にする気だ!
私を揺すって、たかる気だ!
「あぅ、ああ、あのノートのことはお願いだから黙っててください……。お金……お金はあんまりないけど、なんでもするから、許してください」
「金なんか、どうでもいいんだよ」
「じゃあ、じゃあどうすればいいんですか……?」
「ア、アア、アタシの……」
剱さんは言葉を妙に詰まらせ始めた。何かこの場では言いにくい事なのだろうか。
はっとして、私は顔を上げる。
「ど、奴隷になればいいんですか?」
「違う!」
「あぅ……。じゃあもっと……えっちな奴?」
「あのなあ!」
剱さんは顔を真っ赤に染めて声を上げる。
私は心の芯から震えあがり、とっさに身構えた。
その時、私の肘にコップがあたり、中に残っていた氷が勢いよく飛び出していく。
ブロック状の氷は床に落ちると勢いよく滑っていき、その先には千景さんの姿があった。
私は目を疑った。
千景さんが、料理を運びながらこちらに歩いてくる。
運んでいる料理はきっと、剱さんが注文していたものだろう。
千景さんをまもり隊隊員の私の脳は、一瞬のうちにすさまじい勢いで計算し始める。
氷の進路と停止予測位置、そして千景さんの歩幅とスピード。
千景さんが氷に気が付いていない以上、二者の巡り合いは自明の理!
料理をひっくり返しながら転んでしまう千景さんの姿が、この私の目にはハッキリと見えた。
でも、まだ間に合う。……私が氷を拾えば、危機は回避できる!
(あううぅぅ! 音速を超えろぉぉ、ましろぉぉお!)
数日だけとは言え、歩荷トレーニングで鍛えたこの両脚!
この筋肉を解放するのは今しかない!
私は力の限りに体を前に押し出した。
しかし、予想もしない位置で私の足が滑る。
とっさに視線を落とすと、そこには、見落としていたもう一つの氷があった――。
▽ ▽ ▽
「ま……ましろちゃん。これは……どういうこと?」
追加の買い物を終えたほたか先輩が、青ざめた表情で私を見下ろしている。
私自身も何が起こったのかわからないが、床に仰向けに寝そべっているので、氷で滑って転んでしまったのだろう。
「あれ? 山部の先輩じゃないっすか」
剱さんの声が聞こえたので視線を送ると、剱さんが料理のお盆を持って立っている。
落ちかけた料理をキャッチでもしたのだろうか。
料理の顛末は気になるが、それよりも剱さんの視線が私の下腹部に向いていることが気にかかった。
なぜなら、さっきから下腹部に柔らかな温かみを感じていたからだ。
私が視線を下げると、白いニーハイに包まれたきれいな太ももと、白いシンプルな下着に守られた柔らかいお尻が瞳に飛び込んでくる。
こんなのまるで、ラブコメのラッキースケベ。
千景さんはスカートがめくれた状態で、私のお腹に馬乗りになっていた。
しかも銀髪がずれて、その内側からはいつもの黒い前髪がはみ出ている。
片目隠しの前髪の奥には、顔を真っ赤に染めた千景さんの顔が見えた。
千景さんをまもり隊の本日の作戦……。
それは、完全なる失敗に終わるのだった。
ほたか先輩がいなくなったとたん、その鋭い目をいっそう光らせて、私をにらみつけてきた。
さっきまで普通に話していた剱さんとは、全く別人のようだ。
「……? あ、うん」
二人きりになったことを強調されても、それが何を意味するのか解らなかった。
私が本当に何もわかっていないことに気が付いたのだろう。
剱さんは身を乗り出して、低い声で囁いた。
「この間の……アタシが言ってたこと、覚えてるか?」
「な、なんだっけ?」
「絵の……ことだよ」
思い出した。
部活に入ると決めた日のこと。
妄想ノートについて私に何を聞きたかったのか気になっていたけど、確かに「二人きりになったら話す」と言われていたんだった。
「あー。……なんだ、その」
剱さんは私の顔から視線をそらし、視線を泳がせている。
「……お前、絵がうまいんだな。あれって、今やってるアニメのキャラだろ?」
その言葉だけでは、一体何を考えているのかわからない。
妙に遠回しな物言いなのは、口に出している言葉はほんのジャブで、これから言う本題のためのどうでもいい前置きなのだろう。
つまり、この後に続く言葉こそが、私を追い詰める刃となるのだ。
私は全身をこわばらせ、身構える。
すると、剱さんの視線が私に戻ってきた。
「特に男の筋肉の表現とかさ、よく見てるじゃないか。ああいうのってさ……」
「あうぅぅ……やめてぇぇ……」
もう耐えられない。
私は顔を覆うようにテーブルに伏せた。
筋肉にこだわって描いたイラストと言えば、上半身裸の男たちが絡むカット以外にない。
もう、完全に私のBL趣味を標的にする気だ!
