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第三章「ペンは剱より強し」
第十八話「縁結びのお山」
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「あぅぅ……。坂がけっこう、急ですね……」
暑いし、坂は急だし、ザックは重い。
目の前は当たり前だけど、ずっと坂道が続いていた。
「歩幅は、なるべく小さく、細かく……。靴全体で、地面を踏んで」
前を歩いている千景さんが、振り返って教えてくれる。
私は自分がいつの間にか大股歩きになっていることに気が付き、慌てて歩幅を狭めた。
「そうでした! さっき教えてもらったばかりですもんね」
千景さんが言うには、坂道を大きな歩幅で歩くと疲れやすいということだった。
それに、つま先やかかとだけなど、一部分だけで地面を踏むと、靴のグリップが十分に活かせないらしい。靴の裏全体で地面を踏みしめるのが、滑らずに登るコツということだ。
急な坂道を登り切ったところで、ほたか先輩が最後尾から千景さんを呼び止めた。
「千景ちゃん! そろそろ五〇分は歩いたし、休憩しよっか。……確か、あと二〇メートルぐらい進んだところに広い場所があるから、そこで~」
千景さんは小さくうなづくと、私を見た。
「大丈夫?」
「あ、はい!」
「……よかった」
そう言って微笑む千景さん。
たびたび私の様子を見てくれていて、その気遣いがありがたかった。
休憩場所は、ちょうど『五合目』と書かれた木の札が地面に刺さっている場所だった。
全員が道の脇にザックを下ろし、地面に座って足を休める。
ウェストポーチに入れていたお菓子を食べると、少し元気が戻ってきた気がした。
「さすがに疲れました……」
「ましろちゃん、すごく頑張ってるよ~。大股に歩かず、姿勢もいいし」
「いやいや。千景さんの後をついて行ってるだけです~」
「階段トレーニングの効果も出てきてるんだよ~」
そう言って、ほたか先輩はザックから小さなポリタンクを取り出した。
このポリタンクの中には、キャンプ場であらかじめ作っておいたスポーツドリンクが入っている。
私と剱さんはそれぞれのマグカップにドリンクを注いでもらうと、一気に飲み干した。
「……うまいっすね」
「ね! 今日は暑いし、汗もいっぱい出てるもんね~」
「それにしても、……いつの間にかこんなに高い場所まで登ってたんですね!」
この五合目の広場は視界が開けていて、木々の間から遠くを見渡すことが出来る。
建物はミニチュアのように小さくなり、遠くには弓なりに曲がる海岸線が見えた。
かなり疲れているけど、一歩一歩、確実に進むことが出来ていると実感できて、嬉しくなる。
「見て。三瓶山が見える」
千景さんが指さすほうを目で追うと、霞がかるほどに遠くの地平線に、小高く盛り上がっている山が一つ見えた。
「……三瓶山って、なんでしたっけ?」
「ましろちゃん。……もしかして『自然観察』のテキストを読んでないのかな?」
「あぅ……ぅ……。すみません……」
「三瓶山は、次の県大会があるお山だよ~」
「あ~。あんなところにあるんすね。アタシは登ったこと、ありますよ。……その時はリフトに乗ったから、たいして歩いてないっすけど」
「じゃあ、大会ではたくさん堪能できるね! 三瓶のお山を歩き回ることになるんだからっ」
ほたか先輩はそう言いながら、腕時計を確認した。
「そろそろ一〇分たったから、出発しよっか。……お山では移動五〇分、休憩一〇分のサイクルで行動すると、ペース配分もうまくいくんだよ」
私はほたか先輩にうながされるままに立ち上がる。
さっきまでよりも体が軽く感じられ、再び歩けそうに感じた。
▽ ▽ ▽
『九合目』のと書かれた木札が設置されていたのは、まるで崖にしか見えないような場所だった。
「あぅぅ……。これ、本当に道なんですか?」
その問いに、ほたか先輩も千景さんも無言でうなづく。
学校の階段なんて比較にならない急斜面の岩壁。
でも、よく見ると人が踏んで丸みを帯びた岩もあり、かろうじて道だと感じられた。
「ほとんど崖ですけど、登るんですね……」
