106 / 133
第六章「そして山百合は咲きこぼれる」
第六話「苦難を前にして」
しおりを挟む
「あぅぅ……。この道は、なにごとー?」
しばらく歩いていた私は、目の前に現れた坂道に驚いていた。
さっきまでの散歩コースのような山道から、いきなり岩だらけの急な登りに変貌している。
大きな岩が地面から突き出し、登るものを拒んでいるようにも思えた。
「確かに……これはなかなかハードなコースだな」
山に慣れている美嶺も険しい顔でみているから、登山道の中でも大変なほうなのだろう。
「これは……弥山の九合目と同じぐらい……かな?」
初めての山登りで私の前に立ちはだかった試練を思い出す。
でも千景さんのお店で買った登山靴と一緒だから、とても心強い。
私は自信をもって足を前に出した。
△ ▲ △ ▲ △
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」
額から頬へと汗が流れ落ち、首元を濡らしていく。
時刻は午前十一時を過ぎてるので、気温もけっこう高くなってきた。
弥山のときと違うのは、すでに二時間も歩いていること。
脚の疲労は確実にたまっていて、ザックが重く感じられる。
この一カ月間、私なりにがんばってトレーニングしてたつもりだけど、まだまだ足りないようだ。
見上げると五竜さんの後ろ姿が見える。
リズムよく登っていく姿を見ると、彼女との差を痛感してしまった。
「ましろさん。歩幅は……小さく」
前を歩く千景さんが、振り向いて声をかけてくれた。
「ボクの歩く場所……よく見てて」
「は……はいっ」
そう言えば、すっかり忘れていた。
サブリーダーの千景さんの歩き方や足を置く場所を真似すると、疲れが全く違うことを……。
太ももを無理に上げるのではなく、小さな歩幅で着実に足を前に出す。
急な坂道では、靴底のグリップを生かすために、なるべく足の裏全体で地面を踏みしめる。
そうやって黙々と登っていると、たしかにあまり疲れない。
千景さんはすごいな、と思った。
「八重垣のみなさ~ん」
突然、上のほうから声が聞こえた。
見上げると、つくしさんが私たちを振り返っている。
「そのあたり、石が浮いてるので気を付けてくださ~い」
そのアドバイスを聞いた千景さんが近くの岩を軽く踏むと、グラグラと揺れているのが分かった。
(つくしさん……。優しい……!)
大会のライバルなのに、すごい親切だ!
競争ばかりでうんざりしていた人生の中で、競争相手に優しくされるのは初めてかもしれない。
私が感謝を噛みしめていると、「あ……」と可愛い声が聞こえた。
声の主は千景さんだ。
千景さんはつくしさんを見上げている。
「あり……ありが……」
絞り出すように声を出してるけど、とても小さいので、聞こえているのは近くにいる私ぐらいだろう。
きっとお礼を言いたいけど、声を張り上げるのが恥ずかしくて、小声になってるのだと思った。
私は千景さんの想いに自分の感謝を重ねつつ、大きく声を張り上げる。
「つくしさ~ん。ありがとうございます~!」
そして、大きく手を振った。
つくしさんはニコリと笑って、会釈してくれる。
「……なんか、ライバルなのに助け合えるのって、いいですね」
「うん」
千景さんもコクリとうなづいて笑ってくれる。
なんか、登山大会ってすごくいい。
競争なのに、緊迫した空気はまったくなくて、うれしくなってくる。
「山では、助け合いは当然だからな」
美嶺もすぐ後ろから声をかけてくれた。
「たとえば落石を見つけた時、『ラク』って言って下にいる人に教えるのもマナーなんだ」
「ラク?」
「ああ。『落石』の『ラク』。教えないと危ないだろ?」
「確かに……。なんか思いやりにあふれてて、登山っていいね……」
「だろ?」
美嶺はへへっと笑う。
私もなんだか嬉しくなった。
すると、背後から風が吹き上げてきた。
汗ばんだ体が清められるようで、心地いい。
後ろを振り返ると、林の切れ間からふもとのほうが一望できた。
「わぁ……すごい景色!」
「……お山の景色……。何よりもごちそう」
「そっすね! こういう景色が味わえるから、疲れも吹き飛ぶんすよね」
ふもとの建物がすごく小さく見える。
それは、自分の脚で登ってきたことの証でもある。
一歩一歩の積み重ねが、自分をここまで導いてくれたのだと思った。
「ほたか先輩もどうですか?」
先輩ならきっと素敵な言葉をくれるに違いない。
そう思って振り返ると、ずいぶん下のほうで立ち止まるほたか先輩の姿があった。
ほたか先輩は愕然とした表情で私たちのほうを見ている。
いや、見ているのは私たち三人じゃない。
その視線をたどると、道の脇の樹に白い袋のようなものがにくくりつけてあった。
(これって……おしっこを我慢してた時に見たのと、同じ!)