私を揺すって、たかる気だ!
「あぅ、ああ、あのノートのことはお願いだから黙っててください……。お金……お金はあんまりないけど、なんでもするから、許してください」
「金なんか、どうでもいいんだよ」
「じゃあ、じゃあどうすればいいんですか……?」
「ア、アア、アタシの……」
剱さんは言葉を妙に詰まらせ始めた。何かこの場では言いにくい事なのだろうか。
はっとして、私は顔を上げる。
「ど、奴隷になればいいんですか?」
「違う!」
「あぅ……。じゃあもっと……えっちな奴?」
「あのなあ!」
剱さんは顔を真っ赤に染めて声を上げる。
私は心の芯から震えあがり、とっさに身構えた。
その時、私の肘にコップがあたり、中に残っていた氷が勢いよく飛び出していく。
ブロック状の氷は床に落ちると勢いよく滑っていき、その先には千景さんの姿があった。
私は目を疑った。
千景さんが、料理を運びながらこちらに歩いてくる。
運んでいる料理はきっと、剱さんが注文していたものだろう。
千景さんをまもり隊隊員の私の脳は、一瞬のうちにすさまじい勢いで計算し始める。
氷の進路と停止予測位置、そして千景さんの歩幅とスピード。
千景さんが氷に気が付いていない以上、二者の巡り合いは自明の理!
料理をひっくり返しながら転んでしまう千景さんの姿が、この私の目にはハッキリと見えた。
でも、まだ間に合う。……私が氷を拾えば、危機は回避できる!
(あううぅぅ! 音速を超えろぉぉ、ましろぉぉお!)
数日だけとは言え、歩荷トレーニングで鍛えたこの両脚!
この筋肉を解放するのは今しかない!
私は力の限りに体を前に押し出した。
しかし、予想もしない位置で私の足が滑る。
とっさに視線を落とすと、そこには、見落としていたもう一つの氷があった――。
▽ ▽ ▽
「ま……ましろちゃん。これは……どういうこと?」
追加の買い物を終えたほたか先輩が、青ざめた表情で私を見下ろしている。
私自身も何が起こったのかわからないが、床に仰向けに寝そべっているので、氷で滑って転んでしまったのだろう。
「あれ? 山部の先輩じゃないっすか」
剱さんの声が聞こえたので視線を送ると、剱さんが料理のお盆を持って立っている。
落ちかけた料理をキャッチでもしたのだろうか。
料理の顛末は気になるが、それよりも剱さんの視線が私の下腹部に向いていることが気にかかった。
なぜなら、さっきから下腹部に柔らかな温かみを感じていたからだ。
私が視線を下げると、白いニーハイに包まれたきれいな太ももと、白いシンプルな下着に守られた柔らかいお尻が瞳に飛び込んでくる。
こんなのまるで、ラブコメのラッキースケベ。
千景さんはスカートがめくれた状態で、私のお腹に馬乗りになっていた。
しかも銀髪がずれて、その内側からはいつもの黒い前髪がはみ出ている。
片目隠しの前髪の奥には、顔を真っ赤に染めた千景さんの顔が見えた。
千景さんをまもり隊の本日の作戦……。
それは、完全なる失敗に終わるのだった。
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