「気を付けながら、一人ずつ登ろっか」
「ましろさん、ボクが踏む場所を……しっかり見てて」
そう言って、千景さんは足の運び方を教えてくれるように、ゆっくりと登っていく。
私は自分の命がかかっているので、必死にルートを覚えていった。
そして、私の順番はすぐに来てしまった。
千景さんが岩場の上で、静かにうなづいてくれている。
「空木、大丈夫だ! もし滑ったら、アタシがキャッチするから」
「美嶺ちゃ~ん……。そんなことしたら、巻き込まれて危ないよぉ。ましろちゃんも、不安にならなくていいよっ。見た目よりも、実際は登りやすいから!」
ほたか先輩はガッツポーズをみせる。
道はここしかないみたいだし、もう、覚悟を決めるしかないようだった。
「い……行き……ます」
「ここが最後の正念場だよ! 登り切れば、頂上はすぐそこだから!」
「そうですね! とにかく行く。行くぞ~っ!」
私は一歩を踏み出した。
……踏み出したはよかったけど、私の足はすぐに止まってしまった。
(ひぃぃ……。やっぱり怖いですよぉ……)
足を前に出すたびに、剱さんとほたか先輩が下方に遠ざかっていく。
岩の斜面はやっぱり急で、いつ滑ってしまうか不安になってくる。
私は怖くて、進めなくなってしまった。
学校では二階から飛び降りたり、山の中を全力疾走できたのに、なんで今はこんなに怖いんだろう。
必死にその時の勇気を思い出そうとして考えていくうちに、気が付いてしまった。
(……そうだ。いつも無茶するとき、頭に血が上ってたんだ)
私の緊張癖がピークを迎えた瞬間、頭の中が真っ白になって、自分でも訳の分からない行動をしていた。
今はそこそこ冷静さがあるせいで、怖さに勝てないのかもしれない。
……それが分かったところで、足が前に進むわけではないのだけど……。
その時、千景さんが意外にも大きな声で呼びかけてくれた。
「ましろさんの靴は……自信を持ってお売りしたもの。グリップの強さを、信じて!」
「は……はい!」
千景さんの言葉が、私の恐怖を消し去ってくれた。
……いつも小さな声しか出さない千景さんが、……銀色のウィッグをつけていないのに、こんなにも大きな声で励ましてくれたのだ。
勇気が出ないはずがなかった。
あの知識豊富な千景さんが言うのだから、絶対だ。
私は靴の裏をしっかりと地面に押し付け、体を押し上げる。
そしてついに、私は一人で岩場を登り切ったのだった。
▽ ▽ ▽
「あらあら~。すぐ下に出雲大社が見えるわよぉ~!」
頂上にたどり着いた私たちは、あまちゃん先生が指し示す先を視線で追う。
ひときわ大きくて目立つ四角い建物は歴史博物館。その向こうに見えるうっそうと茂った木々のある場所が出雲大社だ。
お正月に初詣に行ったことのある場所が見えると、なんだか嬉しくなった。
剱さんはというと、頂上に立っている大きな木を興味深そうに見つめている。
「へえ。御神木か……」
しみじみとつぶやいているので、私も気になって近寄った。
木の枝には一枚の板がぶら下がっている。
板に書かれた文字には『この木なんの木「エノキ(榎)」』と見出しが書かれ、その下に説明文が書かれていた。
文末には『エノキは「縁の木」とし御神木ともする』とある。
「ほんとだ。御神木なんだね。ご縁のある木だって!」
「確か、出雲大社も『縁結びの神様』だったよな。……このあたりって『縁結び』にゆかりがあるのかな」
すると、突然背後から、鼻をすする音がした。
びっくりして振り返ると、なぜかほたか先輩が涙ぐんでいる。
「あぅ……。どうしたんですかっ?」
「な……なんでもないの。……二人を見てたら、お姉さん、急に嬉しくなっちゃって」
そう言って、ほたか先輩は涙をぬぐう。
「……本当に廃部寸前だったからかな。二人が入ってくれて、こんな風にお山の上に立ってるのを見るだけで、グッと来ちゃったっ」
すると、あまちゃん先生が、涙ぐんでいる先輩の後ろから寄り添うように肩に手を置いた。
「きっと縁結びのご利益があったのよぉ~」
そう言って微笑んでいるので、先輩を元気づけようとしてくれているのかもしれない。
先生と先輩の様子を見ていると、私が入部する前にも色々あったことが想像できた。