まるでオリエンテーリングの目印のようだなと思っていたものだ。
白くて、三角柱の筒のようになっている。
よく見ると『B』と書いてあった。
「これって……なんでしょう?」
「これは……チェックポイントの、印」
千景さんが説明してくれる。
「……渡された白地図の上で、正確にポイントの位置を示す。審査のための……もの」
「……ポイントの周りの地形を正確に把握して、正解を言い当てるクイズみたいなものっすか?」
「うん」
「読図……って、いうの……」
ほたか先輩が、私たちを見上げながら声を絞り出すように言っている。
「お姉さんが……担当……なの」
その表情はとても苦しそうだ。
顔色も悪いし、息も上がっている。
地面に手をつくまいと、必死に膝をつかんでいる。
「もしかして……バテて……」
そうつぶやいた千景さんの顔からは、血の気が引いていた。
しばらく歩いていた私は、目の前に現れた坂道に驚いていた。
さっきまでの散歩コースのような山道から、いきなり岩だらけの急な登りに変貌している。
大きな岩が地面から突き出し、登るものを拒んでいるようにも思えた。
「確かに……これはなかなかハードなコースだな」
山に慣れている美嶺も険しい顔でみているから、登山道の中でも大変なほうなのだろう。
「これは……弥山の九合目と同じぐらい……かな?」
初めての山登りで私の前に立ちはだかった試練を思い出す。
でも千景さんのお店で買った登山靴と一緒だから、とても心強い。
私は自信をもって足を前に出した。
△ ▲ △ ▲ △
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」
額から頬へと汗が流れ落ち、首元を濡らしていく。
時刻は午前十一時を過ぎてるので、気温もけっこう高くなってきた。
弥山のときと違うのは、すでに二時間も歩いていること。
脚の疲労は確実にたまっていて、ザックが重く感じられる。
この一カ月間、私なりにがんばってトレーニングしてたつもりだけど、まだまだ足りないようだ。
見上げると五竜さんの後ろ姿が見える。
リズムよく登っていく姿を見ると、彼女との差を痛感してしまった。
「ましろさん。歩幅は……小さく」
前を歩く千景さんが、振り向いて声をかけてくれた。
「ボクの歩く場所……よく見てて」
「は……はいっ」
そう言えば、すっかり忘れていた。
サブリーダーの千景さんの歩き方や足を置く場所を真似すると、疲れが全く違うことを……。
太ももを無理に上げるのではなく、小さな歩幅で着実に足を前に出す。
急な坂道では、靴底のグリップを生かすために、なるべく足の裏全体で地面を踏みしめる。
そうやって黙々と登っていると、たしかにあまり疲れない。
千景さんはすごいな、と思った。
「八重垣のみなさ~ん」
突然、上のほうから声が聞こえた。
見上げると、つくしさんが私たちを振り返っている。
「そのあたり、石が浮いてるので気を付けてくださ~い」
そのアドバイスを聞いた千景さんが近くの岩を軽く踏むと、グラグラと揺れているのが分かった。
(つくしさん……。優しい……!)
大会のライバルなのに、すごい親切だ!
競争ばかりでうんざりしていた人生の中で、競争相手に優しくされるのは初めてかもしれない。
私が感謝を噛みしめていると、「あ……」と可愛い声が聞こえた。
声の主は千景さんだ。
千景さんはつくしさんを見上げている。
「あり……ありが……」
絞り出すように声を出してるけど、とても小さいので、聞こえているのは近くにいる私ぐらいだろう。
きっとお礼を言いたいけど、声を張り上げるのが恥ずかしくて、小声になってるのだと思った。
私は千景さんの想いに自分の感謝を重ねつつ、大きく声を張り上げる。
「つくしさ~ん。ありがとうございます~!」
そして、大きく手を振った。
つくしさんはニコリと笑って、会釈してくれる。
「……なんか、ライバルなのに助け合えるのって、いいですね」
「うん」
千景さんもコクリとうなづいて笑ってくれる。
なんか、登山大会ってすごくいい。
競争なのに、緊迫した空気はまったくなくて、うれしくなってくる。
「山では、助け合いは当然だからな」
美嶺もすぐ後ろから声をかけてくれた。
「たとえば落石を見つけた時、『ラク』って言って下にいる人に教えるのもマナーなんだ」
「ラク?」
「ああ。『落石』の『ラク』。教えないと危ないだろ?」
「確かに……。なんか思いやりにあふれてて、登山っていいね……」
「だろ?」
美嶺はへへっと笑う。
私もなんだか嬉しくなった。
すると、背後から風が吹き上げてきた。
汗ばんだ体が清められるようで、心地いい。
後ろを振り返ると、林の切れ間からふもとのほうが一望できた。
「わぁ……すごい景色!」
「……お山の景色……。何よりもごちそう」
「そっすね! こういう景色が味わえるから、疲れも吹き飛ぶんすよね」
ふもとの建物がすごく小さく見える。
それは、自分の脚で登ってきたことの証でもある。
一歩一歩の積み重ねが、自分をここまで導いてくれたのだと思った。
「ほたか先輩もどうですか?」
先輩ならきっと素敵な言葉をくれるに違いない。
そう思って振り返ると、ずいぶん下のほうで立ち止まるほたか先輩の姿があった。
ほたか先輩は愕然とした表情で私たちのほうを見ている。
いや、見ているのは私たち三人じゃない。
その視線をたどると、道の脇の樹に白い袋のようなものがにくくりつけてあった。
(これって……おしっこを我慢してた時に見たのと、同じ!)
まるでオリエンテーリングの目印のようだなと思っていたものだ。
白くて、三角柱の筒のようになっている。
よく見ると『B』と書いてあった。
「これって……なんでしょう?」
「これは……チェックポイントの、印」
千景さんが説明してくれる。
「……渡された白地図の上で、正確にポイントの位置を示す。審査のための……もの」
「……ポイントの周りの地形を正確に把握して、正解を言い当てるクイズみたいなものっすか?」
「うん」
「読図……って、いうの……」
ほたか先輩が、私たちを見上げながら声を絞り出すように言っている。
「お姉さんが……担当……なの」
その表情はとても苦しそうだ。
顔色も悪いし、息も上がっている。
地面に手をつくまいと、必死に膝をつかんでいる。
「もしかして……バテて……」
そうつぶやいた千景さんの顔からは、血の気が引いていた。
0
あなたにおすすめの小説
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編7が完結しました!(2026.1.29)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる
九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。
※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる