バックパックガールズ ~孤独なオタク少女は学園一の美少女たちの心を癒し、登山部で甘々な百合ハーレムの姫となる~

宮城こはく

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第四章「陽を見あげる向日葵のように」

第十一話「ずっと一緒にいたいから」

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 ほたか先輩と私の唇が触れ合ってる。
 柔らかくて、気持ちいい。
 先輩の長い髪の毛が頬に触れて、くすぐったい。

 これは一瞬?
 それともずっと長い時間、キスし続けてるの?
 分からない。
 私の上に体を重ねている先輩の体の温かさが気持ちよくて、時間が分からなくなってしまった。


 その時、扉をノックをする音が響いた。

「ほたか~。おっきな音がしたけど、大丈夫~?」

 そしてガチャリという音と共に扉が開いた。
 ほたか先輩と私はとっさに離れ、身だしなみを整える。

「あら、ずいぶんと散らかって……。どうしたの?」
「ママ、大丈夫だよっ。ましろちゃんが棚にぶつかっちゃって、上の荷物が落ちてきただけだから……」
「そう? じゃあママ、行くわね」

 そう言って、ほたか先輩のお母さんは去っていった。
 よかった。
 何も変なところは見られなかったようだった。

「ご、ごめんね。ましろちゃん……」

 ほたか先輩が頬を赤らめて私を見つめる。
 その眼を見た瞬間、恥ずかしくなって顔をそむけてしまった。
 何か答えないといけないのに、言葉が喉でつっかえたみたいに出てこない。

『ましろ、先輩と変な事すんなよ』

 昨日聞いたばかりの美嶺みれいの言葉がよみがえってくる。
 変な事をする気なんてなかったのに、こんなアクシデントが起こるなんて思ってもみなかった。
 私のファーストキスの相手が、まさか憧れのほたか先輩だなんて……。
 胸のドキドキが収まらない。
 ほたか先輩の顔をまともに見ることが出来ず、私の視線は床の上をさまよった。


 フローリングの床を見ると床に散らばった本の何冊かが開いており、中身が見えている。
 これは本なんかじゃなく、アルバムだった。
 たくさんの写真には笑っている先輩が写っている。他にもたくさんの友達や遊園地、出雲の街にはないような高いビルの写真もあった。
 そのたくさんの写真の中でひときわ目を引いたのは、先輩の部屋の壁に飾ってあった大きな山の写真と同じ場所の風景だった。

「……この写真、そこのポスターと同じ場所ですよね? 小さいほたか先輩も写ってる……」

 今のほたか先輩よりもずっと背が低いので、小学校ぐらいの頃だろうか。
 髪の毛も今よりずっと短い。
 お母さんやお父さんと思われる人も写っているので、家族旅行で行った時の写真なのだろう。

「実際にこの場所に行ったことがあるんですね。……やっぱり、この山を実際に見て山が好きになったんですか?」

 すると、ほたか先輩は穏やかなまなざしで写真を見つめた。

「このお山がね、お姉さんがよく話してる穂高連峰ほたかれんぽうだよ。写真を撮った場所は涸沢からさわカールっていう場所で、穂高のたくさんの峰を一望できるの。……うちの両親の実家が長野だから、帰省のたびに涸沢カールに行ってて、大好きなの」

 それは意外な情報だった。

「ほたか先輩って、長野出身だったんですか?」
「ちょっと違うかな。……両親は長野生まれだけど、私が生まれたのは東京。育ったのは……あちこちかな」
「どういうことですか?」
「転校が多くってね。……出雲は四つめの街なんだ」

 どうやら、ほたか先輩のお父さんは会社の都合で転勤が多く、それにともなって何度も転校してきたということだった。

「そうだったんですか……。私は転校や引っ越しをしたことはないですけど、生活環境が変わるのって大変じゃなかったですか?」
「大丈夫だよ! 平気平気、ぜ~んぜん。もう何度も引っ越してるんだから、さすがに慣れっこになっちゃうよ~」

 そう言って、ほたか先輩は笑った。

 本当に平気なんだろうか?
 先輩はいつもニコニコしてるから、辛いことや悲しいことがわからない。
 私だったら、今まで住んでいた場所や友達と別れるなんて考えるだけでも辛すぎる。
 大丈夫だなんて言える自信がない。
 私はうまい言葉が見つからず、「そうですか……」と答えた後、床に散らばったアルバムを片付け始めた。


 ……でも、先輩は友達が写っている写真を拾うと、一瞬だけ寂しそうな表情になった。
 私はその表情を見逃さない。

 変わっていく環境と、変わらない場所。
 人も街も時間と共に変わっていくものだけど、山はいつまでも変わらずにそこにあり続けてくれる安心感がある。
 もしかすると親しみのある長野の風景、穂高連峰の山々こそが先輩の心の支えなのかもしれない。