「先生はお腹が減っちゃったわぁ~。確かお昼ごはんはアンパンよね?」
すると、千景さんも、いつもの小さな牛乳パックを五本抱えてやってきた。
「牛乳も……ある。アンパンに牛乳は……最高。ふふ」
そう言って、千景さんはとても満足そうに笑った。
「そういえば出雲のアンパンは出雲大社にルーツがあるのを知ってたかしらぁ?」
唐突に、あまちゃん先生は授業中のようなしゃべり方をし始めた。
「ルーツって何すか、先生?」
「昔から餡子餅を大社にお供えする風習があって、その影響もあって出雲では法事でも餡子餅を用意する習慣ができたの。……でも、法事のたびにお餅を作るのは大変でしょう? だからパンが日本に根付いた頃から、お餅の代わりにパンを使ったアンパンが親しまれるようになったらしいのよぉ~」
そう言えば、私の家によく置いてあったアンパンも、袋になぜかハスの葉が描かれていた。
特に気にしていなかったけど、あれも、おばあちゃんの家からもらっていた法事のパンだったのかもしれない。
「そっか。じゃあこのアンパンは縁結びの神様へのお供え物ですね!」
「そう! まさに先生が言いたかったのはそのことよ! だから、みんなで仲良く食べましょうね~」
そう言って、先生は我先にと袋を開けて、アンパンにかぶりつくのだった。
「……よかった」
私がパンの袋を開けようとしていると、千景さんが横で微笑んだ。
「あぅ? どうしたんですか?」
「最初はお山に興味がないって、ましろさんは言ってたので。……無理に連れてきたと思うと、申し訳なかった。……でも、なんだか楽しそう」
「……いやぁ~。実際に登ると、やっぱり疲れました。……でも、頂上ってなんか不思議ですね。景色を見てるだけで、楽しいなって思ってきます!」
「……本当に、よかった」
そう言って、千景さんはしみじみと微笑んでくれる。
山道でも私をよく振り返ってくれていたので、私が山を楽しめているのか心配だったのかもしれない。
そうやって気をかけてくれることが、何よりもうれしい。
(もっともっと、縁結びのご利益があるといいな)
私はそう思いながら頂上の縁の木を見つめ、アンパンを口いっぱいに頬張った。
暑いし、坂は急だし、ザックは重い。
目の前は当たり前だけど、ずっと坂道が続いていた。
「歩幅は、なるべく小さく、細かく……。靴全体で、地面を踏んで」
前を歩いている千景さんが、振り返って教えてくれる。
私は自分がいつの間にか大股歩きになっていることに気が付き、慌てて歩幅を狭めた。
「そうでした! さっき教えてもらったばかりですもんね」
千景さんが言うには、坂道を大きな歩幅で歩くと疲れやすいということだった。
それに、つま先やかかとだけなど、一部分だけで地面を踏むと、靴のグリップが十分に活かせないらしい。靴の裏全体で地面を踏みしめるのが、滑らずに登るコツということだ。
急な坂道を登り切ったところで、ほたか先輩が最後尾から千景さんを呼び止めた。
「千景ちゃん! そろそろ五〇分は歩いたし、休憩しよっか。……確か、あと二〇メートルぐらい進んだところに広い場所があるから、そこで~」
千景さんは小さくうなづくと、私を見た。
「大丈夫?」
「あ、はい!」
「……よかった」
そう言って微笑む千景さん。
たびたび私の様子を見てくれていて、その気遣いがありがたかった。
休憩場所は、ちょうど『五合目』と書かれた木の札が地面に刺さっている場所だった。
全員が道の脇にザックを下ろし、地面に座って足を休める。
ウェストポーチに入れていたお菓子を食べると、少し元気が戻ってきた気がした。
「さすがに疲れました……」
「ましろちゃん、すごく頑張ってるよ~。大股に歩かず、姿勢もいいし」
「いやいや。千景さんの後をついて行ってるだけです~」
「階段トレーニングの効果も出てきてるんだよ~」
そう言って、ほたか先輩はザックから小さなポリタンクを取り出した。
このポリタンクの中には、キャンプ場であらかじめ作っておいたスポーツドリンクが入っている。
私と剱さんはそれぞれのマグカップにドリンクを注いでもらうと、一気に飲み干した。
「……うまいっすね」
