バックパックガールズ ~孤独なオタク少女は学園一の美少女たちの心を癒し、登山部で甘々な百合ハーレムの姫となる~

宮城こはく

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第四章「陽を見あげる向日葵のように」

第五話「百合香さんの特製スイーツ」

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「……んな、そろ……ましたか?」

 私たち四人がカフェに集まった時、どこからともなく声が聞こえてきた。
 とぎれとぎれの聞きづらい声だったうえに、声を発した本人の姿がどこにも見えない。
 私がきょろきょろと周囲を見回していると、ヒカリさんが一直線に厨房に向かっていった。

「お母さん! はやくこっちに来て欲しいのです」

 そう言ってヒカリさんが、彼女のお母さんである百合香さんを引っ張り出そうとしている。

「みんな、揃っているのです。挨拶して欲しいのですよ~」
「ひ、ひっぱっちゃ、ダメ……」

 百合香さんは抵抗しているようだが、少しずつその姿が見えてきた。
 純白のコック帽とコック服を身にまとった小さな体。
 前髪は両目ともに隠していて、丸い頬の輪郭と口しか見えていない。
 前髪の隙間から私たちの姿が見えたのか、こちらを向いてオドオドと身を縮ませてしまった。

「ど……どうも」

 かろうじてそう聞こえた小さな声。
 百合香さんはペコリとお辞儀をすると、さっと厨房に身を隠してしまった。
 どうやら、千景さんよりもずっと恥ずかしがり屋のようだ。
 ピンク色のウィッグをかぶって「変身」しない限り、あの厨房から出てこないという話は本当のようだった。



 ヒカリさんは深い深いため息をつきながら厨房に向かい、中から一台の配膳用のカートを押しながら戻ってきた。

「母が恥ずかしがり屋でごめんなさいなのです。……まずは皆さんに、こちらのメニューを覚えてもらいたいのです。ゴールデンウィークフェアのための特別メニューでして、通常メニューの他に、こちらの注文も多くなると思われるのです」

 銀色のカートの上には五つのスイーツが並んでいた。
 それぞれのお皿の前には、百合香さんの手書きであろう可愛い文字で、私でも知っているような有名なお山の名前が書いてある。
 私たちはそのスイーツの輝きを目の前にして、言葉を失っていた。

「ゴールデンウィークフェアの特別メニューは、世界の名峰にちなんだスイーツなのですよ」

 ヒカリさんの紹介を受けて、私はスイーツをまじまじと見つめる。
 まずは見慣れたモンブランと、巨大なパフェに目が留まった。

「……『モンブラン』は有名な栗のスイーツですね。おっきな栗がおいしそうです。そして、さっきから気になってたこの巨大なフルーツパフェ……! 思った通りにこれが『エベレスト』なんですね!」

 『モンブラン』がヨーロッパの有名な山を模してつくられたスイーツなのは知っていたけど、その横にそびえたつ高さ五十センチはあろうかという巨大なパフェの塔の存在感は圧倒的だった。
 まさに世界の最高峰『エベレスト』の名に恥じない大きさだ。
 果たして、これは一人で食べきれるサイズなのだろうか……。
 美嶺とほたか先輩はそのさらに横に並ぶスイーツにも興味津々しんしんだ。

「……これはいつものプリンよりも濃いめの色っすね。逆さまにして『富士山』に見立てているわけっすね」
「はいなのです。五月の富士山は山頂に雪が残っているので、カラメルの代わりにクリームを乗せ、白が映えるようにプリンはキャラメルプリンになっているのです!」

 そして、『春の富士』の横には『キリマンジャロ』、『マッキンリー』の札が並んでいる。

「『キリマンジャロ』はキリマンジャロコーヒーのエスプレッソをバニラアイスにかけたアフォガード、『マッキンリー』はアメリカで親しまれているフローズンスモアになっているのです~」

 たくさんの横文字の奔流ほんりゅうに圧倒されながら、そのきらびやかに装飾されたスイーツを見つめる。
 その中で特に私が気になったのは、『マッキンリー』と書かれた札の奥にあるスイーツだった。
 少し焦げ目のある白いフワフワしたものが三つ、お皿の上に並んでいる。

「……フローズン……スモア? って、なんですか?」
「食べてみると分かるのですよ。……試しにどうぞ、お召し上がれっ!」

 そう言って、ヒカリさんはニコニコしながら私の前にお皿を差し出してくれた。
 私はそっと、その白いお団子のようなものをひとつ、つまんでみる。
 すると、綿のように柔らかく指に吸い付いてきた。

 口に放り込むと、サクサクの触感の中からは、とろけるような甘さ。そしてさらに中からは冷たいアイスがあふれてくる。
 そして、なぜか見たこともない真っ白な雪に包まれた巨大な山脈が目の前に現れた。
 その雄大な景色の中、心が洗われるように心地よい幸せに包まれていく……。

「あぅぅぅ……。美味しい! 焼きマシュマロの中にバニラアイスが入ってるんですね……」

 その幸せなおいしさのあまり、足から力が抜けて立てなくなってしまった。
 私のリアクションに満足したのか、ヒカリさんは満面の笑みを浮かべる。

「ほたかと美嶺さんも、残りの二つを食べてくださいなのです」
「……こ、こんな風になるんすか? 怖いっすけど、……いただくっす」
「お姉さんもいただきますっ!」

 二人は同時に焼きマシュマロを口にする。
 そして感嘆の声と共に二人が倒れたのも、同時だった。

「はぁ……はぁ……さすが山百合のスイーツ。ここまでとは……。こっちは抹茶アイスっす。ほろ苦い感じがマシュマロの甘さとよく合ってて、最高でした」
「んん……。たまらない……。お姉さんのほうはイチゴのジェラートだったよ。イチゴの果肉も入ってる。……口の中が溶けて、お姉さんも溶けていく……」
「お母さん! 大好評なのですよ」

 ヒカリさんが厨房に声をかけると、中に隠れていた百合香さんが少しだけ顔をのぞかせた。
 黙って親指を立て、口元もうっすらと笑っている。
 分かりにくいが、嬉しいようだ。

(この人が、あのうわさの『無冠の百合姫』……。恐ろしい人……!)

 ピンクのウィッグを身に着けて、謎の猫語でしゃべっていた人と同一人物とは……とても思えない。
 その手から作り出される魔法のスイーツに、私はただただ、驚嘆きょうたんするしかなかった。



 カーテンの閉められたカフェの扉の外からは、ざわめく声が聞こえてくる。
 もうすぐ開店の時間。
 カーテン越しにうっすらと見える駅前通りには、すでに長い行列ができているようだ。
 長い一日が始まる。
 私はこぶしを握り、気合いを入れるのだった。
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