神の使徒は闇を走り、道化師は戯れる。ー 異世界、世直し道中記 ー

久遠 れんり

文字の大きさ
88 / 117
この世界に平和と愛を

第87話 疑心

しおりを挟む
 エラスギタ=アナーキーモウヴィチ侯爵は疲れていた。
 比較的王との関係もよく、親の代からの忠臣で評判もよかった。

「「だからこそ」」
 王と、侯爵の叫びが重なった。

 無論場所は違う。
 王の自室に積まれた書類。
 最近使われ出した白き紙。
 そこには調査報告が書かれていた。

 侯爵家に出入りするクロムウェル王国の商家一覧。
 穀物類、鉄や矢。剣に武具。
 一つの領内で使うには多すぎる数字。

「あなたの信頼を裏切り、最近流行の謀反に加担するつもりだったのですねぇ」
「黙っておれ」
 口を挟む第一王妃クリスイーナ。

 ヤナネドワァー公爵家が彼女の出自で、王の調査線上におかしな動きをしていると報告が入った。
 だが敵も凡庸に情報収集をさせてくれるわけではなく、幾人か手の者が捕らえられたりはした。

 そのため、わしの力をそぐために、画策を始めたのではないかと考えつく。
 だが報告が上がった以上調べはする。

 調べたのだが、領都へとやって来る商人の出身と品物。その品名が偽証されているとは思ってはいなかった。

「おう。精が出るなぁ。積み荷はなんだい?」
 人の良さそうな男が近寄ってきて、荷車をポンポンと叩く。

「うちは織物だよ。なんだい買うのかい?」
 宿場などで、小口の商談が決まることは良くある。
 だから商人は多めに仕入れている。

「いやいや、違う違う。最近は物騒で、どこに盗賊の一党が居るか分からない。積み荷を聞かれたら、簡単に換金できない品物だという方が良いぜ。それも粗悪品のクロムウェル王国産だと」
「それは、貴重な情報をありがとうな」


「――おう。精が出るなぁ。積み荷はなんだい?」
「お疲れ、精かぁ。そうだな。川近くの店は駄目だぞ。あそこはお姉ちゃんじゃなく。おばあちゃんばかりだったぞ」
 そう言ってそいつは、嬉しそうに必要の無い情報をくれる。

「いや、そっちじゃなくて、積み荷……」
「行くなら、街道近くの店の方が良い。多少高くなるがな。ああ、道ばたで拾うのは危ねえぞ」
 獲物を見つけたような顔で、嬉しそうに語り始めた。
 なれなれしく、肩まで組まれて逃げられない。
 この男言わずと知れた工作員なのだが、この商人のような相手には話しそのものが通じない。

「いや積み荷……」
「何なら紹介しようか? おう遠慮するな」
「いや積み……」
 彼は強制的に連れて行かれて、一晩で五軒ほど連れ回されて体も財布も破産したようだ。そう、気がつけば商人の分も払わされていた……
「あのやろう……」

 そんな話しや噂が広まっていることなど、王家側の調査員は知らなかった。

 だが効果は絶大であった。
 異常な数字は、戦時物資ばかり。
 生活用品の数字が減って、そんなものばかり増えるのは異常だ。

「それは、おかしいです。領都内ではそんなものは増えていない。調べてください」
 彼はそう言って、あくまでも従順さを王に示す。

 王としても疑いたくはないのだ。
 直属の部下達が侯爵領へと走る。

 だがまあ、王都から侯爵領まだは遠い。
 辺境伯が治めるのは国境だから……

 そうして疲れ切っていたのだが、何とか嫌疑は晴れて帰ることになった。

「ええい。忌々しい」
「王妃様。ご報告が」

 似たような騒動は、カレール帝国側でも起こっていたのだが、カグラの知らないうちに、魔導具が王に向けて撃ち出されることになる。

 そう、辺境伯が留守の間に、随分と内部まで領土が切り取られていた。
 無論そこにあった村は襲われて、むごいことになっていた。
 その報告を帰って来た早々に聞き、げんなりする。

「すぐに出動を」
 そうして対応をしていたところ、新たなる兵が現れたと報告。
 今まで来た兵よりも多く、五千程度も居るという。
 だが奇妙な事に、クロムウェル王国軍を蹴散らして、村を救っているようだ。

「何者だいったい」
 その時、辺境伯は疲れていたのだ。
 何が信じられて、何が信じられないのか。
 だが、腐っても常識人。

「話しを聞こう。敵意はないのだな」
 そう言って疲れた体を引きずり、カグラ達の前に現れた。

「なんと、カレール帝国? でその、ついうっかりクロムウェル王国が無くなったというのは?」
 あー話しをしに来た。
 敵の規模を考えてフル装備で、侯爵まで一緒に。

 相手に敵意はないようで、出会った瞬間に安堵をしてくれた。
 どうやら、出会う前に、入り込んでいたクロムウェル王国兵と戦闘をしたようだ。
「それはありがたいことだ。それで一体どのような要件で国境を越えてきましたので?」
 言葉や態度は柔らかいが、目はなにしとんねんおまえら、先触れもなく勝手に入り込みやがって。というのが透けて見える。

「どうやらお疲れのようで、ミード飲みます?」
 和やかに、ティーセットが出てくる。

 最高級の逸品。白磁に金の装飾。
 大陸の外れのため、中央部の小国家群からの荷物は、この十年を掛けてやっと広がり始めた。 
「これは、この意匠はヨウシア国のトシュテン商会が扱う逸品」
 その言葉にカグラが反応をする。

「まだあるのか?」
「いえ、こちらにはこのような名品は」
「いや違う。トシュテン商会の方だ」
「あると思う」
 こんな離れた地で、情報はあまり伝わってこないようだ。
 とりあえず、お疲れの辺境伯を白い光が包む。

 お茶を飲むために持ち上げられたカップの底。そこに描かれた商標が本物であることを示す。
 その絵は、神楽の舞を行うときに使われる神具。双頭の竜と鏡。
 一見すると竜が雲のように見えるのだが、それが引っかけ。
 偽物は、それを間違える。

 光を浴びた辺境伯は心が晴れて、持っていた猜疑心が消えていった。
「とりあえず。王に面会の約束を」
「はい神楽様」
 少し効きすぎたようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~

鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。 そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。 母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。 双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた── 前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

処理中です...