「ね! 今日は暑いし、汗もいっぱい出てるもんね~」
「それにしても、……いつの間にかこんなに高い場所まで登ってたんですね!」
この五合目の広場は視界が開けていて、木々の間から遠くを見渡すことが出来る。
建物はミニチュアのように小さくなり、遠くには弓なりに曲がる海岸線が見えた。
かなり疲れているけど、一歩一歩、確実に進むことが出来ていると実感できて、嬉しくなる。
「見て。三瓶山が見える」
千景さんが指さすほうを目で追うと、霞がかるほどに遠くの地平線に、小高く盛り上がっている山が一つ見えた。
「……三瓶山って、なんでしたっけ?」
「ましろちゃん。……もしかして『自然観察』のテキストを読んでないのかな?」
「あぅ……ぅ……。すみません……」
「三瓶山は、次の県大会があるお山だよ~」
「あ~。あんなところにあるんすね。アタシは登ったこと、ありますよ。……その時はリフトに乗ったから、たいして歩いてないっすけど」
「じゃあ、大会ではたくさん堪能できるね! 三瓶のお山を歩き回ることになるんだからっ」
ほたか先輩はそう言いながら、腕時計を確認した。
「そろそろ一〇分たったから、出発しよっか。……お山では移動五〇分、休憩一〇分のサイクルで行動すると、ペース配分もうまくいくんだよ」
私はほたか先輩にうながされるままに立ち上がる。
さっきまでよりも体が軽く感じられ、再び歩けそうに感じた。
▽ ▽ ▽
『九合目』のと書かれた木札が設置されていたのは、まるで崖にしか見えないような場所だった。
「あぅぅ……。これ、本当に道なんですか?」
その問いに、ほたか先輩も千景さんも無言でうなづく。
学校の階段なんて比較にならない急斜面の岩壁。
でも、よく見ると人が踏んで丸みを帯びた岩もあり、かろうじて道だと感じられた。
「ほとんど崖ですけど、登るんですね……」
「気を付けながら、一人ずつ登ろっか」
「ましろさん、ボクが踏む場所を……しっかり見てて」
そう言って、千景さんは足の運び方を教えてくれるように、ゆっくりと登っていく。
私は自分の命がかかっているので、必死にルートを覚えていった。
そして、私の順番はすぐに来てしまった。
千景さんが岩場の上で、静かにうなづいてくれている。
「空木、大丈夫だ! もし滑ったら、アタシがキャッチするから」
「美嶺ちゃ~ん……。そんなことしたら、巻き込まれて危ないよぉ。ましろちゃんも、不安にならなくていいよっ。見た目よりも、実際は登りやすいから!」
ほたか先輩はガッツポーズをみせる。
道はここしかないみたいだし、もう、覚悟を決めるしかないようだった。
「い……行き……ます」
「ここが最後の正念場だよ! 登り切れば、頂上はすぐそこだから!」
「そうですね! とにかく行く。行くぞ~っ!」
私は一歩を踏み出した。
……踏み出したはよかったけど、私の足はすぐに止まってしまった。
(ひぃぃ……。やっぱり怖いですよぉ……)
足を前に出すたびに、剱さんとほたか先輩が下方に遠ざかっていく。
岩の斜面はやっぱり急で、いつ滑ってしまうか不安になってくる。
私は怖くて、進めなくなってしまった。
学校では二階から飛び降りたり、山の中を全力疾走できたのに、なんで今はこんなに怖いんだろう。
必死にその時の勇気を思い出そうとして考えていくうちに、気が付いてしまった。
(……そうだ。いつも無茶するとき、頭に血が上ってたんだ)
私の緊張癖がピークを迎えた瞬間、頭の中が真っ白になって、自分でも訳の分からない行動をしていた。
今はそこそこ冷静さがあるせいで、怖さに勝てないのかもしれない。
……それが分かったところで、足が前に進むわけではないのだけど……。
その時、千景さんが意外にも大きな声で呼びかけてくれた。
「ましろさんの靴は……自信を持ってお売りしたもの。グリップの強さを、信じて!」
「は……はい!」
千景さんの言葉が、私の恐怖を消し去ってくれた。
……いつも小さな声しか出さない千景さんが、……銀色のウィッグをつけていないのに、こんなにも大きな声で励ましてくれたのだ。
勇気が出ないはずがなかった。
あの知識豊富な千景さんが言うのだから、絶対だ。
私は靴の裏をしっかりと地面に押し付け、体を押し上げる。
