静に広がった彼の願いは、世界を平和へと誘(いざな)う。

久遠 れんり

文字の大きさ
3 / 9

第3話 摂理(せつり)

しおりを挟む
 彼は、気がつかなかった。

 ケージの床敷きに、変異をして、いつの間にか強さを増したウィルスがいたことを。

 ラットの死体も、袋に入れて冷凍後廃棄される。
 床敷きと言われる木くずも同じだが、交換時に空気中に飛散。
 施設の排気はフィルターを通すのだが、この施設の管理はそこまで厳しくないP2レベル。

 清掃担当者は、専用のマスクをしていたのだが、微量に吸ってしまう。

 そこから、少し風邪のような症状が出たものの、その後はなにも異常がなく、それは密かに広がっていく。そう、接触感染しかしないはずのウィルスは、変異。
 飛沫などを介して、静かに広がっていった。



「―― どうだ?」
 絶望的なくらいやつれた、義也。
 もう仕事にも、行けていないとの事だ。

「うん。まあぼちぼち」
 だが初めて二ヶ月などで、結果が出るようなものでもない。

「上手く行かないのか?」
「そんなに簡単にはいかんだろ。気長に待て。俺だって仕事があってな」
 彼は丁度、製薬会社と組んで、新薬の効果を検証中だった。


 そんな中で、事件が起き始める。
「おい、これってまさか?」
 義也から、メッセージアプリを介して連絡が来る。

「いや、そんなはずは無い。あれはロタウイルスなどと同じ2本鎖RNA系ウイルスのはず。簡単に変異は起こらない」
 管理もしっかりしているし、大丈夫。
 頭の中で確認をする。

「まあどっちでも良いか…… 俺としては思ったような効果が出て、今は被害も少なくなったようだし」
 義也は嬉しそうに、教えてくれる。
「そうなのか?」
 彼の元に来ていた電話も、ピタリと止まったようだ。
 サポートセンターにいる、少ない味方から連絡があったようだ。



 ―― 彼は、田堰たせき のぞむ

 彼は、子どもの頃から、絶対に自分のミスを認めず、大きくなった。
 それは、幼少期に母親が彼を溺愛をしたためだ。
「望ちゃんは悪くないのよ。お片付けをしないなら、文句を言う前に先生がすれば良いのよねぇ」
 そんな感じ。

 宿題を忘れても、学校から帰ってまで勉強をしなくて良いでしょうと、学校にクレームを入れるようなタイプだ。
 無論給食にも、嫌いな物を出すなと言いに行った。
 そう、嫌いな物を出すのは、ハラスメントだと……

 そんな感じに、大事に育てられて、彼は中学で弾けた。
 いわゆる不良。グレタとか……
 無論グレタと言っても、政治的な主張をし始めたわけでは無く、学校には行かず繁華街を歩く。

 そう、彼は自由を求めた。
 幾度も補導されて、最初は頑張ってかばっていたのだが、流石に徐々に親にまで見放されたようだ。

 彼のおかげで、両親は教育方針を元に喧嘩が勃発、険悪な期間を経て離婚。

 離婚後、母親は生活のために働き始めて、彼を甘やかせる余裕がなくなってしまった。
 それがおもしろくなくて、さらに歯止めはきかず、悪さを行った。

 だが、友人達がもめていた連中と抗争を行い、喧嘩の最中に彼も捕まった。
 その後、保護処分となり、少年院へ。
 退院をしたのだが、中学すら卒業していない彼に、世の中は冷たかった。

 底辺と言われる仕事を転々としながら、ネットへの書き込みや、サービスセンターにクレームを入れて日頃の鬱憤を晴らしていた。
 日々、彼自身が使い物にならんとか、仕事が出来ないと言われ続ける。
 そんな彼が見つけた息抜き。

 文句を言うときには、相手は低頭になる。
 それを使い、彼は自身の承認欲求を満たそうとする。

 人を下に見て、マウントを取る。
「これ知らないの?」
「これやったほうがいいよ」

 その裏には、俺はお前よりも優れていると、という心がある。
 褒められ続けた幼少期。
 その記憶が、彼の心をゆがめてしまったのだ。

 その言動が、彼の周りからさらに人を遠ざける。

 エアコンの無い、ぼろアパート。
 何とか扇風機を買いに行き、店員にそんな安物を買うのかよと言われている気がして、高い羽無しファンを買う。

 だが、値段は高くて羽は無くとも、出てくるのは単なる風。
「チクショウ、暑いじゃねえか」
 ある日、安いビールを求めて薬局へ行き、そこで急速コールドスプレーなる商品を見つけて買う。
 これは布などに吹き付けると、表面に氷が出来たりする。

「おっ涼しい。こりゃいい」
 スプレーをパシュパシュしていたのだが、あることを考えた。

 縦型ファンの向こう側に台を置き、スプレー缶のアクチュエーター、つまり上部の押しボタンを押した状態で、ガムテープで固定した。

「おおっ、こりゃいい」
 自分は天才だと彼は思った。

 風は一気に、部屋の温度を下げたような気がする。
 だが缶はすぐに終わってしまう。
 一本六百円。
 少し落ち着いて考えれば、かなり高い。

 だが彼は、幾度か繰り返した。
 無論羽無しと言ってもケース内には存在をする。
 その下部には、モーターも存在しているのだ。

 つまり、羽は結露を繰り返し、縦型ファンはある日不具合を起こす。
「あん? もう壊れやがったのか?」
 彼は、わかりもしないのに分解を始める。
 スプレーを出しながら、ファンもコンセントも線が繋がったまま。

 そして火花が飛ぶ。

 使っていた急速冷却ファンはLPガスタイプ。
 そう、可燃性のガスだ。
 しかも空気よりも重いために、床側に溜まる。
 だから、ガス検知器は床に近いところに設置をする。

 火花により発火。一気に火焔は広がり爆発をする。

 彼は、意識を失ったのだが、少しの火傷ですんだ。
 だけど、近所に警察を呼ばれて、救急車に乗り、警察と大家に叱られた。

 その怒りは、当然の様にスプレー缶の会社と、爆発の原因となった縦型ファンのメーカーに向かったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

不倫妻への鎮魂歌 ―サレ夫が選んだ、最も残酷で静かな復讐―

MisakiNonagase
大衆娯楽
「サレ夫、再生。不倫妻、転落。──その代償は、あまりに重い。」 「嘘で塗り固めた20年より、真実で歩む明日がいい。」 失って初めて気づく、守られていた日々の輝き。 46歳の美香にとって、誠実な夫と二人の息子に囲まれた生活は、退屈で窮屈な「檻」だった。若い男からの甘い誘惑に、彼女は20年の歳月を投げ打って飛び込んだ。 しかし、彼女が捨てたのは「檻」ではなく「聖域」だったのだ。 不倫、発覚、離婚、そして孤独。 かつての「美しい奥様」が、厚化粧で場末のスナックのカウンターに立つまでの足取りと、傷つきながらも真実の幸福を掴み取っていく夫・徹の再生を描く。 家族とは何か、誠実さとは何か。一通の離婚届が、二人の人生を光と影に分かつ。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

今更……助けてくれと……言われても……

#Daki-Makura
ファンタジー
出奔した息子から手紙が届いた…… 今更……助けてくれと……言われても……

処理中です...