ツキも実力も無い僕は、その日何かを引いたらしい。- 人類を救うのは、学園最強の清掃員 -

久遠 れんり

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第三章 初等部

第24話 シンのお仕事

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「良し、ヘルミーナはきちんと出かけたな」
 初等部棟の廊下から、女子寮の廊下を見る事が出来る。

 浄化魔法を撒き散らかしながら、歩いて行くシン。すごい勢いで廊下が綺麗になっていく。
 時に火の混じった暴風が、舞い上がった埃を消滅をさせて、周囲を綺麗にしていく。

 今日は、教養のテスト。
 雨天練習場の二階で集まり、ダンスを披露していく。
 適当に相手が決まり、挨拶が始まる。

 カーテシーとボウ・アンド・スクレープで互いに挨拶を行う。
「私は、マティーノ男爵家長男。バルダッサでございます。よろしくお願いいたします」
 テストの相手は、すかした感じのいやな奴。だが、ここは社交の場。
 自身の意識を切り替えるヘルミーナ。
「私は、シュワード公伯爵爵家。ヘルミーナ。よろしくお願いいたします」

 心の中で、いざと気合いを入れ、曲に集中をする。
 基本姿勢を取り、ホールドをして手を組み…… うっ、手が汗ばんでいて気持ちが悪い。
 お兄様とは違う……
 シンお兄様は、まるで何十年も踊っていたかのように安心感があり、耳元で「リラックスをして」とか言って、優ししくリードをしてくれる。

 でもこの相手、余裕を見せているけれど、緊張が伝わる。
 ヘルミーナは、そっと魔力を錬り、身体に行き渡らせる。

 曲と共に動き始めた姿は、習った事を完璧にトレースをする。
 そこに一ミリの妥協もない。

「くっ」
 加速についていけない。
 なっ、なんだこのクイックなターン?

 バルダッサは、この年にしては上手いと自負をしていた。
 社交界で浮名を流した父親から、女性へのボディーコンタクトと振動。目配せに囁き。
 貴族の男子として、必要なテクをたたき込まれていた。

 だがその歪んだダンスは、ヘルミーナにとっては悪手。
 彼女は考える。ボディへの距離が近い。
 フォワードロックで、なぜ私の足に足を絡ませる?
 その、余分な動きのため、いらだつヘルミーナはドンドン加速をしていく。
 そう。相手に、余分な動きをさせないスピードを保つ。

 余分な動きをする。そう、それは挑戦。彼女はそう受け取り、己の力を解放をしていく。
 その姿は、びしっと気高く美しい。
 
 すべての動きが、デジタル化されたようにオンオフが繰り返される。
 だが、動きはあくまでも優雅に、そしてクイックに……
 移動。ターン。移動、移動、移動。
 ターン。

 小さな子ども向けの、二分の二拍子だったリズム。
 それが、四分の四拍子へと倍速化して、それはさらに高速化をしていく。
 最初は、一小節に対して、二拍。はい、いちとーに、だったリズムが、一と二と三と四となった。
 フォックストロットだったものが、一組だけクイックステップへ。
 その速度は上がっていく。

 あっちへ、移動移動移動、ターン。
 こっちへぶんぶんターンと。そのダンスはどんどんと高速に。
 生身の七歳対、身体強化がガシガシに効いたヘルミーナ。
 バルダッサは、当然ついて行けずに、足を滑らせて飛んで行く……

 幾人かの組を巻き添えにして……

 一瞬、どうしても気持ちが悪かったのか、体に浄化を行い、一人で優雅にダンスは続く。
 パートナーが居なくとも、全く問題なく……

 ダンス講師、オードルヌ=ノーブルは目を見開く。
「これで七歳? ヘルミーナ? シュワード伯爵家…… ああ、あの」
 武術と、ダンス。
 確かに、通じるものがある。
 身体操作の極みね。
 うむうむと納得をする。