そしてついに、私は一人で岩場を登り切ったのだった。
▽ ▽ ▽
「あらあら~。すぐ下に出雲大社が見えるわよぉ~!」
頂上にたどり着いた私たちは、あまちゃん先生が指し示す先を視線で追う。
ひときわ大きくて目立つ四角い建物は歴史博物館。その向こうに見えるうっそうと茂った木々のある場所が出雲大社だ。
お正月に初詣に行ったことのある場所が見えると、なんだか嬉しくなった。
剱さんはというと、頂上に立っている大きな木を興味深そうに見つめている。
「へえ。御神木か……」
しみじみとつぶやいているので、私も気になって近寄った。
木の枝には一枚の板がぶら下がっている。
板に書かれた文字には『この木なんの木「エノキ(榎)」』と見出しが書かれ、その下に説明文が書かれていた。
文末には『エノキは「縁の木」とし御神木ともする』とある。
「ほんとだ。御神木なんだね。ご縁のある木だって!」
「確か、出雲大社も『縁結びの神様』だったよな。……このあたりって『縁結び』にゆかりがあるのかな」
すると、突然背後から、鼻をすする音がした。
びっくりして振り返ると、なぜかほたか先輩が涙ぐんでいる。
「あぅ……。どうしたんですかっ?」
「な……なんでもないの。……二人を見てたら、お姉さん、急に嬉しくなっちゃって」
そう言って、ほたか先輩は涙をぬぐう。
「……本当に廃部寸前だったからかな。二人が入ってくれて、こんな風にお山の上に立ってるのを見るだけで、グッと来ちゃったっ」
すると、あまちゃん先生が、涙ぐんでいる先輩の後ろから寄り添うように肩に手を置いた。
「きっと縁結びのご利益があったのよぉ~」
そう言って微笑んでいるので、先輩を元気づけようとしてくれているのかもしれない。
先生と先輩の様子を見ていると、私が入部する前にも色々あったことが想像できた。
「先生はお腹が減っちゃったわぁ~。確かお昼ごはんはアンパンよね?」
すると、千景さんも、いつもの小さな牛乳パックを五本抱えてやってきた。
「牛乳も……ある。アンパンに牛乳は……最高。ふふ」
そう言って、千景さんはとても満足そうに笑った。
「そういえば出雲のアンパンは出雲大社にルーツがあるのを知ってたかしらぁ?」
唐突に、あまちゃん先生は授業中のようなしゃべり方をし始めた。
「ルーツって何すか、先生?」
「昔から餡子餅を大社にお供えする風習があって、その影響もあって出雲では法事でも餡子餅を用意する習慣ができたの。……でも、法事のたびにお餅を作るのは大変でしょう? だからパンが日本に根付いた頃から、お餅の代わりにパンを使ったアンパンが親しまれるようになったらしいのよぉ~」
そう言えば、私の家によく置いてあったアンパンも、袋になぜかハスの葉が描かれていた。
特に気にしていなかったけど、あれも、おばあちゃんの家からもらっていた法事のパンだったのかもしれない。
「そっか。じゃあこのアンパンは縁結びの神様へのお供え物ですね!」
「そう! まさに先生が言いたかったのはそのことよ! だから、みんなで仲良く食べましょうね~」
そう言って、先生は我先にと袋を開けて、アンパンにかぶりつくのだった。
「……よかった」
私がパンの袋を開けようとしていると、千景さんが横で微笑んだ。
「あぅ? どうしたんですか?」
「最初はお山に興味がないって、ましろさんは言ってたので。……無理に連れてきたと思うと、申し訳なかった。……でも、なんだか楽しそう」
「……いやぁ~。実際に登ると、やっぱり疲れました。……でも、頂上ってなんか不思議ですね。景色を見てるだけで、楽しいなって思ってきます!」
「……本当に、よかった」
そう言って、千景さんはしみじみと微笑んでくれる。
山道でも私をよく振り返ってくれていたので、私が山を楽しめているのか心配だったのかもしれない。
そうやって気をかけてくれることが、何よりもうれしい。
(もっともっと、縁結びのご利益があるといいな)
私はそう思いながら頂上の縁の木を見つめ、アンパンを口いっぱいに頬張った。
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