「ほたか先輩。……やっぱり、転校がつらかったんじゃないですか?」

 単刀直入に聞くと、先輩は慌てたように私を振り返った。

「ち、違うよぉ。この写真に写ってるのは前の学校の後輩なの! だからうちの部の後輩……ましろちゃんと美嶺ちゃんが入ってくれた日を思い出して、登山部が廃部にならなくて本当によかったなって考えてたの」
「ほたか先輩……」
「ましろちゃんが入部してくれて、お姉さんはとっても嬉しいんだよっ! ……それこそ、部活が始まってまだ一か月もたってないなんて嘘みたい。すごくいろんな事があったよねっ!」
「そうですね……。日々の歩荷ぼっかトレーニングは当然として、靴を買いに行ってヒカリさんのことを知ったり、キャンプに行ったり、カフェでアルバイトをしたり、先輩の家でお勉強会。そして……」

 先輩とのキス。
 私のファーストキス。
 あの柔らかさを思い出して、ふと私は自分の唇を触れた。

 そのしぐさが何を意味しているのか、先輩にも気付かれてしまったようだ。
 ほたか先輩はうつむいてしまった。

「その……さっきはごめんね。……驚いたよね?」
「い、いや……、大丈夫です。……事故ですから、仕方がないですよ!」
「そ、そうだね。事故だもんね!」

 そう言いながらも、ほたか先輩は頬を赤らめて動揺している。
 動揺して当然だ。
 私だって、さっきのハプニングを思い出すだけで頭が真っ白になりかけてしまう。
 先輩は汗をかいているのか、ワンピースの胸元をパタパタをあおぎはじめた。

「ちょっと、暑くなってきちゃったね! て、天気がいいせいかな。冷たい飲み物を持ってくるよ~」

 そう言うと、ひょいっと立ち上がり、部屋から出て行ってしまった。


 たった一人で先輩の部屋に取り残され、私は深呼吸をする。
 先輩も恥ずかしすぎて私と同じ場所にいられなくなったんだろう。
 私自身も先輩の顔を直視できなかったので、一人きりになれたのは結構ありがたかった。

(……片付けでもして、落ち着こうっかな)

 私は激しく鼓動する心臓の音を無視しながら、床に散らばったアルバムを片付け始めた。
 すると、アルバムの下から寄せ書きが出てきた。
 じっくりと読む気なんてなかったけど、目立つ文字が勝手に目に飛び込んできてしまう。

『出雲の中学校でも元気でね!』
『一緒に大会に出られなくて残念だよ~』

 親しい友達との別れ。
 頑張っていたことが途中で断ち切られることのむなしさ。
 この文字は私自身に向けた言葉じゃないのに、苦しさが押し寄せてくる。

(……ひょっとして先輩、高校も途中で転校してしまうのかな)

 そんな考えがふと脳裏をよぎり、寂しくなってきた。


 しばらくした頃、飲み物を持ってほたか先輩が戻ってきた。

「ましろちゃん……。どうしたの? なんか寂しそうだけど……」
「先輩がいなくなっちゃうことは……ありませんよね?」
「ど、どうしたの? ……急に」
「……転校とか、しませんよね?」

 聞かないほうがいいかもしれないけど、どうしても聞かずにはいれなかった。

「私、登山部に入って、本当によかったと思ってるんです……。ほたか先輩やみんながいるからなんです。だから先輩がいなくなっちゃうかもしれないと思うと、私……」

 後半はうまくしゃべれず、口ごもってしまった。

 私は最低だ。
 転校するのが前提みたいにしゃべるなんて。
 先輩の気持ちよりも私の気持ちを優先してしまうなんて……。
 でも、聞かずにはいれなかった。
 今聞かないと、本当に先輩がいなくなってしまうときに後悔すると思った。

「……ごめんなさい。失礼なことを聞いてしまいました」

 私は自分の身勝手さを悔やみ、頭を下げる。


 すると、そんな私の失礼な言動にもほたか先輩は微笑んでくれた。

「大丈夫だよ。パパからはそういう話は出てないから、このまま卒業まで出雲にいれると思う。……それに卒業する頃にはひとり暮らしもしやすくなると思うから、もう少しの辛抱なの」

 そう言って、穏やかに笑ってくれる。
 いつもの、ヒマワリの花のような笑顔で。

 私は先輩の笑顔を守りたいと思った。
 そして弥山みせんの頂上で見た先輩のうれし涙を思い出す。
 登山部でみんな一緒に活動することが先輩の心の支えになっているなら、私は全力でその気持ちに応えたくなった。

「あの……っ! 私、絶対に辞めませんし、部活も頑張ります! いっぱいいっぱい山に登りますし、いつかみんなで穂高連峰にも行きましょうねっ!」
「……ましろちゃん?」
「ずっと登山部で一緒ですから。……先輩とずっと一緒にいたいですから!」

 心の勢いのままに、思いのたけを叫んでしまった。
 顔を真っ赤にして叫んだせいで、心臓がバクバクと鼓動し続けている。
 私は一人で勝手に盛り上がってしまったことに気が付き、恥ずかしくなってきた。

 すると、ほたか先輩がぎゅっと抱きしめてくれた。

「ましろちゃん。……ありがとう。お姉さん、すっごくうれしいよ。……みんなを守れるように、お姉さんも部長を頑張るからね」

 そう言って、いつまでも抱きしめ続けてくれた。
 ほたか先輩の温かな体温が、とても心地よかった。
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