 その頃。
「おい、足をふむな」
「やかましいわね。あんたが躱しなさいよ」
「ちっ」
 モニカも、なんとかなっているようだ。


 そして。
「オラァ。掃除が出来てねえぞ」
 清掃人の控え室に、中等部の生徒がやって来る。
「おらぁ? 何処の田舎者だ?」
「何処でも良いだろ。二階のトイレだ。誰かこいよ」
 いつもの事なのか、父親が騎士爵のヴィートが立ち上がろうとする。

 だが、シンがそれを制止する、ピッと右の掌一つで。
「僕が行ってきます」
 そう言ったのは、奴らの後ろにデューラーが見えたため。
 この短い間に、グループを造り上げたようだ。

「だが……」
 ヴィートが、心配そうな表情を見せる。
「大丈夫です」
 そう言って、さっさと出て行ってしまう。

 周りを囲まれながら、中等部の建物を上がっていく。
 その先のトイレには、先客が居る。
「七人。いや八人か。トイレにこもって何をしているんだ?」
 呆れたように、わざわざ声に出す。

 待ち構えている事がバレ少し焦ったようだが、奴らはトイレの中へシンを突き飛ばす。
 一応トイレは、小便器がいくつかと、個室が三つほど。それほど広くはない。
 浄化槽へと配管が繋がっており、水洗ではないが、よく田舎にあるくみ取りでもない。おかげでよく詰まる危険なトイレ。
 
 こけるのを期待した感じで突き飛ばされたが、身体能力はこいつらよりも圧倒的に高い。

「何処が汚れて……」
 そう言いかけたシンだが、状況を理解して、無駄な茶番に乗る事はないと理解をする。そして、悪い笑みを浮かべる。
 そう、ここに居るのは、デューラーが知っている、泣き虫で弱っちいシンではない。
 幾度もの戦地で、死線を乗り越えた英雄。
 一二歳やそこらのガキとは違うのだよ。

「そうだな」
 そう言った瞬間、部屋の中に魔法による雨が降る。

 無論シンは、シールドの中。
「ばい菌が居るだろうから、綺麗に退治をしないとなぁ」
 そう言った瞬間、死にはしない位の高電圧がかかる。

 濡れていると、ダイレクトに効く。
 かなり控えめだが、皆の髪が逆立つ。

 弱めに周囲の連中に高電圧をかけた後、これ見よがしに光り輝き放電をする、球電と呼ばれる電気の塊が空中に浮く。
 さっき、感電をしたばかり。
 流石に、その痛みは忘れていないだろう。

「ひっ。うわあぁぁ」
 そう言って、逃げ出してしまった。
 デューラーまでいなくなったところを見ると、奴は雷が使えないのか?

 まあ濡らした、トイレを浄化する。

 すると、なんという事でしょう。
 単に浄化をするより綺麗になった。
 汚れには、水と浄化。物理と魔法の併用が良い様だ。
「これは知らなかったな。内緒だよ」
「はひぃ」
 トイレの一番奥。個室から声が聞こえる。

 元々彼が虐められていて、奴は、俺の事を思いついたのだろうか?
 余計なお世話だろうが、声をかける。
「変わりたければこい。教えてやる」
 その声に、奥に居た者は反応して、顔を出す。

 その男の子は、あっという間に相手を追い払い、自分に手を差し伸べ、そんな事を言ってくれた相手。
 期待をして覗いたが、見た目が九歳の男の子だとわかり、愕然とする。

 すぐには来なかったが、数週間後。
 彼は、泣きながらシンの元にやって来る。

 クリスティアーノ=ベイエルス、一二歳。
 弱小男爵家の、次男坊。

 かれは後に『絶氷の貴公子』と呼ばれる術士となる。
 この時の彼はまだ、優しくて気弱。自然が好きなだけの田舎者。
 男だが、女性にも見える中性的な風貌。
 
 だが、シンに出会い、教えを請う。
 『物事の本質を見極めろ』
 その教えに従い、渾身のギャグさえ凍らせる。そんな男へと変貌をした。

 そう、彼は『絶氷の貴公子』。
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